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第二十七話 試行

8/5 誤字修正

 冬季装備を揃え終えたキース達は活動に支障が無くなり、ようやく本格的に活動を開始する。

 特に、冬季装備を揃える為に掛かった費用の回収は、出来れば急ぎたい所だ。

 シュネイック共和国の場合、他国とは事情が異なり、厳しい自然環境に晒されるのは限定された季節の間でのみとなる。

 その所為か、ネット上やゲーム内の掲示板などの情報によると、対処に掛かる費用は三ヵ国の中で群を抜いているらしい。

 特にアイバン購入に充てたことで、折角貯まった予備機体費用の大半を消費してしまった。

 今まで以上に苛酷な環境での戦闘を控え、是が非でも早期に取り戻したい所だ。


 そんな状況ではあるが、キース達は焦りも見せず、雪原での戦闘に慣れることを目的とした近場でのMOB狩りから始めた。

 レニンスキを出ると、何度か使用したいつもの場所を目指し、一路南へと進路を取る。

 空は青く澄み渡り、強い日差しを太陽が放つものの、気温は肌を突きさす程低く、あまり恩恵を与えてはくれない。

 すっかりと降り積もった雪は、マクノーシ・スラビシュからの帰還時よりも増えており、レニンスキの街近郊でも1mを超える量となっている。

「ねー、もっと強い敵がいる所にいこーよー」

 後部座席に座るエレノアは、先程から前の座席に手を掛け、身を乗り出しながら一人不満げな声を上げている。

「あのなー、前にも言ったが試すのが目的なのに、強い敵が出る所に行ってどうすんだよ……」

 自身の肩付近から顔を出すエレノアに、キースは視線を向ける事無く説得するも納得した様子は見せない。

「だってさー、ギリギリとは言わないけど、ある程度の強さが無いと分かんないこともあるじゃんっ」

「まあ、それもあるな」

 頬杖をつきながら、窓の外をぼんやりと眺めていたグレンが、ぼそりとエレノアの話に乗っかる。

「でしょー」

 思わぬ所から賛同を得て、エレノアは一気に勢い付いた。

「だからと言って、いきなりは無いでしょ」

「そりゃ、そうだ」

 グレンは後部座席へと振り返ると、膨れっ面を見せるエレノアに話掛ける。

「今回の目的はARPSの操縦確認がメインではあるが、それだけじゃないぞ。天候への対応や予測の為の情報収集。そして出来れば吹雪にも遭遇したい所だな」

「ふ、吹雪!?」

 グレンの言葉に、エレノアの不満は一気に吹き飛んだ。

「吹雪なんて、遭いたくないよー」

「それじゃあ、試す意味が無いだろ」

 グレンが笑い出したことに対し、エレノアは訳も分からず困惑している。

「あのね、エリーちゃん。好き嫌い問わず、いずれ必ず吹雪にも遭遇することがあるでしょ」

 エレノアは隣に座るディートリンデへと向くと、何度も肯く。

「だから、その時になって慌てることが無い様に、まずは近場で一度経験しておきたいのよ。この辺なら、いざとなったら街へもすぐに戻れるしね」

「なるほどー」

 ようやく理解した様で、エレノアは座席に腰を降ろすと窓の外へと視線を向ける。一面白く覆われた景色は、陽の光を浴びて眩しく輝き、吹雪の気配など微塵も感じさせない。


 南へと向かった一行は、今までの場所よりも森の奥へと進むこととなった。

 誰しも考えることは一緒の様で、半日ほど進んだ程度では其処彼処(そこかしこ)にプレイヤーの姿を見掛け、場所取りだけでもかなりの労力を必要としそうだ。それも当然のことで、第二陣である新人プレイヤー達は、まだそれ程行動範囲が広くないことも要因として加わっている。

