表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/30

第3話 冷たい道行き

 夜明け前の王都は、音が少なかった。


 石畳を踏む靴音が、やけに大きく響く。門の方角から漂ってくる冷気が、肌を刺した。春のはずなのに、北へ向かう準備をしているせいか、空気まで先回りして冷えている気がする。


 荷は、言われた通り最小限にした。着替えと、身分を証明するための書類。それから――一冊の手帳。誰にも見せる予定のない、覚え書きのようなものだ。


 門前には、すでに馬車が用意されていた。質素だが頑丈そうな箱型で、飾りはない。罪人を運ぶには、むしろ丁寧すぎるほどだった。


 近衛騎士が二名。護送とはいえ、人数は少ない。無駄を嫌う人の采配だと、すぐに分かった。


「乗ってくれ」


 レオンハルトの声は、朝の空気よりも低い。鎧を着け、剣を帯びた姿は、昨日よりも距離を感じさせた。職務に戻ったのだ。


 私は無言で頷き、馬車に乗り込む。扉が閉まる音が、区切りのように響いた。


 馬車が動き出す。王都の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。尖塔、白い壁、整えられた街路。あれほど慣れ親しんだはずの風景が、すでに他人のもののようだった。


 ――振り返らない。


 そう決めていた。振り返れば、未練が生まれる。未練は、弱さになる。


 しばらくは、馬車の揺れと車輪の音だけが続いた。沈黙が重い。だが、耐えられないほどではない。私は、この手の沈黙に慣れている。


「……寒くないか」


 不意に、外から声がした。


 一瞬、自分に向けられたものだと理解するのに時間がかかった。気遣いの言葉を向けられることが、あまりにも久しぶりだったからだ。


「大丈夫です」


 即座に答える。反射的に。条件反射のように。


 馬車の外で、何かが止まった気配がした。


「それは、質問への答えじゃない」


 淡々とした指摘。責める調子ではない。ただ、事実を述べただけ。


 私は小さく息を吐く。


「……少し、冷えます」


 それが精一杯だった。


「外套を渡す」


 扉が開き、厚手の外套が差し出される。騎士団のものだ。無骨で、装飾のない黒。


「いりません」


 断るのが先に出た。受け取れば、借りができる。借りは、関係を生む。今の私には不要なものだ。


 だが、外套は引っ込められなかった。


「命令だ」


 短い言葉。逃げ道を塞ぐ、合理的な一言。


 私は黙って外套を受け取った。指先に、彼の体温が残っている。それが、なぜか落ち着かなかった。


「……ありがとうございます」


 言ってから、しまったと思う。


 彼は何も返さなかった。ただ扉を閉め、再び歩き出す。馬車が動き、外の景色が流れ始めた。


 外套を膝にかける。重みが、確かにそこにある。温かい。驚くほどではない。だが、冷え切っていた指先が、ゆっくりと感覚を取り戻していく。


 ――こんなことで、心が揺れるなんて。


 自嘲が浮かぶ。私は、もっと強いはずだった。何を失っても、平然としていられるように、ずっと自分を律してきた。


 馬車は城門を抜けた。


 外の世界は、王都よりも広く、荒々しい。整えられていない道。無作為に伸びる草。人の気配は少ない。ここから先は、管理される世界ではない。


「北方までは、数日かかる」


 再び、外から声がする。


「途中で野営もする。修道領に着くまでは、不便だろう」


「……そうですか」


 それ以上、言葉は続かない。


 私は、窓の外を眺めながら考える。修道領での生活。与えられる役割。名前のない日々。誰からも期待されない、ということ。


 それは、恐ろしいはずだった。


 けれど、胸の奥にあるのは、恐怖よりも――軽さだ。


 期待されない。責められない。正しさを証明しなくていい。


 その事実が、重たい鎖が外れるような感覚をもたらしていた。


「……奇妙だな」


 思わず、独り言が漏れる。


「何がだ」


 即座に返事が返ってきた。


 聞かれていた。そのことに、少し驚く。


「追放されたのに……思ったほど、苦しくないのです」


 言ってしまってから、後悔した。こんなことを言えば、彼は困るだろう。罪人が安堵しているなど、聞いていい話ではない。


 だが、レオンハルトは否定しなかった。


「そういうこともある」


 短い肯定。


「守るために背負わされていたものが、重すぎただけだ」


 その言葉は、私の胸に静かに落ちた。重くも軽くもない。ただ、真っ直ぐだった。


 守るために、背負わされていたもの。


 私は、誰を守っていたのだろう。王国か。制度か。あるいは、自分の立場か。


 考えようとすると、胸が少し痛んだ。


「……団長」


 また、呼んでしまう。


「私は、罪人ですか」


 問いは、ずっと胸にあった。聞く相手がいなかっただけだ。


 少しの沈黙。馬の足音が、規則正しく続く。


「法の上では、そう扱われている」


 現実的な答え。


「だが」


 続く言葉を、私は待った。


「人としての価値まで、裁かれたわけじゃない」


 それだけで、十分だった。


 外套の縁を、指で掴む。確かに、ここにある。


 冷たい道行きは続く。行き先は、まだ遠い。


 それでも。


 この沈黙は、昨日までのものとは、どこか違っていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