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「エイン。エイン…。」

 呼び起こすと、エインの瞼がすっと開いた。

「もうそろそろポイントだよ。」

 トゥが言うと、エインは座席に座り直し、モニタの一つに表示された宇宙地図に目をやる。

 機は、転送ポイントへ向かって真っ直ぐ進んでいる。

 到着は、五分後。

 ポイントから廃棄コロニー付近の転送限界ポイントまでは二分だった。その二分の間に、凡そ光五年分の距離を進める。

「アシストを。

 ポイント到達時の出力値の計算は任せる。」

「了解。」

 手際良く有人操作に切り替え、転送準備を始めるエインをトゥは感心しながら、上下関係が瞬時に決まった事が面白くて仕方がなかった。

 転送原理は至ってシンプルだ。

 宇宙空間には、ある特殊なエネルギーを加える事で、人間が定めた物理法則を完全に超越した”一定方向へ強く発せられるエネルギー”を発するポイントがあった。それは、ポイントポイントで強さも方向も違うが、どうやら定まったもののようだった。そして発生するエネルギーは、加えたエネルギーの最低でも倍だったのだ。

 その、一定方向へ発せられるエネルギーを移動エネルギーに変換し、単純に言うと”吹き飛ばされる”事を転送(ワープ)としたのだ。

 ただどうした事か、本来は逆側からの干渉がない限り移動速度は一定したままの筈の宇宙空間に於いて、この転送ポイントのエネルギーを使った移動だけは、とある決まった区域に到達すると移動速度が弱まり、エンジン出力がない限り、いずれ止まってしまうのだった。

 この辺りの解明は未だなされてはいなかったが、人間はそれを便利に使う事にしたのだった。

 ただし、闇雲に使う事は許されなかった。このポイントの利用には、許可が必要なのだ。

 それは、このポイントが発見されてから約一〇年後に新たに観測されたポイントの”メカニズム”が理由になっている。

 このポイントには、対となるポイントが存在した。

 それは、位置関係的には間逆でもなく、一見するとただ無秩序に点在するポイントの中の一つで、その対関係は不動のものであるようだった。

 そして、対となるポイントのどちらかにエネルギーを加えると、もう一方のポイントにもエネルギーが伝わってしまうのだった。

 対となるポイントのどちらかにエネルギーを加えると、もう一方のポイントにもエネルギーが伝わってしまうのだった。

 エインとトゥが今から使用するポイントにエネルギーを加えると、対となるもう一方のポイントにもエネルギーが加わる。もしその位置に、全く転送を必要としない機体や隕石などの物体があれば、当然それらに影響を及ぼす。

 最悪、不意に吹き飛ばされたそれらが、良からぬ事態を引き起こす可能性もある。

 そもそも、対のポイントの発見が、それを要因とした宇宙船衝突事故だったのだから、この発見と共に瞬時にポイント使用は管理される事となったと言う訳だ。

 ポイント到達まで一分を切った。肉眼では、ポイントを確認する事が出来ない。宇宙地図を元に、ポイントを移動エネルギー方向へ向かって通過した瞬間に、シャトルからエネルギーを発射する。このタイミングを誤れば、転送を諦めるしかない。ポイントへ発射するエネルギーは特殊故に高価で、安易に使う事は認められなかった。

「ポイント到達まで三〇秒。」

 トゥが、少し緊張した面持ちでカウントダウンを始める。一方で、操縦桿を握るエインの顔は、涼しげだ。

「二〇秒。」

 声を発する傍ら、トゥは手元の小型端末でポイントへ発射するエネルギーの計算をする。判明しているポイントについては、統一政府から支給された宇宙地図にエネルギー噴出方向とその量が記録されている。その情報と共に、現在のシャトルの移動速度、質量などを専用の公式に当て嵌め、算出された量のエネルギーを発射する。

 宇宙空間においても、何事にも干渉されない訳ではない。

 より確実な情報を元に計算する事が義務付けられており、ポイント到達まで凡そ一分前前後というところの情報を元にするのが通例となっていた。

「一〇秒。

 九。

 八。

 七…。」

 トゥがカウントする数字が減って行く。相変わらず肉眼では確認出来ないが、宇宙地図上のポイントは確実に近付いている。

 エインは操縦桿を握る手に力を入れた。加速する一瞬、バランスが崩れる事があるのだ。それを見極め、移動方向を確実に調整するのが、パイロットの役割だ。オートパイロットでは駄目なのには理由がある。

