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第三十三話 不覚

9/23 誤字修正

 キングゴートがエレノア達の包囲を抜け、街道に向かっていることは、GARP(ガープ)からアイバンへとすぐに報告された。


――ビエコフ、敵ARPSが一機こちらに向かって来てますっ!!――

 普段の落ち着いた印象が一転、焦りを滲ませたアイバンの声を聞き、ビエコフは一瞬にして自身の置かれた状況を察した。

 両側は侵入を阻む木々が生い茂った森に遮られ、街道の幅があるとは言え、長い車体を持つARPS輸送車では回避機動を取ることは難しい。ただでさえ機動速度に差がある相手。一対一となった時点で、詰んだと言っても過言では無い。

 目の前の街道は地平を望み真直ぐと伸び、遥か遠く点の様に浮かんでいた敵ARPSは、時間を追う毎に機体の輪郭がはっきりと現れて来る。

「くそっ、取り敢えずロケットで迎撃する」

 ローラー走行で一直線に向かって来ている敵のARPSに対し、ロケット弾が二発放たれるが、あっさりと躱されてしまう。

 街道の幅は輸送車両が擦れ違える程度。森との境には除雪された雪の壁が、1mを越す高さで積まれ、行動範囲がかなり制限をされている状態にも拘らず、敵ARPSは前後に長く伸びた街道を利用して、着弾地点を上手く躱した。

 その様子を目の当たりにしていたビエコフに、焦りの色が浮かぶ。

 ならばと、前後に着弾地点をずらしたロケット弾を続けて二発発射するも、今後は急停止を掛けられ、またも上手く避けられてしまう。

 未だ敵からは一発の銃弾も放たれていないが、ビエコフは完全に追い詰められていた。

 砲撃には味方が駆け付けてくれるかもと言う希望を託し、時間稼ぎの意味も含まれていたが、全く効果は得られていない。

 敵ARPSとの距離が500mを切ろうとした時、ビエコフは最後の攻撃を仕掛ける。

 街道の真ん中を悠々と疾走するキングゴートへと、三発のロケット弾を放った。それぞれが敵を中心として、前後左右に僅かに散らばった形で包囲をする砲撃。

「今度こそ……」

 祈る様な眼差しで結果を見守るビエコフに対し、敵ARPSは嘲笑うかの様な機動を見せる。機体をスッと街道脇の雪壁へと寄せると、手前にある小さな瘤に足を掛け、重量を感じさせない動作で軽々と雪の壁を乗り越え、森の中へと入っていった。

 誰も居ない街道に空しく響く爆発音を聞きながら、ビエコフは両手でハンドルを叩き付けた。

 敵ARPSは森の中を移動してアイバンの真横にまで近づくと、慎重を期す様にゆっくりとした足取りで、森の中から街道へと姿を現した。

 ビエコフは真横となる運転席のドアのガラス越しに、徐々に近づく敵のARPSを睨み付けながら、必死に打開策を模索していた。

「ロケットは残弾が一発……。この距離だと向こうの銃の方が発射は早いか。何か他に手は……」

 一瞬、アイバンでの強硬突破も頭を過るが、装甲ARPS輸送車ではその重量から速度が乗ればARPSなど一溜まりも無いが、停止状態からの加速は物凄く遅く、その様な状態に至るまでに蜂の巣にされるだろう。

 結局、何の打開策も思い浮かばず、目の前に敵が立つのを眺めるだけとなってしまった。

 敵の持つ銃口がビエコフへと向けられる。

 黒く、底が見えない闇が覗く銃口から目を晒せず、ビエコフは身体を動かすどころか、思考さえも止まってしまう。

 ビエコフはVRと言う五感で知覚し、体感出来る世界の負の面に直面していた。いくらゲームだと頭では理解していても、リアル過ぎる世界が仇となり、正に蛇に睨まれた蛙の如く、身動ぎすることすら出来ない。

