第23話 噂の行き先
情報は、噂という形をとるとき、最も速く広がる。
王城の文官室では、数名の官吏が資料を広げていた。正式な報告書ではない。現場から上がってきた断片的な情報、商人の証言、隣国からの非公式な伝聞。それらを突き合わせ、照合する作業だ。
「北方修道領の配給制度、去年までとは明らかに違うな」
「急な不足が出ていない。天候不順があったにもかかわらずだ」
「現場の不満も、少ない」
一人が、眉をひそめる。
「……誰が、指揮している?」
答えは、すぐには出なかった。
修道院長の名は挙がる。
現場責任者の名も挙がる。
だが、どれも“決定者”ではない。
「奇妙だな」
別の官吏が、書き留めた紙を指で叩く。
「判断が分散している。誰か一人が采配を振るっている形跡がない」
それは、王都では考えにくい運用だった。
中央では、責任の所在を明確にするため、決定権は一極に集められる。だが、その分、判断は遅れやすい。
「……いや」
若い官吏が、資料の端を指差した。
「共通して出てくる名前がある」
皆の視線が集まる。
「“記録をまとめている人物”。
“全体を把握している補佐役”。
“表に出ないが、話を通す役”」
紙の余白に、小さく書かれた名前。
リリアーナ・エルフェルト。
空気が、わずかに重くなる。
「追放された、元公爵令嬢か」
「悪役令嬢として、断罪された……」
「だが、現地の評価は真逆だ」
証言は、淡々としている。
『感情で動かない』
『決めつけない』
『一人で背負わない』
どれも、王都で彼女につけられていた評価とは、あまりにも違う。
そこへ、文官長が入室した。
「隣国からの照会だ」
短く告げる。
「北方修道領の運用について、“参考にしたい”そうだ」
官吏たちは、顔を見合わせた。
「……我が国の制度を差し置いて?」
「いや。だからこそだ」
文官長は、資料を机に置く。
「王国は、あの令嬢を切り捨てた。
だが、隣国は“仕組み”として見ている」
王都が見落としたものを、外が拾い上げている。
その事実が、じわじわと効いてくる。
「殿下には?」
「まだだ」
文官長は、即答した。
「これは、感情を刺激する情報だ。
整理してからでいい」
官吏の一人が、ぽつりと呟く。
「……もし、断罪が早すぎたとしたら」
誰も、すぐには否定しなかった。
同じ頃、北方修道領。
私は、倉庫の奥で帳簿を閉じていた。
外で何が囁かれているのかは、知らない。
ただ、今日も配給は滞らず、
現場は静かに回っている。
その静けさが、遠く離れた王都で、
少しずつ形を変えていることに――
私は、まだ気づいていなかった。




