第24話 条件付きの打診
打診は、遠回りな形で届いた。
北方修道領に直接、王都からの使者が来たわけではない。公式文書もない。ただ、いくつかの「偶然」が、同じ方向を向き始めただけだ。
「最近、王都の商人が増えましたね」
修道士が、何気なく言った。
「物資の流れを見ているようです」
「価格じゃなく、仕組みを」
私は、帳簿から視線を上げる。
「……仕組みを?」
「ええ。どこで判断が止まらないのか、とか」
それ以上、深い意味は込めていないようだった。だが、私の中では、はっきりと線がつながる。
――探っている。
昼前、修道院長エレナが私を呼ぶ。
「間接的な照会が来ました」
言葉は簡潔だった。
「王都の文官から。
“辺境修道領の運用を、他地域に展開する可能性”について」
私は、一瞬だけ息を止める。
展開。
それは、評価の言い換えだ。
「正式な要請ではありません」
エレナは、すぐに続けた。
「あくまで、参考意見としての打診です」
それは、逃げ道を残した言い方だった。
うまくいけば功績。
問題が出れば、無関係。
王都らしい。
「どうしますか」
問いは、私に向けられている。
私は、即答しなかった。
断ることは、簡単だ。
ここで築いた仕組みを、外に渡す義務はない。
だが、引き受ければ、
王都との距離は、確実に縮まる。
「……条件があります」
私は、静かに言った。
「個人名は出さないこと」
「提案は、修道領として行うこと」
「最終判断と責任は、王都側が持つこと」
エレナは、私を見つめる。
「王都は、それを嫌がるでしょう」
「だからです」
私は、視線を逸らさない。
「条件を呑めないなら、話は進めなくていい」
沈黙の後、エレナは小さく笑った。
「あなた、随分と交渉が上手くなりましたね」
「……必要だったので」
午後、マルクにも話が伝えられる。
「王都が?」
彼は、露骨に顔をしかめた。
「今さら、何を」
「仕組みだけ、欲しいそうです」
「人は、いらないと?」
皮肉が混じる。
「はい」
「都合がいいな」
だが、怒りはなかった。ただの事実として受け止めている。
「どうするつもりだ」
「条件を出しました」
マルクは、短く笑った。
「らしいな」
それだけで、反対はしなかった。
夕方。
私は、机に向かい、簡潔な覚書をまとめる。
制度の概要。
判断の分散。
失敗時の修正ルール。
名前は、どこにも書かない。
――仕組みは、誰のものでもない。
それが、ここで学んだ一つの答えだ。
数日後、返事が届いた。
条件付きで、話を聞きたい。
文面は丁寧だったが、行間ははっきりしている。
――個人には、まだ踏み込まない。
――だが、無視もできない。
私は、書簡を読み終え、そっと畳む。
迎えに来たわけではない。
謝罪でもない。
それでも。
追放された令嬢に、
条件交渉の余地が生まれている。
それ自体が、世界の歯車が戻り始めた証だった。
私は、窓の外を見る。
境界は、まだここにある。
だが、もう一方的に切り捨てられる場所ではない。
選ぶのは、これからだ。
――私が、どこまで関わるのかを。
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