 先程からアイバンが何事かを盛んに叫んでいるが、ビエコフの耳には全く届いてはいない。

 引き金に掛かった指が、ピクリと動いた瞬間、ビエコフの視界に大きな影が差し掛かると同時に激しい銃撃音が鳴り響く。

 突然の出来事に、ビエコフの思考は状況に付いて行くことが出来ない。

 それでも視界に映る、幾度となく目にした機体に気が付くと、ようやく思考が戻って来る。

「姉ちゃん……」

 それはエレノアが駆るカグツチの機体だった。

 敵のARPSが正に銃弾を放とうとした時、突如現れたカグツチが相手の両肩に手を置くと、その勢いのまま敵の機体を押し退けて、街道へと倒れ込んだ。

 その結果、敵の銃弾は全てカグツチの機体へと吸い込まれ、アイバンは一発も被弾することは無かった。

 二機のARPSは、街道にもつれる様に倒れている。カグツチは身体を丸め込んだ様な状態で、うつ伏せに倒れ込んでおり、敵のARPSもカグツチに圧し掛かられた状態で仰向けに倒れ、衝撃で手放された銃が少し離れた所に転がっている。

 暫くの間、両機は共に全く動きを見せなかったが、最初に動き始めたのは敵ARPSだった。

 落とした銃を探る様に手を地面へと擦るも、手の届く範囲に無いと分かると、のっそりと上半身を起こし、上に圧し掛かるカグツチを鬱陶しそうに退かした。

 その様子を見ていたビエコフは、堪らずに通信機へと叫んだ。

「姉ちゃん、早く起きろっ!! 敵が動き出したぞっ!!」

 しかしビエコフの声は届かず、カグツチは倒れた状態のまま、ピクリとも反応せず、動こうとする気配すら見せない。

 敵ARPSはゆっくりと立ち上がると、傍らに落としていた銃を拾い上げた。装填していた弾倉を投げ捨て、新たな物に交換すると、倒れ込んでいるカグツチを見下ろす様に脇に立つ。

「姉ちゃん、急げっ!! ね――」

 ビエコフの声は、敵の放つ銃撃音で掻き消された。

 俯せた状態のカグツチへと銃弾が容赦無く撃ち込まれていく。

 背面装甲はすぐに穴だらけとなり、裂けた箇所は徐々に千切れ、内部のユニットもその中身を露わにすると、銃弾によって押し潰され、時折ショートした火花が散っている。

 敵は装填していた弾倉を使い果たすと抜き取り、新たな物と交換しようとする。

 背負っていたBP(バックパック)の腰部分に付けられた、予備の弾倉に手が掛けられた瞬間、轟音と共に敵の機体に大きな銃弾の跡が刻まれた。

 街道の遥か遠くの地点から、ディートリンデによって狙撃をされたのだ。

 敵はぎこちなく振り返ろうとするが、すぐに二発目が撃ち込まれると、身体を横に捻った状態のままアイカメラの光が消え、キングゴートは街道へと倒れていった。

 呆然と一連の出来事を眺めていたビエコフは、敵が倒れたのを目にするとアイバンから飛び出した。

 逸る気持ちとは裏腹に、凍った路面にもつれる脚を必死に動かし、カグツチの元へと直走る。

 大破した背面を尻目に、搭乗席の有る正面へと回り込む。

 すると、目に飛び込んで来た光景に、ビエコフは声も無く立ち尽した。

 転倒時の衝撃の所為か、搭乗ハッチは開け放たれ、扉部分は(ひしゃ)げて無残に折れ曲がっている。

 外からも丸見えな状態となった搭乗席に人影は無く、空っぽの状態だった。

 ビエコフは現実を受け入れるのを拒否するかの様に、漫然と見つめ続けている。

 どれ程の時間が経ったのであろう。ビエコフは自分の身体を揺する様に置かれた手に気付き、後ろへと振り返る。

 そこには気遣う様な、優しげな表情を浮かべたキースが立っていた。

「ここに居ないってことは、拠点に戻れば会える。早く帰ろう」

「そうね。早く戻らないと、一人っきりだもの。エリーちゃん、拗ねてしまうわよ」

 気付くと、既に戦闘は終えており、全員が集まっていた。

 消えたエレノアの居場所も予想が付いており、安否を気遣いすぐにでも連絡を取りたい所だが、残念ながらそれは叶わない。

 死亡によるデスペナルティにより、エレノアの所持していたアイテムは全て破棄されている。その中にはディートリンデと二人で使用していた小型のシェルター、自分用の寝袋やコットなどに加え、通信端末も含まれており、連絡を取ろうにもその手段が無い。

