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第十一話 薄氷

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 その後も順調そのもので狩りに依頼にとこなしていく。


 依頼に関しては、また護衛依頼をいくつか受けた。その中で西北西に一日の距離にある『アバス』という所へ行った。

 こちらは大きな村と言った集落で、情報的にも特に目ぼしい物は見つからなかった。エレノアなどは外れたことに不満だったようだが、外れも立派な外れという情報だ。それに今まで多く受注されていた一日依頼の場所に、そんな重要な物があればもっと騒がれていただろう。

 そしてここで初めて外装チップが手に入った。購入したのは単色では無くデザイン塗りの冬季迷彩、それもリアルツリーモデルだ。白地に写実的な木が描かれており、これにはビエコフが非常に喜んでいた。

 そして傭兵ランクも一つ上がり、カードに線が一本入った。




 ここであれから数々の依頼や狩りをこなし、成長した三人のスキルを紹介しよう。

 キースから。【スキャン】Lv24、【解析】Lv22、【ジャミング】Lv9、【マシンガン】Lv15、【シールド】Lv5、【ダッシュ】Lv12、【ムーブ】Lv6予備:【チャフ】Lv3

 次にエレノア。【パンチ】Lv22、【ショルダーチャージ】Lv15、【タックル】Lv12、【バランス】Lv9、【ダッシュ】Lv20、【ムーブ】Lv8、【フェイント】Lv13

 最後にビエコフ。【補修】Lv21、【改修】Lv4、【目利き】Lv11、【ミサイル】Lv3、【交渉】Lv3、【運転】Lv18、【重機】Lv9、予備:【応急処置】Lv1

 新装備の購入に際し、キースが【シールド】、ビエコフが【ミサイル】を取った位で大きな変更はない。そして、今の所は派生スキルも確認出来てはいない。




 ギルドランクも上がり順調に思えていた中、一つの問題が発生した。

 それは掲示板での一つの書き込みが始まりだった。その書き込み主は他国であるラサーラ共同連合所属のプレイヤーで、何とこのゲーム初となるクエストを受けたのだ。

 実は今までクエストが一切発生せず、このゲームには存在しないものだとプレイヤーから思われていた。

 そんな中、初となるクエスト受注者。その後真偽も含め様々な人による検証の結果、どうやら本当の事らしく、鍵となるのはギルドランクではないかとの推測が生まれた。現に初受注者はβプレイヤーで現在のランクが三本線。かなりの高ランクに位置しているのだ。

 そしてそれが呼び水となり、現在シュネイックでは多くのプレイヤーがランクを上げることに必死となっている。

 キース達はその影響をもろに受けた。それは今まで独占で受注出来ていたキレンスクロフへの護衛依頼に、他のプレイヤー達もが受注し始めたのである。

 実はキース達はランクが上がったことで、受けられる依頼の種類は増えていた。しかし同時に拘束日数も増えたので、今まで通りキレンスクロフへの依頼だけを受け続けていたのである。継続は効率化を生み、道程を知ること及び経験から襲撃場所の予測や迎撃地の選定など、受ける度に負担が減っていった。それが今回の件で一気に崩された形となる。


「うーん、もう少しいけると思ってたんだがな……」

「まあ、ここまで独占出来ただけでも良しとしましょう」

「それで、次はどこに行こーか?」

 無印依頼が受け辛くなった現状、上位ランクの依頼、一本線の依頼を検討している。

 候補地は三つ。南西に二日半、ラサーラ共同連合方面へ向かった街『ノヴォべリスク』 南南東に三日、サルアチア商業国方面へ向かった街『ペトロヴェート』 北東に三日半、首都ミーヌフクス方面へ向かった街『マクノーシ・スラビシュ』


