普通のアゴ
「申し訳ありませんが、他を当たってください。」
あー!もう……聞き飽きた。どこに行っても、誰に訊いても、返ってくるのは同じ文言。やっぱりもう諦めるしかないのかくそったれ!
真冬のデコッパチ村は明かりが少なく、冷たい風だけが頬に触れる。そのアゴラーは、落ち着かない様子で積雪に足を叩きつけた。
「それにしても、寒いアゴネ……。」
この世界には国が存在しない。アゴンヌは定住せず、各地を巡る。アゴンヌの中でもアゴの発達が早く、異能を得たもの達をアゴラーと呼ぶ。アゴラーは珍しい存在ではないが、その異様な風貌と奇妙な能力から、アゴンヌ達からややほんのりなんかちょっとイヤな感じを醸されることが多い。ここにいる不憫なアゴラーもその一人。
そのアゴラー、ア=ゴア=ゴーアは、ちょっと顎の形を変えることができる能力を持っていた。かといって、はっきり言ってしまうと、役に立たない。
「アハ…アはアゴしか取り柄が無いのに…」
そう呟きながら、シャベルの形に変えた顎を巧みに動かして冷たい地中で眠りに着いた。
「ヒジー!!!ヒジー!!!」
な、なんだ!?
アは飛び起きるも、被せた土で頭を打った。よろめきながらも土を顎でどかし、外の様子を伺う。
……あれは!?ヒジヒジキ族だ!
肩に相当する部分に手のようなものがくっ付いていて肘を突き出しているように見えるヒジヒジキ族だ!ヒジヒジキ族はアゴンヌより知能が高い。しかし、余りにも無意味な肘に絶望して言葉を使えなくなってしまった種族だ。戦闘能力の低いアは、ヒジヒジキ族にすら勝てない。
ヒジヒジキ族は両肘を静かに合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「ヒジ……」
えっ?
「ヒジィッ……!」
その瞬間、アの視界はぐるりと廻った。空気が耳を掠める。目が回る。顎が揺れる。
ドサッ
アは気を失っていた。自分があるかどうかも分からない薄れた意識の中で、母アゴンヌと父アゴンヌの姿を思い浮かべていた。……おかしい。思い出せない。記憶をたぐっても、それらしいものが浮かばない。一瞬の思考停止の後、死の淵に至ったアは全てを理解した。
そう。アは偽りのアゴラーだった。ヒジヒジキ族により実験的に作り出された命を持たない土塊だったのだ。あると思っていた記憶は昨日植え付けられたもので、ただ観察された後に破棄される存在だったのだ。存在しない筈のヒジヒジキ言語のデータが記憶に戻り、ヤツの言葉が聞こえ始めた……
「……良ユニット捕獲。機能停止済。デルタアゴロン因子に異常なし。サンプルを採取したのち、帰還する。」
デルタアゴロン…?無いはずの記憶……分からない……でも、死にたくない……
アは、願った。
「自分が本当は何なのか、知りたいアゴッッッッ!!!」
アは顎で自分のツボを押し、瞬間のパワーでヒジヒジキ族の足を攫った。倒れたヒジヒジキ族は、こちらを見つめ肘を研磨し致死性を高めている。
もつれた足で立ち上がり、よろめく身体を支えながら、アは走り出した。確かな事は一つ。生きる目的があるということ。何もかもが信じられない世界の中で、アはひたすらに顎を伸ばし続ける。
真冬の白い空に浮かぶ、あの星に向かって———。
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