第38話「遠征の支度」
夜が明けると、研究棟は慌ただしさを増していた。
峡谷での戦闘報告が持ち帰られ、《黒き反応炉》の残骸も調査班によって運び込まれてきた。
レンは《オーディン》を通じて収集されたデータを整理しながら、研究員たちと次なる行動について協議を始めていた。
◇
「博士、これが現場から回収した外殻の断片です」
リナが机に載せたのは、黒く煤けた金属片だった。表面には蛇が輪を描く紋様が刻まれている。
「やはりウロボロスのものか」
レンは指で断片を軽く叩き、反応を確かめた。鈍い音とともに微弱な魔力が走る。
「この金属は単なる鉱石ではない。魔力を吸収し、外部から供給する機構を持っている。……この世界の技術では作れないはずだ」
研究員たちは息をのむ。
「つまり博士、彼らの背後には――」
「そうだ。明確に“科学”を理解している頭脳が存在する」
レンはモニターを睨む。そこには数式と魔法陣が複雑に重なり合い、導師の影が暗示するように浮かんでいた。
◇
議論はやがて次の行動へと移った。
「敵は必ず次の一手を打ってくる。こちらも動かねばならん」
レンは椅子から立ち上がり、研究員たちの視線を受け止める。
「目標は北の山脈の裏。残留座標から推定すれば、ウロボロスの拠点があるのはほぼ確実だ」
「遠征……ですか」
リナが不安げに呟く。
「ただ行くだけでは危険すぎます。彼らは博士の術式を模倣し、強化しようとしている。対抗するには――」
「新しい装備と、魔法体系の強化が必要だ」
レンは頷き、机の上に二つの試作品を置いた。
一つは腕輪のような小型魔道具。もう一つは厚みを増した《オーディン》の拡張ユニットだった。
「これは……?」
「《オーディン》のサブコアだ。研究棟全体に広がる回路網を縮小し、持ち運び可能な形にした。
これで戦場でも複雑な演算を即座に行える」
研究員たちはどよめいた。
「博士……つまり戦闘中でも即興で魔法回路を再設計できるのですか?」
「その通りだ」
◇
レンは皆の驚きを横目に、静かに言葉を続けた。
「だが装置だけでは足りない。必要なのは“仲間”だ。戦場で俺ひとりが動いても限界がある。
リナ、そして――他の冒険者や兵士にも協力を仰ぐ。今回は研究棟だけの戦いではない」
その言葉に、場の空気が引き締まる。
リナは力強く頷いた。
「わかりました。博士と共に行きます」
他の研究員たちも次々と決意を示した。
「物資と薬品は私たちで揃えます」
「魔導具の修復も終わらせます」
「遠征用の回路調整を急ぎましょう」
レンは静かに皆の顔を見渡し、僅かに微笑んだ。
「ありがとう。これでようやく、“科学と魔法の戦い”を正面から迎え撃てる」
◇
夜。
研究棟の屋上に立ったレンは、遠くの山脈を見つめていた。
星々の間に暗雲が広がり、その奥に不気味な光がまたたいているように感じられる。
「ウロボロス……輪の中心がどこにあろうと、必ずたどり着く」
タブレットの画面に表示された座標が淡く輝く。
「科学は未来を築くものだ。お前たちに好き勝手にはさせない」
風が吹き抜ける。
遠征の時は近い。
レンと仲間たちはついに、ウロボロスの本拠へと歩みを進める準備を始めた。




