第2話 辺境の村と魔法の基礎
「お、おい! 誰か倒れてるぞ!」
……声だ。
目を開けると、数人の人影が立っていた。
年端もいかない少年と、粗末な布の服を着た中年の男。
どうやら俺を見つけたらしい。
「大丈夫か、兄ちゃん? モンスターにやられたのか?」
「……いや、ただの実験失敗だ」
そう答えると、男が怪訝そうな顔をする。
そりゃそうか。普通、草原で寝転がってる奴がいたら不審者だ。
「とりあえず村に連れていこうぜ。ここは魔物の縄張りだ」
「助かる」
こうして、俺は彼らに担がれ、近くの村に連れていかれた。
辿り着いたのは、小さな村だった。
藁葺き屋根の家が十数軒。石垣の柵が簡易な防御壁になっている。
まるで中世ヨーロッパの農村のようだ。
「ここはどこだ?」と尋ねると、男が答える。
「ここはガルド村。王国の辺境さ。お前さん、旅人か?」
「まあ、そんなところだ」
旅人……便利な設定だな。異世界転生者の鉄板偽装だ。
「体は動くか? まずはうちで休め」
案内された家は、農家らしい素朴な内装。
炉があり、テーブルがあり、干し草の匂いが漂っている。
「怪我はないようだが……医者を呼ぶか?」
「必要ない。自分で治せる」
そう言って、俺は自分の魔力を操作してみる。
腹の奥から流れを意識し、手のひらに集め――傷の部分に触れる。
温かい光が広がり、擦り傷が塞がった。
「お、お前……治癒魔法が使えるのか?」
男が目を丸くする。
「……ああ、ちょっと独学でな」
俺は適当にごまかす。
話を聞くと、この世界では魔法は日常生活に根付いているらしい。
水を出す魔法、火を起こす魔法、治療魔法……。
「魔法は誰でも使えるのか?」
「いや、魔力を持つ者だけだな。魔力は生まれつき決まってる」
ほう、ここで“才能”というやつが絡んでくるわけか。
だが俺にとっては関係ない。科学的アプローチで補えばいい。
「魔力はどこから来る?」
「え? どこからって……体の中だろ?」
予想通りだ。
彼らは仕組みを知らず、感覚で使っているだけだ。
なら俺が理論を作る。
「試しに火を出せるか?」
俺が頼むと、男は掌に炎を灯してみせた。
「こんな感じだ」
観察する。
魔力が体内から手のひらへ移動し、空気中で燃焼現象を引き起こす。
炎の大きさは制御可能だが、効率は悪い。
「無駄が多いな」
思わず口に出してしまった。
「無駄?」
「いや、こっちの話だ」
なるほど。魔法は“魔力→現象”の変換プロセスだ。
ならば――変換効率を高めれば、同じ魔力量でより強力な魔法が打てる。
「ふむ……魔力を媒介する構造体が必要だな」
俺はテーブルに置いてあった石板を拾い、指で簡単な魔法陣を描く。
回路図のような魔法陣。
これで魔力を一点集中させ、出力を安定化させる。
「やってみるか」
魔力を流し込むと――。
ボウッ!
先ほどよりも鮮明で、高温の炎が現れた。
「な、なんだそれは!? 火の玉が二倍は強ぇぞ!」
男が叫ぶ。
よし、再現性あり。
「これは新しい魔法の形だ」
俺は笑った。
その後、村長の家に案内され、自己紹介をした。
もちろん、本名は名乗らない。
「レン」とだけ伝え、旅の学者ということにした。
村では魔物の被害が増えているらしく、魔法を使える人材は歓迎されるらしい。
ちょうどいい。ここで基礎研究を進めるか。
「お前さん、しばらくここで暮らすといい。食事と寝床は提供しよう」
「助かる。俺も力を貸そう」
こうして、俺はガルド村に滞在することになった。
夜。
借りた部屋の机に石板を並べ、ひとり黙々と実験を続ける。
魔法とは何か。
魔力とは何か。
法則を見つけ、構築し、応用する。
この世界の魔法を科学する。
それが俺の目的だ。
「よし、明日は治癒魔法の効率を解析してみるか」
新しい世界。新しい法則。
未知の現象を解明するのは、俺の天職だ。
こうして、科学と魔法の融合への第一歩が踏み出された。