第四十四話 決着
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戦場より後退を始めた、カグツチ、エスクートゥア、マリーアイゼンの三機であったが、すぐに敵ARPSからの攻撃に晒される羽目になった。
「くっそ、バカスカ好き放題撃ちやがって」
「無駄口叩いとらんと、しっかり反撃せんか!!」
「そーだ、そーだー」
「今やってるってのっ!!」
開戦直後からの攻勢が成功し、敵戦力を半数にまで減らしたとは言え、未だエレノア達の前には自分達の倍を有する機体が差し迫っている。
砲撃による混乱も完全に鎮まり、敵ARPSの集団はキチンと体勢を立て直して反撃へと移っている。
損傷を負った機体を後衛へと回し、前後二列に組まれた敵ARPSは無数の銃弾や砲弾を放ちながら、後退しつつあるエレノア達へと圧力を掛けて来る。
後退するエレノア達の操縦席には機体に降り掛かる銃弾が雨音の如く木霊し、標的として捕捉された警告音がヒステリックな金切り声を上げてる。視界を捉えるモニターに機体状況を知らせるアイコンが慌ただしく明滅するが、肝心となる搭乗者の処理速度が追い付かず、あまり意味をなしてはいない。
一歩間違えば慌てふためき、パニックにも陥る状況の中、淡々としたAIによる報告の声だけが搭乗者達の心を鎮静させていた。
――現在機体損傷率22%、尚も上昇しています――
「ちくしょう、俺ばっかり狙ってくんじゃねーっての」
ダリルは攻撃を仕掛けている敵ARPS達に対してお返しとばかり、盛大に銃弾をばら撒きながら悪態を吐いた。
実際エレノア達三機の中で一番被害を受けているのは、間違いなくエスクートゥアである。ちょうど三機が並んだ中央に位置していることもあり、火線が集中していることが要因である。
とは言え、エスクートゥアを中央に配置したのにも、ちゃんとした理由がある。大型の銃器を抱え、また機体構造からも機動力を欠いている為、三機の中では一番移動速度が遅い。その為、左右にフォロー役を配置することで敵からの切り崩しを阻止し、孤立させること無く全機揃って後退する為である。
更にガトリングガンの掃射に対し、敵は未だ対策が整っておらず、足止めすると言う意味でも一番効果を発揮出来ることも一因である。
エスクートゥアはガトリングガンを左右へと大きく振い、一旦敵ARPSの進撃を止めると、その間にドタドタとした足取りで後退して行く。
――目標地点まで、残り五十メートルを切りました――
視界には銃弾を受け、一旦歩みを止めたものの、距離を詰め寄ろうと再び動き出した敵ARPSの姿が見える。
「あいよ。もう一踏ん張りするか」
接近しようと試みる機体目掛けて牽制の銃弾を放ちながら、エスクートゥアは一歩、また一歩と着実に敵を引き連れて行く。
キースはようやく建物から姿を現した敵ARPSのデータ収集をアデリナに指示すると、エレノア達本隊の戦闘の推移を見守っていた。
こちらの策が上手く嵌り、敵機体の半数を排除出来たものの、状況は予断を許さない。ふらふらと揺れる勝敗の秤は、ふとした油断、ちょっとした失敗によって大きく傾いてしまう。
今も後退する三機をどうにか切り崩そうと、多方面から揺さぶりを掛けているのがセンサー上からも見て取れる。
――マスター、敵のARPS『ヴァルヤルヴィ』のデータを得ました――
戦闘中と言うこともあり、収集と分析には随分と時間が掛かったようだ。
モニターに映し出された機体データを眺めながら、キースはアデリナへと次の指示を出す。
「このデータを至急全機に送信してくれ」
――了解です――
戦闘の火蓋は既に切られており、操縦に追われているエレノア達が目を通すことは難しいだろう。それでもAIが敵の機体情報を手にすることが出来れば、少しは戦闘を有利に運ぶ一助になるかもしれない。
キースはヴァルヤルヴィのデータにざっと目を通しながら、エレノア達本隊の様子を窺う。
順調に敵を引き連れて来ているようで、そろそろ突入時に扉を吹き飛ばされ、開け放たれたままの入口からその姿が確認出来そうである。
視線を入口へと向けると、ちょうど右から左へと通り過ぎるマリーアイゼン達三機の姿が見えた。
――マスター、敵が入口に差し掛かります――
アデリナからの報告を受けると、キースはディートリンデへと声を掛けた。
「リンデさん、そろそろ始めます」
狙撃時には集中して、無口となるディートリンデからの返事は無い。
それでも聞いてはいるのは分かっているので、キースは気にすることなくディートリンデへと指示を送り始める。
追って来た敵ARPS達が入口に差し掛かり、その姿を続々と現した。
「一番手前に居る、バズーカ持ちを狙います」
こちらの射程圏内に少しでも留めるべく、激しい攻撃を浴びせられて、敵ARPS達の進行が中断を余儀なくされる。
「銃撃を受け、後退。……足を止める。ファイアッ!!」
キースの合図を受け、隣に居るシュヴァルディアから一発の銃弾が放たれた。
エスクートゥアからの攻撃を後退することで回避し、反撃に移ろうと機体が止まった瞬間、敵ARPSの脇腹にシュヴァルディアの銃弾が刺さった。
「ヒット!!」
バレーボールが優に通りそうな程、大きな穴を装甲に開けた機体は、暫くゆらゆらとふらついていたがすぐにバランスを崩し横倒しに崩れ落ちた。
「……破壊確認。次、行きます」
新調したライフル銃の威力だと、旧型機以外でも1kmを切る距離では一発で仕留めることが可能な様だ。
