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[書籍化決定] 私を無視する貴方  捨てる準備を始めました

作者: おかき
掲載日:2026/03/08

学園の門を抜け教室へと向かう私は、見慣れたいつもの光景を視界に入れる。


教室の前には、美しい令嬢三人と見目の良い令息三人が楽しく会話をしている。


このメンバーは入学してからずっと一緒に過ごしている。


視界の隅にすらその人達を入れないようにしながら、私は横を通り過ぎた。


一瞬視線を感じた気がしたが、気の所為と無視をした。


私は教室に入り、一番前の席に座る。

教壇の前が、私の定位置。


私の領地は辺境近くにあり、田舎貴族や貧乏貴族と呼ばれている。

広大な土地はあるが、作物の育ちが悪く野菜が育ちにくい。

広大な土地を持つ貴族は、作物を育て市場に出し領民達の収入や税金としている。


我が伯爵家の領地は、領地の民が食べられる程しか作物を育てる事が出来なかった。


領地の主な収入は、小さな小さな金の鉱山を所有していたので少しの財源はある。

財源はあるのだが領民が減って行く中で、鉱山労働者も減り採掘がここ20年は減る一方だった。


私は伯爵家の一人娘で、後継である。

将来は、女伯爵となるのだ。

領地経営や語学を学ぶ為に、苦しい領地経営をする中から両親が高い学費を出してくれた。

少しでも不義理はしたくない。

私は学園に入る前から沢山勉強をした。

マナーは祖母から学んだ。

祖母は裕福な侯爵家からお嫁入りしていた。

貧乏伯爵家へ嫁いだ理由は、祖父との大恋愛だった。

侯爵家からは猛反対をされるが、強引に嫁いで来たため祖母は生家からは縁を切られてしまったらしい。


学園で役に立つと、勉強もマナーも徹底的に教え込まれた。

学園に入ってもうすぐ一年になるが、卒なく学園生活を送っている。



授業の鐘が鳴ると、あの仲良し六人は教室の一番後ろに座る。

騒がしいので、何処にいるかが直ぐに解る。


今日も私は必死に勉強をする。


授業の終わりに、

「来週は学年最後の試験がある。一年間の試験結果を合わせて順位が決まり、二学年からのクラスも決まる。皆それを頭に入れて置くように。」


先生の言葉を聞いて直ぐに、私は図書室に向かう。

寮に入っているが、同室の令嬢から勉強をすると嫌味を浴びる。

面倒臭いので、図書室で勉強をする。


いつもの席に座ると、目の前には公爵家の子息と侯爵家の子息も座る。


何故か、毎日私の前で勉強をする。

会話は最初にしたくらいで、挨拶も会話もしない。

二時間程、黙って只管勉強をする。


「来週から試験ですね。」

公爵令息が小さな声で、そう口にした。


耳には入ったけれど、私は聞こえない振りをした。

(私に声をかける筈がないもの。)

黙々とペンを走らせていると、ボソボソと二人が会話をしている声が聞こえる。


「ミリー嬢。試験勉強は進んでいますか?」

そう声をかけられた。


私は書く手を止め視線だけあげると、困った顔の公爵令息であるアドルフ様が私を見ていた。

その様子に私はアドルフ様を無視していた事に気が付いた。


「申し訳ありません。無視していた訳では無いのです。」


ションボリする私にアドルフ様が慌てて話し始めた。


「不意に声をかけたのです。気が付かなくても仕方ない。こちらこそ申し訳ない。」

アドルフ様に謝罪され、私は顔色を悪くする。

「いえ。公爵令息であるアドルフ様を無視する私に非があったかと。」

私も謝罪をする。


二人の謝罪合戦に、隣のカーク侯爵令息がクスクス笑う。

少し騒がしくした為、先生に注意され図書室を追い出された。


三人は扉の外に出され、固まっていた。


何だか可笑しくて、私は笑ってしまった。驚いている二人に気が付いて、慌てて口に手をあて笑いを堪えた。


カーク侯爵子息が

「アドルフ。ミリー嬢も誘っていつもの店に行かないか?」

そう話しかけている。


アドルフ様は、それを快く受け入れミリーに謝罪の気持ちだから付いてくるように伝えた。


公爵家の馬車に乗り、三人で移動する。


(流石公爵家の馬車ね。ふかふかだわ!)


