第47話「決戦、白嶺の嵐 ―ニトロ・インパクト―」
翌朝、白嶺の空は鉛色に曇っていた。雪は絶え間なく降り注ぎ、風は刃のように肌を削る。
その嵐の中心に、黒衣の男が佇んでいた。
「来たか、神代レン」
アトモス=ヴェイル。
蒼白な肌は氷と同化し、銀青の髪が荒れ狂う風に翻る。瞳は蒼く光り、空気そのものを支配する冷徹な意志を映していた。
◇
レンは《オーディン》を掲げ、仲間を背に立つ。
「昨日の借りを返す。科学で、お前の合理を超える」
アトモスは唇の端をわずかに吊り上げた。
「ならば、私の“空気の牢獄”を打ち破ってみせろ」
彼が指を鳴らすと、周囲の空気が一瞬で奪われる。
――《大気隔絶領域》。
肺が潰れそうな圧迫感、酸素が消え去る恐怖。兵士たちは咳き込み、リナとミリアが膝をついた。
だがレンは即座に術式を展開する。
「酸素供給回路、展開! ……持ちこたえろ!」
仲間たちの周囲に光の球が生まれ、呼吸が戻る。
◇
「前回と同じ手か……だが長くは持たん」
アトモスは両腕を広げた。
雪嶺の大気が震え、圧縮される。
「――《衝撃風爆》!」
圧縮空気の塊が炸裂し、轟音と共に吹雪を蹴散らす。
ガルドが盾で受け止めるが、身体ごと数メートル押し飛ばされた。
「ぐっ……! まるで巨人に殴られてるみてぇだ!」
オルドが杖を構え詠唱するが、すぐに術式が掻き消える。
「空気が乱されすぎて……詠唱が通らん!」
◇
レンは唇を噛み、《オーディン》に指を走らせる。
(圧縮と真空……奴の力は大気の極限操作。ならば、逆手に取る!)
「窒素濃縮、圧縮回路起動――」
術式が輝き、空気の中から“目に見えない弾丸”が形成される。
「――炸裂せよ、《ニトロ・インパクト》!」
轟音。
空気の塊が一点に収束し、真空の中心で爆縮。
不可視の衝撃が一直線にアトモスへと走り、雪嶺を揺るがす。
◇
アトモスの瞳がわずかに見開かれた。
「……!?」
衝撃が彼の結界を突き破り、黒衣を切り裂く。
蒼白な頬に赤い線が走り、血が滲んだ。
ミリアが思わず叫ぶ。
「やった……博士の攻撃が通った!」
だがアトモスは即座に冷笑を取り戻す。
「なるほど。窒素を弾丸に変えたか。だが、所詮は空気。私が操れる範疇にある」
次の瞬間、風が渦を巻き、爆縮の余波を押し潰す。
「――《全域隔絶領域》」
山全体から空気が吸い込まれるように消え、雪嶺そのものが沈黙した。
◇
仲間たちが次々に膝を折る。
リナの唇が紫に染まり、ミリアが弓を落とす。
ガルドも剣を杖代わりにして立つのがやっとだ。
レンは必死に酸素供給の術式を展開するが、消費が追いつかない。
「くっ……! これじゃ……!」
アトモスはゆっくりと歩み寄る。
「酸素は奪い、窒素は散らす。君の理論は確かに面白い。だが合理の前には無力だ」
◇
レンは苦しげに笑った。
「無力かどうかは……まだ決まっていない」
《オーディン》の光が強まる。
彼の脳裏には、昨夜導き出した方程式が浮かんでいた。
「窒素は安定している。だが――高温と雷撃を加えれば、化学反応は爆発的に進む!」
指が走り、新たな術式が組み上げられる。
「次に撃つのは……科学と魔法の融合だ!」
◇
吹雪の中、アトモスの瞳がわずかに揺らいだ。
「……融合?」
レンの周囲に雷光が走り、炎が渦を巻く。
雪嶺を照らすその光は、まるで新たな太陽の誕生を告げるかのようだった。
「これが俺の答えだ――!」




