第8話 観察
しかし、一日の授業を通じて、美順の胸騒ぎは大きくなった。
観察している二人の様子、飯野さんは普段と何も変わらない。亜朱沙の方をたまにチラっと見る位だ。だけど竹内君が気になる。明らかに飯野さんのことを時々見ている。これまでノーマークだった光景だ。まさか…竹内君が飯野さんを?
疑念を確かめる為、その日の授業終了後、美順は駿が教室を出る瞬間を狙って後を追った。廊下を曲がったところで…
え? 飯野さん?
階段の端っこで飯野さんが竹内君に話かけている。美順は咄嗟に身を隠した。
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梓も躊躇いながらの行動だった。亜朱沙の気持ちを何となく理解したので尚更である。しかし恩知らずな女の子とは思われたくない。なので、急いで昨晩作ったメモ用紙を駿に渡したのだ。
「昨日は有難う。ほんのお礼です」
駿の顔が明るくなる。ほんのお礼でも嬉しい。
「ごめん、気を遣わせて」
「じゃ、練習頑張って」
「あ、ちょっと待って!」
「え?」
駿が梓を引き留めた。
「あのさ、前から思ってたんだけど、飯野さんって藪さんと似てるよね。髪が全然違うから印象は違うんだけど、顔はさ、二人ともよく似て可愛いよね」
そ、そんなこと…。突然言われた言葉に梓はドキマギした。や、藪さんと似てるだなんて…畏れ多い。
「そ、そう? 初めて言われた」
「ま、だからどうってないんだけど。これ、ありがとね。めっちゃ嬉しいわ。あんなボロキレみたいなものに」
「そ、そんなことない。宝物にします。じゃ」
梓は慌てて駆け戻る。美順はその姿を目で追いながら思った。
竹内君、飯野さんに何を言ったんだろう。告ったのか? 飯野さん真っ赤になってるし…。ヤバいかも、これ。
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美順は亜朱沙の部活終わりを待ち受けた。緊急を要するかもしれない。我らが女王を守るためにも。
そんな美順の気持ちなんてつゆ知らない亜朱沙は、楽し気な表情で教室に引き揚げて来た。
「あれー、美順、まだ残ってたの?」
「うん。ちょっとさ、亜朱沙の耳に入れておきたいことがあってね」
「ん-、なに? 美味しい話? 和菓子? 洋菓子? これから行くって?」
「そんなんじゃないよ、食いしん坊。味はちょっと苦めだよ。あのさ、競争率には影響ないとは思うんだけど、竹内君って飯野さんが好きなんじゃないかな」
亜朱沙の楽し気な表情は一瞬で吹っ飛んだ。
「飯野さん? 保健委員の?」
「うん。実は昨日さ、ウチの近所を二人で歩いているところを見たんだよね。飯野さんは普段通りって気がしたんだけど、竹内君はちょっと熱心。それだけならたまたまかも知れないけど、授業中も竹内君は飯野さんをチラ見してるし、放課後すぐにさ、竹内君が飯野さんに話しかけて、飯野さんは赤くなってた。何を言ったんだろうって。まさかとは思うけど…」
「まじ?」
「残念ながら」
亜朱沙は心底ショックを受けた。さっきまで楽しく練習してたのに、竹内君、好きな人がいるの? それも…。
「亜朱沙、心配しないで。私が何とかするからさ」
しかし美順の声は亜朱沙の耳を通り過ぎていた。