 移動エネルギーが放出される瞬間、すべてのシステム系統が一瞬停止してしまうのだ。

「六。

 五。

 四。

 三…。」

 言いながら、トゥは発射するエネルギー量を設定し、発射ボタンに指を添える。

「二。

 一。」

 無言で〇を迎え、同時にボタンを押す。

 シャトル前方に添え付けられた専用のエネルギー発射管から、青白いぬめり気を感じる光が放たれた。

 光は真っ直ぐ細くなって進み、目の前の何かにぶつかった。すると、何もないように見える空間が一瞬歪んだ。シャトルが突っ込むと、シャトルは何かに引っ張られるように一気に加速した。

 一瞬だけ後方へ重力を感じるが、あとは重力発生装置の調整によって元に戻る。

 機体はガタガタと震えているが、エインの操縦は確かなようで、問題無く移動エネルギーに乗れたようだった。

 窓の外では、星が線になって後ろへ流れて行く。

 やがて、機体の揺れが収まった。

「お疲れ様。」

 トゥが言うと、エインはちらりとトゥを見て、少し得意そうな顔をした。

 気を許してくれたような気がして、トゥは身を乗り出した。

「ねえ。エインのそのブローチ、宝石はなんていうの?」

 黒いコートの胸元に付けられたブローチを指さすと、エインは不思議そうにブローチを見た後、宝石を親指で一撫でした。

「”ブラッディ・スコール”。人工ルビーだ。」

「へえ。真っ赤で、綺麗だね。

 エインの瞳も。

 ボクの目は、少し色素が薄くてオレンジ色過ぎるから、そういう濃い色の瞳は、羨ましい。」

 ふふと笑うトゥを、エインが怪訝な顔をして見た。

 エインにとってその発言は、自分たち少年らしからぬ言葉だったからだ。

 少年たちは、自分に対して劣等感を感じない。何故なら、みな一様に同じレベルであり、同じ見た目だからだ。匣の中には少年たち以外の人間はいくらでもいるが、接しない上に興味がないので、比較対象にならない。そもそも、比較すると言う概念を教えられないで育つから、比較対象自体が”存在しない”のだ。

 エインにはそれがとても不思議だった。だが、当のトゥはそんな事気にもかけていない様子で、にこにこと笑っている。

「遺伝子配列は同じな筈なのに、どうして目の色が違うんだろうね。」

「疑問の余地はない。一卵性双生児だって、微妙に髪や肌の色は異なる。内臓移植で拒絶反応を示した例だってあるし…。」

「うん。そうなんだけど…。」

「…?」

 エインが首を傾げると、トゥは全身を弛緩して座席に体を預け、とろんとした目をした。

「不思議だと思ったほうが、面白いでしょ。」

 自分自身に疑問を持つ事。

 それは即ち、自らの生に理由を求める事だ。

 恐怖心や怒り、悲しみ、喜びも、愉しみも植え付けられて尚、生きる事に対して執着を持たぬよう育てられた少年たちに、生きる意味は必要ない。

 心と脳が完全に不一致なのに、それを正常とする訓練を受けた故に、その事自体に疑問を持つ事がない。当然、少年たちの思考がそこへ辿り付く事もない。

 なのに、目の前のトゥの口からはそう言葉が発せられている。

 エインにとってこれは、解析不可能な事だ。

 窓の外の星は、相変わらず線のように流れていく。

 トゥの横顔が、段々と、自分と違う顔に見えてくる。

 エインの鼓動が、少し早くなった。

 何だろう、この目の前の少年を見ていると、シナプスが次々繋がって行く感じがするのだ…。


◆ ◆


 トゥはおしゃべりなようで、エインが聞いていても聞いていなくても、事あるごとに何か言葉を口にした。

 大抵はエインが受け答えをしないので、トゥの独り言になってしまうのだが、エインもしばらくして、その独り言がないと物足りない感覚に陥るようになってしまった。

 環境適応能力の高さが、仇となっているのかもしれないと、ふと思ったりもしながら、二日が過ぎた。

 転送ポイントによる加速効果も切れ、再び通常速度で運行して、計算上、そろそろ目的地である廃棄コロニーに到着するであろうという頃、

「エイン、見て!」

 と、トゥが突如、前方を指差した。

 エインが、トゥの指先をなぞると、真っ暗闇の中にぽつんと、ぼんやりとした緑色の光が浮かび上がっているのが見えた。

 円筒形のようで、それほど大きくはない。前方に奇妙な太いパイプのようなものが何本か、円筒の丸面から飛び出して、輪を作るように丸まって丸面へ折り返している。

「変な形。」

「旧型のコロニーだな…。あのパイプは、ダクトか何かだろう。」

 コロニー周辺には他に何もなく、『教授』が言っていた偵察部隊の船も見当たらないので、早々に引き上げたのだろうと推測出来た。この辺りの情報は、渡されていない。不要なのだろう。