「キースとディートリンデはカグツチをコンテナに収容してくれ」

 ようやく立ち直ったビエコフを見て、グレンがすぐに指示を出す。

 操縦者が死亡しても、所持登録が破棄されるだけで機体自体は消失したりはしない。破損状態が不明ではあるが、例え修復不能であっても最悪部品取り用機体としての用途など使い道は豊富にある為、キチンと回収をしていく。

「キングゴートの方はどうしますか?」

 キースの問い掛けに、グレンは一瞬ビエコフへと視線を送るも、すぐに戻した。

「剥ぎ取りに掛かる時間が惜しい。邪魔になるから街道の脇にでも寄せて置けば、誰か持って行くだろう」

「解りました」

 グレンは指示を終えるとビエコフを座席に座らせて、自身は運転席へと乗り込みコンテナを開放する。

 機体に搭乗したキースとディートリンデは、壊れて脆くなったカグツチを慎重に持ち上げると、コンテナに運び入れた。

 全ての機体の収納を済ませ、車内に全員が揃うと、とても運転の出来る精神状態では無いビエコフに代わり、グレンがハンドルを握り、拠点の有るレニンスキへと急ぎ向かった。




 道中は口数も少なく、重苦しい空気が車内を包む。

 半日以上も残った行程も、幸いなことにその後は襲撃を受けることも無く、最短となる時間でレニンスキへと戻って来られた。

 焦る気持ちを必死に抑え、依頼品を配達先に届けると、依頼完了手続きを翌日に回し、ギルドには立ち寄らずに真直ぐ拠点へと向かった。

 ようやく辿り着いた拠点の前で、一同は入口の扉がゆっくりと開いて行くのをじっと待つ。

 いつもは全く気にならなかった開閉時間が、もどかしく感じられる。

 焦れる様な遅さに苛立ちながら、扉が徐々に開いていくと中の様子が目に入る。

 いつもと変わらぬ赤茶けた土の床。壁際には無数の工具が散らばり、いくつもの引き出しが付いた真っ赤な工具ケースが傍に見える。奥には冬の間は冬眠状態となるサイドカーも置かれている。

 その中にのっそりとアイバンを入れると、停止を待たずにドアを開け放ち、ビエコフが待ち切れずに飛び出した。

 降り立ったビエコフは、すぐに姿が見えぬ姉を捜す。

「姉ちゃんっ!!」

 静まり返っていた建物に、ビエコフの声が染み込む様に行き渡る。

 すると、奥の居住区の扉がゆっくりと開くと、エレノアが姿を現した。

「姉ちゃんっ!!」

 ビエコフは姉の姿を目にすると、すぐに掛け寄った。

「大丈夫っ!? 怪我は無いっ!?」

 死亡したと言うことは、プレイヤー自身にダメージが与えられたのだ。

 心配そうにビエコフは姉の様子を窺う。上下一体となったセージグリーンのパイロットスーツには、銃弾の穴など見当たらず、出血時に発生するエフェクトによる血染みも一切見られない。

