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両手にヒロイン、どうもアシスト役です  作者: riyu-
第五章 どうも、雲行きが怪しくなってまいりました
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第56話 私の知らない、同じ世界の物語

大変遅くなりました。

説明多めです。

 『妊娠しているかも』


 ……その言葉が何を意味しているか。

 今世では、学園において保健体育的な授業は存在しない。

 それでも、前世の常識は、きちんと私の中にある。


 つまり、その言葉が、何を意味するのか、当然私には分かるし、ハンナも婉曲的にそれを伝えようとしているのだろう。

 激しい衝撃に、思わず絶句する。

 しかし、それと同時にどこか冷静な私が、横に座るラウル兄さまを意識する。


 誰の子なの?あの異国の皇子に襲われたの?どうして今、あなたが鎖に繋がれているの?


 今日ほど、心の声で会話できないことを不便と思ったことはない。

 まあ、仮に会話できたとして、それをラウル兄さまには読み取られないようにするのも、またひとつ大変なんだけれど。


「会長」

「何かな?」


 ラウル兄さまは事前に聞いていたのであろう。

 ちらりと横を見ると、感情の読めない無機質な能面のような表情を浮かべている。


「二人きりにしてもらえませんか?」

「……君は、既に約束を破っている」


 約束?


「あら、会長はピュアすぎてご存知ないのかもしれませんが」


 ハンナは挑戦的な目で会長を見返す。


「この年で、子どもは妖精が授けるもの、なんて本気で思っている子、おりませんわよ」


 王妃(候補)教育のたまものだろうか、ものすごく貴族っぽい挑発である。

 ……というか、そうなのか。うちのクラス、私以外本当の意味での女の子はいないし、私、前世の知識がなければ、ほんとにそう思ってそうだけど。なんなら、ここ、魔法の溢れるファンタジーの世界だから、半分くらい今の今まで子どもは妖精が授けるものなんじゃ、って思ってたし。


「そうなの、アンネ?」


 ラウル兄さまが至近距離でこちらを向く。

 思わず、顔をそらす。


「君とちがって、アンネは高位貴族だからね」


 ええ、箱入り娘であることは認めますよ!おそらく交友関係は全部お父様に把握されているでしょうし!


「どうやら、知らないみたいだよ?」


 なんで、今の反応でそっち方向に理解するんだよ!

 と思わず、顔を戻してしまう。あ、ちがう、これ、カマかけ系だわ。はは。


「そんなこと、ないみたいですよ?」


 ハンナさん、追い打ちかけないで!何度目かの顔ぼんっである。

 ゆでだこのようになっているであろう私を、ラウル兄さまは、じっと見つめる。


「それに、会長()()が知りたいことは、もう全部話したはずです」


 声にやや自虐的な色が混じる。

 

「アンネと話すことは、例の使者様も認めてくださっていましたよね?」


 ……ああ。きっと、私が来る前に、この部屋に強力な結界を張った張本人、王家の使者こと我らが師匠、ルーガル・ファリオットが、ハンナを取り調べたのだろう。それも、おそらく、単なる取調べではなく、自白させるような魔法付きで。


「……1時間だ。それ以上は、許可されていない」


 無理だろうと思っていたが、許してもらえるらしい。

 まあ、別室で盗聴されてそうだが。


「それと、アンネ」

「……はいっ!」

「あとで、少し話そうか」


 どうして公爵令嬢の君が、”子どものつくりかた”なんて知っているの?

 そう目が語っていた。いろいろとまずい。後で知らないと言い張るしかない。

 私は何も知りませんよ、何のお話しするんですか?みたいな表情を意識的に作る。

 ……うまく作れているかは分からないが。


 ラウル兄さまは、どこからか砂時計を取り出し、それをいつの間にか目の前にあった木製のサイドテーブルの上に置く。この砂が落ちきったら終わり、ということなのだろう。


「くれぐれも、私のアンネに変なことを吹きこまないでね」


 腰に回していた手で、私の髪をさらりと撫でると、ゆったりとラウル兄さまは立ち上がる。

 一瞬、ぶわっと湧いた色気に、あてられそうになるのをなんとか理性で止めた。


 ドアが閉まり、また鍵がかかる音がする。


 こうして、この部屋には、二人だけになった。

 