「問題はアンロックの存在ですね。今度は果たしてどの街にあるのか……」

「後は敵の機体ランクが、どの程度上がるのかも重要だな」

 実は何度も通い詰めたお陰か、常連となったビエコフが解体屋(ジャンクヤード)の店主より、ある情報を仕入れて来た。

 それは機体ランクと呼ばれるものだ。

 機体には型式番号が必ず付いている。その最後に付くのが機体ランクと呼ばれるものだったのだ。

 エレノアのカグツチを例として説明する。型式番号は『KAGUTSUCHI-01S-N』である。これはカグツチ・シリーズ-壱型、Sタイプ-Nランクという意味だ。

 この末尾のNが機体ランクである。現在判明しているのは四つ。初期支給機に付いてるNランク。旧型機に付いてるBランク。現行機に付いてるIランク。試作機や新型機など上位機体に付いているSランクである。支給品であるNランクの性能は、現行機であるIランクより少し劣る程度だ。

 そしてそこからキース達が推測しているのが、現状プレイヤー達に対して売られていない、Iランク以上の機体購入に対するアンロックである。

 武器のアンロックが存在し、機体ランクも判明している以上、確実に機体に対してもアンロックが存在する筈である。


「でもさー、武器は一ヵ所で済んだけど機体は分からないよ?」

「それもあるんだよな。行きたい場所優先でも良い気もするけど、どうするかな……」

「さんせー、やっぱり行きたい場所に行かないとねー」

「条件が分からない以上、全部行くことも考えないといけないです。しかも依頼ランクが上がる以上、敵機の強さも上がるだろうし……」

「そうだな。やっぱり掛かる日数が少ない所から回るか。上手くいけばキレンスクロフのように、効率化が出来るかもしれない」

「順番に日数を増やしていく訳ですね。確かにいきなり三日半はかなりリスクもありますからね」

「私は三ヵ所全部回れるなら、順番は別にどっちでも良いよ」

 結局近場からということで、最初は『ノヴォべリスク』へと向かうことにする。




 ギルドで依頼を受注して準備を整え、翌日待ち合わせ場所に着くと、そこには一人の女性が立っていた。

 年の頃は四十代半ば頃の眼鏡を掛けた、優しげで柔らかい印象の女性だ。

 話を聞くと今回の依頼対象はギルド職員でもあるこの女性で、ノヴォべリスク支店への出張に伴う護衛との事だった。

 トレーラーへと女性を向かい入れ、早速ノヴォべリスクに出発する。


 ノヴォべリスクはレニンスキの2/3程の広さの街で、シュネイック共和国軍の基地が併設された場所らしい。その先はラサーラ共同連合と国境を接した『オボニヤル』という街だけだ。そして最近そのオボニヤル周辺で、何度かラサーラの機体の目撃談があるらしく、今回の出張はその件での軍関係との事前調整らしい。

「そんな事、自分達に話して良いんですか?」

「ええ、大丈夫よ。別に隠し事でも何でもないもの。重要な会談でもなく、今回は準備のための単なる根回しよ。それにそんな重要な会談なら、護衛には傭兵なんか雇わないわよ」

「そういわれると、そうですね」

「しかも隠すより、寧ろ喧伝して注意を促さないといけないわ」

 トレーラー内のビエコフとの会話を、スヴァローグに搭乗して聞きながらキースは一人思案していた。


 目撃されたラサーラの機体は、十中八九プレイヤー機だ。まだ時間的な猶予があるかと思っていたが、どうやらもう他国へと侵入している人達がいるのだ。そうなると、現状の機体と装備では、オボニヤルや国境沿いへと行くにはかなりのリスクを伴うことになる。

 キースには一つの懸念を抱いていた。それはオープニングムービーで見た都市襲撃戦の映像だ。あれは世界観を見せるための単なる無関係な映像なのか、それとも今後発生するであろうプレイヤー参加型イベントの模擬映像なのか。

「現状はしばらく様子見って感じか……」

――マスター、何か仰いましたか?――

「いや、アデリナ敵の反応は?」

――範囲16.5km圏内には、反応ありません――


 ノヴォべリスクへは街道を最初一日ほど西に進み、その後南西へ一日半程降りていく。特に最後の半日は森は無く、草原の中を進んで行くので奇襲を受ける可能性が減るのは嬉しい。

