第十七話 秋雨
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朝から降り続く雨の中、暗く塗り込められた雲も影響し、通常よりも有効視界が利かない状況下で戦闘は開始された。
最近のお約束とばかりに、先頭の二機に対してビエコフから二発ずつロケット弾が飛んでいく。
しかし、今回は左右に障害となる岩が所々見え隠れしているので、敵は散らずにそのままこちらへと向かって来た。
残った後方の一機は後退して回避した為に、敵を前後に分断する展開となった。
エレノアは自身へと銃弾を放ちながら向かってくる盾持ちのARPSに対し、左手に装着した盾を翳し銃弾をやり過ごしながら後方へと徐々に下がって行く。
昨日から降り続く雨のために草原の至る所で水が浮いており、そこを通り過ぎるカグツチのローラーからは盛大な水飛沫が上がっている。
――エレノア、雨のせいで地面がぬかるんでいる。ローラーの挙動には気を付けろよ――
「これ位なら、まだへーきだよ」
大きく水が溜まっている場所を器用に避けて走っていると、開始地点の方から爆発音が聞こえて来た。
「おー、グレンさん頑張ってるなー」
エレノアが呑気に呟いていると、こちらからの攻撃が一切無いのに気付いたのか、敵ARPSは徐々に速度を上げ、大胆に接近してくる様になってきた。
――敵が攻勢を掛けて来ているぞ――
「任せなさいっ」
対するエレノアも速度に緩急を付けたり、草原に点在する岩等を障害物として利用したりと、どうにか相手をやり過ごす。
だが、開始時よりも相対距離を半分以下にまで縮められているのを見ると、有効射程に入るまでそれほど時間に余裕はなさそうだ。
相手も僅かずつではあるが、こちらの対応を予測した挙動を見せ始めてもいる。
――エレノア、そろそろだぞ――
エレノアはGARPの発言を受け、カグツチの膝を曲げ、若干縮こまる様な態勢を取る。そのせいで速度が落ちて、敵との距離が更に詰る。
――カウント5、……3、2、1――
「ほいっと」
カウントを合図にカグツチを後退させた状態のまま、進行方向の先である場所へと器用にジャンプをした。
敵ARPSは目の前でいきなりカグツチに飛ばれたが、それに反応する事無く、そのまま相手を追い詰めるべく速度を上げた。
かなり速度を出した状態でのジャンプだったが、上手く着地にも成功したカグツチの目の前で、派手な爆発音と共に土砂や草花が舞い散っている。
――成功した様だな。現在の損傷率は19%だ――
「後は止めを刺すだけだね」
爆心地は事前にグレンの手で仕掛けられていた地雷原だ。エレノアによって、着かず離れずの距離で引き込まれた結果、敵ARPSは立て続けに三つの地雷を踏んでしまい右脚作動不能、左脚は膝下喪失と散々な状態となっていた。
何とかシールドを捨て、左手を地面に着いた状態で転倒を免れている敵ARPSに対し、易々と後方に回り込んだカグツチは敵背面へと攻撃を仕掛ける。
「だぶるぱーんちっ」
エレノアは最近修得したばかりの上位スキルを、ここぞとばかりに使用する。
一撃目の左手のジャブが当たった瞬間、ナックルを嵌めた右ストレートが一撃目の僅か上の位置に炸裂した。
金属が引き裂かれる甲高い音と共に、敵ARPSの背面装甲が陥没しているのが見える。しかも拳の大きさでの凹みを見ると、いかに威力が拡散せずに攻撃が通ったのかが克明に分かる。
しかし、流石は軍採用機選考に選ばれた機体。致命的な一撃を受けつつも、キングゴートはまだ辛うじて動ける状態で、反撃をすべくこちらへと銃口を向けようとしている。
「これでおしまーい」
銃口が狙う隙も与えず、再度降り降ろされた右手のナックルを受け、今度こそキングゴートは機体を完全に停止した。
「あーあ、土砂を被ったから、カグツチドロドロだよー」
地雷による土砂を頭から被り、全身泥塗れの状態となっている。
――私の機体でもあるのだから、しっかりと綺麗に磨いてくれ――
「むー、GARPだけ何もしないなんてずるいっ」
一向に止む気配を見せぬ雨の中、いつとも知れぬ予定の話を二人はしばらく続けていた。
グレンは単身雨の中、開始前から岩場の陰に潜み、敵ARPSの到着をじっと待っている。
今回はサイドカーを使用するには、遮蔽となる障害物が少ないなど、様々な状況を鑑みて不利と判断し、単身生身での戦闘となる。
秋も深まり、気温が下がる中、雨に打たれ続け、迷彩柄のレインコートを羽織り防水対策をしていても、肌寒さを十分に感じる。
