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9)無頼者(ならずもの)の噂

 小野屋の朝は掃除で始まる。町の商店街にある店は日中や夜間、それぞれの時間に店を開けているから、朝と夕はあちこちで挨拶が交わされる。

「おはようございます」

「あぁおはよう」

「今日は晴れだが、明日は雨だよ」

「ありがとうございます」

「風は今日から強くなるから、気をつけな」

「はい」

天気予報のないこの世界では、人間のタカは明日の天気などわからない。近所の住民たちが教えてくれるから助かる。


 三々五々各自の店に戻り、それぞれの生活が続く。

「あぁ、そうそう、小野屋のタカさん」

振り返ったタカの眼前にかんざしの付喪神が居た。色々と可愛い物を売っている店の店主だ。いつものとおり、さっさと恋人をつくって店に来いといわれるのかと思ったが、いつもは綺羅綺羅きらきらしいかんざしの付喪神の輝きが足りない。


「タカさん。あんた、無頼者ならずものって知ってるかい」

「ならずもの? ですか」

「そうだよ」

タカがこちらの世界に来てから物騒な言葉を聞くのは、これが初めてかもしれない。

「店で一人前にやってる小野屋のタカさんに、こういうことを言うのもなんだけど、どうやら近くの町に無頼者ならずもの連中が来たらしいよ。気をつけな。小野屋のタカさんや保安官のジョーさんみたいに、真面目にやってる渡人とじんを目のかたきにしてるって聞くからね」

簪の付喪神のとなりでは、櫛の付喪神も頷いている。


「気をつけたいですけど、相手がどんなのかもわかりませんし。どうしたらよいですかね」

タカは目の敵と言われても、戸惑うだけだ。

「おや、相手がどんなのかって、あんた知らないのかい? 」

櫛の付喪神の声に、散りかかっていた商店街の住民たちが戻ってきた。

「保安官のジョーさんがいるからさ、ここ何年もこの町には寄り付いてなかったから、来ないかもしれないけどね。用心するに越したことはないよ」

「徒党を組んで悪さして回る渡人とじんだよ」

「鼻つまみ者さ」

「だから小野屋のタカさん、あんたみたいにあたいらと仲良くしてる渡人とじんに嫌がらせして回ってるのさ」

「詳しいことは、保安官のジョーさんか、青行灯に聞きな。お尋ね者だよ。あいつらは」


 すっかり馴染んだ小野屋の店先で、タカは茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「どこにいっても、とんでもないのはいるんだな」

理想郷ユートピアなんてどこにもない。語源どおりだ。

「どうしやした? 朝っぱらから」

ビニール傘の相棒が、タカを見上げてくる。

「いや、すごい話聞いてさ」


 町の住民たちは、タカを気遣いながらも無頼者ならずものへの怒りを隠そうとはしなかった。前に来た時は、さんざん町を荒らして保安官のジョーに叩き出されたらしい。小野屋のタカさんはあいつらとは違うと言ってくれたけれど、同じ渡人だ。気にはなる。

無頼者ならずものって知ってるか」

タカの言葉に、ビニール傘の相棒は皺くちゃになった。顔を顰めたようなものだろう。

「あんまり良い話じゃないっすよ」

手長足長が気遣うようにタカをみている。

「タカがアイツらと違うってのは、みんな知ってますから、大丈夫っすよ」

「ありがとう」

タカはビニール傘の相棒の持ち手を撫でた。


 朝から気が重くなる話だった。タカは幸運だったのだろう。タカはあの日、突然眼の前に現れた百鬼夜行絵巻のような世界に腰を抜かして立ち尽くしていた。

「兄さん、どうしたんっすか」

タカに声をかけてきたのはビニール傘の付喪神だった。タカは見慣れていたビニール傘に安心してしまった。タカがビニール傘が喋っているという異常事態に気づいたのは、うかつにも渡人局に着いてからだ。


「あなたにピッタリのお仕事がありますよ」

渡人局の青行灯にそう言われるころには、タカは驚くことを止めていた。青行燈が勧めてくれた小野屋の住み込み店員として働くことに頷いた。あの日から、タカはタカなりに真面目に生きている。タカは、このあやかしの世界に来てしまった異邦人だ。タカの側が異分子なのだ。小野屋のタカと町の住民たちに呼んでもらえるのは、タカが受け入れられるように努力してきたからだ。厨二病両親のお陰だと認めるのは悔しいが、違うとは言えない。


「知らない奴の噂だけ聞いて、あれこれ言うのはどうかなって思うけどさ。無頼ぶらいなんか気取ってないで、真面目に働けばいいのに」

「そうだな」

タカの独り言に相槌をうったのは、保安官のジョーだった。



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