第二十話 帰途
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新たなメンバーをチームに迎え入れたキース達四人は、隣国の上位プレイヤーであったディートリンデに様々な質問を投げ掛けていた。
「そういえば、ディートリンデさんってクエストを受けた事はあるんですか?」
ビエコフの関心も当然と言える。
目下、クエストの受注はキース達の目標の一つとなっているのだ。
「ええ、幾つか受けた事があるわよ」
途端にキース達三人の目の色が変わるのを、グレンは面白そうに眺めている。
ディートリンデは少し冷めた紅茶を口に含むと、自身の体験を話しだした。
「先ず断わっておくけど、私の話はラサーラでの事で、大きな違いは無いでしょうけど、違う事も起こるかもしれないわよ」
ディートリンデの危惧は当然の事から、三人は神妙に肯いた。
「クエストには大きく分けて二つあるわ」
一般的なフラグを立てる事で起こる『クエスト』と呼ばれるもの。フラグとは別に指定された条件を満たさないと受けられない『特殊クエスト』との二種類だ。
「ラサーラでは特殊クエスト、中でも『秘密結社』と『第四帝国』と言う『シリーズ』ものが人気だったわ」
『シリーズ』とは、連続して続いていく特別なクエストを指している。
クエストは通常種類に関係無く、受けたもの単体で終了する。ところが、特殊クエストの中には受けたクエストが終了しても、別のクエストへと繋がる手掛かりが残されるものが存在する。その手掛かりを追う事で次のクエストへと続くのだ。その脈々と続く、一つのクエストの体系を『シリーズ』と呼ぶ様になったのだ。
このシリーズクエストには、ルールにも特殊なものが幾つか存在する。
一つはフラグだ。通常は個人に対して立つ事になるフラグだが、シリーズクエストに限りチームに対して立つ事になる。そして各チーム、一つのシリーズを受けられる機会は一度だけだ。失敗した場合は、クエスト毎に対応は異なる。そのまま途中で終了したり、分岐ルートに回ったりと様々だ。
そして、厄介な扱いとなるのがチームへの途中参加者達だ。通常シリーズクエストは、その構造から途中参加をする事が出来ない。仮に何らかの手段で手掛かりとなるアイテムなどを入手出来たとしても、それ以前のクエストを終了していないとフラグが立つ事は無い。但し、例外となるのが途中参加者達だ。シリーズクエストはチームに対してフラグが立つので、参加したチームが受けているクエストに途中から加わる事が可能となる。その代わり、各チーム一度しか受けられない事から、以前のクエストを受ける機会はそのチームに在籍をする限り失われる事になる。
『秘密結社』や『第四帝国』とは、それぞれのシリーズクエストに付けられたラサーラでの通称だ。クエスト中に起こる出来事などの特徴から、いつしかそう呼ばれ、プレイヤー達に広まっていったものだ。
この辺りの話はグレンにとっても初めてらしく、真剣に聞きながら、時折タブレット端末に手書きでメモを取っている。
「ディートリンデさんは何をやっていたんですか?」
ビエコフの問い掛けに対し、ディートリンデは少し思い出す様な仕草を見せる。
「私の居たチームは通常クエストを少しと、後は第四帝国をメインでやっていたわね」
「第四帝国ってなにー?」
「第四帝国って言うのはね、先ず調査依頼から始まるの。それを追っていくと当然敵のARPSが現れるのだけど、プレイヤーが所属する三ヵ国以外の軍隊を見かける事から、第四の国による侵略じゃないかと名付けられたクエストね」
「えー、でも所属国の軍かどうか、見ただけで分かるの?」
「流石に見ただけでは解らないわ。でも進めていると、色々と遺留品とかが出て来るのよ。それと大きな要因の一つに、この第四帝国と言うクエストは、三ヵ国全てで行われているって事ね」
「おい、それって……」
グレンは何かに気付いたのか、慌てた様子を見せ、椅子から大きな音を立てている。
ディートリンデはグレンへと視線を向けると、静かに説明を続けた。
