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18)猫又姐さんの居酒屋で

「美味しいですね、これ」

タカの眼の前で、吸血鬼が焼きとうもろこしを頬張っている。

「ありがとうございます。僕、前から聞いていて一度食べてみたかったんです」

吸血鬼は、満面の笑みでトウモロコシにかじりついた。

「よかった」

タカは満足していた。今年最後のトウモロコシが、タカの眼の前で見る見る芯だけになっていく。タカはお駄賃制に変えてよかったと、心から思った。


 お兄ちゃんドラゴンは炎の調節の練習のために、持ち込まれた品物を焼いていた。お兄ちゃんドラゴンが町にいるのは午前中だけだ。吸血鬼を始めとした町の夜の住民たちは、お兄ちゃんドラゴンを見たことすらない。何かを持ち込んで焼いてもらうなど、無理だった。


 お駄賃を払うという形式にしたから、夜の住民たちはお兄ちゃんドラゴンの力作を口にできるようになった。昼の住民の中には色々言う人も居たが、小人の店長が釘を差してくれた。何より、タカの懸念が本当だったことがわかってよかった。奇妙奇天烈摩訶不思議な絵巻物のような町の中にも、お兄ちゃんドラゴンの善意に付け込む住民はいるのだ。誰の根性が曲がっているのかもわかった。もう二度と店に来ないと捨て台詞を吐いていったのもいたが、タカは店長ではない。客が減っても痛くも痒くもない。他人の善意にタダ乗りする奴のことなど、知ったことではない。


 夜の住民たちは諸手を挙げて大歓迎してくれた。お駄賃の福を払えばドラゴンのお兄ちゃんの力作を口にできるようになったからだ。というわけで、タカは最近、猫又姐さんのお店で色々注文をもらうようになっていた。


 八百屋の大八車の付喪神が勧めてくれる焼いたら美味しい野菜を、タカが買い上げる。お兄ちゃんドラゴンが焼いたあと、タカが預かっておいて、猫又姐さんの居酒屋に持ち込む。持ち込みに関しては、猫又姐さんは歓迎してくれて、温め直しも引き受けてくれている。


 お礼といっては何だが、猫又姐さんがご注文なさった品に関しては、タカは最高の品を提供している。どれが最高かを選んでいるのは竈門の神様だから、絶対に間違いはない。


 昨夜のことだ。

「あの、僕も頼んでよいでしょうか」

「え、あれ、まだ注文聞いてなかったっけ。ごめん」

「はい」

「遠慮してたの」

「まぁ、僕、夕方は猫又姐さんの店の給仕をしていますから。仕事中に食べるのは駄目なのかなって思っていたんですけど」

「んなもん気にするな。旨いもんは旨いんだ。食って元気に働いて、それが一人前いちにんめぇよ」

番傘の親分の声に、店中から賛同の声が響く。


「ありがとうございます」

ホッとしたように笑う吸血鬼の口元では鋭い牙が光っているが、なんだか可愛らしい。

「あの、トウモロコシ、そろそろ終わりだと思うのですが、あったらお願いしたいです」

吸血鬼のほうが、タカよりも年上だ。タカの寿命の数倍は生きており、タカが死んだ後も生き続けることくらい、タカも知っている。あまりに控えめな吸血鬼の願いに、タカの中で何故か使命感が沸き起こり、季節最後のトウモロコシを吸血鬼のために確保した。


 本当に美味しそうに食べる吸血鬼は、タカを幸せな気持ちにしてくれた。

「美味しく食べてもらえてよかった。きっとお兄ちゃんドラゴンが、すごく喜ぶよ。伝えておく」

出会いの印象が強烈だったせいだろうか。どうしてもタカには吸血鬼が年下のように思えてしまう。反抗期真っ只中の発言を聞いてしまったせいなのか、育ちの良さを感じさせる丁寧な口調のせいなのか、理由はタカにもわからない。

「本当に美味しかったと伝えてください。あの、このトウモロコシを作ったかたにも」

季節の終わりのトウモロコシは、見事なまでに芯だけになっていた。

「八百屋の大八車さんのお勧めのトウモロコシなんだ。伝言を頼んどくよ」

「あ、あの夜明け直前に野菜を積んで町に向かっている方ですか。僕よくお会いするので、僕からも伝えます」

「そうだね。それがいいよ。それにしてもそんなに朝早くから運んできてくれてるんだ。知らなかった。教えてもらってよかったよ。今度お礼を言っておく」

大八車の付喪神は、どの野菜が美味しいかとか、焼くならこっちで煮るならこっちとか、タカになんでも教えてくれる頼りになる存在だ。


 食べ終わった芯を名残惜しそうに片付けた吸血鬼は、いつもどおり店の給仕を始めた。

「それにしても、お兄ちゃんて可愛らしく呼ばれているんですね。随分大きいと聞きましたが」

猫又姐さんの居酒屋は、大半が常連客だ。町に来てすぐのタカをその日から受け入れてくれたし、給仕をしている吸血鬼とタカが話をしているくらいで文句を言う客もいない、この店がタカは好きだ。