キースはモニターを通して視界に映る戦場の様子とセンサー上で忙しなく蠢く敵味方全体の動き。更にはアデリナから送られて来る、様々な予測データをそれらと組み合わせ、瞬時に標的を定めて指示を出して行く。
もっとも、キース自体も情報処理をこなすだけで手一杯であり、現状では安全圏に位置しているから可能なことである。
「次は一番奥を進む格闘装備機です。足を引き摺って、一歩、二歩。他機が前を通過。また一歩進んで、足を止める。ファイアッ!!」
開始時のトラップによって損傷を受けていた機体は、足を引き摺りながらも戦場へと向かっていた。ローラーが破損した為、懸命に脚を動かすも連続での稼働に支障を来たしており、一定の時間ごとに休息を入れなければならなかった。
のろのろとした歩みであったが、ようやく戦場へと到達し、いざ参戦しようとした時、突然側面から衝撃が襲った。
「ヒット!!」
放たれた銃弾は左腕を貫通し、胴体部にまで達していた。貫通個所となる上腕部の装甲は無残に噛み千切られ、前腕部は引き金に指を掛けたまま、銃弾を放つこと無く足下に落ちている。
胴体へと喰い込んだ銃弾は浅かったのか、稼働を停止すること無く、ぎこちない動きで狙撃地点へと振り向こうとするものの、途中で流れ弾に当たって力尽き、敢え無く沈んだ。
「……破壊確認」
敵の最後を見届けたキースは、次の獲物を探すも入口周辺には倒れ伏した二機の姿があるだけで、他の機体は既に射程圏から離脱していた。
立て続けに同じ場所で襲撃を受ければ、証拠となる機体がその場に残る以上警戒する様になるのは当然とも言える。
「流石に勘付いたか。もう少しいけると思ったんだが……、リンデさん一先ず休止にしましょう」
「……わかったわ」
結局キースとディートリンデのコンビは、短時間で敵ARPS二機を仕留めたことで活動を止めた。
前線はキース達の介入もあって流れが傾きつつあったが、敵も挽回しようと攻勢を強めたことでとうとう均衡が崩れ、敵味方が入り乱れた乱戦へと陥った。
四方へと注意を向ける状況の中、機動力の劣る機体を駆使し、何とか立ち回っていたダリルの下にラトーナからの警告が入る。
――左手後方より、敵が一機接近。格闘装備機です。ご注意を――
「なにっ!?」
咄嗟に振り返ろうと機体を動かした矢先、大きな衝撃を受ける。
「うおっと」
ダリルは衝撃で揺さ振られる視界の中、バランスが崩れた機体を必死で立て直す。
よろよろとした足取りで、ふらつくエスクートゥアの操縦席にラトーナの状況報告の声が響く。
――左上腕部に攻撃を受け、シールド装甲に損傷。損傷率32%――
モニターの隅に映る機体モジュールの該当箇所が、常態表示である黄色からオレンジへと変わっている。
敵ARPSは胴体部への直撃を狙っていたようだが、ラトーナの声に反応したダリルが機体を動かした所為で狙いが逸れ、運悪くシールド装甲に防がれてしまった。
これは操縦桿による操作では無く、モーショントレースであったが為に九死に一生を得たと言えよう。
一撃を与えた敵ARPSは、そのまま一旦離れて距離を取ると、エスクートゥアと対峙した。
敵の機体は左脚から黒煙が燻ぶり、腰に至るまで真黒く煤で汚れている。威嚇するかのように左手に持つサブマシンガンの銃口を向け、だらりと下げた右手には鈍い光沢を放つナックルを嵌めている。盾を所持しない、攻撃偏重装備の機体である。
「こいつは初っ端の……」
――最初に出撃した三機の内、最後の一機です――
出撃直後にグレンの仕掛けたトラップに見事引っ掛かり、機体に損傷を負ったものの、時間を掛けようやく戦場へと辿り着いた機体であった。
とは言え、機体は万全な状態からは程遠い。損傷を負った所為でローラー走行に支障を来たし、使用可能となるのは極短時間。それもインターバルを大きく取った上での使用となる。
――相手は左脚に損傷を負っていますが、ご注意を――
「じゃあ、まずはそこを突かせて貰うか」
ダリルは人の悪そうな笑みを浮かべ、おもむろにガトリングガンを構えると、円形状に配置された複数の銃身がモーターの唸る音共に回転し始めた。
敵ARPSが散発的にパラパラと放つ銃弾を浴びながらも、エスクートゥアは意にも返さずに掃射を開始する。
止め処なく排出された薬莢が、月明かりを浴びて煌めきながら降り落ち、足下に黄金色の溜まりを成していく。
敵ARPSも回避をすべく機体を動かすも、損傷の影響は大きく、左側への移動の際には機体がよろつき、動きに精彩を欠く。
右側へと避ける時には綺麗な足取りで十分な余裕を保ち、左側へと逃げた時には引き摺る足を押して掠める位な紙一重。左右へと逃げ惑う敵を、雪原に無数の銃痕を穿ちながらガトリングガンで追い詰める。
とは言え、そんな状態では長くは持たない。損傷を負って、尚も酷使し続けた左脚がとうとう悲鳴を上げた。膝の関節部からちらちらと炎が漏れ出すと、急激に機動力が低下した敵の機体をエスクートゥアの銃弾が捉えた。
左脚に被弾し、僅かに残った寿命を刈り取ると、左右のバランスを崩されて上体が倒れ掛かる機体へ次々と銃弾が突き刺さる。
ガトリングガンの銃弾は一発一発の威力が高く、被弾する都度敵の機体が不可視の拳で殴られたかのように、何度も揺り動かされる。
機体を覆う装甲板をいくつも断ち割り、周囲には破損した装甲の欠片が飛び散り、血飛沫の如く黒々としたオイルが点々と撒き散らされている。
銃撃を止め、カラカラと回る銃身を向ける先には、全身の至る箇所から噴き出す煙が、まるで怨念めいて見える敵ARPSの姿があった。
――銃弾の残量43%となります――
無数の銃弾を浴び、辛うじて立っている死に体となった敵を前にして、ダリルは余裕の表情を見せる。