 そんなことから人を避ける様に先へと進んで行き、ようやくARPSを見掛けない場所へと辿り着く頃には、時刻は午後二時を回っていた。

「念の為に、泊まりの用意をしといて正解だったな」

「そうですね。ここまで来たら、日帰りは厳しいですからね。どうせなら、何日か泊まり込みますか」

「それもいいな」

 グレンとキースがそんな話をしていると、野営も出来そうな開けた場所にアイバンが停車する。

「この辺で良いと思うんですが。あんまり遠くに行っても意味が無いですし」

「そうだな。ここを拠点に暫く行動するか。俺とビエコフでベースキャンプを作っとくから、ARPS組は先に始めて良いぞ」

「分かりました。後、お願いします」

「行ってくるねー」

「じゃあ、よろしくね」

 キース達三人は早速機体に搭乗する為に、コンテナの方へと向かって行く。

 今の所スヴァローグの索敵には何の反応も見られないが、平時でも試すことは色々とある。


 三人は機体を起動させると、雪の感触を確かめつつ様々な動作テストを開始する。

 初めて使用する冬季歩行用装備は今まで慣れ親しんだ感覚とは違い、操縦者である三人にまた新たな新鮮さをもたらしてくれる。

 キースとエレノアが選択したスキーモービルは、ローラー走行により自走の出来るスキーと言った感じで、曲がる時と停止に少しコツがいる。問題となるのは歩行時である。歩行の際には脚先に伸ばされた板が上へと折れ曲がり、邪魔になることは無いのだが滑りやすい雪上に於いて、爪などでしっかりと雪面を掴めないので斜面に対する登坂力が非常に低い。斜度によってはローラー走行では登れない所もあり、行動に制限が掛かる様な地形や場所も存在するだろう。

 逆にスノーシューを選んだディートリンデの方は、浮力がある為雪に埋もれず、フレームに付いた爪でしっかりと雪面を掴むので、かなりの斜度がある斜面も問題無く登れる。だがその反面、構造上伸びた爪が邪魔をしてローラー走行は使用出来なくなる。シュバルディアは機体設計上、歩行移動を苦手としており、今まではそれをローラー走行で誤魔化していたが、この先はそれを十分考慮した行動を求められていくことになる。

 そしてビエコフが三人に対し、特に念入りに確認の指示をしたのが、戦闘時を模した動作と銃器の使用に関してだ。

 敵として登場したレーシィ・シリーズや自身が購入したアイバンなどから、寒冷地仕様の存在は判明している。しかし、初期支給機の説明にはそれらの文言は一言も書かれてはいない。通常仕様の機体の場合、冬季装備の装着だけで問題無いのか、今の所はまだ未知数である。その為、不具合の洗い出しが早急に必要となったのである。

 三機のARPSは何度も同じ動作を繰り返し、作動状況を確認すると共に操縦感覚を養っていく。


 その間グレンとビエコフは、まずベースキャンプとなるシェルターの設営を始めた。

 なるべく風を避ける為、森の手前の場所を選ぶと、ふわふわと積もった新雪を足で踏み締めて雪を均し始めた。

 シェルターの設置が終わると、中に入ってストーブも組み立て、暖を取る準備をする。ストーブに入れた薪に火が点くのを確認すると、グレンはケッテンクラートのテスト走行を始めるべく、格納されたコンテナの方へと向かった。

 コンテナの中に収まるケッテンクラートの座席に座ると、早速エンジンに火を点す。

 一瞬車体がブルッと震えると、僅かな振動と共にエンジンが一発で掛かった。

 グレンは暫く暖気運転をしてアイドリングを落ち着かせると、首に垂らしたゴーグルを掛け、ゆっくりとアイバンから車体を降ろす。

 雪上に降りた途端、前輪はリムまですっぽりと雪に埋まり、後輪となる幅広い履帯がやわらかな雪面を押し潰す。

「じゃあ、行くか」

 グレンはゆっくりとアクセルを回すと、雪に埋もれた前輪など物ともせず、押し出す様に動き始めた。なだらかに広がる雪原の中を、ケッテンクラートは徐々に加速する。車体の後方からは上昇する速度と共に、人の膝丈位の低い雪煙が上がり始めた。

 グレンは視界の右側に小さな雑木林を見付けると、速度を緩める事無く、そのまま中へと飛び込んで行く。

 林に入った途端、雪面は大きくうねり出す。起伏に富んだ雪面の上を時折跳ねる様に走り、広い間隔で並んだ木々をゆったりとしたスラロームで駆け抜ける。

 サイドカーとはまた違った癖のある操作にも、グレンはようやく慣れて来た。サイドカーの場合、前輪と後輪二つの車輪に対してキチンと荷重が掛かり、しっかりと路面を捉える感覚がある。ところがケッテンクラートの場合、履帯に大半の荷重が掛かり、前輪はふわふわと頼りない手応えしか返さない。実際の所、前輪に関しては接地しなくても問題無く走ることが出来る。

