第27話 天秤の傾き
沈黙は、いつまでも続くものではない。
だが、破られる瞬間は、たいてい遅すぎる。
王都では、再び文官室に人が集められていた。顔ぶれは前回より多く、空気は明らかに硬い。
「……隣国が、動いたそうです」
報告した文官の声は低い。
「北方修道領の運用を、一地方で導入する準備に入ったと」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
「まだ、正式な発表はない」
文官長が言う。
「だが、調査団が動いているのは事実だ」
それは、時間の問題を意味していた。
仕組みが“他国の成功例”として先に形になれば、王国は後追いになる。しかも、かつて追放した令嬢の手によるものとして。
「……殿下に、報告を」
誰かがそう言い、皆が頷く。
もはや、感情を刺激するかどうかを選んでいる場合ではなかった。
王太子は、報告を受けると、しばらく黙り込んだ。
「つまり」
低い声で言う。
「我々は、彼女に条件を出され、返事をせず、その間に隣国に先を越された、ということか」
否定する者はいない。
「……なぜ、あんな条件を」
王太子は、苦々しく呟く。
「地位も名誉も求めなかった」
「謝罪すら、求めなかった」
だからこそ、判断を先延ばしにした。
軽く扱えると思った。
「違うな」
王太子は、ゆっくりと顔を上げる。
「こちらが、軽かった」
その言葉に、文官たちが息を詰める。
「すぐに、再度打診を」
「今度は、条件を明確に」
「――いえ」
王太子は、首を振った。
「“条件を聞く”のだ」
その言い方は、これまでになかった。
同じ頃、北方修道領。
私は、修道院長エレナと、机を挟んで向かい合っていた。
「王都が、動き出すでしょう」
エレナは、静かに言う。
「ええ」
私は頷く。
「隣国の動きを見て、ようやくです」
マルクは、腕を組んだまま口を挟む。
「どちらにつくか、決める必要はあるのか」
「いいえ」
私は、即答した。
「選ぶのは、“国”ではありません」
二人が、こちらを見る。
「選ぶのは、条件です」
それは、これまで何度も確認してきたことだ。
夜、再び机に向かう。
隣国からの提案。
王都からの沈黙。
そして、これから来るであろう“本気の打診”。
私は、紙の端に、小さく書き留める。
――譲れない条件。
――守るべき線。
天秤は、すでに傾き始めている。
だが、完全に傾く前に、
こちらが手を伸ばす必要はない。
動くべきは、向こうだ。
私は、ペンを置き、窓の外を見る。
境界線の向こうで、
世界が、ようやく重さを量り始めていた。
その中心に、自分がいることを、
不思議なほど静かに受け止めていた。
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