第14話 修正という仕事
朝の作業場は、前日までとは少しだけ空気が違っていた。
慌ただしさは残っている。疲労も、完全には抜けていない。けれど、動線が整理され、人の流れが読めるようになっている。昨日の混乱が、そのまま今日の判断材料になっていた。
私は帳簿を開き、昨夜まとめた修正案を確認する。
――「失敗をなかったことにしない」。
それが、今回の前提だった。
修正案は派手ではない。人員の再配置を一部戻し、作業時間を短く区切る。遅延が出た場合の代替動線をあらかじめ決めておく。余力を“使い切らない”設計。
王都なら、「弱気だ」と言われたかもしれない。
だが、ここでは違う。
「マルク」
私は、現場責任者の背中に声をかけた。
彼は振り返り、無言で顎を上げる。話せ、という合図。
「昨日の件を踏まえて、修正案を出しました」
帳簿を差し出す。
「作業量は少し減ります。その代わり、天候悪化時でも破綻しにくい形です」
マルクは受け取り、ざっと目を通す。眉がわずかに動く。
「……守りに入ったな」
率直な評価だった。
「はい」
私は否定しない。
「失敗を一度経験した以上、同じ負担は繰り返したくありません」
彼は、数秒黙ったまま考える。
周囲の修道士たちも、こちらを気にしている。静かな緊張。
「いい」
短く言った。
「今日はこれでいく」
理由の説明はない。だが、その一言で十分だった。
作業が始まる。
人の配置は最小限に抑えられ、各班の作業時間は短い。空いた時間で、道具の整備や倉庫内の整理が進む。動きは遅いが、乱れない。
昼前。
「……思ったより、回ってるな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
私は、その声を聞きながら、帳簿に視線を落とす。数字は、予測通りに推移している。急な遅れも、混乱もない。
完璧ではない。
だが、壊れていない。
午後、天候が再び崩れ始めた。細かい雪が舞い、視界が悪くなる。
「作業、ここまでだ」
マルクの判断は早かった。
誰も反論しない。予定通りだ。
私は、胸の奥で小さく息を吐いた。
夕方。
倉庫の隅で、修道士の一人が声をかけてくる。
「今日は、楽だった」
評価とも、感想ともつかない言葉。
「……無理がなかったからな」
別の修道士が続ける。
私は、曖昧に頷いた。
楽にしたかったわけではない。壊したくなかっただけだ。
日が落ち、作業が終わる。
私は帳簿を閉じ、今日の結果を書き加えた。
――修正案、有効。
――作業負担、軽減。
――遅延なし。
そこに、自分の名前は書かない。
必要ない。
帰り際、マルクが横を通り過ぎながら、低く言った。
「次も、同じやり方で考えろ」
命令ではない。期待でもない。
ただの、確認だ。
「はい」
短く答える。
部屋に戻り、椅子に腰を下ろす。今日は、疲労が少ない。代わりに、静かな手応えが残っている。
正しさを通す仕事ではない。
完璧を目指す仕事でもない。
失敗を踏まえて、次を良くする。
それが、ここで求められている役割なのだと、ようやく分かり始めていた。
私は、帳簿を閉じ、窓の外を見る。
雪は、静かに降り続いている。
――壊れなかった。
それだけで、今日は十分だった。