 森の中の街道をトレーラーで走っていると、進路右手に遠く山脈が見えて来る。その山並みの頂上部には、薄らと白い物が掛かっているのが見て取れる。山頂では積雪が始まっているようだ。開始当初は夏だった季節も、徐々に森の木々の色が変わって季節が秋へと移りつつある。

 キースはぼんやりとそんなことを思いながらセンサーを見ていると、突然アデリナからの報告が入る。


――マスター、方位2-6-4、距離16.1kmにアンノウンを感知――

「アデリナ、方位2-4-9から2-7-9の範囲の重点探索開始」

――了解です。方位2-4-9から2-7-9の範囲で探索を開始します――

 まずは相手の戦力の判明が最重要事項だ。何しろランクが上がった依頼。確実に今までより強力な機体が現れる可能性が高い。まだ一本線の依頼なので、フルである六機のユニットでは無いだろう。だがランクが上がれば、当然六機ないしはそれに近い機体数も出て来るだろう。更には装備類も以前より強力になる筈だ。

――マスター、アンノウン判明。方位2-6-4、距離15.4kmにARPSが二機、距離15.6kmに車両一台です――

「機種は分かるか?」

――85式が二機、ロッドとナックル装備が一機、マシンガンとシールド装備が一機。車両は対ARPS砲付装甲戦闘車が一台です――

 今回現れた85式は、以前登場した80式系統の二世代上に位置する現行機だ。質実剛健な設計コンセプト自体に変更は無いが、余程評判が悪かったのかデザイン面では大きく変わっている。知らない人には二機を並べても、とても同系統とは思わないであろう。80式とは真逆に、これでもかと曲線を多用された機体には、余計な装飾や余分の部品は一切取り付けられていない。同系統らしく地味ながらも、80式とは違いとても美しいデザインとなっていた。

「遂に格闘装備が出たか!」

 そしてこれは少し不味い状況になった。エレノアで何度もこちらはその恩恵を受けてきたが、格闘装備は敵にすると非常に怖い。距離を取れている内はいい鴨だが、接近されると立場があっさりと逆転する。その攻撃は一撃が重く、連続攻撃も可能で弾切れもない。戦況が一瞬でひっくり返る、厄介極まりない相手なのだ。

「ビエコフ、エレノア敵が現れた」

「おー、いよいよ来たね」

「どんな装備と構成ですか?」

 二人に対し、判明している情報を伝えると共に、考えている対応も説明する。

「で、どうするの?」

「今回は固まって来ているので、まずビエコフのロケットで敵を散らす。その際、出来れば車両も一緒に破壊したい」

「分かりました。車両を標的にして撃ち込みます」

「車両がもし残った際は、俺が面倒見よう。後は散って行った敵とそれぞれ相対する。それで勝った方は、残ってる相手の援護に回る。それでどうかな?」

「私は格闘装備の機体とやらせてくれれば良いよ」

 エレノア自ら、キースにとっては有り難い提案を申し出てくれた。

「それは逆にこっちからもお願いするよ」

「えへへ、待ちに待った格闘戦だからねー。すっごい楽しみだよー」

 これで各自の対応は決まった。後は敵を待ち構え、倒すだけだ。




 今回は迎撃に適した場所が見つからなかったため、普通に街道で待ち受ける。敵ながら実に巧妙な襲撃地点といえる。

 街道はこの先500m程真直ぐと伸びており、左右は幅5m程の草むらが広がっていて、その奥は深い森が続いている。

 カグツチとスヴァローグは二機で街道を塞ぐ形で並び、その後ろにアイバンを待機させる。

――マスター、後一分程でこちらのロケットの有効射程に入ります――

「エレノア、ビエコフそろそろ来るぞっ」

「りょーかーい」

「こっちも準備OKです」

 しばらくすると、敵を視界に捉えた。察知した当初と変らず二機のARPSが先行し、その直ぐ後ろを装甲戦闘車が追走している。こちらと同系色の暗い緑色をした外装。向かって右側に格闘装備である銀に光るロッドとナックル。左側には機体の1/3程は隠れそうな盾を持った機体がそれぞれ見える。

