第十五話 共闘
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現実へと戻った国光はしばらく自室で待っていると、すぐに未沙と健の姉弟が自宅を訪ねて来た。
「ちょっと、座って待っててくれ。飲み物を取って来る」
勝手知ったるとばかりにくつろぐ二人を残し、飲み物を取りに一階へと降りる。
冷えた麦茶の瓶とコップ、それとテーブルに置いてあった煎餅を一緒に持ってくる。それらを三人の間に置くと、早速話し合いを始める。
話し合いは紛糾こそしなかったが、かなり白熱したものとなった。内容が内容だけに、それは当然の結果だろう。長時間にも及んだ話し合いは、三人全員の合意という結果を生み、無事に終了した。
翌日、開始早々結論を伝えるべくフレンドリストを覗くと、どうやらグレンも入っているようなので、早速連絡を取り待ち合わせをする。
場所は街中も考慮したが、駐車など色々と面倒なので一度来ていることもあり、こちらの拠点まで来て貰うことにする。
三十分後、無事に到着したグレンに、再度簡易登録をしてバイク共々中へ入って貰う。
「随分と早かったな。正直、後一日は掛かると思ってたぞ」
グレンは意外そうな表情で、バイクから降りて来た。
「あっさりと結論が出たので、早い方が良いかなと思いまして」
交渉役を買って出たキースが返答をする。
「ほう……。じゃあ、結論を聞こうか」
グレンは楽しげに笑みを浮かべるも、すぐに表情を戻すと、三人へと目を向ける。
「はい。グレンさん、まずは一緒にMOB狩りに行きませんか?」
グレンからの視線を受け止め、キースは淡々と切り出した。
「くっくっくっ……、そう来たか」
予想していなかったのか、グレンは一瞬驚くように眼を開くと、突然笑いだした。
「ええ、一度組んでみてからでも良いかなと」
キースは心外そうな表情を浮かべながら、弁解を図る。
「まあ、そうだな。実際、俺の戦闘は見せていないから、しょうがないわな」
一旦笑いを収めると、グレンは自身の言動を顧みたのか、髪に手を当てながら納得している。
「いえ、そういう意味では無いのですが……」
キースは先程からの解釈の齟齬に対し、どう伝えたものか苦慮していた。
「じゃあ、これから一緒に行くか」
「さんせー、そうと決まれば早くいこー」
そんなキースを置いて、グレン達は話を進めていく。
グレンを臨時メンバーとしてチームに迎い入れ、四人はいつもの場所に山賊狩りへと出掛けて行った。
今回もグレンが先行して、その後をトレーラーで追走する形で、南にある森の奥へと進んで行く。
しばらくすると、ARPSが二機、車両が二台の試すには持って来いの構成の敵と出会えた。
――マスター、アンノウン判明。一世代前のレーシィ・シェースチ。二機共サブマシンガンとロッド装備です。車両は弾数十二発のロケット砲を装備した装甲戦闘車一台、150mm砲を装備した対ARPS自走砲が一台です――
「グレンさん、どうですか?」
キースは今回のある意味主役である、グレンに伺いを立てる。
「おー、いいぞ。こっちでARPS一機貰っていくわ」
グレンはすんなり了承すると、自身の獲物を指定して来た。
「じゃー、もう一機は私のね」
先を譲ったのか、すぐさまエレノアが残りの一機を攫っていった。
「残り物ってことで、車両二台は俺とビエコフでやりますね」
「了解です」
上手く担当する敵を分けることができ、三人はグレンの行動を気にしながら迎撃準備を開始する。
迎撃地点は左手側に、森が自生しているだけの草原だ。
そこにスヴァローグがトレーラーを背後に従え単機で立ち、右手側10m程離れカグツチが並ぶ。グレンは単身森に潜んでいて、キース達から姿は見えない。
「私は右側にいるのをやっつければ良いのね?」
エレノアが自身の標的の確認を行う。
「ああ、俺は左に来たのを相手にするから、そっちを頼む。それにしても、センサーの性能差でここまで違うとは……。17kmも手前から分かると、ここまで別世界になるのか」
グレンは自身の標的を告げると共に、今までとの違いに驚きを露わにする。
「そうですか? 俺達はこれが普通なので良く解らないですが……」
通常、人は最初に経験したものを基準とする為に、キース達には理解することが難しそうだ。
「準備の時間がこれ程あるなんて初めてだぞっ」