馬車の席をポンポンしながら、乗り心地を堪能していた。

ミリーは二度と乗ることが無いだろう高位貴族の馬車を堪能する。


その姿を温かく見守る視線に、ミリーは気が付かなかった。


街から少し外れた可愛いお店の前に馬車が止まる。


馬車を降り、アドルフ様達の後を追い中に入ると店内も可愛らしい装飾を施したお菓子屋だった。


勝手知ったるように、アドルフ様達はお店の奥の個室に入った。


中は店内と違い、シンプルな部屋になっている。


「ここは私のお店なんだ。」

アドルフ様からの言葉に、ミリーは驚いている。

ミリーの反応に、肩を竦めるがミリーに席に座るように促す。


アドルフ様は照れながら話を始めた。


「私は可愛らしい物と、甘い物が好きでね。自分で好きなお店を始めたんだよ。」


秘密にしているだろうアドルフ様の趣味を聞かせてくれた。


「他国の本を見ながらだが、お菓子を作るのが好きでね。沢山の人に食べて貰いたいと、このお店を作ったんだ。」


そこにカーク様が入ってきた。

手に載るお皿には、沢山の焼き菓子が盛られていた。


アドルフ様は席を立つと、壁際に備え付けてある道具を使い紅茶を淹れ始めた。


私は状況を理解するのが遅れ、給仕全てをカーク様とアドルフ様がしてくれた。


「す、すみません。」

慌てて手伝いを申し出たが、断られた。


「ミリー嬢への謝罪だから、気にしないでくれ。」


そう言うと、カーク様が山盛りの焼き菓子をミリーの前に差し出した。


「アドルフの作るお菓子は美味しいから、食べてみて!」


ミリーは手を伸ばし、花の形のクッキーを一口囓る。

ホロリと解ける食感にバターの味が広がる。

「美味しいです。」

ニッコリ笑い、そう答えた。


カーク様はニッコリ笑ってくれるが、アドルフ様は固まったまま私をじっと見ている。


カーク様は苦笑いをし、アドルフ様に声をかけると席に座らせた。


「アドルフと私は幼馴染で、小さい頃から何だかんだで一緒にいるんだ。

ミリー嬢は、学園の為に王都に出てきたの?伯爵家はミリー嬢しかいないから、次期当主だよね?でも、他国語まで習得してるし。もしかして、王宮勤めを希望してるの?」


カーク様はクッキーを齧りながら、沢山の質問してくる。


私は一つ一つ答えた。

「えっと……。学園の為に王都に来ました。カーク様が仰るように、私は次期当主となります。その為に、学んでいます。」


アドルフ様が、

「ミリー嬢はとても頑張ってますよね。」

ニッコリ笑い褒めてくれた。


「他国語ですが、私には後々必要となる事なので頑張っています。」

詳しい話をするつもりはないので、話を終えクッキーをもう一枚口にする。


「秘密なんだね。」


カーク様の問いかけに、頷いた。


その後は会話は無く、試験勉強の続きをした。


学園の寮の近くまで送ってもらい、歩いて帰る。

アドルフ様達と一緒の場面を見られる訳にはいかない。

後々の面倒事は避ける必要がある。


(一度関わると厄介だから、図書室以外で勉強出来る場所を探さないと……。)



次の日からは、図書室に行くのを止めた。先生から空き教室の使用許可を貰い、一人で試験に向けて勉強をする。

静かな場所ならば、どこでも良かった。


試験はかなり難しかった。

やるだけやったと、試験結果の貼ってある掲示板を見る。


掲示板に貼られた順位の上位20人が、二学年からSクラスになる。

二学年、三学年でSクラスを維持する事は貴族としての勲章となる。


高位貴族は優秀な教師が雇えるが、下位貴族や我が家のように困窮した家は自力で勝ち取るしかない。


私は掲示板の最下位から自分の名前を探した。

順位を上げていくが名前がない。

中間を過ぎても名前がないので、背中に冷や汗が伝う。


(もしかして、下位クラスなのかな……。

頑張ったけど、自力ではやっぱり難しかったかな……。)


名前が無い者は、下位クラスになる……。

両親や祖父母に申し訳ない……。


自分の名前を探すのを諦めかけた時に、後ろにグイッと引っ張られた。


振り向くとカーク様がいた。

その後ろには、アドルフ様もいる。


「ミリー嬢。そんな場所に名前は無いよ?」


私は自分の名前が無いと知り、ガックリと項垂れた。

カーク様が慌てて落ち込むミリーを引っ張って行く。


「ミリー嬢の名前は、もっと先にあるから!」

小走りで掲示板の先頭まで行くと、アドルフ様が1位の場所を指さした。

アドルフ様の指先に視線を向けると、


1.  ミリー・イーステン 700


そう記されていた。


「ね!」


カーク様が笑顔でミリーの頭をポンポンする。

呆然とする私に、アドルフ様が手をひらひらさせながら話しかけてきた。


「私もカークも1位ですが、ミリー嬢の他国語の習得数で先に名前を書いてあると思いますよ。」


聞いてますかー?と、アドルフ様とカーク様がミリーに声をかける。


私はポロポロ涙を流しながら何度も頷いた。

「良かったね。努力の結果だからね。」


私は周りの視線に気が付かず、1位を取れた事にただ喜んでいた。


(長期休暇明けからは、二学年。さっさと終わらせよう。)


ミリーは領地に帰り、2年かけて練った計画を実行する事にした。


二学年からの自由を求めて……。



※※※



私ミリーには婚約者がいる。

12歳の時に父と親交のある伯爵家からの縁談だった。


イーステン伯爵家は貧しいのに、何故?

