第二十一話 新鋭
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迎撃地となったのは、街道より5km程西へ行った場所で、かなり特徴のある地形をしている。
北に位置する場所には、高さが15m程になろうかと言う切り立った崖を持つ小高い丘が、延々と2km近くも蛇行しながら遥か西へと伸びている。平地に突如として現れている為、まるで地殻変動の傷跡の様な光景に見える。そんな丘の頂上部にも、他所と変わらず鬱蒼と木々が生い茂る深い森が生育している。
崖下には誕生時の名残か、大きな岩が幾つも転がっており、その岩の隙間を埋める様に痩せ細った木や茂みが生えている。
敵を待ち受けるカグツチは、アイバンを後方に従える恰好で立っていた。
目の前100m程先には、この丘の東の起点となる場所が見える。まるで裏側に当たる地面から何かで押されたかの様に隆起しており、周囲の光景とそぐわない歪さや違和感を感じる光景が広がっている。
その崖の真下には起伏に富んだ草原が僅かばかり存在し、道の様な形で崖に沿って西へと続いている。その道幅も狭く、辛うじてARPSが擦れ違う事が出来る程の広さしかない。
アデリナの予測によれば、敵はこの底部の道を遡る形で、カグツチ達の待つ出口へと向かって来ている。
「ちゃんと、私の分も残してくれるかなー」
――説明では、担当分があるんだろ?――
不安な面持ちのエレノアをGARPがフォローをしていると、
「心配すんな。俺の分も分けてやるよ」
と、通信を聞いていたグレンからも返事が返って来る。
「約束だからねっ」
勢い良く吐かれた言葉に、通信先からグレンの苦笑する気配が伝わって来た。
その頃キースとディートリンデは、エレノア達から約3km程南西へと離れた位置に居た。
丁度崖と対面する南下した位置には、里山と呼べる様な標高の低い小さな山が存在した。
その山を少し登った所にスヴァローグとシュヴァルディア、二機の姿が見える。
山中腹に位置する木が疎らに生える小さな広場の様な場所に立つと、眼下に草原や小さな林などが広がる中、遠くに敵の進行ルートである崖下の道が僅かな部分だけ見える。
「まさか観測手をやらされるとは、思いませんでしたよ」
「キース君の機体と私の武器の相性は抜群だからね」
余程嬉しいのか、声から期待が溢れてキースに伝わってくる。
「でもこの所為で機体性能ガタ落ちですから、敵に攻撃でもされたら碌に回避すら出来ませんよ」
アデリナも余裕が無いのか、先程から全く話掛けて来なくなった。
「大丈夫よ。向こうの有効射程範囲外だし、エリーちゃん達が上手くやってくれるわよ」
キースの不安は、ディートリンデに一蹴されてしまう。
しかし認識にズレが生じている事を、二人は互いに気付いていない。キースは相手の弾がこちらへ届く距離に居る為に不安を感じ、ディートリンデは弾が届く距離に居るが、経験から敵の性能では当たるおそれが無い為に安心をしている。最大射程と有効射程と言う互いの判断基準が違う事で、それぞれの認識に対して齟齬が生じているのだ。
だが、キースの不安も仕方が無いと言える。知識や経験が無い事以上に、現在スヴァローグはその性能をフルに発揮している所為で、動く事も儘ならない状態に陥っている為だ。
周辺探索とその解析。進路予測も随時計算され、それらの情報は各AIへと送られている。敵センサーからの隠蔽の為にジャミングを展開し続け、初使用となる【ハッキング】も敵に対して仕掛けている。更には狙撃を補助する為の天候情報等も常時収集しシュヴァルディアへと送り続けており、スヴァローグとアデリナはその性能を限界まで発揮し、処理系統に多大な負荷を掛け、戦端を開く前からセンサー機特有とも言える多大な仕事をこなしているのだ。
――ディー、もうすぐ射程に入るわよ――
ディートリンデのAIであるダイアナが、敵の接近を知らせて来た。
「ありがと、ダイアナ。キース君、一旦通信切るわね。一応ダイアナが聞いているから、何かあったら通信入れてね」
「分かりました」
通信を切ると、ディートリンデはすぐに意識を集中し始める。
敵はこちらには気付いておらず、アデリナの予測進路を外れずに進み続けている。
