第22話 証言 母娘の会話
教育委員会を辞去し、二人はレンタカーで町の中心部に向かった。先にお昼を済ませて、午後は病院や介護施設を回ってみようと考えたのだ。町には真新しいショッピングセンターがあって、その1階に飲食施設があると言う。駐車場に車を止め、建物に向かおうとした亜朱沙の耳に『チリン』という鈴の音が聞こえた。ネコちゃんかな?
「じゃあさ、お母さん買物してきて。私がアズを見てるから」
「車の中に放っといても大丈夫でしょ、もう歳なんだし」
「いいのいいの。見ていたいのよ」
「そう? じゃ、頼むわね」
母娘の会話であろう。しかし亜朱沙の耳に『アズ』と言う名前と『いいのいいの』と言う言葉が妙に残った。合わせれば『いいの あずさ』みたいだ。声が聞こえた軽自動車の方を見ると、まだ学生に見える女の子が三毛ネコを抱いて母に手を振っている。亜朱沙は追いついた母親に声を掛けてみた。
「あのう、ネコちゃんのお名前が、アズちゃんなんですか?」
保冷エコバックを抱えた母が振り向いた。
「え? ええそうなんです。震災の時に生命を助けてもらった女の子にあやかってね、アズサちゃんから二文字頂いて」
その瞬間、亜朱沙と妙子の足が止まり、顔が真顔になった。
「アズサちゃん、って仰いました?」
「はぁ。えっと、それがどうかしましたか?」
「あの! あたしたち、ちょうど今、震災で人助けした女の子のお話を集めていまして、アズサちゃんって『飯野梓ちゃん』ではないですか?」
今度は母親の方が驚いた。
「あらー。今、一瞬神がかっていましたよね。そうですよ。ご存知です?」
「あたし、元同級生なんです。そのお話を伺うことって出来ますか?」
「ええ、いいですよ。じゃ、本人も呼んできますね」
母親は軽自動車に取って返し、先程の女の子と三毛ネコを連れて来た。妙子と亜朱沙は急遽予定を変更して、テラス席のあるカフェに母娘を案内する。亜朱沙たちは自己紹介と簡単な経緯説明をしていきなり問いかけた。
「いっぱい聞きたいことがあるんですけど、梓が、あ、飯野梓ちゃんが皆さんを救ったってことでしょうか」
「厳密にはアズの生命を助けて頂いたってことなんですが、娘の方もアズから離れそうになかったので、結果的に娘の生命と私の生命も、ってとこでしょうか。14年前ですから、娘は四歳、アズも生まれたばかりの子ネコだったんですよ」
母親は語り始めた。




