第53話 君は誰も救えない
大変お待たせいたしました。
*一部表現を修正しました(24/10/27)。
「っハンナ!」
自分の叫び声とともに、一気に意識が戻った。
「アンネ!」
久しぶりの、いや、ほんの2週間前ぶりの声。
抱き締められたときに香る、なつかしい香り。
「お母様?」
視線を動かす。
ああ、ここは、我が家だ。何があったのか全くわからないが、無事、戻って来たのか、私は。
「……もうっ、あなたは、どれだけ、私たちを心配させるの……」
「……お母様……ごめんなさい」
思わず、条件反射で謝ってしまう。
10歳で実家に完全に戻った後、お姉様よりもルーウェンと長く時間を過ごそうとする私を、いつも何か言いたげな顔で見ていたお母様。その目の奥にある感情を知るのが嫌で、あんなに会いたかったはずなのに、私から少しずつ距離をとるようになっていた。
元王女で、美人で、優秀、正義感も強いお母様から、いつも向けられていた無条件の愛情は、温かくて、つい溺れそうになる。ただ、前世の記憶を取り戻し、自我をもってしまって以降は、その愛情が、むしろ縛りや呪いのように、どこか私を息苦しくもさせた。
「……すぐ、お医者様を呼んでくるわ」
お母様は、私の顔をしっかり見てから、涙をぬぐい、すぐさま立ち上がる。
いつもどおり、行動が早い。うまく返事ができず、小さく頷く。
「……シャネル」
「はい」
お母様の姿が消えた瞬間、隅っこで存在感を消していた、信頼するメイドに声をかける。
「何があったの?」
「……それは私たちがお嬢様にお聞きしたいことですが」
「僕が、説明するよ」
お母様が、珍しく開けっぱなしにして出て行った扉の前に、我が家の執事と王子が立っていた。
「リファリオ様?」
なんであなたがここにいるんだ。
「しばらく、二人にしてもらえますか?」
こっちの戸惑いなど完全に無視して、王子が執事とシャネルに声をかける。
「王子殿下、申し訳ございませんが、それはできかねます」
「じゃ、僕も立ち会うよ~。それならいいでしょ?」
「師匠!」
ひょっこりと長身の執事の後ろから現れたのは、存在自体国家機密だと噂の、我が師匠。
一応彼は、ファリオット公爵家の現当主の弟でもあるから、先ぶれ出して、OKもらってるなら、まあ、親戚(お母様の妹の旦那の弟)だし、気軽に来ても許されるのかもしれないけど。それに、我が家は、私のことで、かなりあなたにはお世話になってますしね。……ただ、あなた、確か、今の役職に就くときに、戸籍捨てた的なこと言ってなかった?え?そんな堂々と王子と一緒に登場していいの??
「だから、二人は下がって。僕が良いっていうまで、誰も立ち入らせないでね!」
今日は、王家に使える一使用人、くすんだ茶髪の「メサジェ」の恰好をしている。ただ、相変わらず、ためらいゼロで言霊魔法を発動させているあたり、本当によくない。止めてよ、王子。
「「かしこまりました」」
当然、魔法にかかった二人は、一礼して去っていく。ああ。神よ。
「さーって、何が知りたいんだっけ?あ、王子殿下が説明してくれるんだよねー?」
「……はい」
戸惑う王子。ここが知り合いであることも驚きだったんだけど、王子の様子を見るに、まさか、今日、知り合ったばかりとか……?
「せいかーい!」
びっくりする王子。息をするように心を読んできて、わざわざ口頭で回答する、性格の悪い師匠。
っつか、やべー、さっき、とっさに「師匠」って呼んじゃった。
「あ、安心して、ちゃーんっと後で記憶抹消するか、他言できないように処理しとくから♪」
王子を目の前にして、ほんと大丈夫か、この人。そうか、それもあって、ご自慢の銀髪を隠しているんですね。ああ、もういいや、そこら辺はそっちでどうにかしてくれ。
にしても、よく突っ込まないでいられるな、王子。もう、事前になんかの術かけられてんのか?