どうやらグレンはスヴァローグによる索敵が余程気にいったようで、興奮気味に今までとの違いを述べ続ける。
姿を見せた相手は自走砲を先頭に、その後ろにロケット砲、最後方にARPSが二機並んで歩いている。
車両が止まったのを合図に、戦闘が開始された。
まずは挨拶替わりとばかりに、お互いのロケット弾が交錯する。相手から撃たれた三発に対し、ビエコフは六発全弾打ち込んでいる。今回もビエコフの役目は、以前と変わらず敵ARPSの拡散だ。車両二台と一緒に、巻き込む様な形で砲撃している。そして撃ち終わった直後、即座に後退し戦域からの離脱を開始した。
ビエコフから撃たれたロケット弾は、車両に二発ずつ、ARPSに一発ずつ飛んでいく。ARPSは中央に寄った形で飛んで来たロケット弾に対し、こちらの思惑通りに左右へと分かれる形で回避した。
キースは戦闘開始早々、衝撃に包まれることになった。
こちらへと撃たれたロケット弾二発を、一身で受け止めねばならないからだ。
「くっ」
何とか二発共シールドで防ぎ、ビエコフの離脱の時間を稼ぐ。すると、直後にアデリナから警告が入る。
――マスター、自走砲旋回、砲撃来ます――
ロケット弾のために掲げていたシールドを、急ぎ真正面へと戻したと同時に砲撃を喰らい、盾の軋む音と共に機体へ衝撃が伝わる。
「ギリギリだったな……」
キースは一瞬安堵するも、すぐに状況が進展する。
――マスター、ロケット砲車両破壊確認。自走砲は一発命中するも、損傷は軽微の様です――
砲撃の反動で僅かに後方へと下がった自走砲は、ロケットによる被弾で右の履帯付近から煙を上げていた。その後ろでは、豪快に装甲戦闘車が燃え上がっているのが確認出来る。
「これで一台だけ相手にすればいいのか」
――損傷率軽微。ですが盾は損傷率42%、後二発受けると破損します――
自走砲は反動により下がった影響で、照準を調整するために故障した右履帯をしきりに動かし、車体の位置を微妙に変えている。
「ビエコフの離脱は?」
――後、二十秒程で射程から離れます――
アデリナからの報告の直後、照準の修正が終わったのか二発目が撃たれた。
一撃目よりも低い位置を狙われたが、再びシールドで防ぐことには成功した。だが、砲撃を二発受けたことにより、盾の損耗は変形という目に見える形で現れている。
すると、左手の森から連続した爆発音が聞こえて来た。
「おー、グレンさんやってるな。早いとこ仕留めて観戦しないと」
キースは現状から意識をずらし、森へと視線を向ける。
――一応、私の方でも戦闘データは収集しています――
アデリナの言葉で、再度目の前の戦闘へとキースは意識を切り替える。
「それは助かる。終わったら、皆で観戦会をしないとな」
――マスター、アイバンの戦域からの離脱を確認しました――
「よし、それじゃあ仕留めるとするか」
今までトレーラーの盾となるべく、射線上から動かずに受けていたが、離脱を確認したことでようやく制限が外れた。
スヴァローグはすぐさまローラーを回すと、土煙りを巻き上げ、自走砲の側面に回り込むべく加速した。相対直後から立ち尽くしていた機体が、突如走り出したために慌てて自走砲も動き始めるが、速度域の違いと後手に回ったせいで対応しきれない。スヴァローグはもたつく自走砲の側面に回り込むと、三点バーストで三回程銃弾を撃ち込む。何発かは装甲に弾かれるが、直撃弾により搭乗ハッチ付近から火を噴き始め、自走砲の破壊に成功した。
「さて、グレンさんの方はどうなったかな?」
キースは自身の役目終了と共に、今回の本題であるグレンの戦闘へと意識を切り替えた。
グレンは森の中でサイドカーに跨り、開戦直後のロケットによる砲撃の撃ち合いを眺めていた。
「おーおー、開始早々また派手なこと……」
今までに経験の無い、派手な展開から始まったことに対し、グレンは呆れたような声を出す。
――まあ、うちらじゃあんな目にあった瞬間に終わりだからね――
グレンのAIである咲耶も、これには同様の声を上げた。
「そりゃ、そうだな」
グレンが同意を示すと、すぐにこちらも戦闘が開始される。
――そんな事より、こっちに一機来るよ――
咲耶からの指摘を受け、グレンはサイドカーのギアを入れる。
「おう、こっちも始めるか」
グレンはアクセルを開けると、森の中から一度飛び出す。こちらへ向かって来ていた敵ARPSの前で、側車の車輪を浮かせながらUターンをすると、再び森へ疾走する。
