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第三十八話 首都

10/28 誤字修正

 戦闘が終了すると、各機はアイバンの元へ続々と戻って来る。そしてこれから始まるのが、ビエコフにとっての整備(戦闘)だ。

 整備の為に重機の準備を整えて、寒空の中、コンテナの傍に立つと、機体が帰って来るのをじっと待つ。

 そんな中、真っ先に姿を現したのはマリーアイゼンだった。

 SC(スーパーチャージャー)パックの奏でる甲高い吸気音を響かせながら、物凄い速度でアイバンへと向かって疾走している。

 損傷も軽微で済み、操縦にもようやく慣れたこともあり、挙動を色々と試しつつ帰還している様だ。

 機体の後方からは噴出でもしているかの様に雪煙が舞い上がり、森の木々をスキー競技のポールに見立てたのか、華麗なターンで躱しつつ、時折瘤に乗り上げては機体を宙に舞わせている。

「うわぁ……」

 驚くビエコフのすぐ傍を一陣の風が通り過ぎると、細かな雪の粒が頬を叩いた。

 マリーアイゼンはスキーモービルの板を揃え、雪面を掻き削る様に盛大な雪の飛沫を空へと振り撒きながら、機体をスライドさせて止まった。

「たっだいまー」

 停止した機体の搭乗ハッチが開くと、堪能しきった満足気な笑みを湛えたエレノアの姿が目に飛び込んで来た。

 その姿に大きく溜息を吐くと、ビエコフはゆっくりと近づいて行く。

「もっと大人しく帰って来てよ……」

 コンテナには膠着状態での格納になる為、帰還した機体はまず直立状態で視認による損傷チェックが行われる。

 ビエコフはマリーアイゼンの足下に立つと、機体の可動部を中心にじっくりと目を凝らしながらチェックを始める。

 後ほどコンテナ内でセンサーによるチェックも行うが、破損未満の状態はセンサーでは判明されない仕様になっている為、故障などを未然に防ぐには人の目によるチェックが欠かせない。その精度は補修スキルのLvに依存しており、ビエコフはようやく前兆が分かり始めた位のLvである。

「だってー、この子凄いんだよー」

 装甲を手で撫でながら、下に居るビエコフへと訴えて来た。

「気に入ったのは良いけど、どこか調整箇所はある?」

「うーんとねー、左膝が右に比べると踏ん張った時にちょっとふにゃっとするのとー、加速した時にぐあーって上がった後、ひっくってなって、その後またぐあーってなるのとー……」