「大丈夫じゃないよー。死んじゃったんだしー」

 動揺しているビエコフに対し、エレノアは普段と変わらぬ様子で答える。

「何であんな無茶なことを……」

「えー、だって他に方法が無かったからさー。姉弟なんだもん。困った時は助け合わないとね」

 そう言うと、弟の無事な様子を見て、エレノアは満足そうに微笑んでいる。

 他のメンバーも集まると、頻りに声を掛けられる。

「エリーちゃん、無茶しすぎよ」

「だってー、身体が勝手に動いちゃったんだもん」

「エレノア、GARP(ガープ)はどうした?」

GARP(ガープ)もちゃんと居るよ」

「そうか……。良かったな」

 全員の心配げな様子に、エレノアはいつもとの対応の違いから、戸惑いの色を隠せない。

「それで、結局どうしてこうなったんだ?」

 キースの声に、全員の視線がエレノアに集まる。

「え、えーと、ねー……」

 責められていると感じたのか、エレノアはばつの悪そうな表情を浮かべながら、これまでの経緯を話し出した。




 エレノアはディートリンデからの支援を受け、上手く戦場を抜け出すと、街道を目指す敵の後を追い掛けた。

 一言も発せぬまま、思い詰めた様な表情を浮かべて、エレノアは森の中を疾走する。

 いつもとは違い、無茶とも言える速度を出し、暴れる機体を強引に捩じ伏せて操り、一秒を惜しむ様に走らせる。

 ローラーからは駆動限界を超える警告が発せられるが、エレノアは無視し、GARP(ガープ)も意図を酌んでか、それを咎める様なことは口にしない。

 エレノアは街道へと躍り出ると、一直線にビエコフの元へと向かった。

 踏み固められ、平坦な筈の街道には、途中にいくつもの砲弾痕であろう穴が開いていた。エレノアは時間を惜しむべく、避けることは一切せずに、穴を飛び越えて突き進む。

 ようやくアイバンと共に敵のARPSの間近にまで迫ると、GARP(ガープ)から状況報告が入る。

――ちょっと遅かったか……。敵は引き金に手を掛け、今にも撃ちそうだぞ――

 その言葉にエレノアは、

「だぁああああああー!!」

 と叫びながら、敵ARPSへと更に加速して突っ込んで行った。

 当初はタックルなどで銃口を逸らそうと目論んでいたが、どうやらそんな悠長なことをしている暇は無い様だ。

 相手の両肩に手を押し当てると、加速した勢いのまま一気に押し退ける。

 敵も正に銃弾を放とうとしていた為、銃口が向けられたカグツチの機体へとそのまま撃ち込んで来た。

 相手ともつれながら倒れ込み、操縦席が撹拌された様な衝撃を受ける中、放たれた銃弾でモニターが徐々に割れていく。

 大きく罅が入った箇所は段々と細かく割れていき、光が消えて役目を終える。

 内部にも被弾による衝撃が及び、時折エレノアは鈍い痛みを身体から感じる。

 衝撃が収まった頃には、モニターの2/3は破損し黒く消えており、いくつか銃弾による穴も見え、僅かに(ひしゃ)げたハッチの隙間からは外の冷気が入って来ている。機体もかなりの損傷を受け、頻りに手足を拘束している操縦用アームを動かすも、全く反応が無い状態であった。

 僅かに生きているモニターの様子からは、どうやら機体はうつ伏せに倒れ、搭乗席は地面まで2m程の高さにある様だ。

 エレノアは衝撃で身体をぶつけて痛みはあるが、気を失うまでには至らなかった。

――エレ……ア、早……に……。い……敵……――

GARP(ガープ)、なにっ!?」

 GARP(ガープ)はそれだけ言うと、もう喋ることはなかった。

 エレノアは緊急用のスイッチを操作し、操縦の為に手足を拘束している器具を外すと、AIの収まったホルダーからカードを取り出した。

 AIカードを手にすると、エレノアは抱え込む様に両手で握り締める。僅か数瞬の間抱えると、すぐに搭乗ハッチの脇にある、脱出用手動レバーを引いた。

 バクンと言う音と共に搭乗ハッチが開放される。暖房で暖まった搭乗席の中へと、一気に外気が入り込んでくる。温度差が30℃を越す様な冷たい空気に晒され、身体が震え始める。

 すぐ下を覗くと、地面までは大分高さが感じられるが、一瞬の躊躇も見せずに飛び降りた瞬間、エレノアは見知らぬ場所に降り立った。


 エレノアは自身の置かれた状況に戸惑っていた。

 地面へと飛び降りたつもりが一瞬で浮遊感は消え、衝撃も無く、飛び降りた姿勢のまま、どことも知れぬ場所に移動していた。

 その場所は仄かに明るく、また壁や物と言ったものが全く見当たらない、空間だけが存在する不思議な場所だった。

 エレノアは飛び降りた時の状態のままでおり、両手を頭上に高く上げ、膝をやや折り曲げ、爪先立ちの状態で立っていた。自分の可笑しな恰好から恥ずかしさを覚え、顔が火照るのを自覚しながら周りを見回す。幸いなことに、誰にも見られている様子は無く、誤魔化す様にゆっくりと身体を戻していく。

 恥ずかしさを隠しながら、キョロキョロと辺りを見回していると、どこからともなく女性の声が聞こえて来た。

「お疲れ様でした。状況の説明は要りますか?」

 突然掛けられた女性の声に、エレノアは虚を突かれてビクッと驚くも、何となく自身の置かれた状況を理解した。

「えーと、私死んじゃったんだよね……」

「残念ですが、ここに来られたと言うことはそうなります」

 鋼鉄の新世界では痛覚に制限が掛けられ、殆ど痛みを感じることは無い。更に即死の様な大きなダメージの場合、痛覚を遮断することで全く痛みを感じずに死亡に至る。その為、中には全く自覚が無いことから、文句を言い散らしごねるプレイヤーも存在する。