「ええ、一度クエストを経験した三ヵ国のチームで、話し合った事があるのよ」
ラサーラ在籍時代に現実世界での他国交流用掲示板で知り合い、ゲーム内でボイスチャットを使用した会議を行ったのだ。
ディートリンデの言葉を聞き、グレンは眉間に皺を寄せると、気難しそうな表情で椅子へと座り直す。
「当初はお互いの国だと擦り合っていたのだけれど、話を続けていく内に敵ARPSの特徴などが色々と一致したのよ。それで生まれた推測が、未知の四番目となる国からの侵略説と言う訳。勿論、完全な憶測だから真偽は定かではないけどね」
キース達は単純にクエストを目標としていたのだが、どうやら先頭の方ではかなりキナ臭く、末端のプレイヤーからは想像もつかない様な事態が進行しているのかも知れない。
「それで、秘密結社の方はどういうものなんですか?」
「ごめんなさいね。そっちは受けた事が無いから、名前しか知らないのよ」
ディートリンデはキースの方に向き、済まなそうな表情を見せる。
「いえ、それならしょうがないです」
キースは首を振って答えた。
「ねーねー、報酬はどんなのだったの?」
エレノアは目を輝かせて、ディートリンデを見つめている。
「報酬は至って普通よ。金銭とアイテムね」
金銭に関しては別段説明する事は多くない。クエスト毎に、難易度等に応じた金銭が支払われる事になる。
次にアイテムだ。報酬となるアイテムには三種類存在する。クリアボーナスとなる初回限定アイテム。それ以降は通常アイテムとランダムで現れるレアアイテムとなる。レアアイテムに関しては、通常アイテム以上初回限定以下の性能の物である。
「おお、初回限定かー。どんなのだろー」
「残念ながら、私もまだ見た事はないわ」
「そっかー。じゃあ、一緒に見られるといいね」
エレノアの満面の笑みに、ディートリンデも笑みを浮かべて返す。
その後も五人は話題が尽きる事無く盛り上がり、いつしか昼時を迎えていた。
グレンの参加時にはしなかったので、キース達は新規メンバー二人の歓迎会を兼ねた昼食会を開く事になり、店を替える為にカフェを後にした。
五人はカフェを出ると、「私いい所知ってるー」と言い先導するエレノアに従い、会場となる店へと向かった。
十分程は歩いただろうか。表通りから裏路地に一本入ると、広場からの喧騒も消え、そこには住人達の生活音だけが聞こえて来る。
古い街並みは裏通りともなると、袖看板一つ目にする事が無い。
細い道の二階や三階の窓辺には何本ものロープが渡されて、通りを吹き抜ける風に洗濯物がなびいている。写真などで良く見かける光景そのままが、目の前に展開されていた。
そんな中、エレノアは周囲の不安をよそに、迷いも見せずに先頭を歩いていく。
暫く進むと、「とーちゃくっ」と立ち止まった。
そこは看板等一切無く、ただ扉に一枚、掌ほどの小さなステッカーが張られただけの建物だった。
「本当にここか?」
キースの疑問も当然で、外観は隣接するアパートと何ら変わりなく見える。
「ふふん。これっ、この変なおじさんのマーク。これはねー、ナポリピッツァ協会の印なんだよ」
そう指差す先には、フードを被った人物が緑色のヘラを持ち、赤い物体を載せているステッカーがある。
「こんな所知っているなんて、エリーちゃん凄いわね」
いつの間にか打ち解けたディートリンデは、互いをエリーちゃん、リンちゃんと呼び合っている。
ディートリンデに褒められ、少し照れた様子を見せながらエレノアは、
「えへへ、昨日ネットでこの街を調べてたら、偶然見付けたんだー」
と答えるのを見て、キースとビエコフの二人は食べ物の事になると凄いなと内心で呟く。
「成る程、ここが例の試みの店なのか……」
グレンの言葉に、キースは耳聡く反応した。
「何ですか? その試みって」
「今回のアップデートで加えられた、味覚再現の一環と言われている奴だ」
それは味覚を実感出来る事を利用した、技術実験の一つである。
