第32話「雷熱融合《サンダー・フュージョン》」
研究棟の地下実験室。
天井には無数の魔導管と冷却装置が張り巡らされ、中央には広大な魔法陣が刻まれている。レンは白衣を翻しながら、無数の資料を机の上に並べていた。
「高温によるプラズマ状態と、雷撃による電流――これらを制御し、安定させる。
成功すれば、単一魔法を凌駕する“複合魔法”の実証になる」
《オーディン》の画面には、数式と魔法陣の展開図が浮かび上がる。
理論上は可能だが、魔力の暴走の危険性は高い。失敗すれば、この研究棟ごと消し飛ぶかもしれない。
「博士、本当にやるのですか?」
リナが不安げに問いかける。
彼女の手には、緊急遮断装置を組み込んだ魔導コンソールが握られていた。
「やらねばならん。敵は既にこちらの研究を狙っている。
彼らに奪われる前に、俺自身の手で完成させる必要がある」
レンの声は静かだが、決意に満ちていた。
準備は整った。
レンは魔法陣の中心に立ち、両手を広げる。
「――錬焔閃火」
まずは基礎となる高温魔法を展開する。炎が渦を巻き、室内の温度が急激に上昇する。
「――渦炎閃光」
次に、炎を収束させるための制御魔法を重ねる。火焔が一本の柱となり、天井へと昇る。
「ここに雷撃を――」
レンは深呼吸し、意識を集中させた。
「雷閃!」
稲妻が閃き、炎の柱に突き刺さる。
一瞬、轟音と共に光が炸裂し、実験室全体が揺れる。
「――まだだ、制御しろ!」
《オーディン》が自動で補正回路を展開する。
魔法陣に組み込まれたルーンが光を帯び、暴走しそうなエネルギーを強引に抑え込む。
やがて――炎と雷が融合し、一つの光球となった。
「これが……雷熱融合」
球体から放たれる熱は、物質を瞬時に蒸発させるほど。
同時に帯電エネルギーは、金属を容易に溶断する強度を持っていた。
「博士……これ、兵器化すれば都市ひとつを壊せるのでは……」
リナが青ざめる。
「兵器化するつもりはない。だが――敵がこれを使う前に、俺が“科学の制御下”に置かねばならん」
レンは掌の光球を握りつぶすようにして魔法を解除した。
轟音と熱が消え、室内に静寂が戻る。
その直後。
《オーディン》が警告音を鳴らした。
《外部より干渉波を感知。座標:北の峡谷》
「……奴らか」
レンは視線を鋭くする。
「初の実戦投入になるな。《サンダー・フュージョン》……お前で証明してやる」
夜の峡谷。
黒いフードを被った一団が待ち構えていた。
その中心に立つ男が、にやりと笑う。
「来たか、博士。貴様の研究は全て“ウロボロス”がいただく」
レンは静かに歩を進め、手に《オーディン》を掲げた。
「これこそがオーディンの力だ。――科学と魔法の融合、その真価を見せてやる」
稲妻と炎が、再び彼の掌に収束していく。