ミリーは相手からの縁談の話に疑問を持った。


父から婚約の経緯を説明され、納得した。

婚姻後、イーステンの領地に相手の働き手を移住させるので、鉱山の利益を一部渡す契約になっていた。

鉱山が上手くいけば、伯爵家に多額の利益がいくのだ。


私とクラーク・ゴーシェ伯爵令息との婚約は、そうした理由で結ばれた。


クラーク様は田舎貴族の私を馬鹿にする事なく、私と対等に接してくれた。

クラーク様は二年間、イーステンの領地近くの別邸に滞在した。


クラーク様が王都に戻る日まで、仲良く過ごす日々が続いた……。


私はクラーク様に心が傾いていた。

優しいクラーク様に恋をしていた。


クラーク様が王都に帰る事になり、お互い手紙を送り合う約束をし離れる事となった。


私はクラーク様が婿に来ても安心出来るように、領地の改革を密かに進めていた。


クラーク様に会えない寂しさを、クラーク様との未来の為にと力を注いだ。


暫くすると、手紙の返事が遅くなった……。

半年を過ぎる頃、返事は来なくなった。

誕生日には贈り物を送ったけど、私の誕生日には何も贈られては来なかった。


領地の改革に手を出した以上、クラーク様との仲がどうなろうと関係無かった。


私はクラーク様の事を考えるのを止めた。


学園で会えば、また一緒に過ごせる。

そう気持ちを切り替えた。


そんなある日、父に聞きたい事があり執務室の扉をノックしようとすると、中から父の怒りの声が聞こえた。


無作法だがミリーは扉に耳をあてた。


「ミリーの努力を何だと思っているんだ!クラークはっ!」


ミリーは先を聞くのが怖くなり、自室に戻った。


(父のあの怒り方は、多分私との婚約に対してクラーク様が不作法をしているって事よね……。)


大きく息を吐き、自身を鼓舞する。


「解っていたじゃない。手紙の返事も無ければ、贈り物一つ届かないのだから……。」


私は泣くのをグッと堪え、ちゃんと父から話を聞く事を選んだ。


もう一度父の執務室に向かい、父に話を全て聞いた。


クラーク様は社交界デビューをしてから、令嬢令息達と遊んでいるらしい。


父であるゴーシェ伯爵が注意をするも、態度を改めない。

来年には私が学園へと入る。

その時の事をゴーシェ伯爵が気遣い、クラーク様に何度も注意していると……。


ゴーシェ伯爵からは、謝罪の言葉が綴られた手紙が来ていた。

ミリーが学園に入る時に、不愉快な思いをする確率が高い。

その為にクラーク様の様子と、謝罪を先に送ってきたのだ。

何とか改心させると、書かれていた。


伯爵からの手紙を見せてもらい、目を通す私に

「暫く様子を見るしかあるまい。」


父のポツリと呟いた言葉が、我が家の今の立ち位置を全て物語っていた。

援助を受けている我が家からは意見が出来なかった……。


ミリーの心の中は寂しさと悲しさで今にも溢れそうになっていた。


クラーク様を信じたい思いはあるが、ゴーシェ伯爵からの手紙が真実なのだろう。

心の天秤は、左右に大きく揺れ動く。


それでもミリーは領地の改革を進めた。


もう直ぐ学園へと入る季節になった。


領地の視察から帰って来ると、手紙を届けてくれていた。

ミリーが受け取ると、そこにクラーク様の名前があった。


期待を胸に急いで自室へと入り封を開ける。

手紙取り出し、懐かしい文字を目で追う……。


ミリーの手から離れた手紙がハラリと床に落ちた……。


手紙には


『婚約者である事を他言しないように。』


その一文のみだった……。


手紙を踏みつけたミリーは、急ぎ父を探した。


「お父様、お願いがあります。

もう直ぐ私は学園に入ります。

領地の改革も進み、資金は出来ました。

ゴーシェ伯爵家から受けた資金が幾らなのか。

それと、こちらから婚約解消をした時の慰謝料の金額を教えて欲しいのです。

クラーク様の婚約者としての義務を放棄した事も金額に入れて下さい。」


私の真剣な態度に、父は伝えた事の全てを受け入れてくれ教えてくれた。


「貴方を婚約者とはもう思わない。」


ミリーはクラークへの思いを捨て、学園へと入学したのだった。



※※



一学年も終わる日の朝。

私がいつも通り教室の前を通り過ぎようとすると、6人の中にいるクラーク様が私をじっと見て来た。

視界に入るが、気付かない振りをして教室に入る。

一日中、背中に視線を感じた。


一学年最後の授業を終え、私は急いで教室を出た。

人気のない中庭で背後から声をかけられた。


「ミリー!話がしたい。」


三年ぶりに耳に届く婚約者のクラーク様の声だった。

振り向く事もせず、早足で先を急ぐ。


前から人が走って来るのが見える。

アドルフ様が慌てた様子で、私の前まで来ていた。

「ミリー嬢。そんな顔をして何かありましたか?」

私の顔を覗き込み、心配そうにする。


背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ミリー嬢。行こう。」

アドルフ様が強引に腕を取り、急ぎ足で馬車乗り場へと向かう。


途中でカーク様も合流するが、何も聞く事なく一緒に公爵家の馬車に乗り込み学園を出た。


学園から離れると、体の力が抜けて行く。

ふかふかの座席に深くもたれ、小さく息を吐いた。


「彼はクラーク・ゴーシェ伯爵令息だよね。そして、ミリー嬢の婚約者ですよね?」

アドルフ様の口から出る言葉に、ミリーは大きく肩を跳ねさせた。


「何故知っているのですか?」


ミリーは誰にも話していない。

クラーク様が話す訳がない。


「説明しても良いのですが、そうなるとミリー嬢の計画も話さなければならなくなります。」

アドルフ様の話は意味不明である。


「何故そうなるのです?」


私の怪訝な表情を見て、アドルフ様は躊躇いながらも口を開いた。


「ミリー嬢が隣国と取り引きしている物を私が知っているから……。ですかね?」


私の秘密の事業を知っている?!


私は馬車の中である事を忘れ、勢い良く立ち上がってしまった。


その結果、小柄な私でも天井に頭を打ち付けてしまった。

席に座り込み、頭を抱えて唸る羽目になった。


「「ミリー嬢!」」


アドルフ様とカーク様が同時に声をあげ、心配そうに声をかけてくれる。


(半端なく痛い!でも、それどころではないのよ!)