「ちょっと左膝のサスペンションを硬くしようか。加速時の息継ぎは何だろ? GARPにも後で聞いてみるか」

 エレノアの要望を聞き留めながらも、ビエコフは機体の様子をチェックして回るも、真新しい機体と言うこともあってか、特に異常は見当たらなかった。

 その後、ケッテンクラートとシュヴァルディアも時を置かずして帰って来るが、一向にスヴァローグの姿が見えない。

 迎えに行きたい所だが、戦場周辺の森をアイバンの巨体では抜けられない為、もどかしい時間が続く。

 すると、三十分程過ぎた頃、ようやく姿を現した。

 まだ距離はあるものの、木々の間を機体が見え隠れしながら、のっそりと言った足取りで近づいて来る。

 戦闘終了時にはまだ余裕があり、自力での帰還も可能だと思われていたが、損傷を負って機体バランスが崩れ、帰還の際に負担が蓄積された左脚は稼働停止に陥っていた。

 動かなくなった左脚を引き摺りながら、一歩一歩機体を労わる様に慎重な足取りで進んでいる。

 左膝からは歩く度にオイルが漏れ出し、膝下は装甲に付着した雪とオイルが混じり合い、どす黒く汚れている。

「あちゃー、このままコンテナに載せる訳にはいかないですね」

 噴出するオイルを止めなくてはコンテナ内や工具にも付着し、汚すだけに留まらず、要らぬ故障や事故を招きかねない。

 アイバンへと向かっていたスヴァローグの足取りが、大分距離を残した所で突如止まった。

 慌てて駆け寄るビエコフに、搭乗ハッチから顔を出したキースは機体状況を伝え始めた。

「悪い、もう限界だ」

「膝だけですか?」

「動かすのに支障があるのは左膝だけだ。他にも損傷してるが、そっちは動かすだけなら問題無い」

 ビエコフは機体の周囲を回りながら、状況を確認していく。

「レーダーはどうです?」

「そっちは庇ったから、今回は問題無い。寧ろ庇った所為で、この有り様なんだがな……」

 キースはそう言うと苦笑する。

「じゃあ、取り敢えずはオイルを止めて、応急処置だけしたら、後の修理はコンテナの中ですね」

「悪いな。装甲に付着したオイルは、その間にこっちで落としとく」

「お願いします」

 機体から降りたキースはビエコフと連れ立って、道具を取りにコンテナへと向かった。

「しかし、今回の様なことがあると、機体の回収用車両が欲しくなりますね」

「あれば便利そうだが、どこに積むんだ?」

「問題はそれ何ですよね……」

 二人はそんな話をしつつ、アイバンへと歩いて行った。


 応急処置を済ませ、コンテナへとスヴァローグを格納し終えると、ビエコフは運転をグレンに頼み、自身はコンテナに篭って各機の修理に取り掛かる。

 街道へと戻り、再び走り出すも、戦闘と後処理に時間が掛かったこともあり、暫くすると日が暮れ始めて来た。

 予定よりも大分手前となるが、野営地を急いで探し、何とか日が沈む前に初日の行程を終えた。

 その後、初日の遅れを取り戻すべく、二日目からはペースを上げるも、最終日となる三日目にまたも襲撃を受け、日が暮れてもミーヌフクスの街には到着することが出来なかった。

 このまま夜通し走っても、日付を跨ぐ前の到着は難しい為、予備日も有ることからキース達は翌日の到着を決断した。


 四日目は朝から空は晴れ上がり、冬に入ってからは久々となる晴天に恵まれた。

 残りの行程も半日足らず。早めに朝食を済ませると、早速街へと向かい走り出した。

 首都となるミーヌフクスは大きな山脈の麓に築かれた街で、晴天の下、街道からでもその雄大な山の連なりが見え始める。

「でかー!!」

「エリーちゃん、危ないわよ」

 興奮したエレノアが窓を開け、車外へと顔を出してその姿を眺めている。

 端が見えず、どこまでも連なっているかの様な錯覚を覚える山脈は、いくつもの大きな山々が重なり合って形成している。

 中でも目に付くのが、街道の左手に見える山だ。空を貫く刀剣の様に鋭角で標高の高い山は、上部を岩で形作られており、現実世界でのフィッツロイを思わせる様な、山脈内でも一際異彩を放ち、とても目立つ。

 頂上付近は雪で真白く覆われ、中腹付近には剣山の様に多くの針葉樹が群生している。

「すげーな……」

 グレンもその余りのスケールの大きさに、言葉を失くして呆然と見入っている。

「この山脈が北の端になるんですね」

 キースは感慨深げに呟く。

 シュネイック共和国は東西に伸びた形の国土をしており、この山脈によって他国と区切られている為、この辺り一帯が最北の地となっている。

 そんな雄大な山へと徐々に近付きながら街道を北上して行くと、大きな街並みが麓に現れた。

「やっと着いたー!!」

 エレノアが到着した喜びから、大きく叫んだ。

 四日目の午後十二時半過ぎ、ようやく所属国であるシュネイック共和国の首都、ミーヌフクスの街に到着した。




 首都に到着すると、すぐさま街へと入って行きたい衝動を抑えて、まずはログアウトに必要な整備場の手続きをする為に、境界広場へと車を停めた。

 流石に首都だけあり、街の大きさに比例する様に数多くの受付が立ち並び、寒風吹き荒ぶ寒さにも負けず、多くの呼び込みや訪れた人達のごった返す熱気で溢れている。

 早速車外へと降り立ったキース達は、目の前で繰り広げられている光景に驚く。

「凄い人ですね」

「そうだな。この分だと他の街の倍位は居るんじゃないか」

 今まで訪れた街にも多くのプレイヤーの姿を見たが、ここミーヌフクスは首都だけあって訪れる人が多いのか、かなりの人数がいる様だ。

「あー、あの機体初めて見たー」

「あれはナキサ一型っ。その隣にはブラケニィーグも居るじゃないですか!!」

 手続きの前に機体を洗浄している姿を、エレノアとビエコフは興奮した様子で眺めている。

 そんな二人の様子を微笑ましげに眺めていたディートリンデは、その視界の隅に映るあるものに気付いた。

「あら、珍しい。こんな寒さの中で、グレン以外にもバイクに乗る物好きがいるのね」

 少し呆れた様子の言葉の中に、興味を示す単語を耳にしたビエコフは素早く反応する。

「どこですか?」

「ほら、あそこ」

 ディートリンデの差した先には、小さな車体に跨ったプレイヤーらしき姿が遠くに見える。

「おお、あれはモトラですね!!」


 ホンダが製造した原動機付自転車であるモトラは、その独特で異彩を放つミリタリーテイスト溢れるデザインから、製造が終了した現在でも一部熱狂的なファンを持つ人気車両である。