「なあに、これでお――」
言葉は最後まで発せられなかった。
最早止めを刺されるのを待つだけかと思われた敵ARPSだったが、機体に残された動力を振り絞り、乾坤一擲となる最後の攻撃を仕掛けて来た。
右腕を大きく振り被ったまま左の肩を突き出し、機体全身でぶつかるかのような勢いでローラーを回して突進して来る。
このまま朽ち果てるのを潔しとせず、ただ一撃を与えることだけを目的とした執念とも言える攻撃。その狂気じみた一念が込められた行動が執念を実らせる。
命の灯を燃やし尽すかのように憤然と黒煙を噴き上げ、異音を奏で不安定な回転を見せるローラーから怨嗟の咆哮を上げながら、死力を振り絞らんと駆けて来る。
全く予期せぬ猛襲と言える敵の姿を目にし、その気迫に押されたダリルの反応が一瞬遅れた。
銃口のすぐ先にまで迫った敵ARPSに対し、最早銃撃を加えた所で防ぐことは叶わない。
咄嗟に構えていたガトリングガンを押し当てて敵ARPSを止めようと試みるも、損害を全く考慮せず、全身から体当たりをして来た機体の衝撃の前になすすべもない。
「この死に損ないがっ!!」
機体を大きく揺さぶる衝撃に耐え、じりじりとした機体同士が力を絞り出す均衡した鍔迫合の中、敵から本命の一撃が放たれる。
引き絞られていた弓の如く、振り上げていた右の拳をエスクートゥアの頭部に向かって叩きつけて来た。
唸りを上げて迫る拳は操縦席に居ながらも、纏わり付いた空気が肌をひりつかせるほど気迫の込められた一撃である。
ダリルは一瞬ひやりと背筋を凍らせるも、頭部を横に振ることで辛くも直撃を躱す。
モニターにはすぐ脇を通り過ぎる腕が映し出され、ホッとしたのも束の間、一瞬遅れて機体に衝撃が襲う。
――左肩部に命中、装甲大破。左腕駆動部に異常発生。動力伝達率71%ダウン――
「ちっ」
ダリルは忌々しそうに舌打ちをすると、機体を引きはがすように敵ARPSを押しやり、エスクートゥアを後退させて再度間合いを取った。
エスクートゥアの左肩はナックルを受けて装甲正面が大きく割られ、武骨なフレームに包まれた可動部にはいくつもの切り裂かれた装甲の破片が喰い込んでいる。
噴出する煙こそ少ないものの、ドクドクと溢れて腕を伝う大量のオイルはARPSと言う機械でありながらも、見る者に痛々しさ感じさせる光景である。
モニターにも機体が苦痛を訴えるかのように、大きなアイコンが派手に明滅している。
――まだ戦闘は終了しておりません。最後まで油断なされぬよう忠告致します――
「悪かったよ」
ラトーナからの苦言にダリルはばつが悪そうな表情を見せるも、敵に視線を向けたまま瞬時に機体の作動確認を済ます。
幸いなことに最初の体当たりでは大きな衝撃を受けたが、機体や銃器には不具合は出てない。問題の左腕は辛うじて肘より先が多少動きはするものの、反応は自体は非常に鈍い。
「今度こそ終わりだっ!!」
ダリルは鬱憤を晴らすかのように、止めとなる銃弾を敵ARPSに放った。
ほんの数秒の間に五十発以上の銃弾を全身に浴びた機体は穿たれてた風穴を更に押し広げ、盛大に露出した内部ユニットを夜風に晒しながら、膝から崩れ落ちて行った。
「あー、くそっ、マズッたなぁ」
敵ARPSを倒せはしたものの、一瞬の油断から犯した失態に苦い顔を見せる。
周囲では未だに戦闘音が聞こえているが、流石に現状ではこれ以上の戦闘参加は難しい。
多少後ろ髪を引かれるも、自身の我が儘で部隊を窮地に晒す訳にはいかない。
「クルツに繋げてくれ」
ダリルは今後の指示を仰ぐべく、ラトーナに連絡を取るよう頼む。
――了解です――
通信が繋がる束の間、名残惜しそうにダリルは眼前で繰り広げられている戦闘を見詰めていた。
敵味方の機体が入り乱れ混戦となった戦場は機体数の影響が如実に現れ始め、敵の数こそ減らしつつあったが戦線を維持することは叶わず、崩壊寸前の様相を呈していた。
ダリルのエスクートゥアに格闘装備機が張り付いたお陰で、アサルトライフルとシールド装備が一機、バズーカ装備が二機の合計三機となる敵に対して、マリーアイゼンとカグツチの二機で対処することとなり、そうなると当然敵も狙いを絞って来る。
「絶えず周囲を確認して、最適な位置を探すんじゃ」
敵に標的とされ、気付くとついつい深追いをして孤立しかかるエレノアへと、シャバックからアドバイスが入る。
敵は絶えず様々な揺さぶりを仕掛け、何とかマリーアイゼンとカグツチの二機を分断しようと試みるも、その都度シャバックが上手くフォローに入って事無きを得ている。
シャバックの言葉を受け、ハッとした表情を見せるエレノアが周囲様子を窺いながら機体を下げると、挟撃を仕掛けようと狙っていたバズーカ持ちの動きも止まる。
「んもー、ちょこまかと撃って来てっ!!」
しかしそうなると、当然攻撃を受けるだけとなるエレノアの不満も溜まっていく一方である。
飛び道具を所持していない所為もあり、先程からアサルトライフルを装備した機体からちょっかいを掛けられ続け、ただでさえ我慢とは無縁なエレノアの忍耐は限界寸前である。
――少し落ち着けっ――
諌めるGARPの声も耳に入らず、攻撃を再開した敵の機体に対し、今度こそ上手く詰め寄ろうとマリーアイゼンを動かそうとした時、操縦席に再びシャバックからの冷静な声が流れて来た。
「嬢ちゃん、あんまりそいつにばかり構うと、相手の思うつぼだぞ」
そう言うと、シャバックはマリーアイゼンに攻撃を仕掛けていたアサルトライフル持ちへとバズーカを放つ。
マリーアイゼンから反撃が無いのを良いことに、大胆に銃撃を仕掛けていたアサルトライフル持ちだったが、突如放たれたロケット弾に意表を突かれ、大きく挙動を乱しながら回避機動を取る。