「ロケット発射します」

 ビエコフの宣言の直後、カグツチとスヴァローグの間を二本の煙が抜けていく。

 敵はこちらの目論見通りに左右に割れて回避し、それぞれ森の中へと消えていった。しかし、残された装甲戦闘車はそうはいかない。回避しようにも、左右を森に挟まれて退路が無く、そのまま飛んできたロケットの一発が直撃し炎上した。

「よし、まずは上手く行ったな。エレノア右側の奴は頼んだぞ」

「おまかせー」

 散った敵を倒すべく、こちらも左右に分かれて追走を開始する。


 森に入りこんで直ぐにアデリナに敵の探索を頼む。

「まだすぐ近くにいる筈だ。アデリナ頼む」

――了解です。方位2-6-1、距離850mにARPS反応――

 案の定、遠くへと逃す前に発見する事が出来た。

「さて、どうやって倒すか……」

 相手はこちらと同等の装備を持ち、尚且つ機体に関しての性能は敵の方が上だ。まともに正面からぶつかれば、こちらの不利は揺るがないだろう。

 キースは様々な方法を脳内で検討しながら、敵へと向かって歩を進める。

 この森はこれまでとは違い、昼間なのにかなり薄暗い。視認による発見や対応は、機体色の効果もあり非常に困難だ。

「これは位置が分かっても、仕留めるのは難しいな」

――マスター、こちらの射程圏内に入りました――

 アデリナからの報告が入るも、お互いの状況はそれ程違いがないであろう。ということは、こちらも相手の射程圏に入ったのだ。

 視認による確認が難しいため、まずはセンサーによる索敵結果を元に威嚇射撃を行う。

 三点バーストで二回程撃つも盾で防がれたらしく、当たった火花が一瞬機体を照らすに留まる。

「折角今回の依頼のために、アサルトライフルを新調したけど、あまり効果が見えないのは悲しいな」

――以前の装備でしたら傷も付けられなかったでしょうから、そう悲観しなくても良いと思いますけど――

「それはそれで寂しいけどね」

 アデリナとの会話をしながら、こちらも相手からの反撃を盾で防いでいく。

 このまま長期戦に持ち込むのは非常に悪手だ。何しろエレノアの相手は格闘装備。勝敗はどちらに転んでもおかしくはないのだ。

 それならば、キースの役割は出来るだけ早く相手を倒してエレノアの元へ急ぎ、少しでも勝率を上げることだ。

「だったら、これしかないな」

 キースは決断すると、機体を少しづつ後退させながら射撃による牽制を続ける。

――マスター、どうするんですか?――

「相手を釣り出して、罠に掛ける」

 キースの案は敵に攻撃を続けながら開けた街道まで誘き寄せ、街道に現れた所をビエコフのロケットで攻撃。それと同時にこちらも攻撃を加え、仕留めるものだ。

「という訳で、ビエコフ頼むぜ」

「了解です。索敵情報も頂きましたのでバッチリです」

 その後も敵のARPSを引き連れて徐々に後退していき、街道との境目まで到達する。街道を渡る際には敵に姿を晒すことになるため、ここで一度弾切れまで念入りに銃撃を仕掛ける。弾が尽きた直後、反転し一気に反対側の森まで駆け抜けて木で遮蔽を取り、弾倉を交換する。