「……さてと」


 茶目っ気溢れる茶色の瞳。

 結界のせいで、いつも彼女の周りに見えている、ひまわり色の光がなくっても、明るいその声のおかげで、部屋が少し明るくなったように錯覚する。


「ごめんやけど、時間もないし、いろいろはしょって話すわ」


 いつもの関西弁が戻る。

 なんだか泣きそうになる。


「正直ね、何があったか分からへんねん」

「え?」

「別に発見されたとき、服が乱れてたとか、そういうのじゃないんやけどさ」


 どういうことだ。


「ただ、連れ去られたときとは違う服を着てたらしくて」

「???」

「うち的には、たぶん探知魔法が制服にかけられてるんちゃうか、みたいなこと疑って、着替えさせられただけやと思うんやけどね」


 ハンナの推理は続く。


「ただ、発見された場所が悪くって」

「うん?」

「いやあ、なんか、」

「ごめん、ちょっと待って」


 王子の説明だと、私が連れ去られたとき、同時にハンナも連れ去られたはずだ。

 ただ、私は連れ去られた、と認識した直後、薄暗い部屋にいて、後ろ手に手錠のようなものをかけられた。だけど、そのとき、周りには、あの怒れる先輩以外誰もいなかったように思う。

 そう伝えると、ハンナは、ああ、そっか、ごめんごめん、とへらりと笑った。


「あのね、たぶん私たち別の部屋に連れて行かれたのよ」


 ハンナは淡々と語る。

 あのとき、私とハンナは一旦同じ場所に連れて行かれ、おそらくすぐさま探知を遮断する結界に入れられた。

 その上で、おそらく身に着けているものすべてをはぎ取る、風魔法をかけられた。

 ……まるで少年漫画のような魔法である。


 ルドルフ先輩は、怒りに任せて、やや自暴自棄になっていたように見えたが、どこまでも冷静だったようだ。……むしろ、感情が爆発した結果、いつものキャラが崩壊し、本来の優秀な人格が機能していた、ともいえるかもしれないが。

 我が校の制服は、通常仕様のものでも誘拐対策のために探知魔法や一定の防御魔法がかけられている。そのため、もし、制服をそのままにしていれば、目の前でさらわれた以上、すぐさま探知魔法で発見されるだろう。

 だから、はごうとした。その鎧を。


「やっぱり、公爵令嬢ってすごいんだね」


 ハンナの口から思わず漏れた一言。胸がきゅっと絞めつけられる。

 ハンナは、このとき、おそらく一旦すべて脱がされたのだろう。そのうえで別部屋に移動させられた。彼女が発見されたのは、その日の夜。ハンナ探索の協力を要請するため、一時的に帰省し、夜遅くに寮に戻って来た彼女の幼なじみ、ロナルド・テルマエ―ルの部屋の、ベッドの上だった。


 他方、私の制服には、公爵家御用達の高位魔法師がかけた防御魔法がかけられている上、師匠特製の魔道具であるこのピアスがある。特にピアスは私の意思なくしては外せず、ピアスを外さなければ、制服を含む衣服一式は脱げず、割くことはおろか、汚すこともできない仕様になっているらしい(これは、事件後、実家で師匠から聞かされた)。そして、ピアスの着脱情報は、すべて父と師匠の手もとにある専用の端末に記録されるらしい。

 つまり、私の身が、”汚されていない”ことは、発見状況からも、その記録からも明らからしい。なお、私は、連れ去られた30分後には、師匠の魔法により、生徒会室のソファに座った状態で発見されたらしい。


「あ、ごめん。皮肉みたいになっちゃった。せやけど、悪いのは100、あの先輩やから」


 何も言えず、黙り込んだ私を見てハンナはやや焦ったようにフォローする。

 本当に、どこまでもこの子は優しい。唇をかまなきゃ、既に潤っている目から涙が落ちてしまいそうだ。


「で、まあ、ベッドの上で発見されたってのもよくなかったけど、服がちゃうし、あとワンピースの下、なんも着てなかったってのがよくなかったんやろな」


 半日後に、真っ白なワンピース一枚の姿で、それもベッド上で発見されれば、まさか、との疑いは生じるだろう。そもそも我が国の子どもは、その魔法の素質から誘拐の対象となりやすい。

