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第10話 病気?

 翌週、似たようなことが起こった。梓が家庭科の調理実習のために持参したエプロンセットを机の上に取り出して、家庭科教室に移動しようとした時のことだ。


「飯野さーん」


 廊下から梓を呼ぶ声が聞こえる。梓はキョロキョロと見回したが誰の声だか判らない。クラスメイトは連れ立って移動を始めている。仕方なく梓は廊下に出て周囲を見渡した。しかしそれらしい声の主は見つからない。梓は首を傾げながら机に戻り、改めて家庭科教室に急ごうとした。しかし…


 置いた筈のエプロンセットが消えていた。


 あれ? 出した筈なんだけど…。机の中やリュックの中を改めてみたがエプロンセットは見つからない。止むを得ず、梓はそのまま家庭科教室に小走りで向かった。


 結局、梓は調理実習に加われなかった。家庭科教師に小言を言われたが、衛生上の問題なので仕方ない。梓は同じグループのみんなが作ってくれたハンバーグとポテトサラダを食べて、代わりに洗い物と片付けを全て引き受けた。エプロンは翌日、体育館の用具室で見つかった。くしゃくしゃに丸められて、跳び箱の穴に詰め込まれていたと言う。梓は全く訳が判らなかった。


 次の週には上履きと再び体操着が行方不明となった。梓は担任教師に申し出て来客用スリッパで一日を過ごし、体育は見学になった。


 ロストしたのは持ち物だけではなかった。校外学習の『お知らせ』が梓にだけ届かなかったのだ。『お知らせ』は担任がプリントしたものを教室で全員に配布する。本来受け取らない筈はないのだが、たまたまその時、気分が悪くなったクラスメイトがいて、梓は保健委員として保健室に付き添って行った。熱を測ったり冷却シートを探しておでこに貼ってあげたりとお世話を焼いて、教室に戻ると次の授業が始まっていた。梓は『お知らせ』が配られたことすら知らなかった。


 校外学習の前日になって、何の音沙汰もないことを疑問に思った梓は、職員室に担任教師を訪ね、そこで初めて『お知らせ』を自分だけが受け取っていないことを知ったのだ。度々の失せものに、担任は梓を叱った。


「飯野さん、この頃注意が散漫なんじゃない?」

「はい、すみません」

「上履きだって、1年生のシューズロッカーに入ってたんでしょ?」

「はい」

「ぼーっとして入れたんじゃないの?」

「いえ、あ、はい、すみません」

「そんな生活態度じゃ、内申にも響くよ」

「は、はい…」


 梓は項垂うなだれた。本当に情けない。訳が判らないこともまた情けないのだ。『お知らせ』も机の上にあった筈だと担任は言う。しかし、それならすぐに判る筈だ。あの時は確かに机の上には何もなかった。どこかに飛んで行ったのかな。それとも…、私がおかしくなってる? 自身の記憶や行動に確信が持てない。こんなにもいろんなものを失くしたり忘れたりするなんて、私、病気、なのかな…。


 梓は項垂れたまま『お知らせ』を手にして職員室を出た。


「飯野さん!」


 虚ろな表情のまま梓は振り返る。そこには部活の格好をした駿がいた。


「大丈夫?」

「う、うん。ごめんなさい。みんなに迷惑かけて」

「いや、そんなじゃないんだけどさ、この頃、事件が多いよね」


 梓は駿の顔をまともに見られない。恥ずかしく情けない。駿も密かに心配していた。モノを失くしたり忘れたりが続いて、授業中もぼーっとすることが増えた飯野さん、急にこんな風になるなんて一体どうしたのだろう。


「私、どこかが病気かも…」

「うーん。急に忘れっぽくなるって、あるのかな」

「自信ないの、自分の記憶にも行動にも。だから私が全部悪いんだけど」

「でもさ」


 駿は白い歯を見せて微笑む。


「すぐに治るよ。だって以前はそんなことなかったじゃない」

「うん」

「大丈夫、自信持って! 体操着もエプロンも結局出てきたじゃん」

「うん。ありがとう。自己責任だから、が、頑張る」


 硬い表情で健気に頷く梓を、駿はまた好ましく見つめた。しかし駿も自らの行動が引き金だなんて思ってもみなかった。


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