ミリーは頭を押さえたまま、ガバッと顔をあげると。


「私の何を知っているのですか?」

睨むように、アドルフ様を見つめる。


「私の趣味とお店を忘れましたか?」


アドルフ様が視線を合わせたまま、私に答えをくれる。


「そうですね……。」

私は理解した。

アドルフ様の趣味はお菓子作り。

私の秘密の事業を知るには、公爵家であるのだから余計に知る事になるのだ。


「蜂蜜とバターですね?」


私がアドルフ様に問いかけると、頷いてくれた。


私達は、アドルフ様のお店でお互いの話をする事にした。


「私が事業を成功させた方法は、お伝え出来ません。ですが、理由はお話しします。」


私は姿勢を正して、クラーク様との話を全て語った。

婚約者だった事。

王都にクラーク様が戻ってからの事。

学園に入る前の手紙の話をする。


アドルフ様とカーク様は時折渋い顔をしながら、聞いてくれた。


「困窮した我が領地に住み続けてくれる領民の為に、私は幼い頃から知識を蓄え計画をたてました。そして婿入りして下さるクラーク様の為に、必死に領地を豊かにして来ました。」


私は誰にも言えず、奥底にしまい込んだ心の傷を話した。


「クラーク様との縁が薄まっていく反面、事業はどんどん成功して行きました。

私はずっとクラーク様とやり直せる可能性を捨て切れずにいました。

ですが……。あの手紙で、私の想いは砕け散りました。」


いつしか私の頬は、濡れていた。


「私はあの手紙で決めたのです。クラーク様との婚約を解消する事に。二学年になる前に、自由になる為に動くと……。」


アドルフ様とカーク様は私の話を黙って聞いてくれる。


「これから領地に帰り、ゴーシェ伯爵家との全ての事を終わらせるのです。」


アドルフ様が次に自身の事を教えてくれた。


「私は公爵家の三男です。継げる爵位はありますが、私は事業を中心に生きて行きたいと考えてきました。

カークの勧めもあり、お店を出しそれなりに事業を成功させていました。

その時、隣国の商人から素晴らしい蜂蜜とバターの話を聞きました。

隣国で売られているその品は、何処から来て誰が作っているのかは一切秘密とされ誰に聞いても知らなかった。

我が国では、蜂蜜だけでなくバターすら誰も知らない。

気になるのは、仕方ないのです。」


アドルフ様が公爵家の権力を使って調べあげた事を、申し訳なさそうに話してくれた。


「学園に入り、煩い令嬢達を避ける為にカークと図書室で過ごしていました。

そこに毎日同じ場所でずっと勉強するミリー嬢がいました。

通り過ぎる振りをして、ミリー嬢のノートを覗き込むと勉強する内容に驚きました。

それから私はミリー嬢が気になり、カークと一緒にミリー嬢の席で勉強を始めたのです。」


アドルフ様は一瞬だけ瞳を泳がせる。

カーク様が隣で、アドルフ様の脇を突くのが見えた。


「ミリー嬢。今の婚約を解消するならば、私を婚約者候補に入れて貰えませんか?」


え?


ミリーは目を見開き驚くが、意味が解らない。

公爵令息が、貧乏伯爵家の自分に婚約の申し出などある訳ない。


でも、婚約者候補って聞こえた気がしなくもない……。


あれやこれやで悩んでいると、

「ミリー嬢。アドルフはね、ずっとミリー嬢に想いを寄せていたんだ。」

カーク様の言葉に、驚く以外の言葉は無い。


「ミリー嬢に婚約者がいた事を、調べている時に知ったんだ。落ち込んだアドルフは、夜通しお菓子を作っていたよ!」

カーク様は思い出したのか、笑いながら話をする。


「やけくそで作ったお菓子は、お店で大好評だったけどね。ミリー嬢に近付くのは良くないと、アドルフも理解はしていたよ?でも、学友なら親しくしても良いんじゃない?って話になって俺達も必死に勉強したんだ。

ミリー嬢は必ずSクラスになる。ならば、自分達もSクラスに入れるように頑張るしかないからねー。」


ミリーはカークの話す内容に今いちピンと来ていない。


「ミリー嬢の勉強はSクラスでも習わない難しい内容だよ?手当たり次第に知識を詰め込むミリー嬢は、まだ一学年だけど学園一の知識を持っていると思うよ。」


(確かに図書室にある本を沢山読んだり、記憶したのは事実だけど……。)


言葉を発しないミリーに、

「ミリー嬢。私のお願いの返事が欲しいのですが……。」


アドルフがミリーにおずおずと問いかけた。


「あ!私の爵位は伯爵家ですし、裕福ではありません。公爵家からのお話は到底無理があるかと……。」


公爵家との繋がりは、普通ならば有難いのだが婚約となると話は別。

爵位が釣り合わない。

婿入りするのならば、公爵家か侯爵家。または、他国の王族となる。

伯爵家だとしても、筆頭伯爵家でなければならないのだ。


「爵位の事を考えてる?父と母には私のミリー嬢への気持ちは伝えてある。万が一、伯爵家への婿入りになっても賛成してくれる。」


(流石高位貴族。根回しの早さは半端ない……。)


ミリーは心の中でため息を吐いた。

(蜂蜜もバターも、お菓子を作るアドルフ様が興味を持っても仕方ないものね……。)