元々食べ物などの味を再現する事自体は比較的容易であった。例えばカレーと言う食べ物を再現するには、辛さやスパイシーさと言った、幾つかの特徴を満たせば人はカレーと認識出来る。但し、それは単にカレーと感じるだけであって、ボ○カレーやコ○イチのカレーなどとは全く異なる味である。そこで技術実験の一環として、現実に実在する味を再現する事を目的とした、他業種との提携を開始したのだ。
これは企業側にもメリットのある提案だった。例えばゲーム内でペプシコ○ラを再現したとする。それを好んで飲んでいたプレイヤーは、現実に戻った後でも手にする機会は格段に増えるだろう。また新製品のモニターに利用すれば、実際にモニター販売をするよりも費用を抑える事が可能になるなど、様々な利用法が提案や検討されている。
「ここはその内の一つだと思うぞ」
「そう言えば、アップデートで幾つか有名メーカーの実在する商品が入るって話がありましたね」
攻略情報などを中心に集める傾向にある為、キースはこの手の話題には非常に疎い。
因みに目下の所、ネット上ではドクターペ○パーが再現出来るかが大きな議論を呼んでいる。
そんな四人を尻目に躊躇い無く扉を開け、中に入って行ったエレノアの後を、追い掛ける様にキース達も店の中へと入る。
店中はカウンター席とテーブル席が四つあるだけのこぢんまりとした造りで、カウンターの奥には壁に石焼窯も見られた。
「ほう、ちゃんと薪で焼いているんだな」
窯の脇に積まれた薪を見て、グレンが感心している。
地元住人らしき数人の客がいる中、空いている奥のテーブル席へ座ると、早速ピッツァの注文をする。
先ずは基本であるトマトソースにモッツァレラチーズとバジリコのマルゲリータ。トマトソースにニンニクとオレガノが入ったマリナーラも外せないだろう。ゴルゴンゾーラやタレッジオなどの四種類のチーズを使った、クワトロ・フォルマッジオもチーズ好きにはたまらない。
頼んだピッツァがやって来ると、会話もそこそこに黙々と五人は食べ始めた。
とろけるチーズが糸を引き、にんにくやバジルの香りが辺りを充満する。薪で焼かれた生地は香ばしく、咬む程に味もしっかりと感じる事が出来る。流石に再現された味とあってか、VRとはとても思えない美味さであった。
あっという間に全てを平らげると、五人は空腹も満たされ満足げな様子だ。
食後に男性陣はエスプレッソ、女性陣はラッテマキアートが届くと、ようやく会話が再開される。
「そう言えば、三人はどういった関係なの?」
「俺も聞いて無かったな……」
タイミングを逃した事も有り、グレンにとってもキース達三人の関係性は謎だった。
「ビエコフはねー、私の弟なんだよー」
「……はい。不本意ながら、実の姉です」
「俺は二人の家とは通りを挟んだ、向かいの家に住んでます」
「幼馴染って奴かっ。まさか実在していたとは……」
グレンが一人驚愕している中、ビエコフの答えに不満なエレノアが突っかかり、それをキースが取成すというカオスな展開が生じていた。
その光景をディートリンデは、「みんな仲が良いのね」と微笑ましそうに眺めている。
一連の騒動も落ち着きを見せると、今後の予定についての話題へと移る。
「さて、次の行き先だが……」
グレンの言葉を皮切りに、それぞれが意見を出し合う。
ここペトロヴェートからの選択肢は、四つ存在する。
先ず北西に三日掛け、来た街レニンスキへと再び戻る道と、西へ四日、グレンと出会う切っ掛けとなった街ノヴォべリスクへ向かう道の二つ。ここまでは滞在経験の有る街へと向かう選択だ。
新規の所は、南に二日半程のサルアチア商業国との国境沿いにある街『ラードゥジュイ』と、東へ二日半の場所にある『セルドフヴヌィ』だ。
他にもここからだと、ラサーラ共同連合とニュートリアス連邦共和国との国境沿いの街へ行く事も可能となる。だが、街道や補給地などが存在しないので日数も掛かり、かなりの強行軍と見込まれる。その事により、現実的では無いと今回の選択肢からは外された。
「ここにもアンロック無かったねー」
「そうだな。残る可能性は『マクノーシ・スラビシュ』か、それとも首都の『ミーヌフクス』まで行かないといけないのか」