「これはこれで、また面白いがな」

 くぐもった声で呟くも、バラクラバを被った状態からは、その表情を窺うことは出来ない。

 ふとグレンはある事に気が付く。今回から再び一緒に連れ出した咲耶と、朝から一言も会話を交わしていない。

 林の一角にケッテンクラートを停めると、グレンは背後へと振り返る。

 二人程並んで座れる大きさの荷台には、合皮のカバーが掛けられ、その下にはAIユニットが設置されている。

「おーい、咲耶。どした?」

――…………――

 声を掛けるも反応は帰って来ず、静まり返ったカバーの下には、まるで何も存在しないかの様だ。

「おーい、起きてるかー」

 再び声を掛けると、微かにだが反応があった。

――……さ――

「さ?」

――さ、寒過ぎっ!!――

 溜まった物が一気に噴き出すかの様に、咲耶から叫び声が上がる。

「なっ、冬なんだからしょうがないだろ」

 少し呆れた声で宥めると、逆に大きな溜息と共に呆れ返されてしまう。

――はあ……。あのさー、剥き出しのユニットをこんなカバー一枚掛けて氷点下の所に晒せば、稼働効率が悪くなるに決まってるでしょ……――

 咲耶のもっともな意見を受け、グレンは自身のうっかりした凡ミスに返す言葉も無い。

 いくら軍用ユニットであっても、AI周りは全て精密機器である。通常は装甲に覆われ、他のユニットに囲まれ、気温の変化にも配慮された設計をしている。

「悪かったな。街に戻ったら、すぐに何か対策をするわ」

――頼むよ。折角外に出られたんだからさ――

「ああ、分かってる」

 グレンはその後も一人、慣らし走行を続けるが、予定よりも早く切り上げた。


 その頃ビエコフはと言うと、順番に各機体を呼び戻し、聞き取りと共に機体のチェックを行っていた。

 キース達はそれぞれが異なる機種のARPSを所持している。当然機種が違えば、現れる症状も変化してくる。その為、ビエコフは一機ずつ話を聞きながら、念入りに調査を行っていく。

 整備を一手に預かるビエコフとしては、いつにないやりがいと共にその責任に対して自分の手でチームを支えていると言う、今まで味わったことのない充実感を感じていた。

 その所為もあり、ビエコフは小まめに呼び戻しては機体をチェックし、慎重過ぎる程に機体状態の把握に努めた。


 結局初日は敵との遭遇は無く、動作確認のみで日暮れを迎えた。

 五人はベースキャンプへと戻って来ると、ストーブで暖まったシェルターへと入り、夕食の支度を始める。

 今回はテストが目的の為、手軽で冷えた身体を温める鍋の用意を多くしている。初日となる本日のメニューは、王道の寄せ鍋だ。

 ストーブの上に置かれた鍋からは、湯気と共に出汁と様々な具材が混じり合った匂いがシェルターを充満し、食欲をそそっている。

 昆布から出汁を取った醤油ベースの汁の中には、春菊や白菜といった野菜のほか、十字に切れ目の入った肉厚な椎茸、出汁が染み込んだ豆腐、赤く色鮮やかな海老や身が口の中でとろける鱈の切り身、大振りに切られた鶏肉に生姜の効いた肉団子などが浮かんでいる。