被ったフードの庇から落ちる雫を眺めながら、グレンは毎度となる思考の渦に囚われる。
何故自分はこんな無謀な戦闘に挑むのか。これは初めてARPSを使わずに戦闘を開始した当初から、毎回戦闘前に思う事だった。
そして、その答えも初勝利以後、毎回同じものでもある。それは達成感。ゲーム開始当初に経験した、ARPS同士での戦闘では決して感じる事の出来ない、その何倍にも達する巨大な達成感。それこそが、グレンを毎回後悔を感じさせながらも、戦いへと駆り立てる原動力となっていた。その衝動は、最早中毒といって良い程の欲求でもある。
「しかし、こんな事いつまで続けられるのやら……」
呟きは雨音に掻き消され、周囲に霧散していく。
すると、遠方よりARPSの足音が響いて来た。
「来たかっ」
緊張感が一段増し、呼吸音すらも消すために回数が減っていく。
スキルなどから、かなりの高確率で攻撃を受けない事は経験で分かるが、毎回敵ARPSの間近へと生身で接近するのには緊張が絶えない。
三機のARPSがグレンのすぐ脇を通り過ぎて行き、視界にはその後姿が映る。
襲撃の為に遮蔽場所を移動してしばらく経つと、ビエコフのロケット弾の破裂音が聞こえて来た。
「始まったか」
相対相手を視認するために、一旦潜んでいた岩陰から敵がいるであろう方向を覗きこむ。
すると視界の10m程前方に、今回の相対相手であるARPSが立っていた。右手にアサルトライフルを構え、左手はシールドを前方へと翳している。その足下に広がる草原の緑は、1m程先から着弾痕であろう地面が抉られ、直径10m程の大きさで茶色い土が覗いている。そしてその奥には、遠ざかって行く二機が相対相手のARPS越しに僅かに覗く。
敵の確認を終えると、遮蔽に利用していた5m程の高さの岩山を、【強化】スキルを使用して登って行く。
岩肌を雨水が流れ落ち、非常に滑り落ちやすくなっている所を慎重に登る。
今回の相手であるキングゴートは、通常のARPSよりも頭部の作りが小さく、下からだと胸部の装甲の厚みもあり照準が非常に付け辛い。そのため、岩山の高さを利用する事にしたのだ。
その頂上に辿り着くと、背負ったバックパックからロケット弾を取り出す。
相対距離が10mを切る程の至近で照準を合わせていても、今はまだ攻撃対象としては認知されていない。
しかし初撃が当たった瞬間、こちらを敵と確定してすぐさま反撃を受ける事となるだろう。
雨に濡れ、視界が滲む照準器で慎重に狙いを付け、引き金を静かに絞る。
降りしきる雨粒を発射されたロケット弾が切り裂いていく。反動でバランスを崩し掛けた身体を立て直すと、グレンは急ぎ岩山を飛び降りた。
地面までの僅かな浮遊感の中、背後から破壊音が降り注ぐ。
【強化】スキルの恩恵を受けて無事に着地をすると、すぐに岩陰へと身体を滑り込ませる。
心音の鼓動が高鳴るのを抑えつつ、懐から柄の付いたタクティカルミラーを取り出すと、岩陰から覗かせ敵の損害状況を確認する。
水滴により視認し辛いが、どうやら左側頭部に命中して、アイカメラを片方潰す事が出来た様だ。
ミラーを戻そうとすると銃弾が放たれ、身体からさほど離れていない個所の岩が削り取られていく。
「ちっ、もう見つかったか」
ミラーを仕舞うと素早く岩陰から飛び出し、すぐ近くにある今までより一回り大きな岩へと移って行く。
移った直後から再び銃撃を受け、撃たれた銃弾で岩が徐々に削られていくのを背で感じながら、ロケット砲にバックパックから取り出した次弾を装填する。
「さて、どうするかな……」
グレンの当初のプランでは、初撃でアイカメラを破壊してリスクを減らした後に、ゆっくりと仕留める予定であった。
「多少のリスクはしょうがないな」
銃撃の切れ間に岩陰を飛び出すと、すぐに後を追って銃弾が迫ってくる。
雨水を含んだ草原は其処彼処に水溜りや泥濘を作り、時折足を取られながらも水飛沫を上げて走る。
何度か近くに着弾した際に舞い上がる土砂を顔に被りながらも、グレンは必死に脚を動かし続ける。
次々と隠れる位置を移して行き、上手く死角に当たる敵ARPSの左側面にある、三つの岩が一塊となった岩陰へと背を預ける。
【強化】や【踏破】といったスキルの作用もあり、銃撃を掻い潜り目的地へと辿り着けた。
グレンは岩に背を預けて乱れた呼吸を整えていると、執拗に追っていた銃撃がぱったりと止んだ。どうやら【隠蔽】の効果のせいで、こちらを敵は見失った様だ。