「他国機も現れ始めてますから、国境沿いの街に行くなら機体を新調してからにしたいですね」
「リンデさん、ラサーラでの条件は何だったんですか?」
キースの問いに、一同の視線がディートリンデへと集まる。
「参考になるか分からないけど、ラサーラではある街に行くとARPSの国営関連施設があって、そこでイベントが発生したわ」
「国営の施設ですか……」
「まだ、見た事ないねー」
「ごめんね。あまり参考にならなかったわね」
「いえ、そんな事は無いですよ」
とは言ったものの、あまりアンロックばかりに手を掛ける訳にはいかない。
「後、昨日少し調べたのですが、冬季装備は重要みたいですね。そろそろ資金を含め、準備し始めないと」
「そっか、シュネイックはこれから冬を迎えるのね」
国を変えた事で取り巻く自然環境が一変したディートリンデは、どこか嬉しそうな様子だ。
「えー、資金は予備機体の分使っちゃえば?」
「それじゃあ、予備の意味が無いよ……」
エレノアへの説明をビエコフに任せ、キースはグレンと話を詰める。
「ARPSの冬季装備もですが、問題はトレーラーです。降雪時に機体を露出したまま移動するのは、流石に拙いかと」
機体が凍結などしようものなら、奇襲を受けた際に対処法などの話では無くなってしまう。
「そうだな。後、積載数も足りないしな」
「個人的には今のを予備として残し、新規購入をした方が良さそうだと思うのですが……」
「ねえ、その前に条件に合うトレーラーは売られているの?」
ディートリンデの言葉に、キースとグレンの視線がビエコフへと向けられる。
「条件が分かりませんが、トレーラーも開始時から買える物は変わってませんよ」
「それだと、アンロック出来なかった人はどうするんだ?」
「恐らくですが、フォロー出来る様な付属装備があるのではないかと」
キースが調べた限りでは、内容は不明だがトレーラーに対しても冬季装備が用意されているのは確認している。
「まあ、そんな所か。だが俺達の場合、積載数の問題が大きい」
「ごめんなさいね。私が参加したばかりに……」
ディートリンデが悄気た表情を見せると、隣に座っているエレノアは慰めつつ、キッとグレンを睨みつける。
「リンデさんの所為ではありませんよ。でもそうなると、一番可能性の高い『マクノーシ・スラビシュ』に先に行くべきですかね」
「資金も貯めないといけませんしね」
「なら、一旦レニンスキに戻るか。個人的には一度『ラードゥジュイ』を見たかったが……」
グレンは少し残念そうな表情を浮かべる。
「何があるの?」
エレノアの問いを受け、グレンは顔を上げると嬉々として説明しだした。
「『ラードゥジュイ』は、サルアチア商業国と隣接しているかなり大きな街だ。しかも流通が活発で、サルアチア独自の珍しい商品が非常に多いと聞いている」
「ほえー、面白そうな所だね。行ってみたいっ!」
「だろっ。だけど冬が近いから、また今度の機会だな」
「そっかー、残念」
話を聞いて興味を持ったエレノアとグレンが二人して凹んでいる姿を、キース達は苦笑をしつつ眺めていた。
店を出ると、一行はギルドへと足を運んだ。
ディートリンデはアール・デコ調で統一された内装を目にして、キース達の時以上にとても驚いていた。
ラサーラに居た時は、この様な特殊な内装のギルドには出会った事が無かったそうだ。
ただキースなどは、シュネイックで入る初めてのギルドという事もあって、これを基準にしないで欲しいとも内心懸念していた。
無事にディートリンデのチーム登録を済ませ、憂慮に感じていたチーム名に関しても「可愛らしい名前ね」との評価を受けて、名付け親でもあるエレノアなどは御満悦の様子だ。
その後、一行はカウンターに陣取ると、レニンスキへの依頼を探し始める。
「護衛依頼は避けたいですね」
「そうだな。一機は自走する事になるから、配達系が良いな」
需要が多いのか、他の街よりも護衛依頼が数多く見られる。
しばらく探すと、護衛依頼に埋もれる様に一件の配達依頼を運良く見付ける事が出来た。