敵も目の前を走り去ったサイドカーに反応を示し、即座に後を追うように森へと移動を開始した。
――上手くいったみたい。森に入って来たよ――
咲耶からの報告を受け、グレンもミラー越しに一瞬確認を取る。
「よしよし、それじゃあ例の場所へと御招待しようかね」
森へと入ってからも速度を落とすことなく、一定の距離を保ちながら木々の間をすり抜けて行く。
この世界はARPSを基本としているのか、サイドカーは幅が約1.6m程あるがARPSよりも細いので、どこの森へ行ってもすんなりと侵入することが出来た。
グレンはその特徴を生かし、後ろから迫り来る敵ARPSの銃撃を、木々の間を縫う様にすり抜けて躱していく。
しかし、時折至近を銃弾が切り裂く。かすった髪が千切れ、肌に鈍い痛みを感じ、耳に唸るような音が響く。
たった一発の銃弾が当たった瞬間、全てが終わってしまう。
グレンはそんな無茶とも無謀ともいえる戦いを、ずっと続けているのだ。
森の中を時計とは逆回りで、ずっと逃げ続けていたが、ようやく目的地の近辺へと辿り着く事が出来た。
――この先500mで例の場所だよ――
「OK、仕留めに掛かるか」
グレンは一気に速度を上げ、付かず離れず後ろにいた敵ARPSを引き離しに掛かる。
急激な加速により、敵ARPSが離れるのをミラー越しに確認しながら、仕掛けた場所を避けて回り込み、すぐに元の進路へと復帰する。
敵は離されたことに一瞬遅れて気付くと、すぐに加速して最短距離を追い上げて来る。
まんまと誘い込まれたその走路上には、グレンからの心の籠った贈り物が埋まっていた。
立て続けに二度の爆発音が、森の中を響き渡る。
音が聞こえると、グレンは即座にサイドカーを木の陰へと停めた。サイドカーから飛び降り、側車の車体に取り付けていたロケット砲を持つと、来た道を急ぎ走って引き返す。
地雷を踏んだ敵ARPSは、両脚を損傷して歩くこともままならずに、片膝を付いているという状況だった。
しかし、依然として銃を撃つことに支障はなく、グレンが不利な状況には変わりはない。
木から木へとその身を隠すように、グレンは慎重に距離を詰める。
敵ARPSの持つ銃器なら多少の木など簡単に粉砕し、その陰に隠れていても一溜まりもないだろう。
ようやくロケット砲の射程まで到達すると、背負っていたバックパックから一発のロケット弾を取り出す。急ぎたくなるのを必死に押し留め、しっかりと確実に装填する。
【隠蔽】のスキルのお陰か、敵はまだ気付いてはいないようで、今の所は銃弾も飛んで来てはいない。恐らくエンジンを掛けたまま放置した、サイドカーの反応が気になっているのだろう。当然警戒順位は人よりも上の筈だ。
このチャンスに一撃で仕留めるべく、頭部に狙いを定めると、グレンはゆっくりと引き金を絞る。
鼓膜に発射音が響くと同時に、敵ARPSは命中したロケット弾により顔の表面装甲を破壊され、内部のユニット構造が露出し一部ショートしている。
急ぎ次弾を準備するも、ARPSの崩れ落ちた音が森に響いた。グレンは倒れたARPSへ慎重に近づくと、敵の破壊を確認し、戦闘が終了した。
置いて来たサイドカーの元へと、グレンはゆっくりと歩いて戻る。
――いつになく疲れてるじゃないか、グレン――
表情からは、いつもの精彩さが欠けている。
「今回は入団試験みたいなもんだったからな。それより咲耶は損傷してないか?」
グレンはサイドカーの損害チェックを始める。
――ユニットの方は無事だよ。バイクの方は知らないが――
通常ARPSはAIが管理しているので、損害報告は聞けばすぐに解る。ところが、咲耶は独立したAIユニットでしかない。そのため、バイクはAIによる管理がされていないので、自身で損傷を確認しなければならない。
「そうか。バイクはエンジンが掛かっているから大丈夫だろ、多分……」
バイクの周りをざっと一周して、大雑把に破損具合を調べ終えると、シートへと跨り一息入れる。
――向こうも終わったようだよ。反応が一ヵ所に固まっているから――
「合否を聞きに戻りますか」
咲耶からの報告を聞くと、グレンはゆっくりとした動作でギアを入れ、三人の待つ許へとサイドカーを走らせた。
三人は戦闘を終え、トレーラーにARPSを収納しつつ索敵をしながら待っていると、森の中からグレンの乗ったサイドカーがゆっくりと現れた。