 御椀にバランス良く鍋をよそうと、早速食べ始めた。

「うまっ、うまっ」

「やっぱり、ビールが欲しい所だな」

「この後、締めの雑炊の用意もありますからね」

 五人は薄らと汗を掻きながらも、ひたすら手を動かしている。

 舌鼓を打ち、ある程度腹も満たされると、ようやく本日のテストへと話題が移る。

「それで機体の方はどうだった?」

 グレンの問い掛けを切っ掛けに、それぞれが所感を述べ始めた。

「うーん、カグツチはねー、なんかいつもよりこー、スパッと反応してくれない時があるんだよねー」

 エレノアは自身が感じたことを上手く伝えられず、もどかしい表情を浮かべている。

「それだと出力が安定していないのか。いや、伝達系統が弱いのかな……」

 言葉を見付けようと苦悩するエレノアを他所に、ビエコフは聞いた情報を頼りにして、小声で呟きながら原因を探り始めた。

「シュヴァルディアは今の所変わりないわね。ちょっとスタビライザーの展開時の挙動が怪しいけど……」

 ディートリンデはそれだけ言うと、隣で唸り始めたエレノアを宥める。

「解りました。こちらでも注意しときますね」

 ビエコフの視線が最後となるキースへと向けられる。

「スヴァローグは問題だらけだな……」

 達観した様な表情でキースはそう告げると、

「まあ、上手く付き合っていくしかないですね……」

 ビエコフも気を使いつつ同意する。

 マクノーシ・スラビシュから戻る時の戦闘では、それ程実感しなかったが、改めてテストと言う形で動作確認を行うと、気のせいかと思う程の小さな違和感に気付いた。

 念の為とビエコフに頼み、調べてみたら、数値と言う目に見える状態でその症状が現れた。

 数値にすると僅か8%にも満たないが、通常時よりも手脚に掛かる出力値が下がっていたのだ。

 これは非常に厄介な問題を内包していた。今日の外気温は-11℃だったが、この先もっと下がることが予想される。その際、この出力の低下が気温に比例して増える可能性が非常に高い。

 まだ詳しい調査を行っていないが、ざっと調べたビエコフの診断では出力ユニットの問題では無く、胴体から手脚へと伝達する時にロスが生じているとのことだった。ジョイント部は統一規格だが、各メーカー毎に性能差は生じている。ジョイントのオスとメス両方に問題を抱える以上、部位の交換は意味が無い。

「こればっかりは、対処法の見当が……」

 ビエコフは悔しい表情を見せる。

 ARPSの機体パーツの内部は、ユニットの組み合わせで出来ている。その為、ユニットであれば交換と言う手段も取れたが、今回の様な状態だと機体自体の特性とも言える。色々と弄るつもりではあるが、正直誤魔化しでしか無いことも自覚している。

「選んだ時から多少難のある機体だってことは、解っていたからな。今更一つ二つ増えた所で、問題は無いさ」

 キースはビエコフに笑い掛ける。

 これはキースの趣味嗜好に負う所が大きい。元々彼自身に、万能機の様な強力で扱いやすい機体を求める気など一切無い。それよりも能力はあるが扱い辛い、癖の強いものを使いこなすことに喜びを感じる性分なのだ。でなければ、最初からスヴァローグなど選択してはいない。

