第十四話 告白
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拠点の中へと入った一行は、話を聞くべく自然と一ヵ所に集まった。
まだ椅子などが揃ってないため、三人は地面に座椅子を置いて座り、グレンはサイドカーに腰掛けて車座になった。
外はすっかりと日が落ち、採光窓からは真っ暗な空が見え、蛍光灯の灯りの下、三人はグレンが話し始めるのを黙って見守っている。
「あー、それがな……。色々とあった訳よ」
三人に注目され、照れたように髪を手で掻きながら、グレンは今までの顛末の一部始終を話し始めた。
グレンは最初からソロプレイヤーとして、この『鋼鉄の新世界』を始めた。今までも多くのゲームを経験し、その半分以上をソロプレイヤーとして過ごしていた。今回も友人達とタイミングが合わず、一人での参加となったために、当然の如くソロとして遊ぶ事を選んだ。
開始初日、ソロとして順調に狩りを行っていた。いくつかの戦果も上げ、ここでも問題無いと思い始めた矢先、帰還途中に敵のARPS三機と運悪く遭遇してしまう。
逃げることも叶わず、今までの損傷の蓄積もあり、奮闘空しくグレンは死んでしまった。
初日からの死に戻りで、支給品であるARPSと多少は育ち、愛着も湧いて来たAIを失い、狩りによる多くの略奪品も換金前のために紛失し、所持金は半額となった。
すぐに代わりのARPSを購入しようとするも、残念ながら金額が全然足りず、買うことは叶わなかった。
ここで普通ならば諦めて、キャラの作り直しを選択する所だが、グレンはどうせなら最後まで足掻いてみようと、変な方向で決意を燃やす。
今手元にある所持金では、とてもじゃないがARPSの新規購入には手が届かない。ならばと、中古もしくは解体品でも、この際動けば良いと探し始める。
そんな中で巡り会ったのが、軍放出品を専門で扱う一軒の解体屋だった。
そこでも残念ながら、中古のARPSでも金額が足らず購入に至らなかったが、敷地の片隅に軍の放出品である一台のサイドカーを見つける。現実でもバイクに乗るグレンは、最初は単なる興味からそのバイクに触れた。するとNPC用であるにも関わらず、なぜか色々と弄る事が出来て、更にエンジンを掛ける事まで可能だった。これはもしやと店主に尋ねると、購入可能との返事を貰える。金額もARPSはおろか、戦闘車両よりも断然安い価格だ。所持金で足りることから、その場で即購入を決断した。
しかし、すぐに問題が発生する。なぜか動かすことが出来ないのだ。現実でも乗っているのだから、技術的には問題ない。ARPSは乗れるのに、なぜバイクにはと考えていた時、ふと思い当りスキル欄を探してみた。すると、そこには【運転】という名のスキルの文字が。幸い、初日の狩りで修得ポイントがいくらか得られていたので、それを使い試しに修得するとあっさり乗れるようになった。
バイクを手に入れてからは、気の向くまま乗り回し、あちこち走り回って遊んでいた。
バイク乗りからすると、このVR世界というのは病みつきになる所だった。
まず、煩わしいヘルメットは不要だ。ここでは法律に縛られることがないのだから。本来はゴーグルさえ不要なのだが、グレンは装着している。VR世界のため、目にゴミが入ったり、風圧で目が開かないなどの現象は起こらない。だが不整地を走る際に土煙りが目に当たると、僅かな時間だが視界が遮られるという処理がされるため、それを嫌い使用しているのだ。
後は眼鏡もVRは、眼球などの生体機能は使用していないことから不要となる。バイクに乗る上で、この要素は結構大きい。グレンはコンタクトが合わないことから、普段は眼鏡を使用している。当然バイクに乗る時も掛けているのだが、その際偶に曇る事があり非常に煩わしく感じていた。それもヘルメットと共に開放された。