「そっか……」

 その覚悟はしていたが、実際に直面するとやはりショックを受ける。

「それでは、今後の説明をさせて頂きたいと思います。今回はAIカードは所持されておりますので、新規カードの配布は御座いません。次に復帰場所ですが、貴方には二つの選択肢があります」

 そう言うと、エレノアの目の前に二つの扉が現れる。

「右側の白い扉。こちらは教会へと続くものです。今回の場合、最寄りの街はレニンスキになります。次に左の黒い扉。こちらは貴方が所属する拠点へと続くものです。どちらでもお好きな方を選んで下さい」

 エレノアは迷い無く、左の黒い扉の前へと進んだ。

 某どこへでも行ける扉と同様に、広い空間にポツンと扉だけが立っている。

 取っ手に手を掛け、ゆっくりと扉を開けると、そこには見慣れた拠点の光景が広がっていた。

 赤茶けた土の床。壁際には整備用の器具や部品が散らばっている。奥には居住区の窓や扉が見え、その手前には冬眠中の黒いサイドカーもちゃんと置いてある。

 見慣れたいつもの光景を目にし、エレノアは自然と笑みを零すと扉を潜った。

「頑張って……」

 背後から何か聞こえた気がして振り返るが、そこには元の場所どころか扉さえも無く、ただ拠点の入口となる鈍く光る鉄扉があるだけであった。




「それでね、暫く待っても誰も来ないから、奥の部屋で待ってたの」

 エレノアの話をグレンを除く三人は、興味深く聞いていた。因みにグレンは開始直後に一度死亡しており、少し前のこととは言え、懐かしむ様に話を聞いている。

「……その場所って、もしかして最初にキャラを作った場所なんじゃないか?」

「多分同じ場所だと思うぞ。流石に開始時とは違い、曲なんかは流れていなかったけどな」

 キースの疑問に、グレンは自身の経験を話す。

 すると一瞬間が開き、拠点が静寂に包まれる。

「あのさ、カグツチは……」

 恐る恐ると言った様子で、エレノアは自身の愛機の名を告げた。

「一応、持って来たぞ。ただ、状態は正直かなり酷い」

 キースの言葉に、エレノアは俯き、耐える様にギュッと拳を握りしめている。

「あの時は時間が惜しくて、碌に調べもせずに積み込んだから。取り敢えず、一度状態を調べないとな」

 一同はアイバンの許に集まると、スヴァローグとシュヴァルディアを降ろすと、コンテナ側面の壁を片側だけ開放させる。押し込められる様に積まれた機体を仰向けに荷台へと寝かせると、早速カグツチの破損状態の調査を開始する。

 コンテナ天井部のレールに据え付けられたセンサー装置が、機体の状態をスキャンしながら移動する。センサーから照射される緑色の光線が、機体を舐める様に頭の先から足下へゆっくりと下がっていく。

 改めて間近に見たカグツチの姿は、衝撃的なものだった。頭部はいくつもの被弾の跡が残り、左目となるアイカメラは抉れた状態で潰されている。一番損傷が酷い胴体は装甲が大きく凹み、捻じれて裂けている箇所もある。いくつか内部へと貫通しており、搭乗ハッチも(ひしゃ)げた状態で閉まらずに浮き上がっている。胸部や左の脇腹部分も装甲が裂け、内部のユニットが露わとなり、銃弾によって部品が潰され、ショートを引き起こし黒く焼け焦げている。左側の手足も上腕と大腿部分に被弾を受け、目立った損傷が無い箇所は右の手足だけであった。

 惨状を初めて目の当たりにしたエレノアは、そのあまりの状態に言葉も無く、潤んだ瞳でグッと歯を食いしばりながら見つめていた。

 緑の光線が爪先まで達すると、スキャンされた情報を元にアイバンが機体の状態を精査し始める。

 一同は緊張した面持ちで待っていると、十分程してビエコフから結果が告げられた。

「えーと、非常に言い難いですが、結論から言います」

 全員の視線がビエコフに集まる中、エレノアは強張った表情で見つめている。

「残念ながらカグツチは破棄をして、買い替えた方が良い状態にあります」

 告げられた言葉に、エレノアは未だ寝せた状態にあるカグツチへと視線を向けた。

「パーツ別に言いますと、頭部が損傷率81%、胴体が最も酷くて損傷率が87%、左腕が41%で左脚が36%、右腕と右足は軽傷で16%と18%です」


 ここで機体の修復についての説明をする。

 通常機体が損傷を負った際、修復手段は二つある。一つはメカニック職のプレイヤーか整備場に所属するNPCの整備士による修理。もう一つはメーカー預かりとなる修理だ。当然、それぞれに違いがある。