 普通の人だと文句の一つも言いたくなる状況だが、キースにとってはいかに運用するかと言うやりがいと、腕の見せ所と言ったわくわくとした期待に満ちている。

「そうですか。グレンさんの方はどうでしたか」

 グレンは口に運ぼうと動かしていた箸を一瞬止めると、名残惜しそうに御椀へと戻す。

「車両には問題はなさそうだ。ただ、AIユニットがな……」

「AIユニットですか?」

 グレンのAIユニットは独力で作り上げた物だ。いくらメカニックとは言え、相談を受けることにビエコフは疑問を感じる。

「ああ。これだけ気温が低いと剥き出しのユニットでは拙いらしく、咲耶から文句が来たんだ」

 そう言うと、グレンは苦笑する。

「なるほど。暖房的な物が欲しい訳ですね」

 納得すると同時に、盲点を突かれたビエコフは感心した様に何度も肯いている。

「そうだ。何かないか?」

「……そうですね。インサレーションカバーを巻くか、車両用の暖房ユニットを入れるとかでしょうか。街に戻ったら、一度探してみますね」

「頼む」

 一通り所感を聞き終えると食事が再開され、いつもの日常に戻っていった。

 五人は騒がしく締めの雑炊を食べると、初日が終了する。




 翌日の天候は初日より一転。薄暗い雲が立ち込め、崩れそうな予兆を見せるものの希望した吹雪には程遠く、時折雪が降ったり止んだりを繰り返す不安定な空模様となった。

 朝食を済ませると、早速三機のARPSはテスト戦闘をこなす為にMOBを探しに出掛けて行った。


 カグツチは森の木々の間を縫う様に疾走していた。

 すっかりと葉を落とし、枝だけとなった木には薄らと雪が積もり、もう数週間もすれば立派な樹氷になりそうだ。

「ふん、ふふん♪」

 昨日一日ですっかりとスキーモービルに慣れたエレノアは、リズム良く右に左にと機体を取り回して敵へと迫っていく。

――調子に乗り過ぎるなよ……――

「へーき、へーき♪」

 GARP(ガープ)の苦言も、今のエレノアには効果が無い様子だ。

 発見した三機の82式は一機と二機とに分かれていた為、エレノアは一対一での戦闘を希望した。

 エレノアが相対する82式はマシンガンとシールドを装備しており、こちらへと銃弾を放って来ているが、雪上を高速で移動するカグツチに対して効果的な攻撃とはなっていない。

 機体脚部に備わるローラーを動力源として履帯を動かすスキーモービルは、その機構から伝達時に出力のロスが発生する。しかし雪上を板で滑ると言う、地面よりも遥かに負荷の少ない走行により、結果として通常よりも早い速度を出すことが可能となる。

 カグツチへと放たれた銃弾の大半は、左手に翳す盾に弾かれるか、通り過ぎた後に残る二本のラインへと吸い込まれている。

――損傷率6%、まだ軽微だが油断はするなよっ――

「だいじょーぶ」

 流石に無傷とまではいかない様で、時折機体に当たった銃弾が火花を散らし、白く塗られた塗料が剥げて下地の濃緑色の塗装が僅かに覗く。

 だが、その程度ではカグツチを止めるまでには至らない。

 白とグレーに塗り分けられた敵の機体は左手にシールドを翳し、脚にはこちらと同じスキーモービルを装着している。

 ただ雪上での戦闘に不慣れなのか、ローラー走行しながらの銃撃では無く、ひたすら短距離の移動を繰り返しながら、停止した状態で攻撃を仕掛けている。

「そんなんじゃ、ダメだよー」

 ひたすら全開で走行するカグツチは、あっさりと敵の懐へと飛び込んで行く。

 エレノアは正面へと翳した盾で銃弾を受けながら、敵の真っ正面から突っ込む。敵ARPSは咄嗟にシールドを翳すも、そのまま体当たりでもして来そうなカグツチの勢いに押され、ずるずると数歩後退る。その瞬間、敵の視界から目の前に居た筈のカグツチが消える。