機体の先、2,400m前方の狙撃地点までは、後三分程で到着する予定だ。
ディートリンデは早速準備に取り掛かる。
脚部に折り畳まれているスタビライザーで、シュヴァルディアを地面へと固定させる。機体後方へと両脚より展開し、地面へと降ろされたスタビライザーは、その衝撃と共に最適角へと自動で調整される。調整が終了し、動きが停止すると、スタビライザーの底部より地面へと固定ピンが打ち出される。ピンはドリルの様に唸りを上げ、回転しながら地面へと埋まっていく。片側四本ずつのピンが突き刺さると機体の固定が完了となる。
両手で抱える様にしていたライフルも左手で銃身を下から支える様に持ち上げ、右手で構え射撃姿勢を取る。銃の照準とアイカメラからの映像、更にアデリナからのデータを集約し、シンクロさせる。
――こんな長距離からは久々だし、しかも環境も全く変わったから調整が大変よ。アデリナのデータもやたらと重いし……――
ディートリンデは射撃体勢に入ると、集中を維持する為に一切喋らなくなるので、搭乗席にはダイアナ一人の声だけが響いている。
ダイアナ自身は慣れている所為もあってか、一向に構わず一人で淡々と喋り続けている。ディートリンデは話しはしないが、自身の報告を聞いているのを理解しているからだ。
――目標地点まで一分切ったわよ。やたら重いと思ったら、あの子関係しそうなデータを全部送って来たのねっ。終わったら、一度教えないといけないわね――
モニターに敵の姿が映った。
森の木々の隙間、僅かに視線が通る空間を、ゆっくりとバギーが通り過ぎて行くのが見える。
先頭車両が通過したのち、十数秒の時間を置き、82式が一機続いて通過をする。
狙撃機会が近づくと共に、ディートリンデはスキル【専心】で集中力を更に増していく。
すると、標的がゆったりとした足取りで視界の中へと入って来た。
敵の視界からは外れ、センサーの隠蔽も効いている事もあり、警戒もせず無防備な姿を眼前に晒している。
照準がぶれる為呼吸すら止め、細かく狙いを調整し、十字照準線が目標を捉えた瞬間、ディートリンデは操縦桿を操作して引き金を引く。
静寂した空間を切り裂く様に、轟音と共に一発の銃弾が放たれた。
一瞬、強烈な反動で機体が後方に引っ張られるが、すぐにスタビライザーに組み込まれたオイルダンパーが作動して吸収される。
ディートリンデは戦果も確認せず、次弾を装填すると銃から巨大な薬莢が足下へと落下し、その重みから地面が僅かに窪む。
発射された弾丸は【観測】スキルとスヴァローグのデータのお陰で、一直線に標的となった二機目の82式へと向かい、機体に吸い込まれた。
――初弾命中っ。まだ生きているから、次弾宜しく。照準左に0.3度修正したわよ――
アデリナからの報告を受け、再度射撃体勢へと移る。
モニターには初弾を受け、機体から黒煙を上げている82式が映っている。
突如奇襲を受けたが、未だ襲撃位置を掴めていない所為か、シールドを使用する事も出来ずに混乱した様子を見せている。
再度、敵ARPSを十字照準線に合わせると、引き金に触れた指をゆっくりと絞り込ませる。
二発目となる銃弾を受けると、82式はゆっくりと視界から消え、倒れ去った。
キースは真横に並んだ状態で、その轟音を聞かされた。
「凄まじい音だな……」
その衝撃に呆然としていると、すぐに二発目も放たれる。
モニターには、襲撃を受けた事で慌ただしく動き回る敵が見える。
中でも最後方に位置する装甲戦闘車は、二度の狙撃から襲撃地点が判明したのか、こちらへ向けて旋回を始めている。
「拙いな。あいつの弾はここまで届くぞ。アデリナ、まだ掛かるかっ」
キースが焦っていると、砲塔がこちらへと向いた。
――マスター、お待たせしました。いつでも行けます。但し、効果時間は30秒程となります――
「よし、すぐに開始しろっ」
――了解です――
装甲戦闘車はこちらへと砲塔を向けたまま、いつまで経っても砲弾が発射される事は無かった。
敵がこちらに到着する前からアデリナが仕掛けていた【ハッキング】が、ようやく実を結んだのだ。
とは言え、完全に車両のコントロールを奪えたわけでは無く、その極一部、射撃の発射制御のみだ。ハッキングを受けた装甲戦闘車は、照準を合わせはしたが、砲弾を発射をする事だけが不可能な状態へと陥った。
