第8話 初依頼とダンジョン探索
翌日、王都の冒険者ギルド。
広々とした石造りのホールは、依頼票の掲示板を取り囲む冒険者たちで賑わっていた。
鎧姿の戦士、ローブの魔導師、軽装の斥候……様々な人種が入り混じる。
「……これが冒険者ギルドか。思ったより雑多だな」
俺がつぶやくと、隣のリシェルが鼻で笑った。
「庶民の集まりなんだから当然でしょ。貴族の学院とは違うの」
「だが、ここがフィールドワークの入り口だ」
俺は依頼票をざっと見渡す。
負傷や毒のリスクがある現場――研究に必要なデータが集まるのはここだ。
「どれにするの?」
リシェルが尋ねる。
「……これだな」
俺が選んだのは**『初級ダンジョン・腐敗の洞窟の調査』**という依頼。
「ゴブリンやスライムが棲む低危険度ダンジョンか。研究材料には十分だ」
「ふーん。腐敗の洞窟ね……聞いたことはあるわ。毒沼が多いから普通は治癒師付きで挑むのよ?」
「ならなおさら好都合だ」
毒。傷。未知の病原体。
治癒魔法の改良には最高のサンプルだ。
数時間後、俺たちはダンジョンの入口に立っていた。
地面から立ち上る瘴気。湿った空気が肌にまとわりつく。
「……臭うな。硫化水素か?」
「何をぶつぶつ言ってるの?」
「いや、毒性ガスが混じってるってことだ。魔力障壁で肺を守った方がいい」
俺は即席の呼吸防護用障壁を展開。
魔力の薄いフィルター膜で空気を濾過する――簡易だが有効だ。
「そんな防御方法、聞いたことないわ」
リシェルが驚きの声を上げる。
「机上の理論だけじゃダメだろ。現場で使える魔法じゃなきゃ意味がない」
奥へ進むと、腐敗したスライムの群れが道を塞いだ。
通常の魔法では酸耐性が高く倒しにくい相手だ。
「スライムは酸耐性か……ならアルカリで構造ごと崩すか」
俺は掌に魔力を集中させ、即席で腐食と崩壊の波を起こす術式を構築。
「――構造崩壊!」
白煙が立ちこめ、スライムが激しく泡立ち崩壊していく。
酸を中和し、構造そのものを破壊したのだ
「……は?」
リシェルが唖然とする。
「なにそれ……そんな魔法、聞いたことない」
「理屈を知ってれば簡単だ。酸性にはアルカリだ」
さらに奥。
紫色に濁った毒沼が広がる。
「普通なら引き返すところだけど……」
「……行くんでしょ?」
リシェルが呆れたように笑う。
「もちろん」
俺は試験管を取り出し、毒沼のサンプルを採取。
「この毒、魔力依存性の揮発成分があるな。
……帰ったら毒分解用の治癒魔法を組んでみるか」
リシェルがため息をつきながらも、興味深そうに覗き込んでいる。
奥の祭壇で魔石を回収し、探索は終了。
帰り道、リシェルがぽつりと言った。
「あなたのやり方……異端すぎるけど、結果が出るのね」
「異端だからこそ、新しい道が拓ける」
「……面白いわ。もっと見せてちょうだい、あなたの“科学式魔法”を」
その目は、俺と同じ――探究の光で輝いていた。