 エレノアは敵が後退った瞬間、いきなりシールドを持つ左側へと機体を回り込ませた。急激なターンにより、スキー板で巻き上げられた雪が敵の機体に浴びせられる。

 エレノアは横にGが掛かり、外側へと振られる機体を巧みに操り、敵の背後に回り込むと、速度に乗ったままの機体を敵へと左肩からぶつかる様にタックルを仕掛けた。

「どーんっ!!」

 背面より襲撃を受けた敵ARPSは、踏鞴(たたら)を踏み機体を立て直そうとするも、スキーモービルを履いた脚がもつれ正面から雪面に倒れ込んだ。

 スキーモービルは高速移動には向いているが、歩行時にはバランスを取り難く扱い辛い。

 カグツチは敵の傍らに立つと、立ち上がろうとする敵ARPSの背中を踏み付ける。

 左の盾に付けられたパイルバンカーをゆっくりと構えると、82式を背面から一気に刺し貫いた。

――今回の最終損害報告(ダメージレポート)は18%だ。旧式相手に少し多いぞ――

「えー、一対一なんだから、しょーがないじゃーん」

 勝利の余韻冷めやらぬ内から、エレノアはGARP(ガープ)の小言を聞く羽目となった。




 残りの敵二機に対しては、キースとディートリンデが組んで相対することとなった。

「リンデさんと組むのも久々ですね」

「そうね。じゃあ、打ち合わせ通りにお願いね」

「解りました」

 二機はこの辺りでは一番となる巨木の陰に、寄り添う様に並んでいる。

 潜伏場所となる森は辺りを多くの木で囲まれ、遠距離からの攻撃を主体とするシュヴァルディアには、非常に不向きな地形である。

 平坦で起伏が少ない地面は高低差を利用出来ず、長い距離の射線を通そうにも鬱蒼と生い茂った木々が邪魔をする。

 それでもアデリナが見付けだしたこのポイントは、どうにか300m程の射線距離を確保していた。

 しかし今回の狙撃は前回以上に難しく、失敗する確率もそれなりにある。

 300mなどARPSからすると、ほんの至近距離であり、そこまで気付かれずに接近することなど通常はあり得ない。

 それを何とか可能にさせているのは、スヴァローグのジャミング性能に負う所が大きい。

 ディートリンデは狙撃準備に入ると、スタビライザーを広げる。

 少し不安な面持ちで展開すると、案の定この辺りの雪質では固定力が弱く、打ち込んだピンも非常に心許無い。

――ディー、ここはあまり向いていないようだから、注意しなさいよ――

 昨日何度か試したところ、雪の状態によって固定力が変わることが判明した。新雪や粉雪は勿論論外。アイスバーンやかなり締まった状態の雪が理想だ。

 ディートリンデの位置する場所は常に日陰となるので、僅かな望みを掛けていたが、ベストな状態とはいかなかった様だ。

 それでも予定に変更は無い。

 この先まだまだ長く続く冬の季節。この様な状況に置かれることは多いだろう。ならば、一つでも多くの経験を積むことにこそ、意義がある。

――そろそろ見えるわよ。残り500m――

 スヴァローグによってジャミングが効き、今の所敵は気付くこと無く、こちらへと進んで来ている。

 敵との間にはいくつもの木が挟まり、ちらちらとしか姿を確認することは出来ない。

 それでも僅かに見えた姿から、二機の82式は先頭の機体がマシンガンとシールドを装備し、その後方にマシンガンとロッドを装備した機体が続いている。

 段々とこちらに迫り、姿を現した機体へとディートリンデはゆっくり十字照準線(クロスヘア)を向ける。

 薄らと霜の付くヒーター付ゴーグルの中で、単眼のアイカメラが焦点を合わそうと細かく左右に回る。

 その動きがピタリと止まると、一拍置いたのちに銃弾が発射された。

 シュヴァルディアはその反動を受け、機体が後方へと下がろうとする。

 通常ここで反動を吸収すべきスタビライザーが、効果も見せずに雪に埋もれていく。

――ディー、耐えてっ――

「――っ」

 スタビライザーが展開された脚は固定されなくても、その構造から動かすのが非常に困難となる。

 発射の反動により機体バランスが崩れる中、脚が半ば固定された状態で、ディートリンデは必死に体勢を立て直す。抱える様に持っていた銃を、片手で振り回す様にもがく。何とか転倒を逃れると、狙撃前の面影は微塵も無くなっている。

 発射音により頭上からは雪を被り、銃を杖の様に地面に突き刺して支えとし、固定されていたスタビライザーもその1/3程が雪に埋もれていた。

「ふう……」

――危なかったわね……――

 一息吐き、ディートリンデが戦果を確認すると、前方には装甲に大きな穴を開け、内部のユニットが剥き出しにされた機体が横たわる様に倒れていた。

――流石にこの距離なら、一世代前の機体だと一撃で仕留められるわね――

「そうね。後はキース君の方だけど……」

 未だ戦闘が続いている様で、森には銃撃音が木霊している。




 スヴァローグは眼前に聳える巨木の陰に潜み、隣にいるシュヴァルディアと自機にジャミングを掛けていた。

「リンデさんと組むのも久々ですね」

「そうね。じゃあ、打ち合わせ通りにお願いね」

「解りました」

 キースは通信が切れると、大きく息を吐いた。

――マスター、敵は依然変わりなく、こちらへと向かって来ています。残り1050mです――

 アデリナの報告を聞いて、険しい表情が僅かに緩む。

 ジャミングと言うのは、隠れる為に使用するには微妙なスキルだ。

 その効果は隠すと言うより、誤魔化すと言った方がニュアンスとしては近い。敵のセンサーに対して消える訳では無く、分からない様に見せるだけである。

 その為、センサー能力の高い機体もしくは、その違和感に気付かれると、呆気無く存在がばれてしまう。

 そして、当然距離が近づく程にその可能性は増大していく。

 前回の様な遠距離なら余裕を持っていられるが、今回の距離だと、感覚的には敵の眼前にまで迫る位の気持ちである。

 キースは敵が徐々に近づくに連れ、身動ぎもせず、呼吸すら音を立てぬ様にじっと待ち構えていた。実際の所、ARPSの操縦席内の音は殆ど外へは洩れない為、あまり意味がある行為とはいえない。

