第54話 間違い探し
遅くなりました。
*修正(24/11/10)
「今日の授業はここまで」
カイル先生が教室を出ていく。
学校に戻ると、そこには”いつもの日常”があった。
まるで何事もなかったかのように、皆が私に挨拶をし、時間割通りに授業が始まり、いつものメンバーでお昼ご飯を食べる。
違うのは、いつも隣にいた、”彼”がいないだけ。
誰も、”彼”の名前を口にしない。
……それともう一つ、席を挟んだ隣の席も空いたまま。
「姉様」
「わっ」
いつの間にか、横にルーウェンが立っていた。なんだか、ものすごく久しぶりに見た気がする。
既に帰り支度を終えた双子が、ちらりとこちらを振り返る。
「生徒会室に行きましょう」
「え?」
「例の補講、今日はないんですよね?」
「あー、うん」
思わず素で答えてしまう。
あれから、結局、私は1週間の自宅療養(実質的には、自宅謹慎に近い)を命じられ、アンセニェ先生の補講については免除された。あと、王子の上申によって、しばらく王子妃教育も保留されることになったらしい(あまりにもよく倒れるから、王子妃としての適正に疑いありとされたんじゃないか、と推測している)。
ちなみに、今日、王子は公用で遅刻して来た。だから、挨拶含め、まだ一言も話していない。
あの後、王子の記憶は消されたのか、はたまた口外禁止の魔法をかけられたのか、そこんとこはよく分からない。
「冷たい弟だな。今日くらい、好きにさせてやれよ」
独り言にしては大きすぎる声で、フラムがつぶやく。
「将来宰相になられるお方は、我々とはちがうお考えをお持ちのようですね」
珍しく、ブレーキ役のはずのフラメまで毒を吐く。
「……何か、言いたいことがおありのようですね」
ルーウェンがすっと目を細める。こちらも珍しく、真正面から答える。
「いえいえ、友人がいない方には、酷な要求でしたね。失礼しました」
にっこりとフラメが振り返る。やめてやめて、確かにこの子、友だち、いないけど!
「……っ」
「ルー」
この子、最近は何を言い出すか(&何をし出すか)分からないので、ここはすかさず止める。
ただでさえ、我が家について、今、いろいろなことが言われているのだ。これ以上、噂の種を増やすわけにはいかない。
「そうね、最近行けていなかったし、行くわ」
「お嬢!」
黙って、というメッセージを、きちんと受け取ったフラメが、今度はいつもどおりフラムを押さえてくれる。フラムが気遣ってくれているのは分かっているが、こういう場面で甘えられないのが高位貴族なのだ。
「行きましょう、ルー」
「……はい」
瞳の奥で揺れていた炎が、すっと消える。そうよ、あなた、一応冷静沈着クールキャラなんだからね。
……っと、いけない、また公式設定でレッテル貼りをしてしまいそうになる。
ルーウェンとともに、教室を出る。既に王子は教室を出たようだ。先に生徒会室に行っているのか、また、何か公務に追われているのか。よく分からないが、ひとまず今この瞬間、会わずに済んだことに、少しほっとする。
ずんずん歩いていくルーウェンの半歩後ろを歩きながら、なんだか不思議な気持ちになる。
この講堂棟に来るのも、すごく久しぶりな気がする。
そのまま3階の生徒会室に行くのかと思いきや、いきなり腕を引っ張られる。
「ルー?」
ここはまだ2階だ。
なのに、ルーウェンは階段を上ることなく、そのままフロアに入っていく。
その先にあるのは、スペシャル・ラウンジに繋がるエレベーターの入り口だけ。
「ルー!」
「……会長が、お呼びです」
「え?」
思わず声が跳ねる。
そういえば、すっかり忘れかけていたが、師匠がラウル兄さまに課した罰(半径3m内でバチバチさせるやつ)は、もう解かれたんだろうか。師匠特製ブレスレッドの3日間はもう終わっているはずだけれど。
「……会長と会えるのは、嬉しいんだ」
「え?」
今度は純粋な疑問形。だが、少し抵抗が緩んでしまい、ルーウェンの方によろけそうになる。それでもルーウェンは力を緩めることなく、歩みを進める。
「ルーウェン!」
そのまま受付を通過し、無情にもラウンジへ続く渡り廊下のドアが、すっと開く。
待ってくれ。本当に、いろいろと。
いってらっしゃいませ、じゃないんだよ。
無情にも、扉は閉まり、籠(エレベーターというより、ケーブルカーの方が近い)の中、妙な緊張感がただよう。
こうなったら、もうどうしようもないから、大人しく席につく。ああ、ふっかふかー(遠い目)。
ちらりと正面に座る弟を見る。
……ばっちり目が合うんだなあ、これが。
思わず、視線をそらす。
ほんとは、この状況の説明を求めたいけれど、一言でも不要な発言をすると、何かが終わってしまいそうな、そんな気がする。だから、臆病な私は、口を閉じる。
体感30分くらい。
籠が止まり、すっと、立ち上がる弟。
のろのろと立ち上がる私。
「ようこそ、スペシャル・ラウンジへ」
いつもの執事風おじ様が、うやうやしく迎えてくれる。
滑らかに歩く二人に、無言で付いていく。
ラウル兄さまと会うならば金の間だろう、と予想していたが、どうやらちがうらしい。
先週初めて存在を知った地下迷路に、またもや潜っていく。
「どうぞ」
5、6分ほど歩いただろうか。案内された先にあるは、この豪華なラウンジ棟には似合わない無機質な鉄板の扉。
ルーウェンは小さくうなづき、その前に立つ。すると、自動ドアのように、分厚い鉄の扉が開く。
その先は、ちょっと良いビジネスホテルの廊下、という感じの暗く細い通路が続いているようだ。
ここは、どこ?という言葉を飲み込み、また、大人しく付いて歩く。
廊下には、等間隔に扉が並んでいるだけで、なんの装飾もない。床に赤っぽいカーペットが敷かれていなければ、監獄なんじゃないか、と疑いたくなるようなデザインだ。
「私は、こちらの部屋で待っています」
真正面の扉のすぐ手前で、ルーウェンは立ち止まる。
そのまま、こちらの反応を待つことなく、右手の部屋へと消えていく。
ちらっとルーウェンの背中越しに見えたのは、ソファとローテーブル。おそらく待合室のような部屋なのだろう。
ああ、ルーウェンもいなくなったし、このまま、勝手に帰っちゃダメかな。
毎度のことながら、現実逃避を一瞬模索する。
ええ、……ダメですよね。はいはい。
大きく息を吸い、扉を軽く3回叩く……応答なし。
うーん。この場合でも、入って、いいのよね?
さっき、ルーウェンがやっていたように、おそるおそるドアノブが本来ついているあたりに手をかざす。本当に自動ドアのようだ。すっと、音もなく扉が横に開いていく。
「失礼します……」
入って真っ先に目に入ったのは、巨大な天蓋ベッド。
部屋全体は廊下同様薄暗く、天蓋カーテンもあるせいで、そこに人がいるのは分かるが、それが誰なのかはよく見えない。
「呼び出してごめんね」
聞き覚えのある声。同い年にしては低めの、それなのによく響く少女の声。
「……ハンナ?」
「うん、……来てくれて、ありがとう」
天蓋が開かれ、部屋の電気が灯る。
「……!」
「こんな格好でごめんね」
寝間着でごめん、みたいな調子でほほ笑む彼女の足には、銀色の鎖が巻かれていた。
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