「アドルフ様。無理に婚約しなくても、蜂蜜もバターもアドルフ様にお渡しします。ですので、態々婚約をしなくても大丈夫なのです。」


ミリーはカークの話を全く信じていなかった。自分に好意がある訳ないと、取り引きの為の婚約だと無意識に脳内変換していたのだ。


「違います!ミリー嬢への想いと、取り引きは別です。わたしは蜂蜜が欲しいのではなく、ミリー嬢が欲しいのです!」


アドルフの大声の告白に、ミリーはピシリと固まった……。


「嘘……。私なんか……。」


ポツリと呟いた言葉に、アドルフはミリーの気持ちを察した。


「私なんかではありません。ミリー嬢は可愛らしいご令嬢です。」

アドルフは真っ直ぐな視線でミリーを見つめる。

「確かにクラーク殿の周りの令嬢は華やかではあります。ですが、小さく可憐で笑顔の可愛いミリー嬢は彼女達とは別の意味で美しいのですよ?」


アドルフの言葉に、ミリーの頬を再び涙が伝う。


もっと綺麗だったら。

もっと華やかであったら。

小さな背丈でなく、クラーク様と並んでも見劣りしない容姿であったならば……。


沢山の卑下た思いを抱えてきた。

でも目の前のこの人は、小柄で田舎貴族の私でも良いと言ってくれる。


ミリーの胸は、ぽかぽか温かくなっていく。


「本当に……?」

ミリーはアドルフに確認をする。

私で良いのかと……。


「本当です。私はミリー嬢が良いのです。」

そう言うと、ミリーの手を掬い上げギュッと握りしめた。


「ありがとうございます。アドルフ様のお気持ちはとても嬉しく思います。ですが、全て終わらせてからになります。」


ミリーの気持ちを最優先したいアドルフだが、ミリーを取られたくない思いが強く結局領地までカークと共について来たのだ。


公爵令息と侯爵令息。

高位貴族を二人も連れ帰るミリーに、イーステン伯爵家は上を下への大騒ぎとなった。


とりあえず何とか粗相もなく、二人の令息をもてなせた事に安堵する伯爵夫妻だったが……。


アドルフ公爵令息からの婚約の申し出に、伯爵夫妻はとうとう倒れてしまった。


アドルフとカークをミリーは秘密の場所へと案内した。


深い森の奥に入ると、突然開けた平原が現れた。

そこにいる生き物に、アドルフもカークも心底驚いていた。


平原に放たれている生き物は、魔牛であった。

気性が荒く人に懐く事はない。

また飛び交う魔虫はキラービーだ。


「凄いな……。」

アドルフの言葉に、カークも同意する。


ミリーが魔牛に近付くと、スリスリとミリーの体にすり寄っている。


「元気にしてる?」

ミリーは魔牛の頭を撫でながら、話しかけていた。

「そう。解った。伝えとくわ。」


ミリーは魔牛達と会話している……?ように見える……。


「私は魔物と呼ばれている生き物の声が聞こえます。また、どこの国かは解らないけれど、違う世界の記憶もあります。そこでも私は生き物を育て、乳を搾ってバターを作り売っていました。そして、それを使いお菓子作りもしていました。」


ミリーはアドルフとカークに隠していた秘密を明かした。


「アドルフ様が調べたのは、他国に流れているバターとチーズ。そして、それを使ったケーキですね。」

ミリーの質問に、アドルフは頷いた。


「私はこの国が嫌いです。父がどんなに頑張っても、誰も手を差し伸べてくれなかった。鉱山があるから、領民達は生き残れた。父や祖父。代々の当主が頑張ったからこそ、この領地は耐えて行けた。

必死に頑張る当主を見て、付いてきてくれる領民を私は守りたかった。豊かにしてあげたかった……。」


ミリーの本音を初めて聞いた……。


「ゴーシェ伯爵家も手を差し伸べてはくれますが、見返りがあるからです。ゴーシェ伯爵家の取り分が多いのですよ?

