第55話 安全地帯からは見えないもの
*次回、ややR15です。
*25/3/25:加筆しました。
「久しぶりだね、アンネ」
固まる私を動かしたのは、もう一つの懐かしい声。
「ラウル、兄さま」
「うん」
視線を左にずらすと、3人掛け用のソファがひとつ。
心の準備は一応したはずなのに。その中央に座る美少年を見て、心が大きくざわついた。
もともと白い肌が、いまは不健康な白さで痛々しい。大丈夫ですか。そう駆け寄りたい心に、あんたのせいでしょ、と理性がささやく。
直ぐ近くに置かれている杖が、ここ数日、ラウル兄さまに課された罰の重さを象徴しているかのようだ。
「アンネ」
「……はい」
「泣かないで」
……なんでだろう。なんで、この人の前だとこんなにもすぐ涙がこぼれてしまうのだろう。
私は、これからあと何度、彼を犠牲にしてしまうのだろう。
「こっちに来て、アンネ」
「……はい」
いつも、そっと側に来て身勝手な涙を拭ってくれた彼が、自分の力だけじゃ動けない。
その事実に、また涙があふれる。
みっともない。情けない。自分が。
本当は、拒むべきなのだと分かっている。
でも、私のミスで罰を受けて、それなのにいつも通り私に愛情を示そうとしてくれているラウル兄さまを、今、突き放すなんて。心の弱い私には、できない。
ラウル兄さまに示されるがまま、その横に腰かける。
ふわり。温かな日差しのように、ラウル兄さまの顔全体に喜びが広がる。
そう、この人は、私にとって子どもの頃から、太陽のような人なのだ。ずっと、ずっと。
ラウル兄さまは、大切で、繊細な宝物を愛でるがごとく、私の目元を優しく拭う。
その様子に、また、涙が一滴。
そんな私を愛おし気に見つめながら、ラウル兄さまが、私の髪をひと房持ち上げる。
「この姿を見るのは、何年ぶりだろう」
「へ?」
ラウル兄さまの手には、輝くような銀色の髪。
シルバーブロンドの髪に金色の瞳。それが本来の私の姿。
だけれど、我が家の主流はブロンドに真っ赤な瞳だ。幼少期はなぜか赤髪で、そこからどんどん成長するにつれてブロンドへとなっていく。まあ、ルーは出会った8歳の時点で、既に綺麗なブロンドだったけど。
そんでもって銀髪は、カラフルな髪色が特徴の我が国でも、かなり少数派だ。その多くは、ラウル兄さまの家、つまり、精神魔法を得意とするファリオット家で、ときたま王家にも現れる。
……まあ、だから、銀系統の髪は、金目と並んで、精神魔法の使い手では?と疑うヒントとなりかねない。というわけで、師匠お手製のピアスによって、私は、目の色と髪の色を変えているわけである。
説明はこのくらいにするとして。
……えーっと、ピアスはついて…るね。
ってことは、術式解除系の魔法がこの部屋全体にかけられているってことかな。
じゃあ、瞳の色も、金色になっているのか。
そうだ、この姿でラウル兄さまと最後に会ったのは、もう4年も前になるのか。
魔法の塔にいたとき、私たちと、頭巾なしに会うことが許されていた、ほんの少人数のシスターから、まるで一対の天使みたいだ、と称されたこともあるほど私たちの色彩はよく似ている。正直、造形という点では、私はラウル兄さまに遠く及ばないが、銀髪金目のおかげで、何割か増しに見えるのだ。
「……いや、まじで待って待って……」
すっかり存在を忘れかけていたベッド上のハンナが口を開く。
それとともに、ものすごーい羞恥心が一気に私を襲う。
今、私の顔は、漫画であれば「ボンッ」という特大の擬音語がつくくらいの速さで真っ赤になったことだろう。
こういうとき、扇子を持てない初等部貴族は困る。おかげで、止まることなく流れ続けていた涙がたちまち止まった。
「ハンナ・バルネア」
ラウル兄さまが、冷ややかな視線をハンナに向ける。
「邪魔、しないでもらえるかな?」
魔法の塔で、私以外に向けていた(らしい)、あの冷たい表情である。なんかいろんな意味で今、ゾクゾクって来ました。だめだ、情緒不安定すぎる、私。
「いやいや、ちがうでしょ、会長」
それにめげないハンナ。
というか、そうだよね、まずハンナの状況に触れるべきところ、私情に流されまくって、意味の分からない、素人TL漫画みたいな場面を見せ掛けた……いや見せつけている場合じゃない。
もはや当然のように腰に手を回し、手に持った髪に口づけせんばかりの雰囲気を出しているラウル兄さまを必死に制止する。あと、髪も回収!
「会長」
「ラウル兄さまって呼んでくれないの?」
悲しそうな顔でこちらに視線を戻す天使。うぉおおおおおお、心臓に、むぎゅっときた!
「……アンネ」
「わかってる!」
残念なものを見るかのような目で見ないでちょうだい、ハンナさん。
「そんな設定なかったはず。え、なんなの、ここのカップリングが人気だったから、後から追加された?そうなら、公式、まじないす。確かに、そうであれば、いろいろとつじつまが……」
……よくわかんないけど、そのつぶやき、この距離だと全部聞こえてますから!そんでもって、その話、ここですると、いろいろまずいでしょ!
困ったことに、心を読む系の魔法さえ、ここでは使えないようだ。
……この部屋の範囲で、あらゆる精神魔法まで解除しているなら、絶対、師匠作のオリジナル結界だろう。
ちらりと視線を戻す。さっきは、捨てられた子犬のような顔をしていたのに、今は、期待に満ち溢れたきらきらした目でこちらを見ている。
ああっ、もうっ、話が進まない!
「ラウル兄さま」
「はーい?」
「話を進めても?」
そもそも、この場に私を呼び寄せたのはラウル兄さまなわけで。まだ用件はまったく聞いていないが、ハンナがいて、師匠の結界が張られている以上、例の件の話に関係する、わりと深刻なお話の場なんじゃないの?ハンナ、完全に罪人みたいな扱い受けているし。
「アンネ?」
ものすごく自然に後ろから抱きつかれる。お行儀よく手前に座ったせいで、後ろががばがばだったのがよくなかったようだ。だめ、私の肩に、そのご尊顔を乗せるでない!
「……かいちょう」
「はぁっ……」
わざとらしく耳もとでため息がつかれる。
よかった、既に顔が真っ赤だから、これ以上は赤くならない。
ラウル兄さまがゆったりと座り直す。その横で、私もちゃんとソファに座り直す。
……まあ、腰に回された手はそのままなので、離れられないんですけどね、ええ。
ハンナの口元が何か言いたげにぴくり、と動く。
でも、私にはどうしようもできないんだよ!、と目で訴える。
いや、あんたねえ……という呆れた目で見返される。
はい、ごもっともです。
「……話を始めてもよろしいでしょうか」
「お願いします」
このままでは埒が明かないと悟ったのだろう。
面目ない。
「……アンネ、私ね」
ラウル兄さまの手に気持ち力が入る。
「妊娠しているかもしれないんだって」
「……え?」
お読みくださりありがとうございます。




