第一話 開幕
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追記:設定資料の方に舞台となるシュネイック共和国の地図を掲載しました。
地形や位置関係把握の一助となれば、幸いです。
VR技術が最早珍しくも無く一般に浸透し始めて来た頃、それはある日突然発表された。
その舞台となった都心の某国際ゲームショウは観客や関係者など、その場に居合わせた全ての人達が興奮を抑えきれず騒音の一部と化していった。
VR技術と言うものが日米独の三ヵ国で共同開発され、製品化と同時に発表が行われた初タイトルは海外製だった。
発表直後から世界中を虜にしたその作品は、王道とも言える剣と魔法によるファンタジーものであった。誰もが目にしたことの無い景観や動植物。未知領域である魔法や飛行といった体験。そのいずれもが人々を異世界へと駆り立て、五感をフルに使うVRに相応しい内容と言えた。そして、その後を続けとばかりにVRMMO創成期には続々とファンタジー作品が発表され、人々を更なる熱狂へと取り込んでいった。
そんな初期の混乱が落ち着き始めた頃、とある話題が様々な場所の片隅でひっそりと語られるようになる。曰く「どれも似た様な作品ばかりだ」と。
人々が一時の熱狂から冷め、ふと周りを見渡す余裕が生まれると、実はたった一つの系統作品しか選択肢が無い事に気が付き始めたのだ。
そんな不満とも言えない囁きが出始めた中で発表されたのが、国内製初のVRタイトルである『鋼鉄の新世界』であった。
作風は今までのタイトルとは一線を画す、ロボット同士による対戦を主軸としたもの。その作品映像が会場に流れ出すと、一瞬にしてパステル色の世界にどす黒い色が浸食したかの様な衝撃が生まれた。今まで宣伝はおろか、開発の噂さえ聞かれなかったサプライズに、幸運にも居合わせた人々は歓声を持って迎え入れた。それもある意味当然のこと、世界中を見渡してもこれ程ロボットが好きな国民などいる筈もないのだから。
「じゃあ、打ち合わせ通りに開始地点でちゃんと待ってるようにね」
その少女は言うなりすぐにベッドに横たわり、早速ログインを始めた。
「姉ちゃん、少しは落ち付けって。……って、もう聞こえてないし。国光さん、手綱の方頼みますね」
そう言いながら少年も姉の後を追うように、絨毯の上に置かれたクッションに頭を乗せゲーム内へと入っていく。
「いや、俺一人じゃ無理だから……」
先に入った二人を確認してからゆっくりとヘッドセットをして、腰掛けていた一人掛けソファーに背を預けログインを開始する。
桐生 国光と隣人である友人の早河 未沙とその弟早河 健の三人は、幸運にも揃ってサービス開始初日である今日から『鋼鉄の新世界』を遊びつくす予定である。
壮絶な倍率であったβテスターに類に洩れず、製品版を手に入れるのにもかなりの苦労を重ねたが、その努力分だけでも報われて欲しいと変な期待の仕方をしながら徐々に意識をゲームへと委ねていく。
ふと意識がはっきりとしてくると、自分が街の上空に浮いている様な視点での景色が目に入って来る。街の主要道路らしく路肩を含めると片側三車線ずつあり、かなりの幅の広さが街を貫いている。歩道脇の路肩には何台かの車やトラックが止まっており、歩道に沿って幾つものビルが綺麗に立ち並んでいる。その一階にあるショーウィンドウからは、彩られた様々な商品が展示されている様子が窺える。どうやら自分は、その道路の真上に位置しているらしい。
「あれ? キャラ設定じゃないのか。何か間違えたかなあ」
キャラ設定が済んでいないせいか、視覚や聴覚があり体の感覚は感じられるが実態は存在しないという、非常に形容しがたい状態に置かれていた。
すると、視線の前方から聞き覚えのある音と共に、何かの集団がこちらへと向かっているのに気付く。
「あの音はヘリか? 何か付いてるみたいだけど。って、ロボットをヘリで吊り下げて搬送してるのかっ」
最初は一塊に見えた集団も、徐々にその全貌がはっきりとして来る。運搬しているヘリは胴体から左右に短い翼の様な物が伸び、上部にはローターがそれぞれ一台付き大きな音を立てて回っている。その下にはバランスを取るかのように、人型の機体が左右に一機ずつ吊り下げられていた。運搬しているヘリがその数を10台に数える頃、傍観者らしく眺めていた背後から突然物凄い音と共に幾つもの軌跡が煙を残して追い抜いて飛んでいった。
「うわっ、何が始まったんだよ」
驚きの声を上げると同時に、前方からの閃光と爆音が響いてくる。とっさに庇った腕を開けるとヘリが火を吹いており、人型の機体を吊ったまま落下してビルの向こうに消えていくのが見える。撃墜数自体はまだ少ないらしく、多くのヘリが残っていた。その突如訪れた不運から運良く逃れたヘリ達は、一秒も無駄に出来ぬと物凄い勢いで機体を下している。
「あんな乱暴な落とし方されて、機体の中の人達は平気なのかなって、今度は何だよ」
何の前触れも無く視点が下へと落ち始めた。落下と言うには遅い速度で、ただしっかりと明確な意思を感じながら移動していく。すると、ちょうど自分が地面に立った位の高さで視点が固定された。
「やっぱり、落下しても死ぬことは無いって分かってはいるけど、あの高さで浮かんでいると不安になるよなあ。地面って偉大だ」
そんな風に一息入れていると、今度は前後から銃弾が飛び交い始めた。まるで、そこには人がいないとばかりの戦況に声も無く立ち尽くしていると、前方から降下した機体の幾つかが凄い勢いで飛び出して来た。
全身が都市迷彩色に塗装され、その肩には部隊章らしいイラストがペイントされている。左手に装着したシールドを盾にしながら、味方からの銃撃による援護を受けつつ向かってくる。足下から路面を削り取るが如く凄まじい音を立て、後続をまるで隠し去る勢いでの粉塵を捲き散らしながら、火花を散らしたローラーを回して前へと突き進む。
衝突コースに位置し、そのままぶつかるのかと思いきや、今度は視点がゆっくりと横へ移動した。すると直後に目の前で機体同士が派手な火花を散らしながら激突した。そばに来てようやくその大きさを実感する。高さはビルの2階相当に当たるから、恐らく6m前後であろう。それらが高速で移動しながら目の前でぶつかり合っているのだ。
自分の後方から飛び出していたらしい灰色がかった青色の機体は、衝突を避けもせずに都市迷彩色の足止めを狙ったみたいだ。その直後に奥の方でも機体同士の衝突が起こっていた。目の前の二機は、倒れれば自身が潰されそうな距離で盛んにローラー使用し、小刻みに動き回りながら互いの相手へと打撃を加えている。決定打を許さず均衡していた戦いは、呆気なく終焉を迎える。
青色の機体が、数々の銃弾によって崩された路面の穴に脚を落とし掛けたその一瞬の隙に都市迷彩色の左腕が伸び、シールドの先端より飛び出た杭が胴体を叩く。当たった衝撃により互いの機体が止まった瞬間、金属の悲鳴と共に当たっていた杭が青色の機体を貫いた。
呆然と目の前の出来事を眺めていたら、唐突に始まった出来事は終わりもまた唐突だった。