「はあ、はあ、どうやらここまでは無事に来たな」

――はい、敵も森の境目までは来ている様です――

「じゃあ、後もう一押しだな」

 敵を街道へと釣り出す最後の一押しとなるべく、相手に二度程撃ち込むと反転して森の奥へと駈けだした。


 敵のARPSは盾で銃弾を防ぐと、一瞬躊躇うも街道へと姿を現した。

 目立たぬよう森との境目に停車し、射程ギリギリまで距離を取っていたビエコフは、敵を視認するもすぐには撃たず、街道中程までは泳がせていた。

 相手がゆっくりと慎重に草むらを超え、街道へと脚を踏み入れた瞬間、ロケットが打ち出された。

 ロケット弾は発射から着弾までには僅かながらも時間があり、敵も発射を確認後回避しようと試みる。しかしロケット弾の軌道は自身だけでなく、その前後の場所にも計四発が撃ち込まれており、すぐには退避への対応が取れなかった。

 そこに森の奥へ駈けだした筈のスヴァローグが戻って来て、銃撃を加え出す。

 混乱した敵ARPSは結局回避する事無く、盾での防御を選択した。ロケット弾による直撃は盾で上手く防げたが、側面からのスヴァローグの銃撃には無防備となり、頭部に数発の銃弾を受けたのちに止めを刺され破壊された。


――損傷率7%、今回は非常に軽微です――

 上手く盾で防げたのとまともに撃ち合わなかったため、殆ど被弾するが無かった。

「どうやら上手くいったな。ビエコフもサンキューな」

「いえいえ、でもこっちはもう弾切れですね」

 予備の弾は持って来ているが、今回の戦闘にはロケット弾はもう使えない。

「後はエレノアだな」

――方位3-5-3、距離1.3kmの位置にARPSを二機確認――

「まだ戦闘中かっ、アデリナ急いで向かうぞ」

――了解です、マスター――

 エレノアの元へと向かうべく、再び森の奥へと駈けだしていく。




 相手を追って森の中へと入ったエレノアは、直後から困惑することとなった。

「暗くて良く見えないじゃないっ」

――相手も条件は一緒だ――

 全体に薄暗く、更に迷彩色で塗られた機体は、非常に視認し辛くなっていた。しかも銃撃戦とは違い、格闘戦の場合はセンサーによる位置把握は、殆ど役には立たない。

 自身の目で見て、相手の動作を感じて反応し、対処しなくてはそもそも勝負にすらならない。

 そういう意味では、機体性能差以上にこの状況そのものが、AIと対戦するエレノアにとっては不利といえよう。

 嘆いていても、状況は好転はしない。まずは接敵するべく、センサーによる索敵をしつつ敵の逃げていった方角へと進んで行く。

――敵発見。方位3-4-8、距離950m――

「りょーかーい。さあ、始めるわよっ」

 反応があった方向へと木々の間を駆け抜ける。今回の敵は銃撃装備を持っていないので、これまでと違い接近に手間取ることはない。

 打撃を警戒して左腕に装着した盾を僅かに翳し、最短距離を一直線に突き進む。

 反応のあった場所に到達寸前、突如左側から光が落ちて来る。エレノアは光を目にした瞬間、認識をする前に咄嗟に左の盾で頭部を庇う。直後甲高い音を立てて盾にロッドが当たった。

「あっぶなー。全然敵見え無かったよ」

――間一髪だったな――

 少し距離を取りカグツチを反転させ、敵のARPSと対面する。敵はこの薄暗い中完全に溶け込んでおり、僅かにロッドとナックルが光を受けた時に反射して光る位だ。対するカグツチも相手の85式と同様にナックルとパイルバンカーの先端が僅かに光り、機体は周りに溶け込み認識し辛くなっている。赤く塗られた左肩を除けば。

――何で赤く塗ったのか……――

「拘りよ、拘り。この程度の事ぐらいでぐちぐち言わない」

 しかし、先程の攻撃は明らかに左肩を基点にされたものだった。

 すると、敵ARPSが動き出す。接近しつつ右手で構えたロッドを上段から打ち下ろす。エレノアもカグツチの左足を引き、右半身を取り、軌道を避けつつも右拳を敵頭部へと突き出す。

