第7話 好きな人が好きな人
トレーニングジムを出て、しばらく二人は並んで歩いた。
「藪さんが襷をつけて遊んでるって、なんかちょっと想像しにくい」
「そう? あの子、結構賑やかだよ。元々人気者だから周りもみんな一緒について来ちゃうしね。だから先輩も無下には怒れなくて困ってるよ」
梓はくすっと笑った。
「あ、今のは彼女には内緒だよ。ああ見えて、藪さんも結構気にする方だから」
「うん。きれいだし人気者だし運動できるし賢いし、ホントに凄いな」
「はは。ま、いい子には違いない」
二人は分かれ道にやって来た。梓は駿の方を向いて頭を下げる。
「今日は本当に有難う」
「ううん、気にしないで。じゃ、またな」
駿は爽やかに去って行き、梓もまた自宅に向けて歩き出した。しかし、その光景に目撃者がいたなんて二人は思いもしなかった。
美順である。自転車に乗って寄り道をして、たまたまその場に出くわしたのだ。
あの二人…、何なん? 竹内君と地味っ子の飯野さん? どうなってんだ?
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自宅に戻り、就寝前に梓はお気に入りのメモ用紙を取り出した。襷のお礼を言わなくちゃ。藪さんが遊んだ襷、宝物だ。
しかし書くことが見つからない。まさか藪さんが…なんて書けないから、梓は仕方なく
『たすき、有難うございました 飯野 梓』
とだけ書いた。ここに…っと、梓は小さなキャンディを取り出し、メモ用紙で包む。端っこを優しく捩じって、
「ふう、これでよし」
明日、隙を見つけて渡そう。
その夜、梓は襷を枕元に置いて眠った。
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翌日の2年3組。授業が始まる前に藪 亜朱沙は駿に声を掛けた。
「竹内君、おはよう」
「ああ、おはよう」
「あのさ、今日の練習ね、グラウンドの短距離コースをサッカー部が借りたいんだって」
「へぇ?」
「初めの30分位らしいんだけど、その間はあたしたち、サッカーコートで練習しなきゃなの。朝、昇降口で溝口先輩に言われて」
「へぇ」
「だからアップはサッカーコートなの。2年のみんなに伝えてって」
「うん、判った。30分もアップするのはだるいけどなぁ」
「鬼ごっことか、する?」
「また先輩に怒られるよ。藪さんすぐ遊ぶんだから。ま、みんなには言っとくわ」
「うん、お願いする。鬼ごっこだよって」
「こら」
亜朱沙はペロッと舌を出した。単なる事務連絡である。しかし亜朱沙は嬉しかった。溝口先輩があたしに話を振ってくれて、まじ感謝だわ。よぉし、あたしが鬼になって竹内君を捕まえてやる。亜朱沙はウキウキと授業に臨んだ。
その様子を梓はそっと見ていた。藪さん、ほっぺがほんのり赤い。そっか。きっと藪さんは竹内君が好きなんだ。お似合いよね。梓は昨日を思い出した。藪さんが知る事じゃないけど、私は自重しなきゃな。藪さんに誤解されちゃうと困るし。
もう一人、教室で駿と梓に注目していたのは美順である。昨夕目撃した光景。今朝はあの二人に変わったところはない。寧ろ亜朱沙が竹内君と楽しそうに話ししている。もうちょっと様子を見ようか。美順は胸騒ぎを押さえ込んだ。