貴族ですもの。利があるからこその助け……。それも理解はしています。」


ミリーは魔物達を眺めながら話を続ける。


「この子達と話せる事に気が付いた時に、私は決めたのです。この国は我が領地に利を与えてはくれなかった。ならば、私も国へ利は与えないと……。

祖父も曽祖父も……。父も、王宮に何度も支援を要請する旨を伝えましたわ。でも、自身の領地は自身で行えとの返事のみ。」


ミリーは振り返ると、二人に問いかけた。


「知っています?この伯爵家の領地は荒れた荒野と深い森しかありません。ですが、領地の広さは国で一番なのですよ?」


イーステン伯爵家の領地は人の住める場所は余りない。

だが、領地そのものは広大なのだ。


「私が何故あんなにも他国語を学んだのか解りますか?何故学園で誰とも交流せず、一人でいたのか……。理解出来ますか?」


ミリーの問いかけに、アドルフとカークは察してしまった。


「国から離れると?」

アドルフの言葉に、ミリーは頷いた。


「隣国の二カ国には、既に話を付けてあります。二カ国との取り引きも成立し、独立の許可を得ています。」


ミリーはアドルフの目を見て問いかけた。


「私と婚約すると、この国から離れる事になります。それでもっ……キャッ!」


アドルフはミリーの話を遮り、強く抱きしめた。


「ミリー嬢!貴女は凄い人だね!貴女を好きになった自分がとても誇らしいよ!!」


ミリーを抱きかかえ、クルクル回る。

アドルフは嬉しそうに、眩しそうにミリーを見つめる。


「ミリー嬢の話を聞いて、余計に婚約したくなりました。貴女を手に入れたい。貴女に好かれたい。私は貴女と共に生きて行きたいと、強く願います。」


アドルフからは拒否されると思っていた。

家族を国を捨てるのだから。


クラークと婚約を解消すれば、この国に残る思いは何も無かった。


家族に話をした時も、反対はされなかった。上手く行かないとしても、何も変わらないからだ。

もし、ミリーの案が上手く事を運べたならばずっと支えてくれた領民に楽をさせれる。

伯爵家の意見は直ぐに纏まった。


クラークからあの手紙が届くまで、独立は考えてはいなかった。

クラークからの手紙が、ミリーの気持ちを決めさせたのだ。



話を聞いたアドルフは、カークと共に伯爵家に暫く滞在し先の行動を話し合った。


領地に戻って数日経つ頃、ゴーシェ伯爵がイーステンの領地にやって来た。


話し合いの場には、アドルフとカークは同席しない。


「婚約の事で話し合いたいとの事。」

ゴーシェ伯爵が父に尋ねた。


「お久しぶりです。伯爵様。早速ですが、ゴーシェ伯爵令息のクラーク様との婚約を破棄させて頂きます。」


ミリーが挨拶も無しに、ゴーシェ伯爵に本題を切り出した。


口を開こうとしたゴーシェ伯爵を遮り、ミリーが話を続ける。


「ご子息様はこの二年間、全く婚約者としての義務を果たす事はありませんでした。

しかも、学園に入る前には私に手紙を送り付けてきました。

この手紙を見て、ゴーシェ伯爵は何を思いますか?

学園に入り、一言も会話も無く婚約者としての交流もない。どう思われますか?」


話しながらミリーはあの手紙を伯爵に見せた。

ゴーシェ伯爵は信じられない様子で、手紙を眺めた。


「だが、クラークは確かにミリー嬢に想いを寄せていたんだ。」

ゴーシェ伯爵の言葉に、ミリーがあることを伝える。


「クラーク様は想いを寄せるご令嬢がいらっしゃいます。お互い想いが通じ合っていますわ。ゴーシェ伯爵家が経営する宿にも一緒に行かれる程に……。」


ミリーの話に、顔を青褪めさせて行く。

息子の不貞を知っていたからだ。

他の宿に行かれるくらいなら、自身の宿で隠し通せば良いと考えたのだ。


「ゴーシェ伯爵家からの支援金と、婚約破棄はこちらからの申し出。ですが、クラーク様の不貞を考慮した金額をお支払いします。」


ミリーの話が終わると、執事が布の被ったサルヴァをテーブルに置いた。


ミリーが布を取ると、隣国の大金貨が並んでいた。

隣国は大帝国であり、大帝国が使う金貨は世界で使われるのだ。


ゴーシェ伯爵家からの支援金や婚約破棄の慰謝料としても、高額な支払いなのは間違いなかった。


「ロルフ。今迄ありがとう。感謝の気持ちはあるが、愛しい娘を蔑ろにされて迄も貴方と共にいるつもりはない。

今日でお別れだ。」


そう言うと、父はゴーシェ伯爵に婚約破棄の書面を渡した。

ゴーシェ伯爵は震える手をグッと握りしめ、書面に名を記しイーステン家を後にした。


ロルフと呼ばれた事は、久し振りだった。


クラークとミリーが婚約して以来、立場が強くなったロルフは、友であるエイドリアンが「ゴーシェ伯爵」そう呼ぶ呼び名に気が付かなかったのだ。


ゴーシェ伯爵は友を失くした事に、やっと気が付いた。



「ミリー。ありがとう。イーステン家を守ってくれて……。不甲斐ない父で、申し訳ない……。」

父のエイドリアンは、涙を流し娘に謝罪した。


「謝らないで下さい。お父様の背中を見て育ったのです。ただ私には特殊な能力があっただけです。お父様とお母様。それにお祖父様とお祖母様がいたから、頑張ろうと思えたし頑張れたのです。

私こそ、大切に育てて貰い感謝してます。」


ミリーの言葉に、エイドリアンが泣きそうになるが先に嗚咽をあげ泣く声が聞こえる。


ミリーと父が座るソファーの後ろに隠れていたカークが大泣きをしていたのだ。


二人は心配だからと、こっそり隠れていたのだ。


「ミリー嬢。貴女の為に、私も一肌脱ぎます。学園が始まる前に春の夜会があります。そこで決着をつけましょう。」


カークが何やら腹黒い計画を考えたようだ。

決着をつける良い機会だと、ミリーは了承し全てを任せた。



領地の独立に向け、大帝国からの了承の書面が届いた頃。

春の夜会が始まる。

夜会は1週間続き、初日と最終日は沢山の貴族が集まる。


ミリーとアドルフはあれから婚約をし、アドルフは婿入りする。

カークは婚約者がいるらしいが、破棄すると言っていた。


笑った顔が魔王の顔になっていた事は、見なかった事にした。


夜会の会場にアドルフにエスコートされ、ミリーは仲良く入場する。


カークは一人での参加だ。


アドルフとミリーのお揃いの衣装に、周囲がざわめいた。

公爵令息の相手が、貧乏伯爵家の令嬢だからだ。


ひそひそ陰口が聞こえ、あからさまにイーステン伯爵家を侮辱する言葉も聞こえる。


「ミリー!」


聞き覚えのある声に振り向くと、クラークが例の令嬢を連れて近付いてきた。


「ミリー!婚約破棄とはどういう事だ!!」

クラークはミリーを視界に入れると、怒りのあまり令嬢を連れていた事も忘れてミリーを怒鳴りつけた。


ミリーはコテンと首を傾げ、クラークを見る。

確かにクラークの隣に並ぶ令嬢は美しい。

たが、反してミリーはとても可愛らしいのだ。


アドルフから手を離し、クラークと向かい合う。


「ゴーシェ子息様は私を婚約者と思っていらしたのですか?二年もの間、婚約者としての義務を全て放棄し、学園では婚約者である事を他言するなと手紙を送っておきながら……。

