2)相棒と町の住民たち
「それでカウンターが焦げてるのか」
保安官のジョーが、焦げたカウンターに手を置いた。
「ふんっ」
焦げたカウンターは元特殊部隊隊員の筋力に耐えた。
「表面だけみたいだな。それにしても、さすがは付喪神様だ。流石ですね」
保安官のジョーの賞賛の目がビニール傘の相棒を捉えていた。
「いや、夢中だっただけっす」
「何を何を。いざという時に発揮できるのが実力ってやつだ。実に素晴らしい」
「照れるっすねー。保安官のジョーにそう言ってもらえるなんて、とっても嬉しいっす。ありがとうございやす」
保安官のジョーとビニール傘の相棒のやり取りに、タカは我に返った。
「ありがとう相棒。君は命の恩人だ」
「相棒だからね」
「保安官もありがとうございました」
「仕事だからね」
ビニール傘の相棒の口調をまねた保安官のジョーの口調に、笑い声が広がる。
タカは、相棒と呼ぶ付喪神のビニール傘に最初に会ったときのことを思い出していた。訳が分からずにいたタカを渡人局まで連れて行ってくれたのが相棒だ。
渡人局は、タカのように世界の狭間に落ち込んでくる者たちに、仕事を斡旋してこちらでの生活を教えてくれる。本名でなく通称を名乗るとかの習慣を、窓口の青行灯はタカに色々教えてくれた。あの日タカは疲れ切っていたから、行灯から声が聞こえることに驚かずに済んだ。知らずに失礼をしなくてよかったと思う。
「あと、これは大切なことなのですが、気持ちをしっかりもって聞いてくださいね。世界を行ったり来たり出来るのは、相当に高い適正がある方だけなのです。例えば、小野篁さんは、機械世界でも有名な方だそうですが、自在に行き来なさっておられました。ご存知でしょうか」
青行灯の笑顔、かどうかはよくわからないが多分そのつもりの炎のゆらめきは、タカに気を使っていたのかも知れない。
小野篁は、タカの父親、永遠の難治性重症厨二病患者憧れの人の名前だ。タカはその場で帰還を諦めた。なにせ平安時代に昼間は朝廷で官僚をして、夜は地獄で閻魔大王の補佐をしていたような人物だ。平々凡々、人生に迷いまくっているタカなど足元にも及ばない偉人だ。帰れないという絶望を、小野篁の存在が軽く吹き飛ばしていった。あの瞬間、自分はここで生きていくしか無いんだと、タカの覚悟が決まった。
ビニール傘とは、相棒と呼べと言われて、渡人局に案内してくれた後もなんとなく一緒にいて今に至っている。タカは無料でビニール傘が手に入ったとしか思っていなかった過去を、記憶の底に封印した。あの頃の自分はこちらの世界に来たばかりで無知だった。数々の失敗を、機械世界の住人だったのだから仕方ないと相棒や相棒の先輩付喪神たちは言ってくれる。だが、タカが自身がそれを言い訳にするのは筋違いだ。人並みを地で行くタカだが、平凡には平凡の矜持がある。タカは、無知を盾に他人に失礼な行いを正当化するような、勘違い野郎なんかでは、絶対にない。
焦げたカウンターに、あらためてビニールという熱に弱い素材なのに立ち向かってくれたビニール傘の相棒への感謝の気持ちが、タカの中に湧いてきた。この感謝を、ビニール傘の相棒の先輩である付喪神たちにも伝えてこそ、タカと相棒は本当の相棒になれる気がする。
今晩は、化け猫姐さんたちにお願いしてお店でお祝いをさせてもらおう。お祝いに、お店で烏天狗にもらったお酒を皆で飲みたい。こちらでの生活を当たり前のように考えた自分に、タカはちょっと安心した。
「いらっしゃいませ」
引き戸が軽い音を立てた。顔には嘴、足に水掻きがあって頭には皿が載っている。河童だ。
「タカさん、すまねぇけど手ぬぐいをかしておくれ。店を濡らしちまう」
「はい」
「ありがとうよ。また氷菓をもらおうかい。仲間の分ももらいたくてね。お代はこれでどうだい」
河童が差し出した魚籠の中には川魚がいた。
「こいつはなかなかに旨いんだ。素人が焼くのは難しいから竈門の神様に頼みなよ。お店の皆で食べな」
「美味しそうですね。ありがとうございます」
「何、前にタカさんにやった米を旨い握り飯にしてくれたからね。その礼さ」
「竈門の神様のおかげですよ。 ここの湧き水は水神様をお祭りしてますし」
タカはこの町で、様々な住民たちに支えられて生きている。