「むー……」
エレノアは頬を膨らませ、不満気な表情を見せる。
敵の狙いはマリーアイゼンへと集中している。それも当然のことで、銃火器を装備していないことから反撃する手立ても無く、機体数も三対二と優勢な状況であれば、何も無理な攻撃を仕掛けることはない。有利な状況を利用して、各個撃破を狙うのは当然の策である。
今現在はその不利な状況に対して、シャバックが上手く立ち回っているお陰で、何とか切り崩されずにすんでいる。
とは言え、状況はあまり芳しくはない。現状はあくまでも耐えているだけであり、状況を打開するだけの要素は見当たらない。
戦線を支えているシャバックに関しても、いつまでも持つ訳ではない。エレノアをフォローしながら敵ARPS三機を相手取るのには多大な集中を必要とし、消耗の激しさからも長時間持続出来るようなものではない。
更に弾数の問題もある。銃火器に関しては、初期支給品以外には全て弾数が設定されている。使用すれば着実に弾数を減らし、無くなれば予備弾の補充を迫られる。
そして、敵はその時を狙っている。
シャバックとしても敵の狙いには気付いており、極力無駄玉を無くし、節約を心掛けてはいるものの、使用に迫られる以上着実にその数を減らしている。
「残り三発か……」
モニターの隅に表示されている残弾数を確認しながら、シャバックは表情を曇らせた。
――今はまだ弾倉交換に十一秒は掛かるぞ――
銃火器を使用するに当たり、もっとも警戒しなければいけないのが弾倉の交換時である。
当然のことながら、交換中は一時的とは言え攻撃手段を一切失い、無防備な姿を敵の前に晒すことになる。また短時間とは言え、作業中は敵から視線を外すことになり、隙を見せることにも繋がる。
ゆえに交換に有する時間だけでなく、交換のタイミングや交換時の位置取りなど、プレイヤーに求められるものは多岐に亘る。
この銃火器を所持する上で絶対に避けることの出来ない弾倉の交換は、非常に地味ながらも各自のプレイヤースキルの差がはっきりと表れる。
慣れや練習次第では所要時間を短縮出来るとは言え、現在置かれている状況を鑑みれば、今のシャバックには十一秒と言う時間は非常に長い。
敵の攻撃を凌ぎつつも刻々と差し迫る時を前にして、シャバックは一つの決断を下す。
「嬢ちゃんに繋いでくれ」
――ちょっと待て。…………繋がるぞ――
「……ん? おじーちゃん、なーに?」
スピーカーから流れて来る声には先程までの焦りや苛立ちの色が消えており、シャバックは一先ず安心をする。
ここであまりにも入れ込んでいるようだと、勝負を掛ける前に終わってしまう。
「おお、すまんな。実はな、敵が仕掛ける前に、こちらから勝負を掛けようかと思っての」
「おー、やるやるー。それで、どうすればいーの?」
余程鬱憤が溜まっていたのか、シャバックの提案を受け、エレノアの弾んだ声からは反攻に浮き立つ様子が窺える。
「わしが先に仕掛けるので、それを利用して銃を持つ機体を仕留めてくれ」
「りょーかーい」
エレノアとの通信を終えると、シャバックは各機の配置を確認する。
正面やや右手には、先程から何度もカグツチとやり合っているバズーカ持ちが見える。左手、少し離れた位置にはマリーアイゼンが弾を避けつつ懸命に動き回っている。その正面にはアサルトライフル持ち、そしてすぐ隣にバズーカ持ちと二機が並んだ状態で陣取っている。
タイミングを窺うべく、ひたすら耐え忍んでいると、とうとうその時が来た。
マリーアイゼンへと銃撃を仕掛けていたアサルトライフル持ちが、何度目かの弾切れを起こす。今までは隣に位置するバズーカ持ちがフォローしていたが、今回は違った。
「今じゃっ!!」
「おー!!」
フォローに入ろうとするバズーカ持ちの機先を制する形で、カグツチが攻撃を仕掛けた。
残りの砲弾全てをマリーアイゼンを担当する敵ARPS二機へと放つ。アサルトライフル持ちに二発、バズーカ持ちには一発のロケット弾が煙を引いて向かって行く。
標的となった二機の敵ARPSは、虚を突いた攻撃に対し一瞬動揺を見せるも、すぐに対応を開始する。アサルトライフル持ちは弾倉交換を途中で止めて、すぐに回避機動に入り、バズーカ持ちもロケット弾を回避しながらカグツチへと反撃となる砲弾を放つ。
標的となった二機はそれぞれ距離が離れるも、上手く攻撃の回避に成功した。
どうにか凌いだアサルトライフル持ちは自身の後方で起こった噴煙を背にしながら、手にしたままの弾倉を手早くセットしようとするも、突如陰った視界に疑念を抱く。
「おりゃー!!」
盾も構えず、俯いて銃を弄っていた敵ARPSへと、マリーアイゼンは突き出した左肩から疾走した勢いのままタックルを仕掛けた。
反動で跳ね上がる上半身。銃を手にしたまま広がる両腕。衝突の勢いを受けて踏鞴を踏む脚。
幸いにも転倒するまでには至らず、何とか機体を立て直そうとした所に、続けざまの攻撃が入れられる。衝突時の反動で押し下げられる左肩をも威力に変換し、小さく折り畳んだ右腕から渾身のストレートが放たれる。
バランスを取ろうと広げた両腕のお陰で、がら空きとなった頭部にナックルを嵌めた拳が突き刺さる。
硬い殻でもかち割ったような手応えののち、拳が押し潰しながら減り込んだ。
頭部に半分程埋まった拳を引き抜くと、内側へと折れ曲がった中央の円形の装甲が露わとなり、拳に貼り付いていた細かなパーツがパラパラと零れ落ちる。
そして、攻撃は終わらない。
「今までのお返しだー!!」