 トゥが小型端末を叩いてコロニーの設計図と、シャトルが搭載している観測装置の情報を出した。

「生体反応はなし。

 設計段階では、特に攻撃設備は搭載してないみたい。」

「威嚇射撃を受けたと言っていたな。」

「うん。でも、観測結果にもそれらしきものは見当たらないよ。」

「…どういう事だ…?」

「勘違い…かも?」

「攻撃されたと勘違いするような状況があったと?」

「偶然何かが飛んで来ただけ、とか。」

 トゥがお気楽な声で言った。エインは少少呆れつつ、そうかもしれないとも思っていた。

「接近してみるか。」

「うん。ボクは近づいても大丈夫だと思う。」

 エインがオートパイロットモードに切り替えていた操縦桿を、有人操作に切り替えて握った。

 後方のバーニアを噴かして、少しだけ加速する。

 静かにゆっくり、コロニーに近づく。

 徐々に大きくなるコロニーは、それでもだいぶ小型のもののようで、よく見るとまだ自転をしていた。重力が発生しているという事だ。

「動いてる。」

「止まらなくなっただけかもしれない。」

 無重力空間に於いては、良くある事だ。

「進入出来そうな口はあるか?」

「うん。裏側に、港があるみたい。」

「解った。」

 エインはサイドバーニアを調整しながらシャトルの進行方向を変え、コロニー後方へ回った。

 確かに、既に扉が壊れてしまっているが、港のようなものがあった。

「空調が壊れてないといいんだけど…。」

 壊れていなければ、宇宙服を着る必要はない。

「動力が生きてるかが問題だろう…。」

 シャトルを港へゆっくり進入させると、目の前の防護扉が開いた。

 二人は驚いて顔を見合わせた。

「生きてたね。」

 防護扉の向こうには、また防護扉が。近づくと、それも開いたが、さらに防護扉が…。

「本格的に旧型だな…。」

 出入り口に何枚も防護扉を設ける事で、宇宙空間との隔たりを大きくし、万が一に備える。

 旧型の円筒コロニーには、決まって備わっていた設備だ。

 防護扉は近づくたびに開き、通り過ぎるたびに閉まって行った。

 そうして、計一〇枚の扉を抜け、シャトル停泊用のドッグに辿り付いた。

 助走運行になっていたため、そのまま滑走路へと滑り落ち、エンジンを止める。

 しばしじっと待つが、誰かや何かが出てくる気配はなかった。

 その間、トゥがコロニー内部の地図を端末に映し出した。地図は必須にして、荷物になるものだ。なるべく携帯せず、正確に記憶する事が得策と教えられた。エインにも見せ、二人で記憶する。

 その後、もう一度、トゥが端末でシャトル外部を観測するが、依然生体反応はない。

「外気温、酸素濃度、重力は地球と同じ数値みたい。このまま降りても大丈夫そうだよ。」

 トゥが言うと、エインがすくと立ち上がった。

「行こう。」

「うん。」

 シャトル後方の貨物ルームで各自に割り当てられた武器を装備する。

 指紋認証を採用した小型マシンガンと、ハンドガン。多目的ワイヤーとサバイバルナイフ。メディパックは応急処置用の小さなものを選び、包帯だけ余分に持つ事にした。

 操縦桿とエンジンのロックをし、シャトルを降ると、二人は港の管制室へ向かった。

 やはり動力は生きているようで、自動扉は何気なしに開いた。

 が、中は古くなって落下したパネルが散乱し、凡そ人がいるようには思えなかった。

「人は、いないな…。」

「だね。」

 エインが管制室のメインコンピュータを立ち上げた。旧タイプの管制プログラムの起動画面が、あちらこちらのモニタに映った。

「最終アップデートは、一五〇年前か…。」

「争った形跡はないね。」

 港は侵攻された時に真っ先に占領される場所である。物は散乱しているが、飽く迄も老朽が原因と見て取れた。

「突然人がいなくなったのか。持ち主に廃棄されたか…?」

「シャトルの運行記録も、アップデート翌日でぱったりなくなってるね。」

「やはり出て行ったと見る方が良さそうだな。」

 そう言って、エインはメインコンピュータの電源を落とした。

 管制室を出、薄暗い廊下を市街地方向へ向かう。廊下は不気味なほどに弱弱しい非常灯が、時折チカチカと瞬きをしながら灯っていた。

 廊下の先には入出記録を行っていたのであろうカウンターと小さな待合室があり、ガラスの扉の向こうには、緑色の街灯に照らされた窓のない建物が幾つも見えた。コロニー時計が狂っているのか、コロニー内部の天井は星空が映し出されている。