どうやら損傷や負傷はしていないらしく、こちらへと片手を上げ合図を送って来る。
合流後、お互い話したいことは色々とあったが、落ち着いて話せる拠点へと急ぎ戻る事にする。
今回は試し狩りなので一度行えば十分だろう。
拠点へと到着し、トレーラーを中へと入れると、四人は自然と昨日と同じように車座で座り込む形となった。
「えーと、で、どうだった?」
痺れを切らしたのか、まずは結論を聞くべくグレンが話の口火を切った。
「はい、これからも宜しくお願いしますね」
グレンの今までの逡巡を嘲笑うかのように、キースはあっさりと了承の返事をする。
「はぁー、そ、そうか、色々と考えちまったぞ」
キースからの答えを聞き、グレンは一気に体から力が抜けるのを感じる。らしくなく、色々と緊張などをしていたようだ。
そんなグレンの様子を見て、キースは申し訳なさそうな声を出す。
「すいません。結論自体はあっさりと出たんですけど、一応念のために戦闘の相性を調べたいなと……」
昨日の三人による話し合いは、結論自体は開始早々すぐに出た。エレノアからの「狩り方が面白い」「入ったら楽しくなりそう」という発言は、二人に自覚を促す切っ掛けとなった。グレン本人は色々と考えていたようだが、キース達にとってはこれはあくまでもゲームだ。VRというかなり現実に近い世界であっても、ここはゲームの世界なのだ。ならば、一番重視すべき点は面白いや楽しいといった感情だろう。エレノアの発言を受けた時点で、三人の結論は決まった。
ただ、結論自体はあっさりと決まったのだが、グレンからの告白内容のお陰で、一向に話が終わらず長引いてしまったのだ。
改めてグレンは表情を正すと、キース達の顔を順に眺めていく。
「じゃあ、これから宜しくってことで頼むわ」
「よろしくー」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「これからお願いします」
エレノアから興味を隠す事無く、自身に向けられる視線に少し怯えるが、キース達二人の笑みを受け、グレンは照れながらも満足そうに笑った。
その後は、昨日の続きと言える質疑の応酬となった。
「昨日気になっていたのですが、色々と理由があるといっていましたが、他に何があるんですか?」
「ああ、ちょっとな」
ビエコフからの質問に対し、グレンは言い辛そうに口篭る。
「なになにー」
目を輝かせ、寄って来たエレノアからも追随が入る。
グレンは困惑の表情を浮かべるも、自身が仲間を探すに至った理由を語り出した。
「ここシュネイック共和国の特徴って覚えているか?」
「確か、山岳と森林に囲まれて、積雪量が多い……」
突然の初歩的な問いに、ビエコフが躊躇いがちに答える。
「そうだ。実際どれ位雪が降るか知っているか?」
「いえ、そこまでは知りませんね」
ビエコフが周りを伺うと、キースとエレノアも首を横に振る。
「この辺りで1m以上、北部にある首都近辺で3~4m程らしい」
「結構積りますね」
「かまくら作ろーね」
予想外の量に驚くビエコフの横では、エレノアがキースに降雪時の約束を交わしている。
「それがもう一つの理由だ」
「「はい?」」
理解出来ていない三人に、グレンは説明していく。
グレンの主力機はサイドカーだ。
現状では何の不自由もなく過ごしているが、これから冬を迎えると大きな問題が発生する。それは雪だ。調べると街中はある程度除雪されるため、行動に支障は出ないが街外は違う。交通量の決して多くない街道には、例年それなりの量が積っているらしい。そして一番の問題は狩りの時だ。今日もそうだが、基本狩りの時は街道を外れ、森の中などに入る事が多い。誰も脚を踏み入れていない1m以上もある積雪の中、サイドカーでの移動はどう考えても不可能だ。すると移動手段が徒歩しか無くなる。冬は休むという選択肢もあるが、毎年のことでもあるし、なによりグレン自身が納得しなかった。
「そこで仲間を見つけることで、状況を打開しようとした訳だ」
「はー、色々と他の人とは違った苦労があるんですね」
制作者の意図を外れるという事は、様々な恩恵を捨てるのと同義である事を、ビエコフはしみじみと痛感していた。
異色のプレイヤー、グレンのチームへの参加は、キース達に新たな転機を迎える切っ掛けとなった。