溜まった鬱憤を全て吐き出すかのように雄叫びを上げると、エレノアは畳み掛けるよう一気に攻勢を掛ける。
攻撃を受け、動きの止まった敵ARPSへと、引き戻す右腕と入れ替わり、左の拳を胸部へと叩き込む。
未だ顎を上げ、宙空を見上げている敵には為す術が無い。
胸部の中央への攻撃を受けて機体が一瞬衝撃で揺れるも、素の拳では威力は低く、装甲を打ち抜くまでには至らない。
敵ARPSもようやく反応を見せ、視界の無い状況の中、手探りで掴みかかるように両肩へと手が掛かった時、更なる衝撃が襲い掛かる。
さながらボクシングでのワンツーのように、左の拳を引き戻すと同時に、右拳のナックルが放射状に広がるひび割れた装甲の中心へと打ち込まれる。
今まで対戦した機体の一体型装甲とは違い、身体に響く衝撃音は聞かれず、和音のようないくつも音の重なりが耳に伝わる。
両肩に掛けられた手が力無く滑り落ちると、敵ARPSはマリーアイゼンにもたれ掛かるように、ズルズルと膝から崩れ落ちた。
「次はお前の番だっ!!」
マリーアイゼンが振り返った先には、無人の雪原が広がっていた。
――あー、とっくにいないぞ――
様子を窺っていたバズーカ持ちはマリーアイゼンと僚機が接近し過ぎたために攻撃を仕掛けられず、この隙にクルツ達が控える後陣へと単身突撃を掛けて行った。
「なにおー、まだやられた分を返してないじゃないっ。何でちゃんと見張っとかないのよー」
――いや、何でと言われても……――
エレノアは勝ち逃げとなったバズーカ持ちへの憤りをGARPへとぶつけ始めた。
反撃の切っ掛けを作る為に全弾を一気に撃ち尽くした直後、攻撃手段を失ったカグツチへと相対するバズーカ持ちから猛攻を受けた。
立て続けに放たれた二発のロケット弾が噴炎を上げて向かって来る。
カグツチは一発目を上手く躱すも、すぐ目の前に二発目となるロケット弾が迫ってた。上手く回避先を予測して打ち込まれたロケット弾に、カグツチは回避する隙も与えられず、咄嗟に正面へと盾を掲げて防いだ。
脚を止めて爆発時の衝撃に耐えるも、敵からの追撃は来なかった。
「ふう、助かったわい。どうやら躊躇したようじゃの」
敵の行動に勝機を見出したシャバックは、ほっと安堵の表情を浮かべた。
二機のARPSは互いの距離を置き、向き合う形で攻撃することも無く静かに対峙している。
敵としては、本来ここで畳み掛けて仕留めたかったが、残り僅かとなる弾数がそれを許さなかった。
実際には残弾を使い果たした所で、条件としては五分となるだけなのだが、自らの手で有利となる立場を捨てるだけの勇気を持てなかった。
その一瞬の躊躇が、自ら重い枷を嵌めることになる。自身が有利な立場であると思う程、乏しい残弾の使用の際に躊躇いが生まれ、より確実に使用しようと思う程、勝機を逃す羽目となる。
一旦嵌った思考の渦を抜け出るのは難しく、長く居る程に不利な立場である筈のカグツチの勝機が増すこととなる。
追撃の機会を一瞬迷ったことなどシャバックが見逃す筈も無く、一連の攻撃を凌いだことによって微かに差し込む勝利への灯が、確かなものへと変わっていた。
周囲の派手な戦闘音を余所に、二機は砲弾の飛び交わない非常に地味で静かな心理戦を繰り広げていた。
そんな膠着した状況も、一機のARPSの登場で終わりを告げる。
「よお、長老。珍しく手間取っているようじゃねーか」
カグツチの視線の先、バズーカ持ちの機体の背後からエスクートゥアの巨大なシールド装甲が姿を覗かせている。
「ふんっ、要らぬ世話じゃい」
シャバックの不満気な言葉とは裏腹に、その表情には嬉しげな笑みが浮かんでいる。
「じゃが、まあ良い。折角来たんじゃ。少し手伝ってけ」
「おーよ。で、どうすんだ?」
ダリルの言葉の端々から、好戦的な色を滲ませる。
「奴は弾切れ間近で慎重になっておる。このまま他機と合流せんよう牽制しとれば、勝手に自滅するじゃろ」
「倒さねーのか?」
シャバックの答えはダリルの期待したものでは無く、その分気の抜けた表情となる。
「お前さんの機体は損傷しておるようじゃし、わしの機体は今弾切れじゃ。そんな状況でわざわざ無理してまで、此奴を倒す必要は感じん」
「まあ、それもそうか」
ダリルは挟撃から逃れるよう、じりっじりっと移動する敵ARPSに合わせ、機体を労わりながらエスクートゥアをゆっくりと動す。
二対一と数的不利になったことで、自力での打開策を失った敵ARPSは窮地へと追い込まれる。
一瞬の迷いが取り返しのつかない事態を引き起こす結果となった。
最前線を後方から砲撃によって支援攻撃を仕掛けていたクルツ達の下へ、乱戦の隙を突き一機のARPSが向かって来た。
――敵機接近、三十五秒後に接触します――
「おや、抜けて来ましたか」
クルツはのんびりとした口調でセンサーを確認しながら、護衛役であるマグスへと声を掛けた。
「マグス君、頼みますね」
「……了解」
マグスは言葉少なに返事を返すと、すぐに迎撃へと向かう。
攻撃に対する盾となるべく、シュヴァルディアの正面に位置したザロジェニールの膝が折り曲げられ、機体が僅かに沈み込む。高回転するローラーの甲高い金属音が鳴り響くのと同時に、ガリガリとした氷の破砕音が入り混じる。
氷の上でローラーが派手に空転し、機体が左右へと滑るように揺れていると、急にグリップを取り戻した機体はカタパルトから撃ち出されたかのような加速を得る。
飛び出したザロジェニールの眼前には、敵味方の機体が入り乱れる戦場の中から抜け出し、後塵を噴き上げながら一機のARPSが迫って来る。