 色は二種類あり、重機的な雰囲気が溢れるモトライエローと軍用的な雰囲気を醸すモトラグリーンが存在する。

 今回プレイヤーが乗っていたのはモトラグリーンと呼ばれる、オリーブドラブ色の車両であった。


「ほう、あんなのも売られているのか」

 騒ぎに気付いたグレンとキースの二人も合流して来る。

「やっぱり首都まで来ると、珍しいものが見られますね」

「おー、流石首都!! 早く中に入ろーよ」

 四人はエレノアに急かされる様に、整備場の受付へと向かった。


 手続きを済ませると、すぐに街の中へと入って行く。

「うわー、すごいねー」

 エレノアは街中へと入った途端、窓にへばり付き、子供の様に目を輝かせながら街並みを眺めている。

 ここシュネイック共和国は欧州の雰囲気を漂わせる街が多いが、首都であるミーヌフクスはまた一風毛色の違った雰囲気の街だった。

 通りには四、五階建ての石造りの建物が立ち並び、外壁は淡いグリーンやピンク、クリーム色と言ったパステル系統の色合いに塗られ、白い線で模様の様な装飾をされている。

 欧州のデザインを元に、ロシア風なアレンジを施されたロシア・バロックと呼ばれるデザインで構成された街並みだ。

 大通りとなる道には歩道沿いに木が植えられて、並木道が形成されている。

 その大通りを進んで行くと、時折ボーチカと呼ばれる頂部に玉葱の様な円形のドームを乗せている建物が目に入る。雪深い土地だけあって、屋根に積もらずに落とす用途で考案されたものだが、いかにもロシアを思わせるデザインで街並みに見事調和をしている。

 街の中心部まで進むと、石畳で出来た大きな広場へと躍り出た。広場の中心には一本の高い石造りの円柱が聳え立ち、先端には金色の彫像が飾られている。その石柱越しには、三階建ての薄いグリーンと白で彩られた、横に大きく広がる豪奢な宮殿が奥に建っていた。

「凄い豪華な建物ですね!?」

「一応首都だからな。これが議会とか、国の中枢の建物なんだろ」

 運転をしつつ目を見開いて驚くビエコフに対し、隣に座るグレンが自身の推測を述べた。

 驚くのも無理は無い。宮殿のデザインはサンクトペテルブルグに建つ冬宮殿、現エルミタージュ美術館を模して作られたもので、現実世界でも有数な建物なのだ。

「綺麗だねー。ここでちょっと止まって写真取ろーよ」

「ギルドに行った後にでも、もう一度ゆっくり来ましょ」

「うん!!」

 女性陣のお気に入りとなった宮殿を横目に通り過ぎると、一旦配達を済ませて、再び戻って来る。

 ミーヌフクスのギルドは、この宮殿のすぐ傍に居を構えているのだ。

 流石首都に建つギルドだけあり、他の街と比べると建物の大きさが二回りは大きい。また外観は街並みに揃えられ、複数のボーチカが付いたロシア正教会の様な雰囲気を持った建物であった。

 ギルドの隣にある駐車場にアイバンを停めると、改めてキース達はギルドの前に立ち並び、建物を仰ぎ見た。

「それにしても、傭兵のイメージとは随分掛け離れた建物ですね」

「かっこいーねー」

 建物自体も街と調和しており、デザインも重厚な雰囲気の造りで素晴らしくはあるのだが、ただの武装集団である傭兵ギルドが使用しているのは、場違いと言うかそぐわない印象を持ち、キースの中ではどうもしっくりとしない。