「リンデさん、装甲戦闘車をお願いします」
こちらが敵の砲撃を抑えている間に破壊すべく、攻撃要請をディートリンデへと送る。
――ディー、装甲戦闘車に狙撃依頼が来たわよ――
ダイアナはキースからの要請を、ディートリンデへと伝える。
未だスキルを維持し、集中力を切らす事無く持続していたディートリンデは、すぐに装甲戦闘車へと狙いを定める。
装甲戦闘車は車体正面をこちらへと向けている為、通常は前面投影面積が小さくなり、有効狙撃ポイントも非常に少ない。しかし今回はこちらが高い位置を取った事で、僅かではあるが車体上部を晒す格好となった。
その僅かに覗く天井部分へ的確に弾丸を撃ち込むと、こちらは一発の銃弾で破壊に至った。
グレンは少し離れた場所にサイドカーを停めると、単身谷底を見下ろす頂上部の森に潜んでいた。
この丘の南側に当たる部分は切り立った崖だが、反対側となる北はなだらかな傾斜になっており、グレンはそちら側をサイドカーを使い登って来た。
ほぼ垂直に切り立つ崖の頂上からは、敵が通るであろう道まで丁度ARPS二機分(約15m)位の高さがある。
そして今回からはペトロヴェートでヘッドセットを購入した事により、アデリナからの経過報告なども随時咲耶経由で入る様になり、戦況も格段と読みやすくなった。
しかしそれ以上にグレンにとっては、相棒とも言える咲耶と再び繋がりを得られた事に喜びを感じる。
この事は戦闘時にAIと離れる事の無いARPSの操縦者には、恐らく想像もつかない感覚であろう。
グレンはいつもの様に地面へと腰を降ろすと、背を木に預け、対ARPS砲を抱え込む様な態勢でじっと敵の到着を待つ。
いつでも襲撃を掛けられる様、ロケット弾もすでに装填済みだ。
――グレン、そろそろ敵が視界に入るみたいよ――
暫く待っていると、咲耶がアデリナからの報告を告げて来た。
「サンキュ、どれどれ……」
グレンは徐に立ち上がり崖の方へと移動すると、慎重に遮蔽を取りつつ、取り出した双眼鏡で崖下を覗き込んで敵の確認を取る。
悪天候下でも識別をしやすい様、軍用特有である黄色が強く掛かった視界の中、200m程先をこちらの方へと曲がり、敵の一団が現れる所が見えた。
そのまま敵を追っていると、突然一機のARPSから黒煙が上がる。
何事かと注視していると、遠くより砲撃音が木霊して来た。
「ディーの奴かっ」
予定よりも早いタイミングでの狙撃に、一瞬戸惑いを見せるも、すぐさま対応する為に行動を開始する。
すると間髪をいれずに、二発目となる発射音と転倒する衝撃音が同時に聞こえて来た。
「少し拙いな……」
予定では狙撃とほぼ同時のタイミングで、トラップが作動するはずだった。
しかし早いタイミングでの狙撃により、敷設した地雷原の手前で敵の移動が停止してしまっている。
どうやら予測とは敵の速度などの条件が微妙に異なった所為で、上手く策が嵌らなかったらしい。
ディートリンデ方も狙撃機会はほんの僅かな時間しか取れない為か、トラップの作動を待たずに仕掛け、敵の撃破を優先した様だ。
「咲耶、エレノアに通信を繋げてくれ」
――はいよ。……繋がったよ――
「エレノア、聞こえているか」
「なにー?」
骨伝導のヘッドフォンから、いつもと変わらぬ返事が聞こえて来る。
「敵をもう少し前進させたい。射程範囲を利用して、上手く釣り出してくれ」
「りょーかーい」
通信が切れると同時に、三発目となる銃撃音が聞こえ、炎上する音がそれに続いた。
「これで残り四つか……」
木で遮蔽を取り、様子を窺っていると、エレノアの示威行動に釣られて敵の前進が再開される。
20m程進むと、先頭の一台のバギーが衝撃音と共に車体が飛び上がり、引っ繰り返った状態で地面へと落下した。
「一台だけか……」
グレンは成果の少なさに悔しさを滲ませる。
突然の仲間の破壊を受け、もう一台のバギーが急停止をすると、すぐ後ろの居た82式が引っ繰り返った車両を踏み付け、突出する形で先へと進んで行く。
それ程道幅が無かった為、全面に地雷を仕掛けていたのだが、上手く躱された様だ。
しかし敵の隊列が僅かに分断されたこの契機を、グレンは逃さなかった。
