のんびりちゃんとせっかち君
別に学園ものではないけれど、適当なジャンルがないので。
ほんとに『ホームドラマ』というジャンルがほしい。
「あああ、ユカ姉! 10分後には家を出ないと、学校に遅刻しちゃうよ! 早く起きて起きて!」
今日も西川家では俺の大声が響き渡る。
「んああ? ……ああ、おはよお……翔太、今何時なのお? まだ、真っ暗じゃないのお。お休みい」
ユカ姉はまだ寝ようとしている。姉が真っ暗だと思うのは、ただ単に布団を頭からかぶっているからであって、太陽はもうしっかりと顔を出している。
無理やり布団をひっぺがえし、カーテンを開け、部屋の中を明るくする。
「もお、翔太あ、何するのお。エッチい」
「何で実の姉に欲情しなきゃいけないんだよ。さっさと起きてくれ。ほんとに時間が無いんだから」
「もう……まだ朝早いでしょお? 今何時なのお?」
「今7時半! えっと、正確には7時30分32秒! もう起きないと遅刻するから! ああ、もうタイムリミットが9分20秒になった!」
俺が何度も叫んでも、ユカ姉は起きようとしない。
「ふぁあ……なによお、まだ9分あるんでしょ? じゃあ、後9分寝れるじゃない」
「あほかあ!」
「……で、何でこうなるんだ……」
今日も俺は遅刻した。小中高と、毎日毎日ユカ姉と登校しているから、これでもう何度遅刻したかわからないくらいの回数を遅刻してしまっている。はじめのころは先生もまじめに注意をしていたが、最近は「いつものことか」と全く注意されなくなった。とても不本意だ。
「翔太、相変わらずか?」
机に突っ伏していたら、小さいころからの友人の智樹に声をかけられた。
「えへへ、また今日も一緒に怒られちゃったね」
智樹のついでに、ユカ姉まで一緒についてきて、またムカッとくるようなことを言う。
ユカ姉と俺は双子ではないが、同学年だ。ユカ姉が4月生まれ、俺が3月生まれ。しかも10年連続で同じクラス……このせいで学校にいるときも家にいるときもユカ姉と顔を会わせてないといけない。
「『えへへ』じゃない! 毎回ユカ姉のせいで俺まで怒られなきゃいけないんだよ!?」
「ぶー、そんなに怒んなくてもいいのにー。カルシウム足りてないぞ。翔太」
口を尖らせて拗ねたふりをする姉。
「足りてないのはユカ姉の頭の中だよ!」
その顔付きになんだかイライラして声を荒らげてしまう。ユカ姉、あんなにたくさん食べるくせに……一体どこに栄養がいってんだ。もっと頭に栄養回せってんだ。
「ええ? えへへ、ねえねえ智樹、翔太に誉められちゃった」
「誉めてない! さっきの発言のどこに誉め言葉があったんだ!?」
「ええっと、頭が空っぽのが夢詰め込められていいよねって誉めてくれたんだよねー?」
……どれだけめでたい頭をしているんだ! と怒鳴りたくなったけれど必死に言葉を飲み込む。
自分が言葉を止めたのを見て、何故かユカ姉の手がゆっくりと俺の頭に伸びてきた。
「ちょっ、何すんだよ!?」
慌てて姉の魔の手から避ける。
「なんとなくなでなでしたくなったのー」
「なんとなくで撫でようとすんな!」
「じゃあ可愛かったからなでなでするー」
「なんでもいいから撫でようとすんな!」
ブンブンと飛ぶハエをはたきおとすように、ユカ姉の手をパチンと叩く。叩かれてから2秒くらい遅れて『いたいよ、なにするのさー』と言う姉。そのワンテンポずれているのにまた少し『鈍すぎ!』と言いたくなってしまう。
「……ほんとに相変わらずだなあ、ゆかりも翔太も」
「相変わらずだよ、ありえねえよ。何でユカ姉はあんなにのんびりしてるんだ!?」
同じ親に育てられたとは思えない。こうまで姉弟で性格がずれるなんてありえるんだろうか。
「まあ、でも翔太もせっかちだからなあ。もう少しゆかりを見習ったほうがいいんとちゃうかなーと思うことも結構あるし」