「文句を言ってもしょうがねえさ」

 グレンはそう言うと、入口へと歩き出した。

 歩道に面した入口の扉は3m近くある巨大な両開きの扉で、建物に負けない荘厳な造りとなっている。

 扉の前に立つと、グレンは取っ手を掴み、その重そうな扉を引いた。


 扉は見た目に反して、あまり重量を感じさせずにあっさりと開いた。

 扉を潜り、ギルドの中へと一歩足を踏み入れたキース達五人は、その空間の広さに唖然とし、入口に立ち尽してしまう。

 サッカーでも出来そうな巨大な空間、この一フロアの中だけでギルド全ての業務をこなしている。

 横に大きな空間は、縦にもまた大きな空間であった。二階部分の床を繰り抜き、吹き抜けの様に繋げた高い天井。そこから垂れ下がっている、シャンデリアと見紛う様なデザインの照明の数々。

 商業施設にありがちな煌々と照らされた明るい空間では無く、欧州の教会を思わせる仄かに薄暗い照明は、建物の雰囲気にとても良く合った照度である。

 中央には四方をカウンターで囲んだ巨大な受付が占有し、各面毎に業務が割り振られている。

 そのカウンターを囲む様に、壁面には依頼を探す為のプレイヤー用のカウンターが備え付けられている。

 入口を塞いでいた一行は、後から入って来た人に押される形で中へと進み、依頼の完了手続きに向かった。


 窓口に受領書と共にカードを提出すると、手続きの為に暫し待たされる。

 一行はキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回していると、処理が終わったのか、受付の女性の顔がこちらへと向けられた。

「お待たせ致しました。まずはカードの方をお返しします」

 そう言って差し出されたカードには、今までよりも線が一本多く入っている。

「おめでとうございます。ギルドランクが上がり、皆さん三本線へと昇格なさいました」

 受付の女性の言葉に一瞬間が開くと、次の瞬間喜びが爆発した。

「やったー」

「よしっ!!」

 飛び跳ねながら全員とハイタッチをしていくエレノアに、キース達男性陣は交差する様に互いの腕をぶつけあっている。普段は物静かなディートリンデさえも、この時はエレノアと同じ様にはしゃいでいる。

 まだまだ通過点ではあるが、ようやく長い道程の末、目標の一つが達成された。


 キース達の歓喜の様子は、ギルド内のプレイヤー達からも祝福を受け、暫くの間続いていた。

 そんな様子に慣れているのか、受付の女性は黙って五人の喜びが収まるのを待っている。

 喜び合っていた五人だったが、落ち着いて来ると再び受付の女性へと向かい合った。

「宜しいでしょうか。では、説明を続けさせて頂きます。この先星一つへの昇格には、依頼成功時に入る報酬ポイントとは別に、賞金首の討伐が一件必要となります」

 説明された内容を受け、元星一つであるディートリンデを除く四人は驚いた表情を見せる。

「えっ、賞金首を獲らないといけないんですか?」

 逸早く復帰したキースが詳細を促す様に聞き返す。

「はい。星一つへの昇格時に必要となるのは、賞金額が百五十万Y(イェン)以上の首が一つとなります」

 設定されている最低賞金額は百万Y(イェン)からの為、難易度自体はそれ程高くは無い。

「ねー、なんで賞金首が入って来るのー?」

「それはですね、星付きランクからは賞金首の討伐も業務になるからです」


 条件が増えるのは、昇格難易度を上げる以外にも理由はある。

 元々賞金首には設定されたNPCの他に、PKなどを起こしたプレイヤーが厳罰的になされる処置と言う一面も持つ。

 その為、自由裁量にしていた結果、誰もこなさないと言う消極的な行動を阻止する狙いがある。

 他にもプレイヤーを狩るには高い技能と装備が必要となる為、低ランク時には関わらせなかったのである。


「ですので、まずは賞金首を狩るに足る技量を備えていると証明する為に、成功実績を見せて貰うと言う訳です」

 もう何人にも説明をしている為か、受付の女性はあっさりと言い切った。




 キース達は昇格条件の説明を聞き終えてギルドを後にすると、早速手近な店に入り、今後の予定などの話し合いを行う。

 話は賞金首の件だけでは無い。この鋼鉄の新世界と言うゲームに於いて、三本線への昇格は一つの壁であり、これが達成されることで世界が一段と広がっていくのである。

 クエストを探し、賞金首を追い掛けて各地を巡り、他国へと潜入する必要に迫られることもあるだろう。それらを行うには、装備を揃える必要もあり、その為の資金も稼がねばならない。

