第13話 背負わせないという選択
朝の空気は、昨日よりも重かった。
雪はやんでいたが、雲は低く、冷気が地面に張り付いている。倉庫の前には、すでに人が集まっていた。顔には疲労が残り、動きも鈍い。
私は帳簿を抱え、深く一礼する。
「昨日は……私の判断で、負担をかけました」
言葉にした瞬間、胸が締めつけられる。謝罪は、癖だ。王都で身につけた、生き残るための反射。
周囲が、一瞬だけ静まった。
「待て」
低い声が、割って入る。
マルクだった。腕を組み、私を正面から見据えている。
「それは違う」
短く、はっきりと。
「昨日の判断は、俺と院長が決めた。あんたの案は、その一部だ」
私は言葉を失う。
「だが……私が、言い出しました」
「言い出しただけだ」
マルクは、きっぱりと言った。
「現場で決めた以上、責任は分散される。誰か一人に被せる話じゃない」
その言葉は、私の胸に重く落ちた。
分散される責任。
王都では、あり得なかった概念だ。誰かが矢面に立ち、誰かが守られ、誰かが切り捨てられる。それが当たり前だった。
「……ですが」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
私が怖いのは、失敗ではない。
失敗したあとに、全てを押し付けられることだ。
マルクは、それを見抜いたように続けた。
「全部背負う気なら、最初から現場に立つな」
厳しい言葉だった。だが、拒絶ではない。
「ここは、そういう場所じゃない」
私は、視線を落とす。靴先が、白く濡れている。
「……分かりました」
それでも、胸の奥の重さは消えない。
午前の作業が始まる。昨日の遅れを取り戻すため、動きは慌ただしい。私は帳簿を手に、各所を回り、遅延と人員の状況を確認していく。
途中、修道士の一人が声をかけてきた。
「昨日の判断、きつかったな」
「……はい」
「でも、先に仕分けが終わってた分、今日は助かってる」
淡々とした事実報告。慰めでも、非難でもない。
私は、胸の奥で小さく息を吐いた。
昼過ぎ、修道院長エレナが私を呼ぶ。
「昨日の件、記録はどうなっていますか」
「遅延と負担増を含めて、まとめました」
帳簿を差し出すと、彼女は静かに目を通す。
「……あなた、自分の失敗も書いていますね」
指摘に、私は頷いた。
「必要だと思いました」
エレナは、帳簿を閉じる。
「ここでは、それでいい」
それだけだった。
午後、作業は徐々に落ち着きを取り戻した。昨日の無理が、今日の計画に反映されている。完全ではないが、破綻もしていない。
夕方。
私は倉庫の隅で、帳簿を整理していた。そこへ、マルクが近づいてくる。
「一つ、覚えておけ」
彼は、低い声で言った。
「あんたが考えるのは、全体だ。だが、背負うのは、全体じゃない」
意味を噛みしめる。
「背負うのは、自分が決めた分だけだ」
その言葉は、私の中で何かをほどいた。
全部背負わなくていい。
決めた分だけでいい。
部屋に戻り、椅子に座る。今日は、疲労よりも、静かな痛みが残っていた。だが、それは折れる痛みではない。
私は、帳簿の最後に一行を書き加える。
――本日の判断は、共同決定。
――改善点あり。
それを書けた自分に、ほんの少しだけ驚いた。
逃げなかった。
背負いすぎなかった。
それは、小さいが、確かな前進だった。