 どこからか、ゴウン…という重たいモーター音も聞こえる。

「…。」

 エインはゆっくりガラスの扉を押した。

 すっかり錆びた扉の蝶番がギィと音を立てた。

 扉の隙間からは風が吹き込む。

「風が吹いてる…。」

「ああ。気候プログラムは今も稼働中らしい。」

 コロニー内では、風の発生も当然プログラム制御によって空調機構が行っている。

 扉から外へ出ると、モーター音が目の前の建物の中から聞こえてくるのが解った。建物には何本もパイプが繋がれ、パイプは建物同士を繋ぐ様に縦横に伸びている。

「なんの施設だろう…。」

 見上げると、満天の星空へ向かって聳える、高い塔が見えた。塔の先端にはアンテナらしき物があって、赤い航空灯のようなランプが煌々と点いている。

 ずっと離れたところにある塔からは、白い煙が昇っていた。煙はなぜか、キラキラと輝いている。

 一応、道らしきものはあって、それを辿っていくと、一棟だけ、窓と出入り口のある建物に辿り着いた。その建物は、塔以外のどの建物より高いようだった。

 出入り口の扉を開けると、小奇麗なレイアウトのロビーのような場所が目の前に広がった。

 カウンター。すっかり枯れ腐っている観葉植物。壊れた自動販売機。古びたソファー…。

「…病院…。」

「のようだな。」

 二人はカウンターを抜け、院長室へ向かった。

 港の廊下と同様、病院も最低限の非常灯以外は明かりは一切点いていない。

 院長室も暗かったが、大きく立派なデスクの向こうに、辺りの闇よりさらに深い闇があった。

「奥に部屋がある。」

 エインが言いながら、闇へと歩いて行った。

 壁に背をつけ、覗き込むと、闇の中にぽつぽつと電源ランプが見えた。

 かなり広いようで、管制室にあった端末より、さらに大きな端末があるようだった。

「メインコントロールルームかな。」

「恐らくな。」

 人気のない事を確認し、闇へ踏み込むと、足元でパリと何かが割れた。構わず進み、電源ランプを見ると、スリープモードになっていた。

 エインが電源を片っ端から入れていく。

 ボゥ…と音を立てながら、メインコンピュータが立ち上がった。

 天井付近に吊るされた大きな五つのディスプレイに灯りが灯ると、それが照明のように部屋を照らした。

 椅子が五脚、コントロールパネルが五つ。部屋の、院長室の反対側にはもう一つ入り口があって、その向こうはナースステーションになっていた。

 ディスプレイには、恐らくここへ辿り着くまでに見た建物の事であろう『施設』の稼働状況やエネルギー推移がグラフで表示され、それによると、『施設』はまだ稼働中のようだった。

「『心臓』、稼働状況良好、エネルギー推移正常。

 『膵臓』、稼働状況良好、エネルギー推移正常。

 『第三肺胞』、稼働状況良好、エネルギー推移正常…。」

「悪趣味な名前付けるね…。」

「だな…。」

 エインは言いながら、ナースステーションへ進んだ。

 メインコンピュータが立ち上がった事で、照明の何箇所かは回復したようだった。

 ナースセンターも書類が散乱していたり、棚が倒れたりしていた。

 その中で、適当に書類を漁る。

 医療に於いては未だ、カルテはドイツ語表記が通例となっていた。手にした書類もドイツ語が並んでいる。

「マリナ・アングローテ。

 女性。

 入院したのは…、五歳の頃か。

 テルノアーシュ・細胞呼吸不全症候群。」

 エインの顔が、見る見る曇って行った。

 もう何枚か、拾い、読み上げる。

「ジャック・ウィルトン。

 男性。

 三歳で入院。

 テルノアーシュ・細胞呼吸不全症候群。

 ロッシュ・アロルド。

 男性。

 六歳で入院。

 テルノアーシュ・細胞呼吸不全症候群…。」

 トゥがエインを見た。

「どうしたの?」

 エインはじっとカルテを見て、俯いている。

「なるほど。

 ここは、テルノアーシュ患者の療養施設か…。」 

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