「でもさー、一年掛からずに上がれてよかったよねー」

「ほんとにそうね」

 エレノアとディートリンデの二人は、安堵をする様に言葉を交わす。

 この一年と言う期間。何も区切りが良いと言う理由では勿論無く、キース達五人に関わる大きな条件となっていた。

 それはゲーム内での一年と言う時間は、現実時間に換算するとおよそ一ヶ月に相当するからである。まだ学生である五人にとっては、自由に過ごせる夏休みの終了を指している。

 その為、夏休み以降については、今までの様に一日中VR内で過ごすことも難しく、五人揃わないことも出て来るだろう。その前に何としても昇格をしたかったのである。

「これで取り敢えずは、揃わなかった時でも情報収集やら、色々とすることが出来たな」

「そうですね。未発見の新規クエストを探してもみたいですし」

「キースさんに頼まれた、ハイブリッド機の組み立てに当てるのも良いですね」

 各々がこの先の予定を思い、子供の様にわくわくとした期待と興奮に胸を膨らませている。

 とは言え、そうも言ってばかりいられない。ちゃんと地に足が付いた、現実味のある計画も立てねばならない。

「まずは何から手を付けていくか」

 グレンの問い掛けに、全員思案をし始める。突然選択肢が増えると、やりたいこととやれることが混じり合い、順序立てることが難しくなる。

「少し、良いかしら」

 皆が頭を悩ませている中、ディートリンデは徐に話を始めた。

「そろそろ、他国への遠征準備を始めたいと思うのだけど……」

 それは誰もが考えていなかった話だった。

「まだ三本線の昇格したばかりだぞ。そんなにすぐ遠征に行ける程、俺達のスキルは高くない」

「そうですね。まだ自分達では力不足ではないかと……」

 グレンやビエコフの言葉を受け、ディートリンデは首を横に振る。

「違うの。準備をするからといって、すぐ遠征に行くと言う意味ではないのよ」

「それはどう言うことですか?」

 キースから疑問の声が上がる。

「みんなには他国に行った場合について、少し具体的に考えて欲しいの」

 ディートリンデは全員の顔を見渡していく。

「具体的にですか? そうですね。水のことを考えると、拠点を確保する意味でも、まずは街へ向かうべきではないでしょうか」

 キースは一つずつ状況を確認する様に、慎重に言葉を紡ぐ。

 一人当たり、一日に必要となる水の摂取量は2ℓである。当然それが無くなれば、マイナス補正が色々と掛かり、いずれ餓死にまで至る。

 そしてアイバンにタンクが備え付けられているとは言え、運べる水の量には限りがある。

「そうね。それでどうやって街へ向かうの?」

「あっ、そう言うことですか……」

 キースは声を上げると、ようやく言葉の真意を理解することが出来た。

「えー、なになにー?」

「自分も解りません」

「いいか、まず街に向かうとする。その街はどこにあるんだ?」

 今だ気付いていない二人に対し、グレンは誘導する様に問い掛ける。

「それは地図を……って、そうかっ」

「えー、わかんなーい」

「つまりはだな……」

 キースは自身の気付いたことを、答え合わせをする様に説明をしていく。


 他国に向かう。この意味は一般的な多くのゲームとこの鋼鉄の新世界とでは、込められた意味合いが大きく異なっている。

 他国に入る場合、まず向かうべきはキースが言った様に、水を確保して餓死を回避する意味でも街へと向かうべきだろう。

 では、その街はどこにあるのか。この世界では他国の地図は軍事機密として扱われている為、開始時から公開されておらず、街中に点在する店では売られてはいない。つまり、何らかの手段で入手をする所から、始めければならないのだ。

 地図を手に入れ、準備が済んだら向かう訳だが、当然街道を使えない場合も出て来るだろう。他国に"侵入"をしているのだ。そんな見付けてくれと、言わんばかりな方法を、取れないことも想定しなければならない。そうなると街道を逸れ、見つからぬ様慎重に進めば、当然時間が掛かることから、水などの消耗品の消費も多くなる。

 街に辿り着いた後も"侵入"しているのだから、当然ばれない様慎重に行動しなくてはならない。車両のカモフラージュは当然だし、他にも色々と気を配らなければいけないことも多々ある。