「何言ってんだ!? ユカ姉に見習うところなんてないよ!」
智樹のあまりの物言いに、ついつい声を荒らげてしまった。隣でユカ姉が立っているが、気にせず続ける。
「大体だな、待ち合わせしても、必ず20分は遅れてくるし、食事してても1時間ぐらいかけて飯食うし、昼寝をすると2時間は起きないし。ありえないのんびりっぷりだぞ!」
楽しみにしていた映画に寝坊して、間に合わなかったときはとても腹が立ってしまった。
途中からしか見れなかったのにもかかわらず、「今日は楽しかったねえ」って言われたときは、二度とユカ姉とは映画に行くものかと思った。
「そこまで覚えているお前ってどうなんだと思う。恨み深いやつめ」
「違う! それぐらいユカ姉がどんくさくって失敗ばっかりしてるって事だよ! 世の中すべての物事はテキパキと、さっさとこなしていくのがいいに決まっているだろ! のんびりしていていいことなんてあるかい!」
「花を見るときとか、デートするときとか、お茶してるときとかはのんびりしてたほうがずっとずっといいだろ。それにせっかちなやつの方が早死にするって言うぞ」
「そうだぞー、翔太ー」
くっ、智樹に言われても対して腹が立たないのにユカ姉に言われると妙にムカつく。
「そんなわけ無いだろ。のんびりしていようがせっかちだろうが、長生きする人は長生きする。というか別に俺はせっかちじゃないから。テキパキしていると言え。テキパキしていると」
「…………ほんと、物は言いようだよなあ。ってか、そんなにイライラしてんだったら、毎日一緒に登校してこなくてもいいのにな」
「あ、ああっ。と、智樹ったらそんなこと言ったら駄目だよー。そんなこと言ったら明日から翔太が起こしてくれなくなっちゃうじゃない」
「ユカ姉は自分で起きる努力をしろっ!」
すでに俺に起こしてもらうことを期待しているような発言にまたも声を上げてしまった。
というか、智樹。お前がそんなこと言うのか? 中学に入ったとき、ユカ姉を置いて1人で中学に行ってユカ姉1人遅刻させたら、クラス全員で大ブーイングの嵐にあった苦い思い出がある。その扇動役をやっていたのは智樹だった気がして仕方がないんだが。
「まあ……お前ら姉弟の問題なんだからそこまでとやかく言うつもりはないけどさ。もうちょっとゆかりみたいに心に余裕を持てよ、翔太」
自分に一言注意をして、智樹は自分の席に戻っていった。
ちっ、なんだってんだよ。智樹のやつ、ユカ姉のどこを見習えって言うんだ。
「ね、ねー翔太?」
「…………」
ユカ姉が話しかけてきたが、イライラしていてまた怒鳴ってしまいそうだったので無視した。
「…………」
俺が返事しないのをみると、ユカ姉も諦めたのか、自分の席へ戻っていった。
その日はその後、智樹ともユカ姉とも話をせず、始終イライラとしながら1日が過ぎて行った。
次の日になり、土曜日。朝ご飯を食べたら、ユカ姉と2人で買い物に行く約束をしている。
「ユカ姉! 急いで急いで!」
「も、もお。そんなに急かさないでよー。ふ、服を選ぶのって結構難しいんだよー?」
俺はユカ姉の部屋の前で、ドアをにらみつけながら腕を組んで、ガタガタと足を鳴らしている。
そんな風に自分が待っているのも知らず、『ううんと、どっちの服がいいかなー? こっちかなー。ううん、でも、こっちもいいなあ……』とスローモーなテンポでしゃべっているのを聞くと、余計イライラする。
「そんなこと言ってないで! というか弟と出かけるのにおしゃれなんぞする必要ないだろ!」
「そ、そんなことないよー……お、女の子はいつだっておしゃれしたいものなんだもん」
「どうでもいいから! さっさしないと全部なくなっちゃうだろ! 限定販売なのに!」
どんなに急かしても急いでいる様子を見せない姉に対し、そろそろ本気で堪忍袋の緒が切れそうだ。