早速受注をすると、ギルドの前でディートリンデと一旦別れる。
ペトロヴェートからの開始という事で、初期支給機を受け取りに行かねばならないからだ。
キース達は配達物を受け取った後、途中一度店に寄り食料等の補給をする。その後、待ち合わせ場所である洗車をした街外との境界広場へと向かった。
受領手続きなどに時間が掛かっているのか、キース達の方が早く到着した様だ。
客引きなどの邪魔にならぬ様、広場の隅で待っていると、目の前を何台もの整備工場のトレーラーがやって来ては、プレイヤー達であろうARPSを外へと吐き出していく。
何台目となるだろうか。トレーラーの外で待っていた一行の前へと、一機のARPSが近づいて来る。
「お待たせしました」
搭乗ハッチから姿を現したのはディートリンデだった。
「これがディートリンデさんの機体ですかっ」
目の色を変えて、興味深げにビエコフが眺めている。
ディートリンデが選んだ機体は、遠距離攻撃用に開発された初期支給機『シュヴァルディア-101』だ。
デフォルトの塗装は、デジカモの都市迷彩色に塗られている。細身の上半身に、どっしりとした下半身を備えた、見るからに低重心な機体。頭部には複眼による空間把握よりも、望遠の為の焦点距離が優れた大きな単眼のアイカメラが備わっている。また遠距離攻撃時には、脚部に折り畳まれているスタビライザーを後方へと展開し、反動を吸収する様な装備も付いている。BPには弾薬等の備品を入れられる、アイテムタイプを選択した様だ。
「武器を貰いに行っていたら、遅くなってしまったわ」
両手で抱えられている長い銃身のライフルは、直立させると地面から機体の肩程の長さがありそうだ。
全員が揃った所で、早速出発する。既に時刻は昼を回っているので、本日の行程は半日分となる。
事前に打ち合わせていた通りに、レニンスキまでは休憩毎に三機で自走担当を交替しながら向かう事にする。
自走にはローラー等部品の損耗、燃料の消費、搭乗者の疲労と様々な負担がある為、一人だけに負わせる事は出来ない。
初日はディートリンデから開始して、途中エレノアと替わる予定だ。
先頭をグレンのサイドカーが走り、その後ろにトレーラーが続く。車両から盛大に舞い上がる土煙りを避ける様に、間を置いてシュヴァルディアが殿を走る。
来る時は多量の雨を含み、泥濘んでいた土の街道もすっかりと表面は渇き、広い範囲に土煙りを振り撒いている。
街道の左右に広がる草原も枯れた色を見せ始め、徐々に冬の到来が間近と告げている。
途中、一度休憩を挟みカグツチが自走へと替わる。
日が暮れ始め、草原に木が幾つも目に入り、森林の気配がし始めた頃、野営に適した平原を見付けたので、初日行程を終える事にした。
到着と同時に、早速ビエコフが自走を担当したシュヴァルディアとカグツチのメンテに取り掛かった。
グレンはトレーラーから少し離れた場所でいつもの様にシェルターを設置していると、隣へとやって来たキースがエレノアに責付かれながら、小さなシェルターを建て始めた。
「どうしたんだ、それ?」
「良いでしょー。女性用に買ったんだよ」
グレンの物を一回り程小さくした八角垂のシェルターは、四人用の物で大きさ以外は全く一緒だ。
キースが建て終わると、「リンちゃんと私はこっちで寝るからね」と早速中へ入り、一緒に購入したコットを組み立て始めた。
キースは一仕事終え、シェルターへと入ると、コットに座りながら湯を沸かし始めているグレンに迎えられた。
「お疲れ」
些か苦笑気味な挨拶を受けると、キースは苦笑いで返しながら、自身も購入したコットをビエコフの分と二つ組み立て始める。
二つ目のコットに取り掛かった頃、こちらのシェルターに女性陣が入って来た。
「食事は皆一緒の方が美味しいもんね」
そう言うと、エレノア達は組み上がっていたコットへと並んで座った。
作業が一区切り付いたビエコフの到着を待って、五人は夕食にする。
本日のメニューは昼食の影響を受けたのか、バジルソースのパスタであるジェノヴェーゼとスープの組み合わせだ。