右手にはバズーカ砲を構え、肩に担がれた砲口が真直ぐに標的となっているシュヴァルディアへと向けられている。反対となる左腕は砲撃によって肘の関節部分が破損したのか、力無く垂れ下げられ、機体が振動する度に左手がふらふらと揺れ動く。
敵ARPSも持ち場を離れ、迎撃へと向かって来たザロジェニールに気が付くと、先手を取って仕掛けて来た。
バズーカから二発の砲弾が発射されると、ザロジェニールとシュヴァルディアへと向かって、一発ずつ飛んで行く。
まるでマグスを試すかのように、自身と護衛対象へとそれぞれ攻撃が仕掛けられる。
すると、敵の思惑を嘲笑うかのように、マグスは一瞬の躊躇も見せずに対応する。
機体をスライドさせながら急停止を掛けると、自身に向かって来る砲弾へと左手に持つ盾を突き出す。
「……シールドの制御を頼む」
――了解――
AIへと指示を出すと、ザロジェニールの身体を開くように右手を後方上空へと向けた。
既に頭上を通り過ぎ、シュヴァルディア目指して飛んでいるロケット弾へと銃弾を放つ。
満月に程近い月明かりのお陰でそれなりの視界が確保されているとは言え、夜空に溶け込むように飛んでいるロケット弾を仕留めることは難しい。
ロケット弾の後方より噴出される炎を頼りに狙うも、銃弾の軌跡が分かる曳光弾などを使用している訳でも無く、手応え無く虚空に銃弾が吸い込まれていく。
それでも何度目かに放たれた三点バーストで標的を捉え、闇夜に綺麗な光の華を咲かせた直後、左腕から大きな衝撃が機体へと伝わって来た。
――シールドの損傷率32%、同様の攻撃、後二回で破損――
「……了解した」
ザロジェニールは爆発時の粉塵を纏わせている盾をやや乱暴に雪面に突き刺すと、その背後に機体を隠す。まだ僅かに銃弾が残っている弾倉を投げ捨て、背面に背負ったアイテムパックから新たな弾倉を取り出す。視界の隅に敵の様子を入れつつ手早く装填すると、すぐさまマグスは反撃に移った。
些か乱暴にアクセルを踏んでローラーを回すと、同調した機体が左右へ暴れながらも急発進する。
マグスは機体から聞こえる抗議するかのような駆動音を黙殺すると、正面に盾を掲げたまま更に加速させた。
ザロジェニールの足下から一際大きな唸り声を周囲に振り撒きながら、敵ARPSへと真直ぐに突き進む。
すると、敵ARPSは向かって来るザロジェニールを躱して回り込む様な軌道を取りながら、その奥に控えるシュヴァルディアへと攻撃を仕掛け始めた。
気付いたマグスもすぐさま反応する。自機周辺の頭上を越えて行く複数のロケット弾を、一発も漏らすこと無く排除に掛かる。
すぐに機体を停止させると、漆黒に染まる夜空に銃弾をばら撒く。冬の星座が去りつつある空に一瞬の静寂が広がると、色鮮やかな閃光が入り乱れ儚く散っていった。
――残弾数四。ご注意を――
報告を聞きながらマグスは敵の様子を窺いつつ、次の弾倉交換のタイミングを計る。
攻撃を尽く潰された敵ARPSは段々と苛立って来たようで、機体の操縦の節々にその兆候を覗かせる。
乱暴で雑なアクセルワーク。強引な機体操作から来る大きな挙動。苛立つ内心をぶつけるかのような狙いの荒い砲撃。
対戦直後の洗練された動きの面影など微塵も無く、ただがむしゃらに攻撃を仕掛ける姿がそこにあった。
がむしゃらさや強引さが一概に悪いとは言えない。気迫溢れる行動は、時に状況を打破する切っ掛けにもなろう。
しかし、この場合、相手が悪かった。
直情径行にあるダリルなどとは違い、終始冷静さを貫くマグスはその寡黙な性格も相俟って、敵を往なすことを得意としており、敵がいきり立ち、強引に打って出るほど自身に有利な戦況を作り上げる。
敵ARPSは常に標的であるシュヴァルディアとの間に位置し続けるザロジェニールに業を煮やしたのか、強引な手段による排除に取り掛かった。
今までとは一転、ザロジェニールへと真直ぐに向けられたバズーカの砲身から、ロケット弾が発射される。
青白い月夜の下、轟々たる炎を噴出した獰猛なロケット弾が牙を剥き、真直ぐに向かって来る。
――敵砲弾、進路上にシュヴァルディア有り。回避不能――
敵ARPSはザロジェニールの役目を利用し、攻撃を受けざるを得ない状況へと追い込んで来た。
「……」
マグスは一瞬眉をひそめたものの、何事も無く対応する。
直撃に備え、正面へと盾を掲げつつも脇から銃口を覗かせると、すぐさま残りの銃弾を放った。
絶えず移動し続ける敵ARPSへの反撃とほぼ同時に機体が衝撃で大きく揺さ振られ、周囲が爆発による粉塵で包まれる。
ヒステリックに喚き立てるいくつもの警告音が操縦席に木霊する中、マグスはこのチャンスを見逃さない。
粉塵によって機体が包まれ、視界が効かないと言う不利な状況を逆に利用し、この隙に弾倉を素早く入れ替える。
――シールドの損傷率68%、尚敵機体、十時の方角から移動中――
「……分かった」
ザロジェニールは立ち込めた粉塵から抜け出しながら、狙いも定めず銃弾を放ち敵を牽制する。
敵ARPSは自機周辺の雪原に点々と穿たれる着弾の痕に気付くと、苛立ちも露わに乱暴に進路を変えた。機体をスライドさせながら雪片を大量に撒き散らすと、仕返しとばかりにロケット弾を放って来た。
既に盾は砲弾に耐え切れぬ所まで損耗しており、損壊を避けるには回避するしか術は残されてない。
マグスはすぐさま機体を発進させて回避機動に移ると同時に、ロケット弾を撃ち落とすべく銃弾を放ち始める。
タタタッと言う連続した発砲音が小気味良く何度も刻まれる中、AIであるパニから報告が入る。
――敵機体停止。弾倉交換中。絶好の機会――
「……大丈夫だ。このチャンスを見逃すはずが無い」