「本題に入っても?」
「もちろんです」
とりあえず、さっきまでお母様が座っていたベッド脇の一人掛けソファに座ってもらう。
師匠は、こっちが何か言う前に、ベッドの端に腰かけている。
「ルドルフ先輩は、帰国されることになった」
「……」
「教室内でのやりとりも、その場にいたクラスメートの記憶はすべて修正し終わっている」
「……どういうことですか」
いつもの笑顔を封印して、無表情のまま淡々と王子は語る。
こっちとしては、分からないことがさらに分からなくなる。
「君は丸一日眠っていたんだ」
「え?」
「先輩にさらわれた後の記憶は?」
「……」
素直に記憶を遡ろうとして、むりやり止める。
ここには師匠がいる。つまり、記憶を浮上させたら、その瞬間読まれる。
「ふーん。……あー、めんどくさー、ちょっと時間かかるやつじゃん」
足元で師匠がぼやく。記憶が残っていない場合にも、記憶を読むことなんてできるのだろうか。
特に本人でも思い出すことができないものを。
「君には、彼の魔法が効かないそうだね」
「……」
「だから、皆と記憶を共有してもらうために、私は来たんだ」
ちらっと師匠をみる。いや、あんたがその映像を私に流してくれたら、それで終わる話じゃないか。
なんでわざわざ王子様連れて来たんだよ。それも、そのせいで王子様は後から記憶操作されるみたいなのに。
「古語の授業が終わる直前、彼が王宮の使者として教室の扉を開いた」
あ、もう口裏合わせ用ストーリー、始まったんすか。ちょっと、口頭での説明だときついんですが。
王子は、師匠を指す。つまり、ルドルフ先輩ことシェラルド皇子の登場シーンは、突如、王宮から使者(師匠)が登場した、ということにすり替えられた、と。
……まじで、映像で送ってほしいんですけど。ちらちら、っと師匠に目線を送る。
「そして、彼は、シャルネ・ランスロットを呼び出した」
……まさか。
「戸惑いが広がる中、私は立ち上がり、授業中だから、授業の後にしてください、と提言する」
ぶわっと頭に映像が流れてくる。師匠が映像を共有してくれるようだ。
幻覚を見せたり、記憶を改編したりするとき、本当に起きたことと、感情面で類似するように作る。それが、術を覚まさせないコツなのだ、と昔、師匠が教えてくれたことがある。
そのアドバイスを教えた者が創造した「真実」は、実際に起きたことの一部を知っている私からしても、本当にうまくできていた。まるで、配役は基本いじらず、セリフだけを変えたかのようだ。
ただ、大きく異なるのは、教室に登場した人だけではない。呼び出される相手も変わっている。
呼び止めるハンナ。彼女を庇うために私が立ち上がり、そんな私を庇うように弟も立ち上がる。
まるで、夢をみているかのようだ。この先のストーリーが、私の予想通りなら、悪夢だが。
王子の説明は止まらない。映像のなかで、師匠扮する王宮からの使者が、予想通りの一言を口にする。
「彼は、言う。『皆さんはだまされていたんです。そいつは、女じゃない』」
ああ。「そいつ」とは、誰を指すのか。王子の説明がなくとも、わかってしまう。
「否定しないシャルネ嬢に駆け寄る双子。そんな、とつぶやき倒れるアンネヘルゼ嬢。ルーウェンが君を抱き上げ、教室を出る。そのまま保健室に行くんだ。ハンナ嬢も君を心配して一緒に退出する。」
実際には、きっと過呼吸を起こしたシャルネが、誰かに運ばれていったんだろう。そして、さらわれた私を、ルーウェンは追いかけようとしたにちがいない。
教室全体を映していた映像は、ハンナが教室を出るところで終了した。
「これくらい知っていれば、特に困らないと思う」
王子の顔は相変わらず無表情だ。
「実際に君の身に何が起きたのか、については、彼が調査することになっている」
「……あの後、教室では、本当は何が起きたんですか?」
ちらりと王子が師匠を見る。話すことで、記憶に影響しないか、とでも確認したいのだろうか。
師匠が手をひらひらさせるのを見て、もう一度こちらに視線が戻る。