破棄されると思わないなんて、どうやったらそのような考えになるのです?」


不思議そうにクラークを眺める。

ミリーは扇子を手にポンと打ち付けた。


「我が家が貧乏ですから、ゴーシェ伯爵家に縋らないといけないから……。そうお考えでしたか?ご心配なく。ゴーシェ伯爵には、支援金を倍にしてお返ししましたわ。」


ミリーがニッコリ笑うが、クラークは信じられないでいた。


「そんな事あり得ないだろう!」

クラークの言葉に、アドルフがミリーの前に立った。


「ミリーは私の婚約者だ。名前呼びは止めて頂きたい。それに、婚約者でもないのだ。声をかけるのも止めて頂く。」


アドルフは振り返ると、ミリーの腰に手を回し抱き寄せた。


クラークは信じられない光景に顔を青褪めさせる。


「ゴーシェ子息様は、お隣のご令嬢と仲睦まじく過ごされていますし。私との婚約が無くなったのです。良かったですわね。」


ミリーの言葉に、クラークは口をパクパクさせて言葉を発せずにいた。


ミリーの事は学園を卒業したら、きちんと大切にするつもりでいたのだ。

王都に戻り、華やかな社交界で羽目を外しただけだった。

令嬢とは学園を卒業するまでの恋人であり、ミリーに好意があったのだ。


ミリーの家を下に見ていたクラークは、何も言えないだろうと高を括っていたのだ。


何があっても、この婚約は破棄されないと……。


クラークは派手な令嬢より、ミリーが好みであった。

ただ、思春期のせいもあるのか……令嬢に溺れてしまったのもまた事実。


クラークの隣に、令嬢がそっと近付いた。


「ミーナ侯爵令嬢。私カークは貴方との婚約をこの場で破棄させて頂く。」


いきなりカークがミーナ侯爵令嬢にそう言い放った。


ミーナ嬢は口をポカーンと開いたまま、固まっていた。


「貴方の婚約者は、私ですよ。学園に入る前からゴーシェ子息と仲を深めるような令嬢と婚約なんて、心底嫌でならなかった。

貴女はご両親から婚約者がいると聞かされませんでしたか?ゴーシェ伯爵子息とも関係を切るように、きつく言われたはずです。

なのに、貴女は全く婚約者がいる身としての行動をしなかった。

貴女の不貞で、婚約は破棄される。」


ミーナは、両親の口うるさい話を思い出した……。

クラークを愛し、会った事も無い婚約者などどうでも良かった。

クラークにも婚約者がいるのは聞いていた。

でも誰かは解らなかった。


クラークの相手が貧乏伯爵家のイーステンとは言え、全ての状況を見る限り自分とクラークの失態でしかなかった。


ミーナは侯爵令息との婚約を逃したのだ。


「貴女との婚約があったから侯爵家を継ぐ予定でした。兄は好きな相手に婿入りしたいと言い出すし……。でも私も身軽になりましたので、婚約者がいる弟に後継は譲りますよ。父上。」


少し離れた場所にいた侯爵に声をかけると、苦笑いで頷いていた。


「二人とも身軽になれましたね。良かったではありませんか。」


アドルフの言葉に何も言い返せない二人は、俯くだけだった。



騒ぎも一段落する頃、イーステン家の名を呼ぶ声に全員の視線が集まった。


そこにいたのは、陛下と宰相だった。


急に現れた陛下に皆は一斉に礼をとる。


「頭をあげよ!イーステン伯爵令嬢は何処におる。」


陛下の慌てふためく声に、会場が再びざわめいた。


「私がイーステン伯爵家長子ミリーです。」


カーテシーをし、陛下の声かけを待つ。


「頭をあげよ。イーステン伯爵領の独立とは、どういう事だ!」


陛下の言葉に、周りのざわめきが大きくなる。


「大帝国からの書面の通りです。明日より我がイーステン伯爵家は独立し、イーステン小国となります。後ろ盾は、大帝国となりますので。」


ミリーは笑顔で、陛下へと答えた。


「何故だ……。」

陛下の言葉に、ミリーが不思議そうな顔をする。


「何故?とは。何故独立するのに不思議そうになさるのです?

