第十八話 夜陰
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開始直後のロケット弾による初撃以降、戦闘区域から退避していたビエコフのトレーラーへと最初に帰って来たのは、意外にも徒歩での帰還となるグレンだった。
戦闘自体が最初に終わった訳ではないが、キース達とは異なり、それ程距離を移動出来ないために早期に戻って来れたのだ。
全身がずぶ濡れの状態で帰って来たグレンは、待機中にビエコフが建ててくれていたシェルターの中に入ると、震える手で素早く着替えを済ます。
その間、ビエコフもGIストーブを取り出して、この後戻ってくる人の分も含め、体の温まるものを用意しようとお湯を沸かし始めている。
「ふう、体が冷え切って震えが止まらねえ」
着替えを終えているが、雨天の戦闘で芯まで冷え切った体はグレンを震わせ続けている。
「今コーヒー入りましたから、どうぞ」
「おお、ありがてえ」
ビエコフから受け取ると、湯気の立つカップを震える両手で挟み込む様に持ち、その暖かさを堪能してからゆっくりと一口目を頂く。
コーヒーが喉を通り、身体中へと暖かさが行き渡るのを体感していると、外からARPSの近づく音が聞こえてくる。
出迎えのため、ビエコフがシェルターを出ると、そこにはカグツチが全身泥塗れの状態で立っていた。
「うわー、これは酷い……」
その余りにもな惨状を見て、ビエコフは呆然と立ち尽くしてしまう。
余すところなく汚された外装は、エレノアの拘りであった左肩も例外でなく、地の綺麗な赤い色が汚され見る影も無くなっていた。
「ビエコフ、突っ立っていないで泥落とすの手伝ってよっ」
「……あ、うん、分かった。クレーン使って放水するから、そのままちょっと待ってて」
流石にビエコフもその状態でトレーラーに乗られ、荷台を汚されるのは避けたい。それに何より各駆動部はそのまま放置などすると、どんな故障を引き起こすか解らないのだ。
雨の中、ビエコフは急ぎ重機の元へと走った。
エレノアと協力してカグツチを洗い終わる頃には、キースも戻って来ており、引き続きスヴァローグの洗い落しを行う。
二機を元の状態に戻してトレーラーに載せると、雨で冷えた身体を温めるべく、二人はシェルターへと戻った。
中に入ると、先に帰っていたエレノアが渡してくれたコーヒーを二人は受け取り、ようやく腰を落ち着けると早速今回の戦闘での話題に移っていく。
「そう言えばさー、グレンさんの地雷、凄かったよっ」
初めてその効果を目の当たりに体験したエレノアが、その時を思い出し興奮した様子でグレンへと報告をする。
【ブービートラップ】と言うスキルは、まだ所持者も少なく、それ程人気も出ていない。
ロボット同士の対戦を主題としたゲームである為か、多くのプレイヤーからはまだ軽視されているのだが、地形やオブジェクトを利用して損傷を与える事は、実際には使用者のアイデア次第で非常に有効でいやらしい効果を上げられる。そして何より、所持者以外もスキル効果の恩恵を与えられる、ある意味特殊なスキルとも言える。
ゲーム的には罠を設置後、見つからぬ様に隠蔽する事でカモフラージュ効果が発生する。この効果は設置者のスキルLvに依存しており、敵の探索系能力やスキルLvとの対比によって、発見判定がなされる。但し、それらは一因でしか無く、工夫を凝らし巧妙に隠蔽するなどアイデアと技術次第で、多少のLv差は覆す事も可能となる。
尚、未使用のトラップは設置者がその対象エリアから移動する事で自動的に消去される。
「そりゃ、良かった。スヴァローグの索敵能力のお陰で、事前に色々と仕込める時間があるからな」
体もすっかり温まったグレンは、穏やかな口調で話す。
「それでも設置場所の選定や設置のノウハウは、グレンさん自身の技術じゃないですか」
「回数を熟していけば、誰でもすぐ出来る程度のものさ」
続くキースからの指摘にも、グレンはさも普通の事だと淡々としている。
「普通の人は地雷を使うなんて思い至りませんよ……」
「うんうん」
グレンの斜め上な思考に対し、ビエコフとエレノア二人は小声で訂正を入れていた。