いい加減にしろ! と叫びそうになった瞬間、ガチャリとユカ姉の部屋のドアが開いた。
「へへー、どう、似合うー?」
いつもと同じ格好としか思えないのに、何が嬉しいのか自慢してくる姉。
「いいから行くよ!」
そんな姉の事などほっておいて、自分は急いで階段を駆け下り、出発する準備をする。
こうしている間にも、手に入らない可能性が、どんどんとあがっていくのだから。
「あ、あ、ああ。ちょ、ちょっと待ってよー……もー、少しくらい感想言ってくれてもいいのにー」
姉が何かぼやいたような気がしたが、気にするまもなく家を出た。
あああああ……間に合わなかった……。急いで来たけれど、ちょうど自分の前のところで、『完売御礼』と出てしまった。
あああ、楽しみにしていたのに、とても楽しみにしていたのに……。ユカ姉を待っていたばっかりに、買うことができなかった……。
「ありゃ、間に合わなかったんだねー、残念残念」
俺の後ろに並んでいたユカ姉はのんきな声で言った。
その声を聞いた瞬間、頭の中でぷちっという音が聞こえた気がした。
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ!?」
周りに大勢の人が歩いているけれど、どうしても我慢が出来なくて声を荒らげた。
「え? え? か、カケル?」
びっくりして足を止めた人が俺らを注目したけれど、構わずにつづけた。
「もううんざりだよ! こうして初回限定版を買い損ねることになるのも、映画を途中で見る羽目になるのも、野球観戦に行って初回ホームランを見損ねるのも、ユカ姉を待ってて休憩時間なくなるのも、電車に乗り遅れたせいで修学旅行なのにユカ姉と2人旅になるのも!」
「や、最後のは役得だろ」
誰だ役得なんて言った馬鹿な奴は! ぎろりと周りを見回したが、誰が言ったのかさっぱりわからなかった。
「これからはもうユカ姉とは一緒に行動しない! 1人で起きろ! 学校にも1人で行け! 1人で帰れ!」
「え、え? そ、そんなこと言わないでよお……」
見る見るうちにユカ姉の顔が泣きそうになったけれど、そんなことは構いもせず、俺は言葉を続ける。
「知るか! ユカ姉の事なんてもう知らん! 俺はもう家に帰る!」
そう言い捨てて、ユカ姉に背を向ける。
自分が歩き出したのを見て、慌ててタタッと寄ってこようとするユカ姉の足音が聞こえて、
「ついてくんな!」
と振り返ったと同時に一喝した。
ユカ姉がビクッとして、そのままその場に立ち止まる。それを見て、もう追ってこないだろうと思い、また歩き出そうとしたその時、
「待ってよ!」
突然、ユカ姉が叫んだ。普段のんびりとしていて、怒鳴ったり大声を出すことなんて全くないユカ姉が。
びっくりしてユカ姉を見ると、うつむきながら、腕をプルプルと振るわせて、怒っているような、今にも泣きだしそうな、そんな表情をしていた。
「わたしだって……私だって、急ごうと思ってるときはたくさんあるんだよ、リレーで追い抜かれちゃったときも、お母さんのコップ割っちゃって隠そうとしてる時も、翔太の祝勝会をしようとした時も……でも、ごめんね……いつもいつも、私ってばとろくって、迷惑かけちゃって……」
ぽつぽつとそこまで話しながら、だんだんとうずくまっていき、とうとう膝を抱えてしまった。
「え、ユカ姉?」
今まで、どれだけ怒ったって、ぶつくさ文句を言ったって、へらへら笑いながらごめんと言ってたユカ姉が、道のど真ん中でかがみこんでいる……。
「ちょっ、ユカ姉ってば! なあ、ユカ姉!」
俺が声をかけても、全く反応を見せず、ただただうずくまってフルフルと肩を震わせているだけだ。もしかすると泣いているかもしれない。
……今日は俺、カッとなっちゃって言い過ぎたか……?