「これ旨いけど、匂い抜けるのか……」
グレンの懸念は尤もで、シェルター内はバジルの香りが充満している。
VRと言えど、鋼鉄の新世界は味だけでは無く、匂いも精巧に再現されている。
草原や森に立つと、青臭い草の匂いや爽やかな花の香りなど、様々な匂いに包まれ楽しむ事が出来る。
「最悪、シェルターを移動させましょう」
キース自身バジルが好きな事もあり、今の所不快には感じていないが、一晩この匂いの中で寝れるかと言うと、それはまた別問題である。
食事を終えると、お茶を飲みながら、換気の為に一度入口を大きく開放させる。
日が沈んだ事もあり、冬の始まりを感じさせる肌寒い風が、中へと入って来る。
風を受けると、エレノア達は女性用シェルターへとそそくさと帰って行った。
夜間警戒は五人に増えたが、機体のメンテがある影響から、今回はビエコフを抜いた四人で行う事にした。
女性が二人に増えた事で発言権が増したのか、女性陣は二時間、三時間の担当はキースとグレンが日毎に交代でする事に決まる。
初日はキースが三時間担当を受け持つ。
来る時に襲撃を受けた事から、各自張り詰めて警戒するも、何事も無く二日目の朝を迎える。
天候の方も来る時とは一転し、昨日に引き続き今日も青空が覗き、晩秋の澄んだ空気が身を包む。
朝食を終えると、二日目はスヴァローグが自走となって出発する。
街道脇に段々と木が増え始めるが、どの木々も先日の雨の影響で殆どの葉を落とし、枝だけとなった寂しい姿を晒している。
森へと街道が入っても、以前の様な圧迫感を感じず、物悲しい雰囲気が漂っている。
午前中は襲撃に遭う事も無く、昼食後からシュヴァルディアへと自走を交替して出発する。
二時間程走っただろうか、そろそろ休憩を入れようとした矢先、アデリナが不明機を発見した。
――マスター、方位2-7-8、距離18.2kmにアンノウンを感知――
「アデリナ、重点探索開始」
――了解です。方位2-6-3から2-9-3の範囲で探索を開始します――
「グレンさん、敵が現れた」
「分かった。少し速度を落とす」
先頭のグレンがブレーキを掛けると、全体が連動して徐々に速度が落ちていく。
――マスター、アンノウン判明。ARPSがシュヴィーシエン-αが一機、82式が二機。82式は何れもマシンガンとシールド装備です。それと四連のロケットポッドを二基装備したバギータイプ二台、対ARPS用砲門を搭載した装甲戦闘車が一台です――
「今までで一番多いな……」
機体数が増えた事が要因か、ARPSと車両を合わせ計六台は過去最大数となる。
判明した情報を、急ぎ全員へと伝える。
「さてと、どうするか……」
グレンの呟きに対し、一瞬間が生まれる。
「隊列はどうなっているの?」
ディートリンデの質問に、キースは判明した状況を伝える。
「えーと、前からバギーが二台、82式二機、シュヴィーシエン、殿が装甲戦闘車です」
「成る程、盾になっている82式二機が厄介だな」
グレンはロケットによる牽制、その後82式が盾となり接近、シュヴィーシエンと装甲戦闘車を主軸とした攻撃と敵の戦術を推測した。そうすると、早期の盾役の排除が鍵となってくる。
「いつもの様に、自分のロケット弾で散らしますか?」
「そうだな。その後にグレンさんとエレノアで82式を相手して貰って……」
キースは今までの経験を基に、対処法を構築していく。
「ちょっと待って。キース君、敵の予測進路と周辺の地形データを送ってくれるかな」
「分かりました。アデリナ、データ送信頼む」
――了解です。データ送信を開始します――
「リンちゃん、どうするの?」
エレノアの問い掛けにも答えず、ディートリンデは黙々とデータを読み解いている。
暫く待っていると、遠慮がちに声を掛けられた。
「少し試したい事があるんだけど、良いかしら……」
ディートリンデの提案を聞いたのち、多少の修正を加え、五人は敵の迎撃へと向かった。
過去最大数の敵との戦闘は、新規メンバーであるディートリンデを迎え、新たな対処法を生み出す事になる。