「でも以前旧型のARPS三機と遭遇した際には、半壊にまで追い込まれた事を思えば、今回は完勝といえる内容だったな」
キースは辛勝した時の経験と比較し、満足げな面持ちで今回の戦闘を振り返る。
「そうですね。先程ざっと調べましたが、二機共に損傷は軽微でした。これなら連戦しても問題が無いので、野営地で修復しましょう」
ビエコフは洗浄と同時に、二機の損傷具合を調べていた様だ。
「そーなの。これまでと違って、誘い込んでやっつけたから凄い楽だったの」
エレノアは確実に味を占め、次戦以降も使用する気満々の様子だ。
「グレンさんの加入で、実際戦術幅が凄く広がりましたからね」
「面と向かって言われると、少し照れるな……」
キースとエレノアからの称賛を受け、グレンは思わぬ形で面映ゆい思いをする。
一行は休憩をして体が温まると、街道へと戻り、ペトロヴェートに向かって進み出す。
その後、再度襲撃を受けるも車両系のみの構成だったため、あっさりと撃退。
しかし、悪天候での走行と二度の襲撃で予定が大幅に遅れる。夕方も五時を過ぎると、急激に暗くなってきたので、予定地よりかなり手前であったが急遽変更をして野営出来る場所を探し始める。
暗闇に包まれる直前になって、ようやく狭い空間ではあるが、野営に適した場所を見付ける事が出来た。
未だ止まぬ雨の中、シェルターとハンモックを設置すると、早速夕食の準備に入る。
秋とはいえ、夜は冷え込む事もあるかと、用意していたチゲ鍋を今日は食べる事にした。
日が落ち、夜になると朝からの雨の影響も受け、気温がぐんぐんと下がっていく。
そんな中、四人はシェルター内で、汗を掻きながら出来上がった鍋を騒々しくつついていた。
「うまっ、うまっ」
湯気を立て、肉を多めに入れた椀を持ち、エレノアは嬉しそうに頬張っている。
「エレノア、肉とキムチだけじゃなく、他の食材もちゃんと取れっ」
余波を受け、自身の椀には野菜やキノコ類が中心のキースが注意を促すが、あまり効果はなさそうだ。
「寒くなるかもって、念の為に用意して来て正解でしたね」
準備のために出掛けた店で、秋に入った事も有り、見掛けたビエコフが試しにと買って来たのだ。
「雨ですっかり寒くなったからな。すげー有り難いぜ。これで酒があれば最高だったんだが……」
グレンは汁の染み込んだ豆腐を摘まみながらも、物足りなさそうな表情を浮かべている。
「ゲーム内にはお酒無いんでしたっけ?」
「そうだ。技術的には可能みたいなんだが、飲酒によるトラブルを懸念したって噂だな」
グレンは豆腐を口に入れると頻りに残念がっている。
「ところで予定より遅れてますが、ちゃんと明日に到着しますかね」
ビエコフの心配も当然で、現在地は予定より130kmも手前の場所だ。
「何とも言えないな。天候と襲撃次第では明後日になるかも知れない」
雨による影響は、想像以上に厳しいものだとキースは実感している。
進行速度の低下はまだ誤差の範囲とも言えるが、戦闘に関しては非常に厄介だ。通常よりも戦闘時間は長引き、各自の疲労も増えている。更には終了後も洗浄などの作業が発生し、いつもの様に即移動とはいかないのだ。
「えー、それじゃあ依頼失敗しちゃうよー」
エレノアが心配そうな表情を浮かべている。
「それは平気だ。今回の依頼は予備日が付いているから、明後日までなら失敗にはならない」
全ての依頼には、完了期間が設定されている。特に遠距離への依頼には、襲撃等様々な要因から難易度を考慮して、行程に対して予備日が設定されてものもある。
今回受けたペトロヴェートへの依頼は、予備日が一日設定されていたので、三日の行程に四日掛けて到着しても失敗にはならない。
但し、予備日を使用して完遂した場合は報酬金額はそのままだが、ギルド評価である報酬ポイントは減点される。つまり、依頼自体は成功したので減額はしないが、その内容には改善の余地があるねといった所だろうか。
「水はまだ足りるよな?」
「はい。一日位増える程度でしたら、全く問題ありませんよ」
キースの指摘に、食料などの消耗品や備品を管理しているビエコフが答える。
飲食が出来る事もあり、『鋼鉄の新世界』には満腹度が設定されていて、食事と水の二つのパラメーターが存在する。
