第17話 二人のあずさ
「梓ちゃんもジムでトレーニングしてたって言ったでしょ?」
「ええ」
「なんでだか、判る?」
「いえ?」
「梓ちゃんね、同じクラスに憧れの女の子がいて、その子は足が速かったんだって。クラスの人気者で成績も運動神経もとても敵わない遠い存在だけど、走るだけなら、練習すれば何とかなるかも知れない。そうしたらいつか一緒に走ってもらえるかもって思ってジムに通い始めたんだって。たまたまそこに陸上の専門家がいて、トレーニングの方法を教えてもらって、それで結構上達したって」
亜朱沙はポカンとした。梓、そんなことを考えてやってたのか。それであの代走。速い筈だ。
え? その憧れの子ってもしかしたら…。
「憧れの子が誰だか判るよね。名前も同じだって言ってたから、きっとあなたのことね、あずさちゃん」
「た、たぶん…」
「話の辻褄が合ったわ。梓ちゃんね、その憧れの子を傷つけることがあって、それでジムは辞めたって言ってた」
亜朱沙は心臓を槍で突き刺された気がした。
憧れの子。
亜朱沙はいつかの美順の言葉を思い出した。あたしのことを梓が時々見てるって。そうだったの、梓。
その憧れの子にあんな風に言われたら…。梓の髪が急速に脱色した理由は…やはりあたしの一言だった。
亜朱沙はまたポロっと涙を零した。妙子が遠慮がちに口を開いた。
「残酷なことを言ったと思う。だけど、梓ちゃんがあなたに言われた時も、そんな気持ちだったと思うよ。だからこれはあなたにとって、必ず通らなきゃいけない関門なの。ここから始めなきゃいけないのよ」
亜朱沙は黙って頷くしかなかった。傷つけたのはあたしの方なんだよ。梓じゃないんだ。加害者はあたしだよ!
「でもね、梓ちゃん、だからと言ってあなたのことを嫌いになった訳じゃなかったと思う。時々あなたのことを言ってたもん。その憧れの子は、これこれこんな風にやるんですーとかね」
バカ! 梓、憎んでよ。あたしのことなんか、憎み倒して恨み倒してよ! じゃなきゃ、浮かばれないよ、あたしだって。
「そう言う子だったのよ、梓ちゃんは。空より高く、海より深い。そんな魂を持っていたのね」
「はい、先生」
亜朱沙の言葉は素直に出た。
「あなたが持って来たお花、あるでしょ?」
「え、はい」
「私が預かっていいかな」
「はい。えっと、あそこには置いて来ちゃいけないって役場で言われましたけど」
「うん、大丈夫。花束は駄目だけど、生えてる分にはオーケイでしょ」
「生えてる?」
「うん。植えてみる。全部は無理と思うけど、一輪でも生き続けてくれたらそれでいいじゃない」
「はい」
亜朱沙は駒切中学校校舎近くに、北端中学校校庭のコスモスが咲いている光景を思い浮かべた。やっと梓に花を手向けられる。
「それでさ、これは確たる情報じゃないんだけど、震災の日、梓ちゃんを見たって人がいたのよ」
亜朱沙は顔を上げてごくりと唾を飲み込んだ。
「どこかのお婆さんを助けていたそうよ」
現実が、災害現場でのリアルな描写がいきなり亜朱沙を薙ぎ倒した。