すると、遠くから爆発音が立て続けて聞こえて来た。
「上手い事使えた様だな」
自分の仕掛けた罠が上手く作動した事に、僅かな安堵と満足感を得る。
銃弾に追われての走りに極度の疲労を感じていたが、グレンは一息吐き、気合いを入れると目の前の岩山を登り始める。
生身のために行動範囲が狭い事もあり、敵ARPSは戦闘開始直後から殆ど位置を変えてはいない。
グレンは頂上に辿り着くと、眼前には二つの岩が聳え、その隙間から敵ARPSの一部を確認する事が出来る。
損傷したキングゴートの左側面は装甲が剥がれ、内部ユニットからは煙が噴き出し、時折雨に当たったせいでショートした火花が散るのも見える。
壊れたアイカメラ側に回った事で上手く死角に入り込み、こちらに勘付いた様子は無い。
そのチャンスを生かすためにも次弾で仕留めるべく、二撃目を初弾と同じ個所へと狙いを付けて放つと、目の前の岩陰に入り射線から逃れる。
狙い通りに飛んだロケット弾は、剥き出しのままの内部ユニットに直撃した。
爆発による粉塵が晴れると、敵ARPSの惨状がようやく露わとなる。
ロケット弾を同じ個所に二発受けて頭部左側面は大部分が損壊しており、更に処理系統も損傷したのか、機体の挙動に変調を来たしているのが見て取れる。
グレンは岩陰から敵をタクティカルミラーで確認をすると、その場で三発目となるロケット弾の装填を急ぐ。
機体変調の影響からか、反撃となる銃撃は一向にやって来ない。
装填を終えると、一度息を大きく吐いてからゆっくりと狙いを定める。
照準器の照門にフードの庇から落ちた雫が当たった瞬間、止めとなる引き金を絞る。
三発目となる砲弾を受けた敵ARPSは、糸の切れた人形の様に後ろへと崩れ落ちた。
今度は滑り落ちない様に、グレンは慎重に岩山を降りると緊張が切れたせいか、雨で冷えた身体が震えだす。
「うー寒っ。早い所着替えて、あったかいものでも飲みてーな」
今回はサイドカーを置いて来ており、通信手段も持ち合わせていないので、この場で待っていても迎えが来る事は無い。
グレンはトレーラーとの合流場所まで、依然止まぬ雨の中のんびりと歩き出した。
開戦早々、キースはカグツチを左手に置き、正面からこちらへと向かって来る二機のARPSと相対していた。
「いきなりこっちへ向かって来るかっ」
放たれる銃弾を左手に持ったシールドで防ぎ、銃撃での応戦をしながら徐々に後退を始める。
――マスター、進路上40m先に露出した岩があります――
「分かった」
距離を詰められないよう、相手と同じ速度域まで一気に加速させる。
「うおー、バックでこの速度は怖いな。雨のせいで、足下も結構取られるし」
――速度をこれ以上落とすと、敵のロッドの射程に入りますので、何とか堪えて下さい――
「了解。頑張ってみるよ」
カグツチが左へと敵ARPSを一機連れて離れて行くのを視界に入れつつ、こちらも同様に敵を分断するために、反対の右側へと進路を変えて対処していく。
キースが相手をするキングゴートは、ロッドとマシンガンを装備した攻撃偏重の機体だ。
なので、今回の戦闘の肝は相対距離となる。至近距離になると格闘装備の無いスヴァローグが不利となり、距離が開くとシールドを持たないキングゴートが不利になる。お互いが有利となる距離を制した方が、勝敗を決する事になる。
敵の振り下ろしたロッドによる牽制を避けていると、開始地点の方から爆発音が聞こえた。
――後方に残っていた、敵ARPSが攻撃を受けた様です――
「グレンさんが仕掛けだしたか」
キースは水煙で見えぬグレンの位置へと、一瞬視線を向けるも、すぐに目の前の敵ARPSへと集中する。
昨日から降り続く雨の中、速い速度を維持しつつ慣れぬ後退での走行。センサーでの進路状況の確認。泥濘等、脚を度々取られる悪路での機体操作。天候により、有効視界が狭まっている状態での射撃。敵からのロッドによる攻撃の回避。いくつもの悪条件が重なり、キースは開戦直後から神経を擦り減らし続けている。
――マスター、進路上55m先に露出した岩、右手迂回路に大規模な泥濘があります――
「――っ!」
時折入るアデリナからの進路上の状況報告にも、キースは返事を返す余裕が無くなり始めた。
ほんの僅かでも気を抜くと、相手の射程へと入り込んでしまう。
こちらへと向けられていた右手の銃口が下がると同時に、頭上から雨粒を切り裂いて銀光となったロッドが振り降ろされて来る。
