第25話 対価の重さ
対価という言葉は、交渉の場に置かれるとき、初めて本音を引き出す。
王都から届いた二通目の書簡は、前回よりも文章が長かった。丁寧な前置き、修道領への敬意、辺境での尽力への感謝。けれど、肝心な部分は最後にまとめられている。
『貴修道領の運用を、王国内の一部地域で試験的に導入したい。
その際、必要な助言を賜れれば幸いである』
助言。
便利な言葉だ。
責任を伴わず、成果だけを持ち帰れる。
私は、書簡を机に置き、しばらく眺めていた。怒りはない。失望も、もうない。ただ、重さを量っている。
――こちらが差し出すものと、釣り合っているか。
昼前、修道院長エレナ、マルク、修道士二名が集まる。
「王都は、“試験導入”と言っています」
私は、要点だけを伝える。
「ですが、条件については曖昧です」
マルクが、鼻で息を吐いた。
「都合のいい言い方だな」
「ええ」
私は頷く。
「だから、対価を明確にする必要があります」
エレナが、静かに問いかける。
「あなたは、何を求めますか」
それは、以前なら答えられなかった問いだ。
私は、少し考え、言葉を選ぶ。
「地位や名誉は要りません」
「謝罪も、今は必要ありません」
場が、静まる。
「必要なのは、条件です」
私は、はっきりと言った。
「試験導入に関わる地域の裁量を、現場に戻すこと」
「失敗時の責任を、王都が負うこと」
「そして――追放の記録を、公式文書から外すこと」
最後の一言は、重かった。
マルクが、こちらを見る。
「……それは、簡単じゃない」
「分かっています」
だからこそ、対価になる。
「私個人の名誉回復ではありません」
私は、続けた。
「“追放は正当だった”という前提を、制度から外すだけです」
エレナは、ゆっくりと頷いた。
「それは、王都にとって痛い」
「はい」
でも、必要だ。
追放が“間違いだった”と認めなくてもいい。
ただ、“今後の前提にしない”こと。
それだけで、救われる人は多い。
「では、その条件で返しましょう」
エレナは、決断した。
「王都が呑めば、協力する。
呑めなければ、ここで終わり」
午後、簡潔な返書が作られる。
余計な感情は削ぎ落とし、条件だけを並べる。
私は、署名欄を見て、一瞬だけ迷った。
「……修道領名義で」
自分の名は、書かない。
それが、今の正解だ。
数日後、王都。
文官室で、書簡が開かれる。
「……追放記録の扱い、だと?」
文官長が、眉をひそめる。
「これは、前例がありません」
「だからこそだ」
別の官吏が、低く言う。
「この条件を呑まなければ、仕組みは手に入らない」
沈黙。
王都は、今も回っている。
だが、軋みは消えていない。
その原因が、どこにあるのか。
皆、薄々気づき始めている。
――切り捨てたものの、重さに。
北方修道領では、今日も作業が続く。
私は、帳簿に目を落とし、静かに記録をつけていた。
王都が何を選ぶかは、まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
対価を提示したのは、こちらだ。
条件を決めたのも、こちらだ。
もう、追放される側ではない。
選ばせる側に、私は立っている。