すぐさま木から躍り出ると眼下に映る、取り残された形となるシュヴィーシエンの天井部へと照準を合わせ、ロケット弾を発射する。
砲弾は命中すると、爆破による火柱が上がる。
グレンは次弾装填の為に、一旦森へと引き返そうとした瞬間、反撃となる銃撃が崖下から開始される。
銃撃音を耳にした途端、グレンは自然と身体を地面へと投げ出していた。
しかし崖下からはグレンの位置まで射線が通っておらず、銃弾で削れた岩の欠片が転がり落ちる音だけが谷底に響き渡る。
グレンは急ぎ次弾を装填すると、止めを刺すべく崖の際へと再び戻っていく。
匍匐状態のまま銃撃で所々掛けている崖の際まで到達すると、そのまま覗きこむ様な真似はせず、ポケットからタクティカルミラーを取り出して慎重に下の様子を窺う。
ミラーには天井から派手に黒煙を上げ、時折機体がカクつきながらもこちらへと、機銃を向けている敵の姿が映し出される。
「さて、どうするか……」
攻撃の為に身を晒せば、すぐさま銃弾で蜂の巣にされるだろう。
流石に崖の際まで行けば、こちらへと射線が通る事になる。
ディートリンデに頼めば、射程内に居る敵はすぐに倒されるだろう。だが、自分の獲物を人に譲る気などグレンには微塵も無い。
「咲耶、バギーはどうしている?」
――隣の車が吹っ飛んでから、ピクリとも動き無し――
前方には地雷原、後方には僚機がおり、更に攻撃まで受けている所為で、身動きが取れずに停車した状態のままだった。
グレンはすぐに匍匐状態のまま一旦森の中へと引き返すと、前方に位置するバギーの所へと向かった。
前回と同様に匍匐状態でミラーを使い、敵の状態を確認すると、所在無げな様子のバギーが一台見える。
すぐにミラーを元居た方向へと向けると、シュヴィーシエンの位置も変わらずにいる。グレンが視界から消え、センサーでも捕捉出来ない所為か、盛んに左右に機体を動かし崖上を探っている様子が確認出来る。
「担当する範囲でもあるのかね……」
真下にバギーが居る所為か、敵ARPSはこちらへと向かって来る気配は全く感じられない。
グレンは俯せの状態から肘を突き、僅かに上半身を起こすと対ARPS砲を構え、後方に位置する敵ARPSへ狙いを定めるとロケット弾を発射した。
敵は発射音に気付くが反応する間も無く、機体側面に砲弾が命中すると、そのまま崩れ落ちていった。
後方の僚機が倒れた事で、ようやくバギーも動きを見せる。
唯一の武装であるロケットポッドは残念ながら、真上を狙う事は出来ない。
その為、距離を取るべく、倒れたARPSの方へと向かって走り出そうとしていた。
その光景を見ながら、グレンは慌てた様子も見せずにロケット弾を装填していく。
バギーは距離を取ると、タイヤを滑らせ土煙りを上げながら、車体を横に滑らせてスピンターンをする。
こちらへと車体を向けたと同時に、グレンからロケット弾が発射された。
バギーは攻撃の為に距離を取りながらも、ロケットを発射する事も無く、爆音と共に炎上した。
「これで残り一機か」
そう言うと、グレンは敵の機体が向かって行った前方へと視線を向けた。
エレノアは欠伸を噛み締めながら、遠方で展開されている襲撃の様子を眺めていた。
――戦闘中に欠伸はいかんぞ――
「しょーがないでしょ。出番無さそうなんだもんっ」
エレノアはあまりの退屈さから、不満を爆発させていた。
そんな折、一本の通信が入る。
――グレンから通信が入った。繋ぐぞ――
「エレノア、聞こえているか」
咄嗟に誤魔化す様、いつも通りの声を作り返事をする。
「なにー?」
――酷い変わりようだな……――
相手に声が漏れぬ様に気を使いながら、GARPは小声でぼやいた。
「敵をもう少し前進させたい。射程範囲を利用して、上手く釣り出してくれ」
「りょーかーい」
不満の捌け口が見つかりそうな事で、一気にエレノアの機嫌が戻っていく。
――随分と現金なものだな――
「うっさいっ。それより、前進するわよ」
カグツチを敵に向かって、歩かせ始める。
――280m先から敵の射程範囲に入るぞ――
「おっけー」
そのまま進み続け、射程範囲の境界に到達すると、ローラーダッシュを使って境界付近を動き回り、敵の反応を窺う。
すると示威行動に痺れを切らしたのか、何台かの敵が引っ掛かり、こちらへと向かって来るのが見える。
