第5話「王都からの使者」
ゴブリン撃退から三日後。
ガルド村は珍しく活気に満ちていた。
「レンさん、本当にありがとう!」
「おかげで村が助かった!」
村人たちが俺を英雄のように扱う。
……まあ、科学魔法の実験台になってもらっただけだが、感謝されるのは悪くない。
だが、この村での研究には限界がある。
もっと複雑な魔法体系、より高度な術式を知る必要がある。
王都に行くべきだ。
そう思っていた矢先だった。
その日、村の広場に豪奢な馬車が入ってきた。
鮮やかな紋章が刻まれた馬車から降り立ったのは、立派なローブを着た初老の男と、護衛の騎士たち。
「ガルド村の村長はいるか?」
初老の男が声を張り上げる。
「私だが……あなた方は?」
村長が恐る恐る応じる。
「私は王都魔導学院の使者、マルク・ド・ラングレー卿。
最近、辺境で“異端の炎魔法”を使いゴブリンを一掃した魔法使いがいると聞いてな。
その者に会いに来た」
周囲の視線が一斉に俺に集まる。
「……俺だ」
手を挙げて前に出ると、男は驚いたように目を細めた。
「ほう……随分と若いな。名は?」
「レン。ただの旅の学者だ」
「ほう、旅の学者が、あの炎を?」
マルク卿が興味深そうに顎に手を当てる。
「その魔法は既存体系にはない。“マギ・プラズマフレア”……だったか。
発想も、制御の仕方も異常なほど独特だ」
「まあ、少し工夫しただけだ」
俺は軽く肩をすくめる。
「工夫……か。
王都の魔導学院ならば、君の研究をさらに深められるだろう。
我々は君のような人材を求めている」
来たな。
俺が欲しかった場所――魔法の知識と情報が集まる王都。
「レンさん、行くの?」
テオが不安そうに見上げてくる。
「しばらく会えなくなるけど……研究を進めるためだ」
「……そっか」
テオは唇を噛み、そして笑った。
「絶対、また来てね!」
「ああ。もっとすごい魔法を持って帰ってくるさ」
村人たちも名残惜しそうに見送ってくれる。
少しだけ、この世界に根を下ろせた気がした。
馬車に揺られながら、マルク卿が尋ねる。
「君の魔法は独学か?」
「そうだ。俺の世界では常識だったことを、応用しているだけだ」
「君の世界?」
「……気にするな。ただの比喩だ」
これ以上は深入りさせない。
マルク卿はそれ以上追及せず、微笑んだ。
「君は面白い。学院でも異端として扱われるだろうが……期待しているぞ」
数日後、馬車の窓から巨大な城壁が見えた。
白亜の塔、空に浮かぶ魔導灯、行き交うローブ姿の魔導師たち。
――ここが王都か。
未知の知識が詰まった場所。
科学と魔法を融合させるための実験場。
俺は静かに笑った。
「いいな……ここなら、魔法をもっと面白くできそうだ」
こうして俺は、王都魔導学院への一歩を踏み出した。