 相手も来るのを予測していたかの如く、頭部を横へと動かしあっさりと避ける。

 その後も互いに近距離での打ち合いを交わす。

 互いに一撃が勝負を分けかねない威力を持っている。エレノアは左の盾を上手く使い損傷を防ぎ、相手はカグツチの左肩を基点に攻撃を予測し避けていく。互いに有効打は入っていないが、ダメージの蓄積という点では徐々にエレノアに分が悪くなっていった。

 エレノアが不利なのは何も左肩だけが原因では無い。そもそもこの視認し辛い状況の中、確実に避けれる自信がある攻撃以外は盾で防ぐしか手段が無いのだ。

――損傷率12%だが、左肘の駆動部に負担が蓄積されている。このままだといずれ作動不能になるぞ――

「何とか持たせなさいっ」

 敵ARPSの繰り出した搭乗部への左フックを、ローラーで後ろへと下がって間一髪避ける。

 今度はこちらから相手が左拳を引くタイミングで一気に接近し、右拳でのフェイントを入れながら左のパイルバンカーを撃ち込む隙を窺う。敵のARPSも右の拳に反応をしながらも、パイルバンカーが近づくとロッドを使用して上手く距離を取って行く。

 付かず離れず互いに一撃を加えられぬまま、時間だけが経過していく。

 相手へダメージを入れられないエレノアは、再度避けられた攻撃を機に一旦距離を取り、仕切り直すべく脚を後ろへ踏み出した。

 その瞬間、今までとは違う軌道でロッドが向かってくる。

「まずっ!」

 日に当たった光点が徐々に大きくなると、ロッドによる突きの一撃が機体胸部へ真直ぐと突き刺さった。

 撹拌されるような衝撃を受ける中、エレノアは必死に機体を立て直す。

――胴体部損傷71%、もう一度今のを喰らうと破壊されるぞっ――

 即死は免れたものの、かなりのダメージをたった一撃で負った。

「くっそー、やるわね」

 今の一撃は偶々後退時に受けたため、攻撃力が減衰されたので間一髪助かったのだ。

 機体破壊にリーチが掛かったせいで、エレノアは今までの様な積極的な攻めに転じれなくなる。

 二機は次第に距離が離れ、相手の仕掛けをエレノアがいなす展開へと徐々に移行していく。

 すると転機が訪れた。

「待たせたな。大分分が悪いみたいだが……」

「うるさいわねっ、キースの癖に」

 敵を倒し終えたキースが到着したのだ。これにより一気に形勢が逆転する。

「牽制するから、上手く仕留めろよ」

「そっちこそ、あんまり近づくんじゃないわよ」

 敵のARPSが何度目かの攻撃を仕掛けようと、ロッドを振り被った瞬間、その右手側から銃弾が飛んで来た。格闘装備のため、盾を所持していないので、そのまままともに銃弾を受ける。

 被弾したこともあり、相手が頻りとスヴァローグを気にし始めると、一気に状況がこちらへと傾く。

 何度目かの牽制の後、痺れを切らしたのか、遂に銃撃をして来る方向へと反転し、エレノアに側面を向けたのだ。この隙を突き、一気に敵背面へと回り込んだカグツチは、そのまま腰の辺りへと右手のナックルを撃ち込む。敵ARPSは攻撃を受けると反転するが、その時にはカグツチは既に離脱している。初めての有効打となったが、一撃では敵はまだ立っていた。しかし確実にダメージは通っており、動きに支障を来たしているのが見て取れる。

 その後もキースの牽制が気になるのか、再度隙を見せた際に相手の胴体へパイルバンカーの一撃を与えることに成功し、ようやく破壊に至った。

「むー、勝ったけど何かふまーん」

「依頼中なんだから、エレノアを欠く訳にはいかないんだよ」

「分かってるけど、ふまーん」

――あまり我が儘を言うものではない――


 大きな損傷を受けたカグツチだが、何とか二人はビエコフの元へと帰還した。

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