 まずはメカニック職。こちらは機体の損傷率が、どの様な状態であっても修復が可能となる。その為、例え損傷率が100%に達していようとも、直すことが出来る。所謂、レストアと呼ばれる作業になる訳である。但し、損傷率が上がる程、修復時間と費用が嵩み、修復を終えたのちに初期不良が発生する場合がある。初期不良は修復者のスキルLvによって変動し、Lvが低い程発生確率が高くなる。

 更にメカニック職の修理の場合、アレンジを施した人物が修復すれば、アレンジがなされた状態で直すことも可能である。

 次にメーカー修理。こちらを受けるには条件があり、機体損傷率が50~90%の場合にのみ修理が受けられる。損傷率が90%を越す様な機体の修理を依頼すると、自動的に修復では無く、買い替え扱いとなってしまう。因みに修復と買い替えの損益分岐点の目安は、損傷率80%前後と言われている。

 またメーカー修理を受けた場合、メカニック職による修復よりも修復時間と費用が抑えられる。但し、アレンジを施された機体は初期状態にリセットされてしまう。

 尚、メーカー修理が受けられない条件もある。ユニットなど内部パーツを含めた機体構成に於ける純正品の割合が、50%を下回るとメーカー側から拒否をされる様になる。これは自社製品では無いと判断をされる為であり、過度の機体アレンジや改造を施す場合には相応のリスクが発生する。


「現状買い替えが必要な部位は頭部と胴体の二つですが、手足にも少なからず損傷を負っています。ですので、この機体を修復させるよりも上位機種であるIランクの機体を手に入れた方が、費用対効果(コストパフォーマンス)が良いと判断しました」

 全員の視線がエレノアへと注がれる。

「でも……」

 エレノアは窺う様な視線を、キースとディートリンデの二人へと向ける。

 他に方法が無かったとは言え、自身の無茶な行動の所為で新機体を手に入れるのに、後ろめたい思いがある。

「エリーちゃん、前にも言ったと思うけど、私は乗り始めたばかりだから、まだ新しい機体は要らないわ」

「こっちも気にするな。俺の場合はちょっと問題があってな。新しい機体には、当分乗り換えられそうにないから」

 柄にもなく気遣う様子を見せるエレノアは、二人の言葉を受けても未だに躊躇っていた。

 突然の出来事であり、乗り換える覚悟など出来てはいない。エレノアは自身が気付かぬ内に、随分と愛機(カグツチ)に対して愛着を持っていた様だ。

「思い入れを持つことは悪いことじゃない。ただ、初期の機体なんだ。そんなに思い詰めなくても良いんだぞ」

 逡巡するエレノアに対し、キースから背中を押す様に声が掛けられた。

「……うん、そうだよね。残念だけど、新しい機体に替えるよ」

 少しぎこちない笑みを浮かべながら、エレノアは決断をした。

「さてと、今日は色々とあったから、これで御開きにするぞ。それで次回なんだが、明日は休みにして明後日の再開にしたいと思う。どうだろうか?」

 グレンの提案に、真っ先にエレノアが食い付いた。

「えー、明日は休みなの?」

「ああ。と言っても、エレノアには宿題があるけどな」

 宿題と言う単語に、エレノアは露骨に顔を顰める。

「明日の休みに、ビエコフと二人で次の機体を探しておけ。機体のアンロックも済ませているから、かなりの台数の中から選べる様になっている筈だ」

 公式サイトにアンロックの証であるチームカード番号を入力することで、購入可能となる上位機体の情報が閲覧出来る様になっている。

「こんな時の為の予備費だ。変な遠慮なんかしないで、納得出来る機体を選べよ。それとビエコフは姉貴が選ぶのを手伝ってやれよ」

 グレンの視線を受け、「はいっ」と気負った様子のビエコフが返事をした。


 こうして、初の戦死者を出した戦闘は終了し、開始時より長らくエレノアの愛機を務めたカグツチは破棄されることが決定した。

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