満腹度は時間の経過と共に徐々に減っていき、ARPS操縦や運動などをすると内容や時間に応じて大幅に減少していく。
また食べ物や水分を補給すると、その量や内容に沿ってそれぞれ回復していく。
一日の必要量は食事が2,000kcalで水が2ℓ。共に意識せずとも、普通に過ごせば問題無くクリア出来る基準である。
この値は最大値であり、過剰に摂取してもストックなどはされない。
減少の目安としては飲み食いせず、戦闘などもしないで普通に過ごせば、三十時間でゲージが無くなる設定だ。
食事に関しては、全ての食べ物にカロリーが表示されているので、それを目安にする。また水の場合は水分であれば良く、お茶やジュースなどでも回復出来る。
当然ペナルティも存在し、各ゲージが半分を切ると身体機能にマイナス補正が掛かり始める。スタミナが減少してスキルの使用に支障を来たしたり、集中力が持続しない等の様々な影響を受け、放置し続けるといずれ餓死に至る。
餓死の条件は、水のゲージが無くなっている状態で七十二時間水分を取らない事だ。水のゲージが無い状態のまま食事を摂っても、食べ物のパラメーターは半分までしか回復はせず、食べ物だけでは餓死は回避出来ない。逆に水分だけを摂った場合、餓死には至らないが食べ物に対するマイナス補正が掛かり続ける事になる。その為、水は非常に重要な要素となっている。
また雨水、河川、雪を溶かすといった手段でも水を得る事は可能だが、いずれも浄水などの処理を行わないと、身体に状態異常を来たす可能性が生じる。
この事から移動に際して日数の読みと言うのは、用意する水の量にも直結するので一日と言えど、大きな問題となる場合もあるのだ。
「どれ位用意しているんだ?」
「一応18ℓタンクを人数分用意してます」
ビエコフは毎回満タンの状態にして、専用のポリタンクをトレーラーに積んでいる。
「確か飲料で2ℓ、食事でも2ℓは一日に必要だったな」
「そうですね。基本アルファ米など、水を消費するものがメインですから、どうしても多くなってしまいますね」
レーション等、殆ど水を使わない物もあるが、味の好みによりキース達はアルファ米やパスタといった、水の消費量が多いものを食している。
「しかし、水はバックパックとかで持ち運べないのが辛い所だな」
グレンの指摘通り、以前キース達が購入した四次元的な容量を誇るバックパックには、水を収納する事は出来ない。
水筒等に入れて収納すると、取り出した時には中身が消滅して空になる仕様となっている。
「その代わり、食品は収納出来ますけどね」
カレーやシチューといった水分の多い物も、水ゲージを回復しない物に関しては収納しても変化は無い。
「食品の方が嵩張るから、持ち運びには楽ではあるけどな」
その代わりでは無いが、食料には収納制限が無い事も有り、殆どのプレイヤーが十二分に蓄えている。
「でもさー、そのせいでジュースなんか、水に粉末入れて飲むんだよー」
「味は一緒なんだから、問題は無いだろ」
「えー、なんか嫌だよー」
水分をバックパックに収納出来ない影響を受け、この世界ではジュース類は粉末で再現されている。
味が問題無く、飲めれば良いと考えるキースには、エレノアの不満は今一理解出来ない様だ。
「それは分かるな。粉末で作った炭酸を飲んだ時には、流石VRと思ったぜ」
「でしょー、粉末で再現されてもね……」
エレノアの訴えに、その時の状況を思い出したのか、苦笑したグレンが同意を示す。
「まあまあ。取り敢えずは一日予定が伸びても、何も問題はありませんね」
エレノアを宥めながら、ビエコフはこの場を収めた。
食事が終わると夜間警戒のローテーションに入る。今日はじゃんけんで負けたキースが三時間担当する事になった。
夜半を過ぎても雨は一向に止む気配を見せず、雨音が周囲の音を覆い隠し、襲撃を警戒している身からすると緊張感が増す事になる。
集音の効果が期待出来ないため、担当者はセンサーを睨んで過ごす事となった。
通常よりも神経を擦り減らしたが、幸い襲撃に遭う事も無く、夜が明けたとは言い難い暗さの中、ぽつぽつと起き出してシェルターに集まって来た。
朝食を手早く済まし出発するも、依然降り続く雨のせいであまりペースを上げる事が出来ない。