他には転倒による負傷が軽い。これもゲーム仕様のため、痛覚のフィードバックが軽減されているのに加え、身体はHPによる数値で全てが管理されている。つまり骨折などの怪我が一切発生せず、後遺症の心配も全く無い。転倒してもHPの数値が減るだけで、それすらもアイテムによる回復ですぐ直る。
笑える所だとパンクが無かった。この国は街中にしか舗装路がない。そんな中、街外を散々走り回っているが、今まで一度も経験したことがなかった。流石に不安を感じ、一度尋ねてみると驚くことに、タイヤは破損以外では壊れないと言われてしまった。因みに、タイヤには耐久値が存在し、普通に走行しているだけでは、バーストなどは発生にまで至らない。
勿論、不満な部分も存在する。何といっても車種が少ない。鋼鉄の新世界はバイク専門のゲームでないために、今の所見たことがあるのは、サイドカーとオフロードタイプの二種類だけだ。これに関しては、他国、特にサルアチア商業国にグレンは期待を寄せている。
後は走行時に多少の違和感を感じる。これも本来想定していなかったのだから、仕方がない所だろう。砂の浮いた路面のスリップ感や不整地である街道での砂利を踏んだ感触など、細かい部分で現実との齟齬を感じる場面がある。
ただそれらを全てひっくるめても、空気を裂き、肌で季節を感じ、耳で風の音を聞く、バイク特有の快感は十分体感することが出来た。
しばらくは走るだけで満足していたのだが、段々と向かう先でプレイヤー達の戦闘を見ているうちに、自身もやりたいという欲求が生まれ始める。
それもその筈、元来ロボットとの戦闘を楽しむために、このゲームを始めたのだから。
戦いたいといっても、問題は山積みである。まずは攻撃手段、それもARPSを狩れる程の武器が必要だ。
実はここでも先刻の解体屋が役に立つことになる。現実世界でも存在するある物から推測して、様々な軍放出品を探している時、店主から推測を裏付ける興味深い話が聞けた。それは軍やゲリラなどが扱う装備の中に、対ARPS用の物が存在するというものだ。そして見つけ出したのが、携帯式対ARPS擲弾発射器。所謂対ARPSロケット砲だ。RPG-7に酷似した外観をしており、現実での対戦車ロケット同様、生身の人間が扱う事が可能な、対ARPSロケット弾が撃てる物だ。そしてこれと一緒に見つけた、対ARPS用地雷を合わせたものが、グレンの用いる主力装備となった。
最初の内は戦術も定まらず、許容を超える数の敵を相手にしたりと、危険な目に幾度もあった。だが、回数を重ねるに連れコツも掴め、弱点というべき個所を突く事も出来るようになり、今では現行機をも相手取るようになった。
数々の試行錯誤と実戦の末に生み出された戦術は、ARPS一機と車両数台のユニットに限定した狩りへと行き着いた。
これらの武器を使用して狩りをする中で、他のプレイヤーが知りえない、実に様々なことを発見していく。
一番大きかったのがスキルだ。スキルは基本的に、ARPSの操縦に対して作られている。ところが実際に生身のままで武器を使用してみると、不思議とスキルの効果を感じることがあった。それを体感出来たのが、グレンの持つスキル【ミサイル】だ。操縦系に属するスキルだが、明らかに攻撃判定や精度などにバイアスが掛かり、これらの効果の影響を実感することとなった。
そこでグレンにある仮説が思い付く。スキルとは操縦に対してではなく、プレイヤー自身の行動に効果が掛かっているのではないかと。ならば、ARPSを介さなくともスキルにあった行動さえすれば、恩恵を受けられるのも納得がいく。そして何度も試行錯誤をする内に、遂に核心へと至った。
実際の所、ARPS同士による戦闘を軸としたゲームのため、制作側ではARPSに対して生身で戦いを挑むなど想定していなかったのだ。したがって、プレイヤーがMOB装備を使用した際のスキル効果など、完全な盲点となっていた。これはグレンの突飛な行動がもたらした、思わぬ結果と言える。