長年に渡り、初代当主からずっと王宮には支援の要請をお願い致しました。

荒野と森しかない領地で、どうやって民が生きるのです?大雨で鉱山の一部が崩壊した時も支援は無かった……。祖父も父も、長く苦しい領地運営を続ける中で国は何をしてくれましたか?隣の侯爵家は橋がかかり、街はどんどん栄える。生きる辛さから領民が流れても仕方ない状況でした。

ですが、祖父や父を慕い残り続ける領民を楽に豊かにしたいと奮闘して何がいけないのです?」


ミリーの話に、夜会の会場は静まり返る……。

年端もいかぬ令嬢の話の内容は、当主として当然の思いだからだ。


「今夜の夜会を最後に、この国の社交界に顔を出す事はありません。

荒野と森だけの広大な領地。

この国の利にならぬ領地を切り離しても、国土が少し小さくなるだけです。

元々見放した領地。このまま捨て置き下さりませ。」


ミリーはカーテシーをし、アドルフとカークを連れて会場を後にした。


会場では、たかが貧乏領地が離れただけだと嘲笑う声も聞こえた。


だが聡明な者だけは気が付いた。


貧乏領地の後ろ盾になる程、大帝国が欲したのだ。

その意味を知る時、この国がイーステン領を見下した事を後悔するだろう……。


ミリー嬢の言葉は、各家の当主の胸に響いた。

自身の領地を更に大切にする事を誓った。








あの夜会から、半年が過ぎた。

学園へ三人は退学届を出した。


ミリーとアドルフは仲睦まじく領地の視察をする。

国として独立したが、王族とは名乗らず国主として領地の運営を行う。


国を回す役割は、将来の夫となるアドルフと補佐をするカークが行っている。


あの夜会の後、一週間だけ様子を見た。

交渉や謝罪に来てくれた貴族には、丁寧に対応した。

その中にはゴーシェ伯爵家もあった。

父のエイドリアンが会う事は無かったが、縁は続く事になった。


一番最初に接触して来たのは、アドルフとカークの家だった。

アドルフとカークは何も伝えて無かったが、頭の切れる当主達は真っ先にミリーとの対面と交渉を行った。


ミリーの待つと決めた日が過ぎると、ミリーはどんなに懇願されても貴族達と会う事は無かった。




ミリーが大帝国を後ろ盾に出来た一番の理由は、ミリーの特殊能力にあった。


ミリーは大帝国から流れてくる魔物から話を聞いたのだ。

イーステン領へ移動出来た魔物は、小さく飛ぶことの出来た魔物だけだった。


本来魔物は人の前には現れず、森の奥に棲んでいる。

だが、大帝国の一部の貴族が希少な魔物を無断で捕獲し他国に渡していたのだ。


捕獲されたその中に、魔物の王である竜の子供がいたのだ。

竜は怒り、街を襲い始めた。

大帝国は竜の襲撃に耐える日々が続いた。

ミリーは魔牛に乗り、キラービーの案内で怒れる竜の前に現れた。


突然現れた少女に、騎士達が驚くと同時に竜と会話している姿を確認した。


ミリーは騎士に竜の子供をある貴族が捕獲し地下に隠している事。

また、魔物を密輸している事を伝えた。


少女は竜の足元に堂々と立ち騎士に伝えた。竜から睨まれた騎士達は、急いで少女の言う貴族の邸の地下を捜索。

すると、確かに竜の子供がいた。


その事は直ぐ様皇帝の耳に入り、ミリーは皇帝との対面をした。

その時にミリーは皇帝にのみ、自身の能力の事と領地の特産品の事を伝えた。


竜はミリーを気に入り、時折イーステン領の森にやって来る。



特殊能力の持ち主。

堂々と皇帝に交渉事を伝える肝の据わった娘。

竜に魔物に愛されし娘。


皇帝が気に入るのも仕方ないのだ。


大帝国の後ろ盾を得たイーステン小国は、蜂蜜やバターにチーズと世界で一番品質の良い品を世に出した。


魔物の被害に遭う国にはミリー本人が竜に乗り向かう。

ミリーを見下す者は、この世界にはいなかった。





夢現で見た別の世界。


ただの夢かもしれない。


この世界より自由な国であったのは確かだ。




ミリーは夢で見た世界を目標に、民とは距離を取らず同じ目線で共に生きていく。


アドルフが自ら焼いてくれるお菓子を楽しみに、夢の中の国を思い出しながら今日も領地を発展させて行く。



因みに、元婚約者のクラークはミーナ嬢と結婚した。

ゴーシェ伯爵が持つ寂れた領地の男爵領を継ぎ領地を運営している。

ミーナ嬢は爵位に不服があり、クラークとは毎日口論している。


二人が自身の婚約者を蔑ろにし、欲を優先した結果であった。


自業自得である。


クラークは何とか領地を運営するも、社交界に顔を出すミーナはミリーが国を離れる原因とされ爪弾きに遭っている。


報告を読むアドルフは

「ざまぁみろ。」

そう呟くと、報告書を破り火をつけ燃やした。


ミリーにクラーク達の話をする事はない。


ずっと想いを寄せていたミリーを悲しませ、辛い決断をさせた二人には決して幸せに過ごす事を許さない。


アドルフはミリーの笑顔を守る為だけに、尽力し続ける。


二人の治める国は、世界で一番幸せで不思議な国と伝えられた。





※※※



大帝国の近くにある国は、爵位もなく国主以外は同じ平民。

魔牛に跨り、領地を走る子供達。

キラービーと一緒に花を摘み蜜を集める女性達。


竜に愛されし初代国主の子孫達。


争いも貧富の差も無いその国に辿り着く事は中々出来ない。


夢物語の国は絵本となり、イーステン小国は更におとぎ話の国とされたのだ。



誤字報告ありがとうございます❀

訂正しました。


追記

誤字報告を頂いた中で訂正していない箇所もあります。

報告をされた方が正しいのですが、あえて使っている箇所もありますのでご了承ください。


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