銃撃を防ぐ事に使用し、正面へと向けられていたシールドが死角となり一瞬対応が遅れるも、咄嗟に左足を引き機体を逸らす事で軌道上から逃れる。
目の前を通るロッドに安堵をしつつ、シールドで押し返して敵ARPSのバランスを崩すと、すぐに距離を取るべく加速する。
「はあ、はあ、今のは危なかった……」
――マスター、残弾二発です。今の内に弾倉の交換を――
「……そうか、アデリナ助かる」
敵ARPSが機体を立て直し、こちらへと追い着くまでの僅かな空隙を使い、キースは急ぎアサルトライフルの弾倉を変える。
弾倉の交換時には両手を使用するので、その間はシールドでの防御が無くなり、無防備な状態を晒す事になる。そのため、交換のタイミングはこの様な状況下では、非常に難しいものとなっていた。今回のアデリナからの指示は、正に絶妙なタイミングだった。
無事交換を終え、銃撃を再開しようとした時、遠方から連続する爆発音が微かに聞こえた。
――マスター、方位0-9-7、距離910mで複数の爆発を確認――
「エレノアの奴、上手くグレンさんの地雷を使えたみたいだな」
味方の好調な様子に士気を上げ、キースは敵ARPSへと攻撃を再開する。
攻撃偏重装備とはいえ、キングゴートは非常に攻撃がしにくいARPSであった。
カメラや処理系が詰まった頭部は非常に小さく、攻撃を当てやすい胴体は厚い装甲で覆われている。
開始時から何度か頭部を狙って見たが、この状況下では一度も当てる事が出来ていない。胸部には何度か当てはしたが重装甲な事もあり、効果的なダメージとは言い難い。
その辺は流石に軍採用機を目指した設計ともいえる機体だ。
そこでキースは方針を変え、脚部へと銃弾を集め出す。
スヴァローグ同様、敵ARPSもローラーを使用して走行しているので、脚自体はそれ程動いてはいない。脚にダメージを与えられれば、この追い駆けっこにも終止符を打てる。奇しくも対応に慣れて来たから取れる方法ではあるが。
雨水を多分に含んだ草原を、ローラーで水飛沫や泥を盛大に上げながら疾走する。すでにスヴァローグの脚部は両脚共に、膝まで泥塗れになっている。時折泥濘にローラーが嵌り、空回りを起こしてバランスが崩れる中、必死に機体を立て直して正面に構えたシールドの脇の銃口から銃弾を放つ。
相手は盾を所持していない事もあり、徐々にその効果が現れ始めた。
最初は右旋回時の挙動に支障を来たしただけだが、徐々に走行速度が落ちていき、やがて立ち尽くすかの様にローラーが停止した。
「ふー、やっとここまで来たな」
束の間ではあるが、キースはやっと一息入れる事が出来た。
――マスター、方位2-7-8に遮蔽となる岩山があります――
「おっ、サンキューアデリナ。じゃあ、そこで仕上げを行うとするか」
キースはスヴァローグを後退させ、岩陰へと滑り込ませる。
機体を僅かに覗かせ敵ARPSを視認すると、キングゴートはその両脚から放射熱による水蒸気と、損傷による煙が入り混じった噴煙を上げていた。
今度は停止している事もあり、慎重に頭部へと狙いを定め、三点バーストによる銃撃を加える。
敵ARPSも腕で頭部を庇う姿勢を見せるが、今度はその肘の関節部を狙う様に撃ち続ける。
二つ目の弾倉も空となり、三つ目へと交換した頃には、庇い続けた左腕はダランと垂れ下がり、持っていたロッドも地面へと転がっていた。
庇うのも片腕だけとなり、当てる事が容易になると、再度頭部に銃弾を集中させる。
三回のバースト撃ちで、ようやくキングゴートを破壊する事が出来た。
「今回はやたらと疲れたよ……」
雨天での戦闘は、時間以上に神経を擦り減らし、多大な消耗を強いる結果となった。
――マスター、お疲れ様です。ですが、その甲斐あって最終損害報告も22%と軽微で済みました――
「そうか。それじゃあ、問題はこの盛大に汚れた機体だけだな」
――私は手伝えませんが、頑張って下さいね――
「ああ……」
戦闘終了時のスヴァローグは、胸部から足先まで泥を被った状態である。
特に両脚の駆動部は、早急に泥を落とさないと故障の要因にもなるため、トレーラーに戻り次第対処しなければならないだろう。
唯一の救いは頭部レドームに被害が少なく、調整などを行わなくても良い事位だ。
キースはこの雨天の中での作業を思いやり、気が重くなりながらも集合地点へと機体を向かわせた。
初となる雨天での戦闘は、機体の洗浄と言う後始末を残して無事に終了した。