予定より遅れているため、少しでも取り戻したいのだが、見通しのきかない視界、荒れて滑りやすい路面と悪条件が揃っている。
更には丸二日間その様な状況の中、運転をし続けたビエコフには流石に疲労の色も見えて来た。
「ビエコフ大丈夫か? 大分運転が辛そうだぞ」
「いえ、平気ですよ」
同じ座席に座るグレンから見ても、三日目ともなると注意が散漫になっているのが見て取れる。
「少し休め。その間は俺が変わって運転するから」
「でも……」
「何、車の運転は経験があるから、トレーラーも少し動かせばすぐ慣れるさ」
渋るビエコフを強引に説き伏せ、グレンが代わってトレーラーを動かし始めた。
代わった直後は流石に勝手が違うため、色々と危なっかしい挙動もあったが、一時間も超えるとすっかり慣れたのか、ビエコフと遜色無い運転を見せ始める。
襲撃が無い事もあり、昼休憩を挟み午後もグレンが運転をし続け、結局午後三時頃の休憩にビエコフへと交代をする事になった。
この日は日暮れまで襲撃を受けずに走り続けられたが、遅れを完全に取り戻す事は出来ず、残り半日という距離を残して日が沈み始めた。
一行は決断を迫られる。このまま雨の中、夜間も走行をするのか。または水の余裕も有る事から、翌日にするのか。
色々と意見が挙がる中、夜間走行の様々なリスクと報酬ポイントの減点を秤に掛け、一日遅れでの到着を選んだ事で三日目が終了した。
そして、この決断が裏目となる。
三日間降り続けた雨も、日付が変わる頃になってようやく上がった。
秋の夜長ではあるが、虫等の音色は一切無く、辺り一面を濃い霧が覆っている。
夜間警戒をしているグレンは、トレーラーの座席にだらしなく座っている。モニターの光で薄暗く照らされた車内で、霧に包まれ白く濁ったフロントガラスを眺めながら、煙草を吹かしていた。
――グレン、随分と暇そうにしてるわね――
突然視界の中にアイコンが現れると、咲耶から話し掛けられた。
機体が無く、独立したAIユニットである咲耶は、分身とも言えるアイコンの出現範囲がユニットの周囲5mにも及ぶ事が、今回トレーラーに積まれて判明した。
「ああ。こう毎晩何も無いと、眠気に耐えるだけでも一苦労だ」
そう言うと、換気のために僅かに開けた窓へと紫煙を吐き出す。
――そう。それじゃあ、朗報ね。アデリナが12.2km先にアンノウンを発見したわよ――
「何っ!?」
報告を受けると、すぐさまトレーラーの外へと飛び出し、グレンはキースの元へ駆け出した。
キース以外が警戒中でも、周辺探査は基本的にアデリナが担当している。
但し、AIだけでは距離や方角しか判明されず、数量や詳細情報を知るにはキースのスキルを使用しなければならない。
グレンに叩き起こされたキースは、慌ててスヴァローグに搭乗すると、急いでアデリナに重点探索の指示を出す。
――マスター、アンノウン判明。方位2-7-2、距離11.9kmにARPSが二機。機種はいずれもシュヴィーシエン-αです――
シュヴィーシエン-αは、通常のARPSとは全く別物と言える外観の一世代前の機体だ。
古めかしい装甲車の様に角張り、奥行きが長く、頭部の存在しない胴体。通常の腕を廃し、左右二ヵ所に大型機銃を換装。機体のバランスを取るために、通常よりも一回り大きくなった脚部と、このゲーム初となる人型では無いARPSとの遭遇であった。
全員が起床して集まった時点で状況説明をし、対処法の相談を行う。
「敵よりも、視界の効かない霧が厄介だな」
グレンはそう言うと、外を確認する様に視線を向けた。
夜半から雨に代わり発生した霧は、2m先も見えない程濃く広がっている。
「これじゃー、格闘戦は無理かも……」
そう呟くエレノアは、非常に悔しそうにしている。
夜間の戦闘となる為、近接時に照明を使うにも、この霧のせいで光が拡散して視界は効かない。
このゲームで用いられる赤外線暗視装置では、映像がサーモグラフィー画像となるので格闘戦には向かず、打つ手が無い状態となる。
因みに、現実では昼間のような視界を得る事が出来るパッシブ式が主流だが、このゲーム内には存在しない。夜間の特徴を廃するなら、夜そのものを失くせば済むとの理由から、夜間の視界を得るには様々な工夫やリスクが生まれる様に、わざと不便な方式を採用している。
