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自分たちは兵士で、人の代わりに人を殺すためだけに産まれ、使い物にならなくなった時に死ぬ。
生きる事に執着を持つ事を覚えず、生きる事に疑問を持つ事を覚えず、死ぬ事に恐怖を覚えず。
存在意義を見出す事を知らず、ただ、そこに”在る”だけの命。
生き永らえる喜びや、失う事の哀しみや、生きる事の苦しみは、得ても瞬時に消されてしまう。
ただ、ただ、繰り返すだけの時間の中で、意味もなく生きる。
だから、このコロニーに漂う何物も、トゥには正確に理解する事は出来ない。
でも、なぜか心が揺れていた。
生きる事、守る事、祈る事、愛する事…。
目の前の遺体が物語る、これらの感情に、心が強く揺さぶられた。
エインは、この状況をどう思っているのだろう。
彼らの事を語る口調は、淡々としながらも、若干の憂いを帯びていた。ただ、それがどういった意味を持つのかは、トゥには解らない。
無言で帰って来たコントロールルームで、エインが何やら始めた。
「…どうしたの?」
「ん?」
トゥが問うても、エインは手元から目を離す事無く、キーボードを叩いている。
「何をするの?」
「…ちょっと…。」
話すのがもどかしいのか、指は忙しなく動く。仕方なく覗き込むと、ディスプレイに工場全体図が映し出された。
「人体の内臓を意味するのは解るけど、それにしては数が多すぎると思って。」
そう言って、エインが図の一部を拡大した。
場所的に、あの煙突のようだ。
「煙突?」
「ああ。
薬品散布だけのための施設だと思ったんだが…。」
言いながら、施設の内部図をディスプレイに映す。
一見すると、ただの製造工場なのだが、何かがおかしい。
「機械を作る工場…?」
「旧型のベルトコンベア、ミシンに組み立て用のマニピュレータ。機械製造ラインに似てる。規模としては、小型戦闘機が作れるくらいだ。でも、実際に作れるのは機械だけじゃなさそうだ。
梱包用のマニピュレータ、裁断機に、樹脂加工設備、リボンロール…。」
「リボン…?」
「偵察部隊が狙撃されたという報告。」
「うん。」
「あれの記録があった。」
エインが図を一旦消し、手早くキーボードを叩くと、メインディスプレイに映像が映し出された。
隣のディスプレイには、まだ何のものだかわからない構文が流れていく。
「このコロニーには、簡易的な防衛機構が備わっていたようだ。遠隔操作が可能な、超小型戦闘機もある。
ただ、攻撃には条件があって、『攻撃を加えられた時、迎撃、威嚇射撃をする』。」
「攻撃を加えられた時?」
「そう。」
「だって、『教授』の話と違うよ?」
「そう。」
驚くトゥを、涼しい顔でエインが見た。
「ボクたちに本当の事を教える義務はないからね。
ただ、ボクが言いたいのはそこじゃない。」
「…?」
「この戦闘機、人が乗り込む事が出来ないサイズの、極めてミニマムなもののようだ。ボクらですら乗れない。
この戦闘機の設計図がコレ。」
エインがエンターキーを押すと、ディスプレイに戦闘機の設計図が映った。
「なにこれ…?」
トゥが目を見開く。
「兵装されてない。本来は、”攻撃するもの”ではなかったらしい。」
「どういう事…?」
トゥが眉を顰めると、エインがトゥを見据えて言った。
「…おもちゃだよ。
子供に与えるための…。」
トゥは、はっとして小さく息を呑んだ。
「ここには、沢山の子供がいた。
ここから出れば、すぐに死んでしまう子供が。
ここでしか、生き永らえる事が出来ない子供。
クリスマスだって、誕生日だって、ここでしか過ごせない。」
「プレゼント工場…。」
「そう。
このコロニーを作る時に提案されて、あの煙突の下に作られたらしい。
この製造工場には、あらゆるおもちゃの設計図が記録されていて、基本的に、逐次何かを作っていたようだ。樹脂人形から、リモコン戦闘機まで。そして、同じものを作らないよう、微妙に加工を重ねていくよう、プログラムされていた。最初に流し込まれたおもちゃの情報を元に、あの工場自体がオリジナルのおもちゃを考えて作り出していたという訳。
加工を加える際、初期設計図に登録されたジャンルで区分して、統合したり、分解したりしていたようだ。中には使い物にならないくらいお粗末なものも出来上がったようだが、大抵は子供のおもちゃとしては十分な出来だったらしい。
ただ、所詮機械だ。何を組み合わせ、何を分解しているかまでは理解していない。
偶然と言うより当たり前に、トイガンとリモコン戦闘機も合成された。
あの超小型戦闘機が、正しくソレ。
あの煙突、地下に外気噴出用のダクトがあって、そのダクトから直接コロニー外部に出られるようになっているらしい。
ここからは実際何が起きたのか、どういう処理が行われたのか解らないが、”何か理由があって”、その戦闘機はそのダクトを通ってコロニー外部へ出たようだ。
リモコンは、先に子供に渡されていた。ただ…。」
「ただ?」
「子供は既に病状が末期まで進行していて、リモコンを動かす事無く、亡くなったそうだ。」
「…。」
「結局、遊ばれはしなかったが、せめて”天国で”と、両親は子供とリモコンを共に葬った。
戦闘機はすでに外部に出てしまっているし、コロニー稼動に支障を来たす可能性は皆無だったから、回収する必要性もなかった。
この子供、死亡直前は脳死状態で、脳機能も工場に移管していたらしい。脳機能工場は、記憶や皮膚から伝達される痛覚情報をデジタル的に処理して体へ戻すための設備だったらしい。
この施設、脳情報に於いては削除しないという規定があったそうだ。
元々、政府が一部出資をしているらしくて、恐らくは政府にそのデータは渡るんだろうが…。
”リモコン”という情報を与えられた子供の脳情報は、リモコン機能そのものの情報を探し出した。
工場としては、ただ脳が思考しているだけなのだから、何も抵抗しない。そういうセキュリティ区分はしていなかったそうだ。」
「待って…。
それって、データが意思を持ったって事?」
「そういう事だろうな。
すでに記憶や感情をデータとして取り出したり、脳へ直接働きかける事で記憶そのものを消す技術は誕生してた。ボクらに施すみたいな、ね。
データ化された記憶や感情が、意思を持つかは断定出来ないが、現にその子供の記憶は、工場の設計データ区域に進入したらしい。
おもちゃ工場のシステムに入り込んだ子供は、リモコン情報を手に入れた。
一方で、なぜかコロニーのメインコンピュータは、外部にある戦闘機をコロニーの一部と誤認したらしい。
否、もしかすると…。」
「誤認じゃないかも?