「大きいけど、子供だよ。俺は前にお母さんのドラゴンに会ったから。お母さんは店の前の通りの幅一杯だったから。それに比べたらかなり小さいよ。夏頃には小野屋の店内にも入れたな。今はそろそろ無理かな」

太古の昔、恐竜は生きている限り成長し続けたと聞く。機械世界と呼ばれるタカがかつて居た世界に暮らしていた恐竜と、この摩訶不思議な世界に生きるドラゴンは違うだろうけれど。お兄ちゃんドラゴンがどこまで大きくなるのか、想像するのも楽しい。


「毎朝山から空き地まで飛んでくるんだけどね。なかなかに豪快な着地で。俺も知らなかったんだけど、小人の店主に、空き地が最近ドッスン広場って呼ばれてるって教えてもらったよ」

「そうそう、尻から着地したり」

「ありゃあ尻尾もかなり痛そうだが、本人はケロッとしとってなぁ」

タカの言葉に、あちこちから解説が入り、店内に笑いが広がる。


「おふくろさんのドラゴンは小野屋の前に突然現れやしたけど、静かなもんで。朝起きるまで、小野屋の誰も知りませんでしたからねぇ」

ビニール傘の相棒の言うとおり、朝起きて店の扉を開けるまで、タカは何も気づいていなかった。

「ドンッてくらいの日もありやすけど、ドッスンのほうが多いっすねぇ」

ビニール傘の相棒は、初対面で炙られたのに、毎朝お兄ちゃんドラゴンを広場まで迎えに行っている。ビニール傘の相棒は、本当に良いやつだ。


「朝、少し揺れているなと思っていたのですが。あれはドラゴンの子供の着地だったのですか。ジョーからは気にしなくて良いと聞いていましたが、僕が寝ていて気づくくらいですから、まぁまぁ揺れていませんか」

「寝てるってあの棺桶だよね」


 吸血鬼が背負っていた棺桶も、かなりの臭いがしていた。臭いが消えたか心配だが、使っているようだから消えたのだろう。

「えぇそうです。寝床としては完璧です。僕、あれがないと眠れないんです。昼間のほうが活動している住民が多いので、遮光だけじゃなくて防音防振動とか性能にこだわって作られているんです。僕、夜は使わないので、一度試して見られますか」

吸血鬼の笑顔はタカを見ていた。


「え」

生きている間に棺桶で眠ってみるかといわれて、タカは戸惑った。

「俺じゃ入らないんだよなぁ」

タカの耳に、残念そうな保安官のジョーの声が飛び込んでくる。

「なかなか素敵な寝心地よ」

まさかの猫又姐さんの言葉に、タカはのけぞった。

「ま、手だけ入れてみたんだが、適度に硬くて柔らかくて、あれはいいな」

タカは恐る恐る保安官のジョーの顔を疑ったが、自分の妻が他の男の寝床を借りても平然としているどころか、棺桶を褒めている。

「あの、またの機会にします」

棺桶は棺桶だ。なんだか縁起が悪そうな気がして、タカは遠慮した。


「それにしても、少し心配ですね。飛び立つときと着地が一番危ないですから。そのうち怪我でもしたらと気になりますね」

吸血鬼の言葉で、棺桶の話題が終わってタカは安心した。

「コツでもあるのかい? 」

ろくろ首の吐く煙管の煙が、ストンと地面に落ちた。


「確かにコツはありますが、僕とは体の作りがちがうでしょうから、どうでしょう」

「見て確認ってわけにも行かないしねぇ」

「昼間は僕はちょっと」

吸血鬼の言葉に店中がうんうんと頷く。

「子供に夜更かしはさせられないねぇ」

居酒屋の客たちが、仲良く首をひねっている。

「山に親御さんがいるってから、ちょっくら尋ねてみるかい」

ろくろ首の口から煙管の煙がゆらゆらと、店の天井へと漂っていった。

「で、行くやつだが、誰が適任かって言えばなぁ」

番傘の親分が、タカを見ていた。



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