 まだ、今のような鎖国的な政策が取られる前、都市で大規模な誘拐事件が起きたこともある。誘拐された子どもたちの多くは、子を産む道具にさせられ、その結果、今の帝国が支配する地域に、少数ながら魔法を使える人々が存在している。

 

 特に、学園側は、ルドルフ先輩が、かの帝国の皇子であることを知っている。もし皇子自ら魔力豊富な令嬢に手を出し、その令嬢が身ごもりでもした日には、単なる国際問題では済まない。普通に考えれば、悪いのは100皇子でも、皇族の血を引く子を引き渡せと帝国に要求された場合、王国はどうするのか。

 帝国と正面から戦って、果たして我が王国が勝てるのか。

 ……おそらく無理だろう。魔法は万能ではなく、魔法師も銃弾が当たれば死ぬのである。全員がミサイル級の攻撃に耐えうる防御魔法を使えるわけではないのだ。そして、死んだ人間は二度と蘇らない。


 かといって、もし、Sクラス級の魔法の素質を持つ子が、帝国の手に渡れば、なおも拡大を続ける帝国に、さらなる拡大の原動力を与えることになる。拒否すれば、見せしめのように大都市を破壊し、多くの人命を奪うことを何ら厭わない今の皇帝に、そんな強力な”武器”を与えたいなど、当然誰も思わない。


「あ、でも、たぶん大丈夫やから、そんな深刻な顔せんとって」

「え?」


 ただの空元気にしては、自信に満ち、そしてやはりどこか諦めたような声で、ハンナは言った。


「それは、やってないってこと?それとも妊娠してないってこと?」

「うーんとね、まず、やってはないと思う。」


 やや含みのある言い方である。


「私、キミサゲ、めっちゃやりこんでたんやけどさ」


 久々の登場、この乙女ゲームの略称である。正式名称は「君に捧げる、指輪とともに」。


「あの先輩の性格上、そういうことはしないと思うんよね」


 ……メイン攻略対象の一人、ルドルフ先輩ことシェラルド・フォン・リング。前皇帝の第二皇子であり、今の皇帝に息子がいないため、皇太子の地位にある彼の設定を思い出す。

 ゲームで見えるのは、その人の人生のほんの一部であり、その人の性格の極一部しか知ることはできないはずだ。それなのにハンナは言い切る。


「あのゲームってさ、実はメインヒーローごとに小説化してるんよね。人気すぎて」


 ……それは初耳である。


「あー、小説までは見てないんか。わりとライト層やった感じ?」


 いや、そもそもやったことないんですよ。質問というより、独り言のような感じだったので、そのまま黙る。


「まあ、時間ないから説明はしょるけど、うん、あの人の初体験は、まだなはずだから」


 ……えっと。


「あ、もしかして、前世、18歳まで行ってない?***やったことない感じ??」

「え?」


 今日は、ほとんど「え?」しか言っていない。

 というか、今のはなんだ。ノイズがかかったような。


「今、なんて」

「だから、18歳まで」

「そこは聞こえた」

「ん?***?」


 やっぱり、聞こえない。

 私の表情を見て、ハンナも何か察したらしい。


「あっちゃー、前世持ち同士でもだめなのか。」

 

 わざとらしく手で額を叩く。そういう動作、ほんとにする人いるんだ。


「で、結局、18歳は超えてた?」

「覚えてないけど、それはたぶん」


 前世の記憶、転生者によってその明瞭さには差があるようだ。

 だが、今、気になるのはそこではない。


「何が、だめなの?」

「***」

「え?」

「聞き取れないんでしょ?」


 今度は、やれやれという動作がついた。


「『前世』『転生』『キミサゲ』これはいけるんでしょ?」


 こくりとうなずく。


「『***』がだめってことは、もしかして、『***』『***』『***』も無理か」


 こくりとうなずく。


「えっとね、このゲーム、いくつかバージョンがあるんだよね」

「っえ?」


 無意識のうちに薬指の指輪を触る。指輪は何も答えてはくれない。 

お読みくださりありがとうございます。

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