「視界の効かない状況でセンサー頼みになると、あの機体は厄介ですね」
ビエコフの指摘通り、今回の状況からいくとセンサーの反応を頼りに、赤外線暗視装置を使用して遠距離から銃撃を行うのが、双方考え得る通常の攻撃手段だろう。しかしキース達には、その方法を実行出来る機体がスヴァローグしか無い為、非常に不利と言える。
「と、いう事なんだがどうする?」
グレンはどう対処するのか、興味津津といった視線をキースに向けると、自然と全員の視線が注がれる形となった。
「えーと、今回はそのセンサーを逆に利用してみようかと」
キースは一瞬視線にたじろぐも、すぐに考えていた案を提示する。
「……ほう」
「えっ、何?」
満足げな笑みを浮かべたグレンに対し、理解出来ないエレノアがビエコフの方に振り向くが、首を横に振られる。
「その前に確認なんですが、グレンさんは夜間戦闘も出来ますよね」
キースからの問いに、グレンは表情を引き締める。
「暗視スコープを持っているからな。問題無いぞ」
グレンは武器等を調達しだした当初に、必要となりそうな物は一通り揃えている。
「それでは、今回は……」
キースの説明が終わると、各自急いで準備に取り掛かる。
迎撃地点は、草原に木が疎らに何本か生えている場所となる。
そこに敵を迎える形でカグツチが単機で立ち、斜め後方にはビエコフのトレーラーが控えている。
「全然見えないけど、本当にこっちに向かって来てるの?」
視界がきかないせいで、エレノアは今一実感が湧かない様だ。
――ちゃんと一直線に、こちらへと向かって来ている。そろそろ1kmを切るぞ――
敵を補足しているGARPから、状況の報告が入る。
「じゃあ、そろそろ始まるね」
そう呟くと、エレノアは悪戯を企む子供の様な笑みを浮かべた。
敵ARPSは、キース達の推測通りにセンサーを駆使し、二機が横に並ぶ形を取り、標的であるカグツチへと向かっていた。
エレノア達がじっと動かずに待ち受けているので、障害となる木を避けつつ、最短距離を進んで来ている。
シュヴィーシエンは標的まで1kmを切った時点で、赤外線暗視装置を使用した機銃による攻撃の準備へと入る。
そのままの態勢で順調に進み、標的まで500mとなり銃弾を撃ち出そうとした瞬間、敵のARPSは二機が揃って衝撃に包まれた。
キースは疎らに生えている木を遮蔽に使い、ジャミングを掛けながら、その瞬間を待っていた。
「進路に変更は無いか?」
もう何度目となる確認を、アデリナに行う。
――ありません。依然予測進路通り、真直ぐに向かっています――
アデリナからの答えを聞くも、キースは緊張の色が消えない。
今回作戦の成否は、キースに掛かっているといえる。
そのためにも、絶対に存在を気付かれる訳にはいかなかった。
何度となく確認を取りながら、じっと敵が近付くのをひたすら待ち続ける。
その間、敵に発見され、二機の集中砲火を浴びるという想像が何度も襲って来る。
その度にキースは、アデリナへ確認を取ってしまう。
――敵、目標地点まで300mを切りました――
アデリナの報告で、一気に緊張感が高まる。
この距離になると、赤外線暗視装置を使用すれば、モニターでも敵を見る事が可能となる。
紫色をした輪郭の中に、疎らに橙色や黄色く光る機体が、ゆっくりと動いているのが見える。
敵のARPSはスヴァローグに気付く事無く、自機の前方60m程先を通過して行こうとしている。
――残り100mです――
アデリナの報告を受けた数十秒後、二機のARPSの足下で爆発が起こった。
今回のキースの作戦は、夜間の為索敵の比重が掛かるセンサーを利用したものだ。
カグツチとアイバンを囮として敵を誘き寄せ、予想進路上にグレンによる地雷を敷設した。
更にその後に止めを刺すべく、左右にスヴァローグとグレンを配置して、追撃を仕掛ける。
グレンは隠蔽スキルによって、近距離に接近しても認識される事は無い。スヴァローグもジャミングを使用する事で、敵センサーからの隠蔽を謀れる。
今の所は上手く策が嵌り、こちらに気付く事も無く、敵は地雷に掛かってくれた。