――マスター、襲撃ポイントまで、後三十秒ですっ――

 キースは喉を鳴らすと、自然と操縦桿を握る拳に力が込められる。

 目の前の木に遮られ、敵の姿を確認出来ず、センサーによる情報だけが頼りとなる。

 その置かれた状況が、一層キースのもどかしさに拍車を掛ける。

――残り十秒。八、七……――

 アデリナのカウントダウンを聞き流しながら、その時を待つ。

――三、二、一、零――

 カウントが終わり、僅かに間が開いたのちに、隣から轟音が響くと同時に頭上に雪が落ちて来た。

 キースはスターターの合図を受けた陸上選手の様に、木の陰から飛び出して行く。

 この瞬間、初めて敵の姿が視界に映し出される。

 先頭のARPSが狙撃を受けたのだろう。手にした銃と盾を持ったまま横たわり、胸部の内部ユニットからはパチパチと火花が散っているのが見える。

 その後方にはマシンガンとロッドを装備した機体が、狙撃をしたシュヴァルディアへと銃を向けていた。

 キースはすぐさま敵に対して、牽制となる射撃を開始する。

 スキーモービルを使用して速度に乗った機体は、進路上に現れる木々を左右に避けながら、敵の姿が見える度に三点バーストで銃弾を放つ。

 スヴァローグの機動は、カグツチに比べるとぎくしゃくとしたぎこちなさが窺える。木に対して、機体を擦らんばかりに最短距離を駆け抜けて行くカグツチ。しっかりと間隔を開け、大きくターンして回るスヴァローグ。雪上の僅かな起伏さえキッチリと加速に利用するカグツチ。時折操縦ミスからブレーキが掛かり、速度を落とすこともあるスヴァローグ。たった一日とは言え、操縦技術に大分差が開いた様だ。

 敵ARPSは攻撃を仕掛けようとした瞬間に銃撃を受け、接近するスヴァローグに気付くと、標的を変更した。

 すぐにスキーモービルでの走行を開始すると、こちらに近づく進路を取る。

――マスター、六秒後に接触します――

 アデリナの警告が入った直後、互いに相手へと銃弾を放ちながら、二機のARPSは擦れ違う。

 すると敵は交差する瞬間、右手に持つロッドをこちらへと振り下ろした。

「うわっ!?」

 間一髪避けると、機体の挙動が大きく乱れる。転倒と木への衝突と言う眼前の二つの危機に際し、キースは今までにない見事な操縦技術を発揮し、何とか機体を立て直す。

「はあ、はあ……」

――御見事です。マスター――

「いや、次は無理だから……」

 しかし回避の際、左手に持つ盾を動かした僅かな隙を突かれ、スヴァローグは何発かの銃弾を喰らってしまった。

――現在の損傷率12%、まだ戦闘に支障はありません――

 キースは目の前の木を回り込む様に大きく反転をして、敵ARPSへと向き合う。

「盾の分、こちらが有利だが時間を掛けたくは無いな……」

 この状況が続く限り、盾を所持しない分、敵の方が状況的には不利だ。しかし、一発で戦況を覆すロッドの存在が厄介だ。

 キースが思慮していると、アデリナから声を掛けられる。

――マスター、ディートリンデ様より通信が入ってます――

「キース君、こっちで援護するよ。脚止めるから、後宜しくね」

「助かります」

 スヴァローグが再度敵ARPSに接近を開始すると、一発の銃声が森に響き渡った。

――マスター、敵機体脚部破損により、スキーモービルが使用不能です――

 アデリナの報告を受け、キースは木の陰から慎重に敵の様子を窺うと、右膝を撃ち抜かれ、膝下が取れ掛けた状態で立ち尽くす敵ARPSの姿を目にする。

「ここまでされると、なんか悪い気がするな……」

 すっかりと止めを刺すだけにまで御膳立てされた状態に、キースは後ろめたさを感じながら敵ARPSを仕留めた。


 ようやく冬季装備も整い、その使用にも慣れ始めたキース達は遠征準備に取り掛かる。

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