こんな風になってしまったユカ姉を見るのは初めてで、どうすればいいか全くわからず頭をがりがりとかきむしる。
「……あああ、もう、俺が悪かったよ。いつだって俺は急ぎすぎてんだよ。別に急がなくてもいいところでだって、慌てて失敗するんだよ。ほんとは言ってることはたいていユカ姉のが正しいんだ、だからごめん。機嫌直してくれよ」
結局、なんといっていいのかわからないまま、そっぽを向きながら思ったことを口にしていった。
「……翔太」
「なんだよ」
「もっかい謝って」
「なんでだよ」
「いいから、もう1回」
ようやく、ユカ姉が声をかけてくれてホッとしたかと思ったらなぜかもう一回謝れという。なんで謝ってほしいのかはわからないけれど……。
「俺が悪かったよ、ごめん。ユカ姉」
さっきはそっぽを向いて謝ったけど、今回はユカ姉のほうを向いて、頭を下げて謝った。
「よしー。それじゃー許してあげよー」
俺の謝罪の言葉を聞いた途端、とても元気な声を上げて、がばっと立ち上がった。悲愴めいた表情はどこへやら、今はしてやったりとした顔をしている。これはもしや……。
「ユカ姉!? 今までの全部演技かよ!?」
「ふっふっふー。甘く見ちゃいけませんよー。これでも翔太のお姉さんなんだからねー。あー、翔太の慌ててる姿、かわいかったなー」
かつがれた……まさか今までのが全部演技だったなんて……。
俺がうなだれているのを見て、また姉は手を伸ばして頭を撫でてこようとしてくる。
「だからやめろって!」
パチンと姉の手をはたいて、撫でられるのを阻止する。
「ええ、なんでー? かわいいのにー」
払いのけられた手を見てぼやく姉を見て、なんだか無性にやるせない気持ちになってきた……くっ、こんなぽやぽやしている姉に一本取られたことがなぜだか無性に悔しい……。
再度思いっきりののしってやろうと思って、ユカ姉の顔を見たが、その途端、なんとなく怒る気持ちがなくなってしまった。
ちょっとだけ赤くなっている眼と、それをばれないようにこっそりと隠そうとしているユカ姉を見てしまったら、怒る気持ちが失せた。
「………………」
「……あれ? 翔太、黙りこくっちゃってどうしたのー?」
「なんでもない。ほら、買い物の後も予定あっただろ。次いこ」
そうユカ姉に答えると、返事も待たず、俺は歩きだした。いつもよりも少しだけ、歩調を緩めて。
「ああ、もう、翔太。まってよー、ほんとせっかちなんだからー」
今日も今日とて、西川家では俺の大声が響き渡る。
「だからもう! ちょっとは急げっての! ほんとユカ姉はのんびりだな!」
「もお、翔太ってば、そんなに焦らないでよお。ほんとせっかちなんだからあ」
けれど、前とちょっとだけ、変わったことがある。
「頑張って急ぐから、ちょっと待ってよお」
「……待つの、ちょっとだけだからな」
お互いがお互いをちょっとだけ思いやるようになったこと。
「やっぱり遅い! 先に行く!」
「あああ、翔太あ。待ってよお」
……けど、俺とユカ姉の2人のリズムが会うのはまだまだ先のことかもしれない。