そしてこの事により、グレンは大きな可能性を手に入れた。つまり攻撃力さえ通じれば、ロケット以外にも幾多の武器が使用可能となる。スキルには【ライフル】や【マシンガン】など、まだまだ種類豊富に存在するのだから。
更にグレンは制作側の盲点を突いていく。スキルの中には身体系スキルという、機体破損後の逃亡時にプレイヤーの生存率を高めるために作られた、誰からも見向きもされていない不遇スキルが存在する。
センサーからの隠蔽率が上がる【隠蔽】、不整地の移動にボーナスが付く【踏破】、身体能力が一時的に上がる【強化】など、敵ARPSから逃げ伸びる手段として意図されたものだ。ところが、それらもグレンに掛かれば意味合いが真逆へと変わることとなる。今のグレンはそれらのスキルを使い、積極的にARPSを狩る立場へと変貌しているのだ。
ここでグレンのスキル構成を紹介する。正確には、他にもソロ時代に使用していたスキルもあるが、現在は使用していないため割愛する。
砲弾による攻撃に判定が付く【ミサイル】Lv13、重力や気象と言った条件を修正する事で遠距離攻撃の精度が増す【観測】Lv11、罠の設置や解除が可能となる【ブービートラップ】Lv7、後は上記に紹介した【隠密】Lv9、【隠蔽】Lv12、【強化】Lv12、【運転】Lv26となる。
ここまで来ると、まだあるのではと探したくなるのは、グレンだけではないだろう。そんな悪乗りともいえる、試行錯誤から生み出されたのが、独自に作り上げたAIユニットである。
本来AIは、ARPSの制御補助用のものだ。戦闘以外にも様々な補助を行ってくれるが、設計思想はARPSの制御のためだ。ARPSを持たないグレンには、手元にAIカードだけが取り残されていた。ARPSに乗っていた時には操縦や制御の補助だけでなく、話し相手や助言を受けたりなどとパートナーと言える存在であった。そのため、独りとなった現在では、恩恵以上に寂しさを感じることが多々ある。そんな中、グレンが生み出したのが、独自のAIユニットだ。元々ARPSの各部位は、プレイヤー達が改造しやすく、弄る楽しみのために簡単なユニットの集合体として作られていた。グレンはそこに目を付け、AIを制御するユニットに様々な物を組み合わせて、ARPSが無くてもAIだけを自立起動させるユニットを捻り出したのだ。
剥き出しのユニットには、モニターなどの付属品は一切無く、通常は側車内に収められている。側車の外側に付けられた、車両用センサーを使用しての短範囲での索敵。他プレイヤーとの通話回線の確保など、簡易どころではない程の質素な機能のみだが、グレンにとってはゲーム内でのパートナーの復活という点だけで、十分満足がいく結果となった。
以上の要素から誕生したのが、サイドカーでARPSを狩っていく生身のプレイヤー。開始直後から噂になっていた『謎のライダー』の正体だった。
「と、いう事なんだが……」
グレンの話が終わっても、誰一人として声を出すことが出来なかった。
三人の想像の遥か斜め上を吹っ飛んで行く内容から、当然ともいえる反応だ。
特にキースの衝撃は大きい。何しろ自身はARPSに乗っていても、やられそうになった経験がある。それを目の前の人は、生身のままで対戦し、尚且つ勝利しているといっているのだ。
散々聞きたがっていたエレノアも、すっかり口を開け、呆然としていたが意識が戻ると、
「むむむ、機甲猟兵が実在していたとは……」
と、何やら神妙な顔付きで考え込んでいる。
「勘違いするなよ。俺の場合は狙った訳ではなく、あくまで偶然だからな」
グレンの釈明も、耳には届いてない様子だ。
「あの、お聞きしたいのですが、今日はなぜあの場所にいたのですか?」
表情を見ると、未だ衝撃を受けてはいるようだが、強い疑問を感じたのかビエコフが聞いてくる。
「あの場所は最近の狩場なんだ。俺のはセンサーといっても性能は落ちる。精々範囲が5~7km程度で、しかも相手の数が分かるだけだ。だから相手を見つけたら、まず目視による確認をしないといけない。ところが、ARPSの無い俺には、高さがある森の木が非常に邪魔だ。その点あの丘は高さがあり、視認にはもってこいって訳だ」
