第28話 再会の席
正式な使者が来たのは、三日後だった。
北方修道領に王国の紋章を掲げた馬車が入るのは、追放の日以来だ。警備は最小限。仰々しさもない。だが、それがかえって本気を感じさせた。
「王国文官局より、特命使節が到着しました」
修道士の報告に、私は静かに頷く。
「応接は、通常通りで」
歓迎も、拒絶も、必要ない。
応接室に現れたのは、年配の男だった。かつて王都で何度か見かけた顔だ。表情は硬いが、敵意はない。慎重さだけが、そこにある。
「お久しぶりです、リリアーナ嬢」
名を呼ばれた瞬間、胸の奥がわずかに揺れた。
だが、逃げるほどではない。
「本日は、修道領としてお話を伺います」
私は、静かに言った。
彼は、一瞬だけ目を伏せ、それから頷く。
「承知しました」
机を挟み、修道院長エレナ、マルク、私、そして王国使節が向かい合う。
「本題に入らせていただきます」
使節は、書簡を差し出した。
「王国として、貴修道領の運用に正式な関心を持っております」
「試験導入について、前向きに検討したい」
言葉は丁寧だ。
だが、まだ謝罪はない。
私は、書簡には目を落とさず、相手の顔を見る。
「条件は、変わりましたか」
率直な問いだった。
使節は、わずかに唇を引き結ぶ。
「……いくつか、修正が入っています」
それが、精一杯だったのだろう。
「現場裁量の拡大については、限定的に認める方向で」
「試験地域については、王都が最終責任を負う」
「追放記録については――」
一瞬、言葉が詰まる。
「“今後の行政判断において参照しない”という扱いに変更する案が出ています」
完全な撤回ではない。
だが、前進ではある。
私は、すぐには答えなかった。
沈黙が、部屋に落ちる。
「確認します」
私は、静かに言う。
「それは、王国全体の公式見解として、文書に残りますか」
使節は、頷いた。
「はい。殿下の了承を得ています」
その一言で、空気が変わった。
――王太子が、動いた。
私は、エレナと視線を交わす。彼女は、何も言わず、ただ任せるという目をしていた。
「本日は、即答はいたしません」
私は、はっきりと告げる。
「条件を持ち帰り、修道領として検討します」
使節は、反論しなかった。
「それで構いません」
むしろ、安堵したようにも見えた。
「ただ、一つだけ」
彼は、最後に言った。
「殿下は……再び、直接お話しする機会を望んでおられます」
空気が、わずかに張る。
「個人として、ではありません」
「あくまで、立場ある者同士として」
私は、しばらく考え、それから答えた。
「条件次第で」
それ以上は、言わなかった。
使節が去り、応接室に静けさが戻る。
「……来たな」
マルクが、低く言う。
「はい」
「どうする」
私は、机の上の書簡を見つめる。
「条件を、さらに詰めます」
逃げない。
だが、譲らない。
夜、部屋で一人、私は椅子に腰を下ろす。
王都と、再び向き合う席。
それは、過去をなぞる場ではない。
これからを決める場だ。
追放された悪役令嬢としてではなく、
条件を提示する一人の人間として。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
再会は、始まりではない。
選択の続きを、確認するだけだ。
――もう、物語の主導権は、私の手の中にある。