子供がそう思わせた可能性も…。」
「そうだな。実際はどういう事が起きたかは解らないが。
コロニーの一部となった戦闘機には、攻撃機能が備わっていた。自ずと、コロニーと同等の攻撃条件を与えられる。」
「加害者のみ、攻撃…。」
「擬似人体施設、おもちゃ工場、難病治療施設。
このコロニーの正体。」
このコロニーは、廃棄が決まっている。
こちらから危害を加えない限り、害がない事は確認出来た。あとは停止して、帰るだけだ。
だが…。
「このコロニー…、どうにかならない?」
「どうにか?」
エインがちらりとトゥを見た。トゥは少し泣きそうな顔をしていた。
感情が備わっていない訳ではない。だから、同情心だって芽生えるだろう。本来は、それを抑制させる教育を受けているはずなのだが、トゥはどうやら違うらしい。
エインの性格上、無機質に任務を遂行するところだが、どういう訳か、エインはトゥにペースを乱されっぱなしであった。
コロニーや施設の事だって、無人である事と稼動を停止させる事で発生する影響だけが解ればそれ以上の調査は必要なく、ただ稼動を停止させて引き返せばよかったのだ。
でも、それが出来なかった。
「…どうにか…。」
”どうにか”しなければ、トゥは帰るまで落ち込んだままだろう。船の中は静かに違いない…。
それが、不思議と厭だった。
エインは椅子の埃を払って座ると、キーボードをカタカタと叩いた。
残り燃料は少ない。さすがに一五〇年無補給で動き続けたのだ、そろそろ燃料も尽きる。
わざわざ稼動停止をしなくても、そのうち止まるだろう。
保って、後、半年と言うところか…。
ならば、規定違反だが燃料が尽きるまでこの区域から移動させられれば、自然停止してから廃棄に出来る可能性はある。
幸い、推力調整や方向転換はこのコントロールルームで出来るようだ。
次々ディスプレイに数値や角度計算が表示されては消えていく様子に、トゥもエインが何をしようとしているかは察する事が出来たようだ。
まだ不安そうではあるが、エインの椅子の後ろに立って、エインがする事をじっと見ている。
五分ほど経った頃、ディスプレイにコロニー設計図が映された。
よくよく見ると、何かに似ている。
円筒形で、丸面に輪っかになったダクトが数本…。
何に似ているか、とトゥが首を傾げた時、エインが不意に文字を打ち始めた。
『GIFT BOX』…。
その文字に、トゥが笑った。
そう。そうだ。
円筒形のギフトラッピングだ。
トゥは嬉しくなって、エインを覗き込んだ。
「意外とロマンチストなんだね。」
トゥにからかわれ、エインは顔を顰めた。
「うるさいよ。」
エインの反応に、トゥは益々満足げに笑って、ディスプレイを見上げた。
子供のために作られたコロニー。
命を永らえ、死を一瞬忘れる場所。星の舞う、夢の工場。
遠い昔に忘れ去られて、もうすぐ役割を終える。
「この先、小惑星帯があって、立ち入り禁止区域になってる。そっちに流せばいいだろう。小惑星帯に辿り着く頃には、燃料も尽きてる。」
「うん!」
トゥが満面の笑みで深く頷いた。
エインはそれを見て、ふぅと溜め息をついて椅子に凭れた。
心が満たされている事に、戸惑いながら。
◆ ◆
エンジン点火を一〇分半後に設定し、急いでシャトルへ戻る。
シャトルに乗り込むまで二分。防護扉を完全に抜け、港を出るまで五分。方向転換をしつつコロニーを回り込み、コロニーから十分距離をとるまで三分。
余裕を持って、三〇秒。
喋っている暇はなく、無言でそそくさと準備を進める。
来た時と同じように誰もいない廊下を抜け、シャトルに乗り込む。
「忘れ物はないな?」
「うん。」
座席に着きながらエンジンを点火させると、滑走路のランプが点り、三枚目までの防護扉が開いた。
エインの操縦で前進し始めると、また何枚かの防護扉が開いた。
入って来た時と違い、出て行くには速度が要る。そのために、着陸と離陸で扉の反応が調整されているようだ。
速度を上げ、機首が上がり、全ての防護扉が開いた瞬間に離陸。真っ直ぐ扉を潜り、あっという間に港を出た。
大きく旋回しながら進行方向を変え、横目でコロニーを見る。
点火準備に入っているエンジン付近が、ぼんやりと光っていた。
認識すればするほど、コロニーはギフトラッピングされたように見える。
三分後。
コロニー後方のバーニアが点火した。宇宙空間に於いては全てが無声映画のようで、コロニーは黙って進んでいった。
さよなら。
トゥがそう微笑みかける横で、エインもまた、心の内でそう呟いた。