第5話 トレーニングジム
竹内 駿も部活帰りに、個人トレーニングに励んでいた。部活の練習では出来ない筋トレ系である。スプリンターにとって、筋肉のつき過ぎはマイナスであるが、体幹や瞬発力を支える筋肉は鍛える必要がある。スクワットやマット上で行うものが多いので自宅でも可能だが、部活から戻って更に自宅でトレーニングはなかなか厳しい。そこで駿は近所のジムに通うことにした。幸い中学生は割引が効く。週に2日、1時間程度のトレーニングを始めたのだ。
その日も、ブルーのマット上で駿はスクワットに励んでいた。夕方のジムは年配者が多く、若干気後れする。駄目駄目、 集中して自分の課題消化だ…。駿はうつぶせに寝てハムストリングのトレーニングとプッシュアップを規定回数終え、頭を上げた。あれ、ランニングマシンに小柄な姿が見える。
中学生?
珍しい。大学生は時々見かけるけど中学生なんて自分だけと思っていた。しかも・・・女子じゃん。
その後もスクワットを続けながら、その女子の背中をチラチラッと見る。するとランニングマシンが停止した。その子はタオルで顔を拭い、備え付けのダスターでマシンを拭いてこちらを向いた。
え? 飯野さん?
彼女は駿に気づかないままこちらへとやって来る。駿は思わず手を振った。
「飯野さん!」
梓は驚いた顔で立ち止まった。
「来てるんだ。びっくりしたよ。中学生は俺だけかと思ってたから」
梓は頬を染めてタオルを胸の前に持って答えた。
「わ、私も竹内君が来てるの、知らなかった。ぶ、部活じゃないの?」
「練習はちゃんとやったよ。ここでは個人練習。筋トレ系ってグラウンドではやりにくいし、家では続かないし」
梓は控え目に笑う。
「そうよね、家では続かないよね」
「飯野さんは何のトレーニング?」
一瞬躊躇った梓は、恥ずかし気に答える。
「走りの練習。竹内君の前で言うのは恥ずかしいけど、私、ドンくさくて球技とか全然駄目だから、せめて走る位は上達したいなって思って」
「へぇー、凄いね。偉いよ!」
駿は心底感心した。ランニングマシンがどれ程の効果があるのか判らないけど、何もしないよりはマシな筈。
「でっ、でも、えっと、藪さんみたいには、なれっこないんだけど…」
梓はすっかり俯いた。駿は微笑んだ。可愛いな、飯野さん。ひたむきで抱きしめたくなっちゃう。駿は本気でそう思った。
「大丈夫だよ。ランニングマシンでも単に走るだけじゃなくて、如何に脚を素早く引き上げて踏み出すかとか、地面を蹴るリズムとか、あと、腿を上げるトレーニングとか組み合わせたら絶対に速くなるよ」
「本当?」
「うん。陸上部員が言うんだから間違いない。時々俺が見てあげるよ」
「え、で、でもそんなの悪いし…」
「ううん。速く走りたいって思う人は全力で応援したいんだ」
「あ、ありがとう…」
その週から、駿は密かに梓のトレーニングコーチを始めた。梓は懸命に駿の言いつけを守り、そして少しずつ、着実にステップアップして行った。