暫く続けていると、グレンの地雷により破壊された車両を踏み台にして、一機のARPSが向かって来た。
その敵からの射撃による攻撃を受けた事で、自身が標的にされたのが確認出来た。
「よしっ」
エレノアは満面の笑みを浮かべながら、スキル【フェイント】を行使して射撃を避け続けながら、少しずつ後退をして敵を引き離しに掛かる。
ようやく敵が崖沿いの道を抜け草原へとやって来ると、一転して反撃を開始する。
晩秋となり草が枯れ、一面薄茶色で覆われた草原を、ローラーで土煙りを舞い上げながら、エレノアは縦横無尽に動き続ける。
敵も銃弾を当てようと試みるも、動作の予測がつかないのか、ローラーで耕された跡を銃弾の痕が追っている。
エレノアが敵を中心に置き、円を描く様に避け続けると、敵ARPSの脚は完全に止まり、棒立ちの状態になってしまう。
「ビエコフ、ロケットよろしくー。当てたらダメだからねっ」
接近する隙を作る為に、ビエコフへと支援の要請を掛ける。
「……了解」
ビエコフの返事と同時に、二発のロケット弾が飛んで来た。
突然の砲撃を受け、敵はロケットを避けるべく急ぎ機体を動かそうとするが、完全に停止した状態からでは間に合わず至近に着弾を許す。
枯れ草と共に盛大に舞い上がった土砂と正面を守る様に翳したシールドとで、思惑通りに敵はカグツチの姿を見失った。
「ナイスっ、ビエコフ!!」
エレノアはこの一瞬の隙に相手の視界からカグツチを外すと、背面へと回り込む様に移動し、右のナックルを敵の背中へと叩きつける。
敵ARPSは衝撃で前方へとよろけて数歩進むが、すぐに機体を立て直すとこちらへ振り返る。
すると、振り向いた視界一杯にカグツチの拳が映った。
顔面へとまともにナックルでの一撃を受けた結果、敵ARPSはアイカメラが二つとも潰され、視界を失う事になった。
視認する術を失くした敵ARPSは、センサーを頼りに照準の定まらぬ銃弾を撒き散らしていく。
エレノアは一旦離れ距離を取ると、余裕を持って躱しながら、慎重に相手の隙を窺っていく。
しかし、そんな時間は当然長くは続かない。
一瞬の隙を突き、敵ARPSにショルダータックルを当てると視界が効かぬ事もあり、敵のARPSはあっさりと転倒してしまう。
「これでおーしまいっ」
エレノアは仰向けに倒れた敵ARPSの傍らに立つと、反撃を阻止する為右手に所持するマシンガンを踏み付ける。
鈍色に光る杭の先端を胸部に押し当てると、地面へと縫い付ける様一気にパイルバンカーを突き刺した。
戦闘終了後、最終損害報告を確認するも、唯一の損傷機体となるカグツチが12%と正に圧勝と言える戦果を上げた。
冬が間近な事から日暮れが早く、一行は色々と話をしたかったが急ぎ街道へと戻ると、日暮れまでの僅かな時間を惜しむ様に北へと進む。
ここから野営地までは、シュヴァルディアが自走を担当する。
最近は夕方の六時を前に日が沈む事から、五時には野営予定地を探し始める様にしている。
この日も五時半に差し掛かる頃、ようやく野営に適した平原を見付け、準備に取り掛かった。
昨日と同じく、ビエコフが各機体のメンテをする間、グレンとキースでシェルターを設置し、コットを組み立てる。
日も完全に沈むと、気温はぐっと冷えてくる。
昨日に引き続き、今晩の夕食となるのは強烈な匂いを放つカレーライスだ。
「今日もまた換気をしないと……」
グレンがジト目になっているが、買い物には全員が参加してメニューを決めている為、誰にも文句を言う事が出来ない。
全員が食べ終わり、各自に食後のコーヒーが行き渡ると、早速今日の戦闘へと話題が及ぶ。
「リンデさんの狙撃凄かったです。結局一発も外れませんでしたし」
キースの称賛する言葉に、エレノアとビエコフも頻りに肯いて同意している。
「いや、あれはキース君のお陰でもあるのよ。センサーから隠してくれたのと、データ補助があればこそよ」
実際このゲームでは、単独での狙撃はかなりの難易度を誇る。射程内に相手を入れるにも、敵センサーによる探索網から隠れなければならない。そして隠れるには、センサー系スキルと装備が必要となる。