マグスは仕留めたロケット弾の爆炎を目にしながら呟いた。
一方、敵ARPSは焦りの直中にあった。
攻撃を尽く潰され、気が付けば有効打も無いまま残弾を撃ち尽くしていた。
バズーカの弾倉はマシンガンやアサルトライフルなどよりも大きく嵩張る為、交換の際の時間も長く掛かる。また、その所為で移動しながらの交換も難しく、戦場で機体を停止する分生まれる隙も大きくなり、威力が高いとは言え扱いが難しい武器でもある。
最後に残していた一発を牽制に利用したお陰で、対応に追われたザロジェニールはこちらに仕掛ける余裕は無い。
苛立たしげに弾倉を放り出すと、ドスっと言う重量感のある音を立てて雪に減り込む。
左腕を背負ったアイテムパックへと伸ばし、新しい弾倉を手にすると同時に、突如警告音が鳴り響き、頭上よりいくつもの飛来音が聞こえて来た。
敵ARPSが状況を把握しようと顔を上げた瞬間、全身を揺す振られる程の衝撃が襲い掛かり、機体が燃え盛る炎に包み込まれた。
「戦場でそんな簡単に隙を見せちゃダメでしょ」
クルツは火ダルマと化した敵の機体を見ながらポツリと呟いた。
いくら護衛対象だからと言って、のんびりと傍観者に徹するつもりはさらさら無い。
今まで手を出さずに観戦してた所為で勘違いしたのか、護衛役のマグスにばかり気を取られ、警戒対象から外れた隙を突いて砲撃を仕掛けた。
こちらの存在を忘れたかのように無防備な状態を晒す敵ARPSに対し、チャンスとばかりにロケット弾を三発叩き込んだ。
惜しくも直撃は一発だけだったものの、近くに着弾した際の副次効果も加わり、一度の攻撃で敵を破壊寸前にまで追い込むことに成功した。
無事に攻撃を退けたマグスの目の前に現れた敵ARPSは以前の姿からは一変し、凄惨な様相を呈していた。
爆発時の炎で焼かれ、全身余すところなく黒焦げた機体は、まるで隕石の落下現場のような惨状である。
周囲の雪は高熱によって一瞬で溶かされ、機体を中心としたクレーターが生まれており、煤を含んだ黒い水がちょろちょろと流れ出し、足下に水溜りを作り出している。
機体の右側の腰部分を覆っていた筈の装甲は剥がれ落ち、脚の付け根部分にも大きな破損が見られる。手にしていた筈のバズーカも足下に転がり、取り出した新たな弾倉も爆風に煽られ、大分離れた場所にまで飛ばされていた。
――敵機体、依然稼働中。止めを――
「……了解」
ザロジェニールは敵ARPSへとアサルトライフルを向けると、胴体の中央部へと引き金を二度引いた。
連続した発射音が鳴り止むと、敵の機体が静かに背後へと倒れて行った。
これで残る敵ARPSは一機となった。油断は禁物だが、既に勝敗は決したと言って良いだろう。
後はいかに被害を減らしつつ掃討戦を行うべきかと、先の展開へと思考していたマグスの耳にパニから不穏な報告がなされる。
――敵機体、不審な行動を感知――
「……何!?」
マグスは敵の居る筈の最前線へと視線を向けた。
次々と敵のARPSを撃破して行き、残すは後一機と言う所で、追い詰められた敵が思わぬ行動に出た。
カグツチとエスクートゥアの二機と相対していた敵ARPSが、突然機体を翻すと敷地外へと向かって疾走し始めた。
「あー、にげたー」
逸早くその様子に気付いたエレノアは大声を上げはするものの、余りにも潔い逃げっぷりに、呆然と立ち尽くしたまま見送ってしまう。
カグツチとエスクートゥアの両機も目の前から逃げ出した敵を追い掛ける素振りも見せず、堂々と見送っていた。
施設を占拠した目的や倒れた僚機のことなど一顧だにせず、逃走する敵ARPSは僅かな躊躇も見せずにただひたすら敷地の外へと向かって駆け出した。
逃げた敵ARPSの装甲には多少損傷は見られはするが、機体を動かすのに支障は無いようで、自身の姿を隠すほどの勢いで空高く大量の雪煙を巻き上げながら、敷地の入口を潜ると逃げ去って行く。
一人騒ぐエレノアとは裏腹に、クルツ達他のメンバーには一切の動揺は見られず、早々と戦闘の事後処理を始め出した。
「ねーねー、追い掛けなくていーの?」
マリーアイゼンは飛び道具を一切所持しておらず、この様な追跡戦には向かないことから、不安げに問い掛ける。
今回の様な討伐系クエストは敵の殲滅を以って成功となる。その為、例えどの様な理由があろうとも、一機でも逃せばその時点で失敗となってしまう。
「まあ、問題無いだろ。こっちはクリアだ」
「ほえ?」
答えてくれたダリルから意味の分からぬ言葉を聞き取り、エレノアは首を傾げた。
すると、外の方から大きな爆発音が聞こえて来るも、淡々と報告の声が続いていく。
「逃げ道は既に塞いどるからの。嬢ちゃんとわしの方もクリアじゃ」
「逃げ道って……、あっ、そっか」
ようやくエレノアも皆の落ち着きように気が付いた。
「……こちらもクリア」
「敷地内の敵は殲滅したようですね。後はキース君達に任せましょうか」
討伐系依頼を主体に活動をしているI.C.O.M.S.にとっては、この様な敵の行動など予測の範囲である。
そして、ここで敷地の外にも戦力を配置していたことが生きる。
敵が占拠した建物の敷地は四方を高い塀で囲まれており、出入り口となるのは一ヵ所しかなく、その必ず通らねばならぬ場所には手ぐすね引いて待ち構えている捕食者達が配置されている。
「取り敢えずは死者を出さずに済みましたね」
作戦指揮を執ったクルツは責任を果たし、ほっと安堵の吐息を吐きながら、戦場となった場所を見渡した。
開戦前は白銀に輝く、真っ新な雪で一面を覆われていた敷地は今や見る影も無い。