「うぇー、なんてめんどい……」

 エレノアが盛大に顔を顰めて嘆いている。

「遠征は行こうと思っても、すぐに行ける訳ではないのよ。だから、必要な時にすぐに行ける様に、普段から準備だけは整えていないと拙いのよ」

「これが解ると、PvPなんかの話が出て来ないのも肯けるわな」

「そうですね。特に安易にPKを目的とした連中は、行けても国境付近だけでしょう。そして奥深くにまで侵入を果たした人達は、これ程の手間を掛けているのですから、当然まずは見つからないことを第一に考えますね」

 この仕様だとPvPは目的では無く、あくまで結果として起こることなのだ。この辺はPvPを可能としながらも、あまり日本人に好まれていないことに配慮された作りとなっている。

「これだけ詳しいってことは、ディートリンデさんは以前にも他国に遠征したことがあるんですか?」

 ビエコフの言葉を受け、ディートリンデの顔に一瞬悲しげな表情が浮かぶ。

「いえ、準備をし始めただけね。実際に行った経験は無いわ」

「そうなんですか」

「ええ、準備中に揉めたのよ」

「へー、そっかー」

「そうなると、まずは地図とアイバンをカモフラージュする手段と……」

 ビエコフは端末を取り出すと、必要となりそうな物をリストアップし始めた。

「それと整備場に頼む方法もだな」

 グレンの指摘を受け、エレノアだけはキョトンとした顔をしている。

 このゲームは拠点もしくは整備場でないと、現実へと戻ること(ログアウト)は出来ない。それは当然他国であっても変わらない。

 ならば、その手段や方法を見付けられなければ、往復の期間ログインを継続しなくてはならなくなる。

「その辺はやっぱりブラックマーケットですかね」

 ビエコフが自信なさそうに発言する。

「恐らくな。ただ品物はそうだろうが、情報は他にも何か方法があるかもしれないな」

「どの道、クエストやブラックマーケットを探す為に色々と情報を集めないといけませんから、その辺りも一緒に聞き込みましょう」

「探しても見付からなければ、ベインズに聞いても良いですしね」

「それは最後の手段だな」

 今までは期間内での昇格を目指し、おざなりにしてきた為、ブラックマーケットなどの存在は知っていても、場所を知る所などケッテンクラートを購入した店だけである。

「それじゃあ、みんなで頑張ってクエストを探して、早く楽しもう。おー!!」


 話し合いも一段落つくと、早速首都であるミーヌフクスの街を散策する。

 まず最初は定番となる武器屋巡りである。

「おお、こりゃすげーな」

「ほんとですね。流石首都に在る店って感じですよ」

 店内に入って早々、その品揃えに驚くことになる。

 レニンスキ近郊の街では見掛けることさえなかった商品が、それこそ多数取り揃えられている。

「くっ、装備重量制限さえなければ……」

 キースは展示されている銃を物欲しそうに眺めながら、歯噛みをしていた。

 現在85式の出力ユニットに換装した状態での、スヴァローグの装備重量制限は190kgとなっている。それに対し、BP(バックパック)を含む全装備重量が186kgとほぼ限界まで使用している。その為、高性能な程高重量な様々な装備が展示されているが、そのどれもがキースには触れることさえ叶わない高嶺の花となっている。

「おー、これいいー」

「この威力でこの弾数なら……」

 そんなキースとは裏腹に、女性陣二人は真剣にそれぞれ購入する武器を検討し始めている。

 今回のメインは、未だ初期装備を使用し続けているディートリンデのライフル銃の更新である。

 延び延びとなっていたが、首都に訪れたと言うこともあり、今回の購入に至った。

 ディートリンデの場合、装備の購入が延びた大きな理由は、ライフル銃がバズーカやミサイルランチャーなどと並び、非常に高価な装備となる為だ。

 そしてオマケであるエレノアの場合は少し事情が異なる。と言うのも、使用する格闘装備の価格は、全武器の中で最も安価な種類に当たるからだ。因みにエレノアが使用しているナックルは最安値であり、その次はロッドと続いている。

 その為、既にアンロックの武器を装備しているエレノアであるが、チーム一の撃破数を数えることも有り、誰からも止められずに嬉々として選んでいる。


 二人の武器を買い終えると、消耗品などを購入しながら色々な店を覗いて回る。

 店頭に飾られた様々な商品を冷やかしながら、楽しげに散策をしているキース達に対し、不意に背後から声を掛けられた。

「ちょっといいか?」

 振り返ると、そこには車道の端に停められたバイクに跨る一人の男性が居た。


 見知らぬ男性から声を掛けられたキース達一行。その男性の目的とは一体何であろうか。

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