狙撃手の武器であるライフルは非常に重量があり、装備重量制限の大半を使用する事になる。そしてセンサー系の機体は性能を補助する為に専用のBPを使用するのだが、その用途からもユニットを詰め込んだ様な構造をしており、こちらも機体の装備重量に大きな負担を掛ける事になる。実際キースなどは開始当初、装備重量制限の所為でシールドを持てずにかなりの損傷を受けていたのだ。
通常の機体でもセンサーなどの能力は有しているが、あくまでも付いている程度。その効果範囲や性能は比べるべくも無い程に劣っている。スキルを使用する事で多少の補填は可能となるが、残念ながら単独の狙撃を可能とするまでの効果は得られない。
つまり単独では狙撃とセンサーと言う相性の良い組み合わせを、両立をさせるのは不可能な仕様となっている。そしてこの事は他の組み合わせにも言え、有効になりそうな組み合わせの殆どが単独では成立しない事が、ソロプレイヤーが壊滅した要因の一つとなっている。
因みに、ディートリンデの【スキャン】Lvが高いのは、センサーを利用して狙撃を行っていたからでは勿論無く、狙撃時には機体構造から素早い行動が不可能となる為、襲撃などの警戒に使用していた所為である。
今回の狙撃の成功には、スヴァローグによって敵の捕捉や地形、天候と言った関連事項の詳細なデータを得られた事で、かなりの射撃精度を出せた事が大きな要因だとディートリンデは実感している。
「あの精度だと、もっと距離があってもいけそうだな」
試す様なグレンの視線を向けられると、ディートリンデはその挑戦を受け、自信に満ちた返答をする。
「そうね。今日が2,400mで、自己記録が2,630m。でもあの感じだと2,800、いや3,000mでも銃の性能次第では狙えるかもね」
今回観測手と連携した事で、ディートリンデの中では狙撃に対する確固たる自信が芽生えていた。
「しかし五人中、ダメージディーラーが三人とは、えらく攻撃型のチームになりましたね」
ビエコフが少し戸惑いの声を上げる。
現在は前衛、遊撃(?)が各一人、後衛が二人に後方支援が一人で構成されている。
とは言え、攻撃特化がエレノア、グレン、ディートリンデと三人いるが壁役はおらず、現状は後衛である筈のキースが何とかこなしていると言う状態で、バランス自体は非常に悪い。
「そうだね。今までの経験からすると俺とは違い、純正な壁役が一人は欲しいかな」
キースは壁役に回らねばならない状況から、自身の力不足を幾度となく痛感している。
「でもさー、足りなくても変な人は入れたくないなー」
「そりゃそうだな。楽しむために人増やすのに、その所為でつまらなくなるなんて、本末転倒だからな」
自分の意見にグレンが賛同を示すと、エレノアは「だよねー」と嬉しそうに相槌を入れている。
「でもキースの言う通り、足りないのも事実だからな。日頃から各自頭の片隅にでも入れて置けば良いだろ」
「ラサーラでもそうだったけど、このゲーム、ソロプレイヤーがいないからメンバーの補充が凄く難しいのよね」
グレンの言葉に苦労を思い出したか、ディートリンデが自身の経験から意見を出す。
「第二陣も始まりましたし、レニンスキに戻ったら、少し注意してみましょうか」
ビエコフの言葉に、各自レニンスキへと思いを馳せる。
本日の夜間警戒は、グレンが三時間の担当となる。
日を追う毎に、夜間の気温は下がっていき、少し前まで晴れた日には聞こえていた虫の音も、ここ数日は全くしなくなっていた。
世界観から異世界という設定の筈が、手を抜いたのか、夜を彩る星々は地球のものをそのまま使用している。
とは言え、プレイヤー達は気付いていないのか、それとも気にしていないのか。今の所は誰からも話題にはされていない様だ。
澄んだ夜空に燦然と瞬く星々は、徐々に秋から冬の星座へと移り変わっている。
夜が明けると三日目の朝も青空が覗き、天候が崩れやすい季節の中、三日連続で晴天に恵まれる。
朝食を終えると、昨日に続きスヴァローグが自走担当となって、街道を北へと走り始める。
その後も何度か襲撃に遭いながらも、問題無く退け、順調に進んで行く。
レニンスキへと徐々に近づくにつれ、第二陣の参加者だろう、多くの真新しいARPSをちらほらと見かける様にもなって来た。
そして天候が怪しくなり始めた四日目の午後二時過ぎ、一行はレニンスキへと到着した。