「なるほど……」
説明を聞くと、またビエコフは黙り込んでしまった。
「あのさー……」
ようやく再起動を果たしたエレノアが、今度はグレンに対し質問を投げかけた。
「ロケット砲の射程って、それ程長くないと思うんだけど、どうやって近づいてるの?」
今まで敵への接近に対して苦労している、エレノアらしい視点での疑問だった。
「……それも抜け穴っぽいんだが、どうもMOBは人に対しては反応しないんだよ」
「えっ、それどういうこと?」
ばつが悪そうな表情で答えるグレンに対し、エレノアが問い詰めていく。
「つまりARPSに乗らずに至近距離まで近づいても、こちらから攻撃を仕掛けないと平気なんだよ。サイドカーは近づくと引っ掛かるけどな」
これも実際は制作の穴だった。敵側として想定しているのは、まず最初にARPSとの戦闘。その後、脱出したパイロットとの戦闘という展開だ。あくまで戦闘状態に入った場合にのみ、人に対して攻撃を行うという設定だ。だからサイドカーを降りて、生身の状態で近づくだけなら、認識はされていても攻撃対象には選ばれていないのだ。勿論、その状態で攻撃を行えば、すぐに攻撃対象へと変更される。
「なにそれ、ずるーい」
今までの自身の苦労を嘲笑うかのような内容に、エレノアは一人憤慨している。
ここでようやく思考が正常な働きをするようになったキースが、ある違和感を感じグレンに直接尋ねることにした。
「それでグレンさん、どうしてここまで話してくれるんですか?」
キースが感じた違和感は、自分の手の内を全て明かすかのような、グレンの話そのものに対することだった。
今までプレイした中で実感したのは、このゲームに於いて情報は非常に重要な要素ということだ。実際キース達が持っている情報でも、車両系の換金場所と武器のアンロックは、未だ知る人が非常に少ない。それなのにグレンの話は少ない所か、本人以外知る人がいないものばかりだった。それらを無償で話すことに対して、キースは疑念を生じたのだ。
「それ何だが、一応俺にも色々と理由はある。それを話す前に、こちらからも一つ尋ねたい。どうして俺の存在が分かった? 今までプレイヤーには何度も遭遇したが、一度も気付かれたことが無かったんだが……」
質問に質問を返されたが、一応こちらの方が色々と話を聞いた身なので、しょうがないと思い、キースは素直に答える。
「それはですね、俺の機体はセンサー特化機なんですよ。なので、ARPSでは無い未知の反応があると分かった訳です」
実際アデリナが気にしなければ、そのままスルーした可能性すらあったのだ。
「なるほどな。先程の疑問の答えは、俺を仲間に入れて欲しいからだ」
「はい?」
先程の衝撃とはまた別種の衝撃を受け、キースは言葉を失う。
「なんでー、今まで一人でやってたんじゃないの?」
押し黙ったキースに代わり、エレノアが当然というべき疑問を聞いてくる。
「今までは上手くやってたんだが、どうも上に行く程敵の数が増える傾向にあってな。正直、生身ではソロでの限界に近づいている感じがするんだ。それでそろそろ仲間でもと思ってた所に、お前達と出会ったという訳だ。勿論、この場で答えてくれって訳じゃない。一度考えてくれないか?」
「「……」」
グレンの発言で、エレノアとビエコフの二人も沈黙する。
「分かりました。一度三人で相談しますので、連絡先を交換しましょう」
思考が回復したキースは淡々と話を進め、三人を代表してフレンド登録とメールアドレスを交換した。
「俺はこれで帰るから、なるべく早く連絡をくれ」
「分かりました。一両日中には連絡を入れます」
グレンはサイドカーに跨ると、夜の帳が下りた中、無数の窓が煌めく高層ビルが連立する中心地へと走り去った。
拠点に残った三人は、一度腰を落ち着けて相談するべく、現実へ一旦戻り、再度キースの自宅に集まることとした。