モニターには地面に倒れ込んだ機体が映し出され、頻りにもがいているのが確認出来る。
――敵ARPSは脚部を破損して、二機共に横倒しに倒れた模様です――
「よしっ」
アデリナからの状況報告を聞き、キースはこちらへと向いている機体の天井部へと銃弾を放つ。
三点バーストで三回程撃ち込むと、盛んに動いていた機銃がぱたりと止まった。
一機を倒した事でキースがホッとした瞬間、突然前方で爆発音が生じた。
「……っ、グレンさんか!?」
虚を突かれた形となったキースがモニターを確認するも、高温部は白く光るだけのサーモグラフィー画像では詳細を判別するのは困難となる。
――マスター、敵後方32m先より、砲撃を確認――
「そうか、俺達は右方向に移動して敵正面に回り込むぞ」
――了解です、マスター――
一機を倒すが一息つく間もなく、キースは敵の注意を引き、援護可能な位置へとスヴァローグを急ぎ移動させ始めた。
グレンは木の根元に座り込み、背を預けて待機していた。
依然として霧は晴れず、星明かりも遮られ、周りは漆黒に包まれている。
この状況だとサイドカーが操縦出来ず、単身で待機をしているために、グレンは周囲の状況を確認する術を持ち合わせていなかった。
「こりゃ、早々に無線機手に入れないと拙いな」
グレンは最近までソロとして活動をしていた為に、この様な状況は全く想定していなかった。
「しかし、これはきついな……」
視界が効かず、物音も殆どしない中、ただひたすら合図となる地雷の破壊音を待っている。
いつとも知れずに待ち続ける状況下に、いつしか緊張も取れ、様々な思いに耽ってしまう。
「あー、煙草って吸っても平気だっけ?」
そんな事を考えていると、遠くからARPSの駆動音が近づいて来た。
「ようやく来たか……」
敵の接近により、この退屈ともいえる時間に終止符が打たれた。
徐々に音が大きくなり、近づいて来るのを確認しながら、単眼式の暗視スコープを掛けると、バックパックより砲弾を取り出して装填する。
木の陰に潜み、暫く待っていると、突如背後から地雷による破壊音と爆風が起こる。
敵の状況を確認するために慎重に覗くと、二機共に片足が破壊されたのか、転倒してもがいているのが見える。
左右に設置されている機銃も、片方は下敷きとなり、上にある一つしか使い物にならない。
その残された機銃の死角である機体後方へと、グレンは回り込む様に移動を開始した。
すると、その直後に敵ARPSへと銃弾が撃ち込まれる音が聞こえる。
「キースか。対応が早いな……」
グレンは時折現れる木を躱しながら、敵の30m程後方へと辿り着く。
一旦木で遮蔽を取ると、死角となっている事を確認してから、敵を慎重に覗き込む。
紫色に表示される機体に、何箇所か黄色く光る高熱源反応の箇所が確認出来る。
後方に一際大きく光る所が出力ユニットだろうと当たりを付け、そこを狙って砲弾を放つ。
ロケット弾は狙い通りに、胴体の背面部へと吸い込まれた。
攻撃を受け、敵ARPSは反撃しようとするも起き上がれず、更に機銃も後方へは砲口を向ける事が出来ずに激しくもがいている。
視界が効かず、暗視スコープだけでは被害状況の確認も儘ならないが、動き続けている事からグレンは、次弾の準備を済ますとすぐに追撃する。
初弾と同じ箇所であろう、白く光る高熱源反応へと二発目も放つと、敵ARPSは痙攣したかの様に一瞬機体が大きく揺れるが、それを最後に動かなくなった。
機体の停止によりグレンは破壊と判断すると、もう一機はキースが既に仕留めていたらしく、動いている敵ARPSはいなくなっていた。
「ふう……、終わったな」
グレンは大きく息を吐くとその場でしゃがみ込み、掛けていた暗視スコープを外して、ポケットから煙草を取り出すとおもむろに火を点けた。
ここからエレノア達が居る場所までは、500m以上距離が離れている。
暗視スコープを掛け、障害となる木を避けつつ進むのは、存外大変な作業となる。
「まっ、これ位はいいだろ」
煙と共に呟くと、グレンは木にもたれ掛け、煙草を堪能し始めた。
濃霧に包まれた中行われた夜間襲撃は、機体への損傷も無く、快勝といえる一方的な内容で終了した。