周辺にはいくつもの機体が倒れ伏し、未だ燻ぶった煙が立ち昇っている。雪面には度重なる攻撃によって大小無数のクレーターが生み出され、周囲には煤や飛び散ったオイルなどで黒く汚れている。
敷地内に刻まれたいくつもの傷跡が、今回の戦闘の激しさを雄弁に物語っていた。
「続けて、被害報告を」
「あー、左腕破損。移動する分には問題無いけど、戦闘はちょい厳しい」
ダリルが幾分悔しさを滲ませながら、報告を入れる。
エスクートゥアの左腕は、今や力無くだらりと垂れ下がっていた。辛うじてあった反応も完全に失われ、銃を構えることすらも儘ならず、あれほどの威力を誇ったガトリングガンは巨大な荷物と化している。
「私はまだへーきだよ」
マリーアイゼンは数多くの銃弾をその身に浴び、損傷箇所自体は多いものの、そのいずれもが致命傷にまでは至らず、十分戦闘継続に耐え得る状態を依然保っていた。
「わしの方も問題無い」
前線を担当したにも関わらず、カグツチだけは目立った損傷が無かった。一番熾烈な戦闘が行われた場所に参加してたとは思えないほど、その機体は綺麗な状態である。
「……機体の方は問題無い。ただ、盾がもう持たない」
機体自体への損傷は無いザロジェニールであったが、戦闘を支える要となる盾が破壊寸前となっており、次なる戦闘に参加するには不安な状況であった。
「そうですか。私の方はお陰さまで問題無いです。では、私と長老の二人で入口の警戒に当たります。キース君達が残敵を掃討次第、ビエコフ君にこちらへと移動して貰い、修理をお願いしましょう」
「「「了解」」」
「りょーかーい」
案の定と言うべきか、逃走を図る敵ARPSを最初に捉えたのはスヴァローグであった。
――マスター、敵が一機敷地より脱出を図ろうとしています――
「やっぱり、そう来たか」
今回の敵に大局的な戦略や戦術の意図が設定されているかは定かではないが、逃走と言う選択肢は討伐側からすると厄介でこそあれ、情報を持ち帰る意味では決して間違った選択では無い。
もっとも製作側がクエストの難易度を上げるよう、設定している可能性の方が高くはあるが。
だが理由はともあれ、ここで敵を逃す訳には当然いかない。
キースはすぐに迎撃に取り掛かる。
「リンデさん、敵が来ます。攻撃をされると厄介ですので、距離が離れている内に仕留めて下さい」
すると、ここでアデリナから声を掛けられる。
――マスター、グレン様から通信が入ってます――
「すぐ繋いでくれ」
スピーカーから一瞬ノイズが入ると、すぐにグレンの声が流れ出す。
「おっ、繋がったか。キース、先にこっちで仕掛ける。ディーには少し待つよう伝えてくれ」
「了解しました。リンデさん、お聞きの通りです。お膳立てを整えてくれるようなので、その後にお願いします」
キースは通信を終えると、センサーで状況を確認する。
敵ARPSはようやく入口へと差し掛かった所で、クルツが門を破壊したお陰で遮るものも無く、すんなりと通り抜けた。
入口の門からは暫く真直ぐな道が通っているが左右を林に挟まれており、その中に逃げ込まれると厄介なことになって来る。
敵ARPSは頻りと振り返り、背後を気にしながらの逃走劇は百メートルも進まぬ内に幕を閉じた。
連絡通り、最初に仕掛けたのはグレンだった。敵ARPSとの対戦後、減ったHPを回復させたグレンは入口周辺に潜み、逃走を図る機体を仕留めるべく待機していた。
入口から道に沿って真直ぐに進み、目の前を通り過ぎようとする敵ARPSへと、道のすぐ脇に仕込んでいた指向性地雷を起爆させた。
予期せぬ真横からの攻撃をまともに喰らい、脚部に損傷を負った敵ARPSは機体のバランスを崩すと、疾走の勢いそのままに頭部から雪の中へと突っ込んで行った。
――ほら、ディー、一撃で仕留めなさいよ――
倒れ込んだ敵のARPSは衝撃時に手放したバズーカを拾うべく、のろのろとした動きで起き上がろうとしている。
敵ARPSは片膝を突き、雪に塗れた上半身を持ち上げ、視線をバズーカの転がる正面へと向けた瞬間、引き金に掛かっていたシュヴァルディアの指に力が込められた。
轟音と共に銃弾が発射されると、機体を強烈な反動が襲う。強烈な勢いで機体が後方へと引っ張られると、すぐさまスタビライザーに組み込まれた複数のオイルダンパーが作動する。固定用の台座が雪面へと沈み込み、ピストンロッドが緩やかにダンパーの筒へと吸い込まれると、反動が吸収されて機体がゆっくりと元の位置へと戻されていく。
その頃になって、ディートリンデはようやく自身の目で成果を確認出来る。十字照準線での狙い違わず、敵機体の胸部装甲には大きな風穴が開いていた。
――ナイスショット!!――
喜ぶダイアナの声を耳にしながら、ディートリンデは手早く使用済みの薬莢を排出すると、すぐに次弾の装填を済ませる。
項垂れたように俯く敵の胸部へと、再び十字照準線を合わせようとした時、スピーカーからキースの声が聞こえて来た。
「お疲れ様です。全ての戦闘が終了しました」
その言葉を受けて、ホッと張り詰めた息を吐くと、狙撃の為に拡大して狭まったモニターの視野を引き下げる。
徐々に機体全体が映し出されるモニターの中には稼働を完全に停止させ、光を失い、暗く沈んだ色を点すアイカメラが虚ろな表情を見せる敵ARPSの姿があった。
「ふう……」
自身の目で確認を済ますと、ようやくディートリンデの緊張が解け、強張った身体から力が抜けた。
――お疲れ――
「うん、何とか勝てたわね」
ディートリンデはオレンジ・ブロッサムに所属しての、初となるクエストの成功に自然と笑みが零れた。
東の空から朝日が差し込み始めた頃、ようやく長く続いた戦いが終わりを告げた。




