第15話 査察官、藤堂志朗
研究室の扉がノックされた。
「……王都からの査察官がお見えです。」
事務員の声に、研究室が一瞬で緊張する。
俺は杖を置き、扉に向き合った。
――ヴァルクスの差し金だろう。
扉が開くと、そこに立っていたのは一人の男。
整った黒髪、落ち着いた表情。
現地の衣装を身に着けているが、立ち姿がどこか日本人のそれだった。
「王立監査局より派遣された査察官、シロー・トウドウです。」
男は軽く会釈した。
――トウドウ? シロー?
その瞬間、背筋がぞわりとした。
日本人だ。
「……日本人か?」
俺は思わず口にした。
男の目がわずかに揺れた。
だが、すぐに冷静な笑みを浮かべる。
「……驚かせてしまいましたか。
ええ、あなたと同じ――“向こう側”の出身ですよ。」
リシェルや研究室の面々がきょとんとする。
だが今は説明できない。
――異世界で、初めて出会った同郷者。
「レン・カミシロさん。」
トウドウは俺を見据える。
「あなたの《錬滅新星》は、学院だけでなく王都でも大きな問題になっています。
威力が過剰で、**“兵器として危険”**との判断が下されました。」
「兵器……?」
ユリウスが不安げに呟く。
「そのため私は、あなたの研究が“学院で許可できるものか”査定する義務がある。
――場合によっては、研究室の閉鎖も勧告します。」
「待ってくれ。」
俺は一歩前に出る。
「お前、同じ転生者なんだろ? ならわかるはずだ。
これは暴走じゃない、進化のための研究だ。」
「……理解はしています。」
トウドウは静かに言った。
「ですが私には私の立場がある。
この世界で生きるためには、現地の秩序に従わなければならないんですよ。」
――突き放すような言い方。
味方でも敵でもない。
ただ、自分の立場を優先する現実主義者。
「近日中に再度査察します。」
トウドウは立ち去る前、俺にだけ聞こえる声で言った。
「レンさん――あなた、もう少し“隠す”ことを覚えた方がいい。
この世界は、真理を語る者に寛容じゃない。」
扉が閉まり、研究室に重苦しい沈黙が残った。
――初めて会った同郷者。
だが、味方か敵かすらわからない。




