第30話「祝宴の影、忍び寄る不正」
研究所のホールにはまだ祝賀会の余韻が漂っていた。煌びやかな装飾と笑い声。仲間たちがレンの功績を称える声が響いている。
しかし、レンはその熱気の中心にいながらも、心の奥に冷たい感覚を覚えていた。
――システムに不正アクセスがあった。
それは偶然のエラーではない。研究所の魔力回路データ、そして《オーディン》の基幹部分を狙った明確な痕跡。
(俺の研究を狙っている……?)
杯を置き、レンは人知れずホールを抜け出す。廊下を歩く足取りは冷静に見えて、内心では既に数多の仮説が巡っていた。
ただの魔族の仕業ではない。ならば――誰が。
「レン博士、こちらに」
案内された先は研究棟の管制室だった。モニターには不審な魔術式の痕跡が映し出されている。
それは電子的なコードであると同時に、魔力の回路を侵食するように刻まれた複合式――まさに科学と魔法の狭間を狙った侵入法だ。
「……これは、外部からの直接干渉じゃない。研究所の内部に潜んでいる可能性が高いな」
レンは指先でモニターをなぞりながら呟いた。
その瞬間、《オーディン》が淡く光を放ち、警告を示す。
《魔力干渉波、検知。近傍に未登録の気配あり》
レンは目を細め、即座に詠唱を走らせた。
「設置型探知式・展開」
床に光が走り、研究棟の一角が透過図のように浮かび上がる。そこに――異質な影。
次の瞬間、壁を突き破って黒衣の刺客が飛び込んできた。
レンの反応は早かった。
「氷壁連盾!」
氷の盾が瞬時に連なり、襲いかかる黒刃を受け止める。衝撃音が響き、氷片が飛び散った。
刺客は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに次の魔法を構築しようとする。
「当たり前だ……これこそが《オーディン》の力だ」
レンは冷静に言い放ち、タブレットを操作する。回路が組み替わり、空気が高温に震え上がる。
「錬焔閃火!」
紅蓮の閃光が放たれ、刺客の影を飲み込む。だが完全には消し去れない。
黒衣の者は防御魔法を展開し、間一髪で直撃を避けた。
(やはり……ただの刺客じゃない。科学と魔法、双方の構造を理解している)
一進一退の攻防。レンはさらに魔力を集中させ、追撃を放つ。
「渦炎閃光!」
渦巻く火炎の奔流が廊下を呑み込む。刺客は後退を余儀なくされ、黒煙に紛れて一瞬の沈黙が訪れる。
だがレンはその場から動かない。
気配探知式がまだ赤く点滅していた。
「……まだだ」
黒煙を切り裂くように、再び影が飛び出してくる。
その刹那、レンは右手を掲げた。
「集熱閃!」
極細の収束光が直線を描き、刺客の武器を貫いた。黒刃は粉々に砕け、床へと散る。
刺客は呻き声を上げ、影のように霧散していった。
静寂が戻る。
レンはオーディンを閉じ、深く息を吐いた。
「……不正アクセスと同時に襲撃。偶然じゃないな。
俺の研究を狙っている“何者か”がいる」
研究棟の仲間たちが駆けつけ、焦燥の色を浮かべる。
レンは彼らに短く告げた。
「調査を急げ。だが……これは単なる内部犯行じゃない。
もっと大きな力が、背後にあるはずだ」
彼の視線は夜空の向こう、見えざる敵へと向けられていた。
祝賀の光の裏で――新たな戦いの影が、確かに動き始めていた。