そういえば、この人、私のことを愛称で呼ばなくなったな。ふと、そんなことを考える。
「君とハンナ、ルドルフ先輩が消えた。おそらく風魔法でどこかに連れ去られたんだろう。その後、すぐにルーウェンが教室を走り出ていった」
一部予想通り。あのとき、ハンナも同時に連れ去られた?でも、私の記憶では、あの部屋に彼女はいなかった。
「シャルネ嬢は過呼吸を起こして倒れてしまった。だから、双子が保健室に連れて行った」
王子は、さっき、意図的に説明を省いた箇所がある。
そして、今も彼は、シャルネを女性として扱っている。
「誰も、それからどうすればいいか、瞬時には判断できなかった」
いったん、王子はそこで言葉を切る。唇の端を軽く噛む。抑えきれない後悔と怒りが伝わってくる。
「……そんなとき、カイル先生と……この人があらわれた」
きらきら王子様は、困ったりあきれたりした表情を浮かべることはあっても、こんな押し殺せない暗い感情を、少しも見せたことなんて、今までなかった。
王子スマイルを封印した、この無表情の、その後ろにあるのは、深く、暗い怒りだ。
「カイル先生は私だけを呼び出した。国王から、手紙を預かっている、と」
頭に映像が流れ込んでくる。よほど感情が高ぶっているのだろう。心を読まれないよう王族が身に着けている魔道具では抑えきれないほどにまで。
王子が封を開ける。国王のみが使える透かしの入った良質の紙に、たった一行。
「彼の言うことに従え。邪魔だけはするな。そう、書かれていた」
品行方正、優秀で、完璧な王子様には、耐え難かったに違いない。
何かが、隠蔽されようとすることが。自分の教室で、自分のクラスメートが隣国の皇子にさらわれた。
その後すぐに、説明しようとするのではなく、何も問題がなかったかのように国王が動いたことが。
急いで教室に王子は教室に戻ろうとする。
扉を開くと、中央の壇上では、師匠が何か楽し気に話をしている。さっき、あんなことがあったばかりなのに、古語の教師も、クラスメートも、皆静かに「彼」を見つめている。異様な雰囲気を、王子は感じたに違いない。しかし、彼はその教室に入れなかった。師匠が、教室の入り口に、王子だけが入れないような結界を敷いたのだろう。
「彼は言った。シャルネ・ランスロットは、性別を偽っていました。さあ、皆さん、記憶を正しく修正しましょう、と」
その瞬間、きっと、師匠の瞳が金色に光り、皆の記憶が「修正」されたのだろう。
その光景を見たリファリオが、何を感じたのか。それが良い感情でなかったことは、今の様子を見れば明らかだ。
「……僕は、どうやら、うぬぼれていたみたいだ」
ぽつんと、リファリオから漏れた言葉。空虚に響くそのセリフに聞き覚えがあった。
彼のまぶしい笑顔が、偽りの仮面になってしまったのは、もしかするとこの出来事なのかもしれない。
そんなことをふと思った。
「人間不信」のメインキャラクター、完璧王子様。その瞳から、今、光が失われていく。
実の母親に愛してもらえず、何度も人に裏切られ、大切な人を失っても、腐らず、まっすぐ努力してきた彼の姿を、この一年、ずっと見て来た。だからこそ、攻略本で書かれていた彼の闇、「人間不信」をそれほど深刻に考えたことは、今まであまりなかった。
自分の浅はかさが嫌になる。ああ、そうだ。だって、皆、生きているんだから。
日々のいろんな出来事が積み重なって、その人を形作っていく。私がもっている攻略本は、彼らの今を示しているんじゃない。未来の一つを見せているだけ。
……物語の開始前に、あと何度、こういった光景を見ることになるのだろう。
目の前に座る同い年の少年の瞳が、どんどん絶望の色に染まっているのに。今、私ができることは……。
思わず、手を伸ばす。
《無駄だよ》
師匠の声がする。
『心が見える。それってすっごく不幸なことだよね。』
いつだったか、師匠がそんなことを言っていた。
伸ばした手は、何も掴むことができず、宙をさまよう。
聞きたくない。それでも聞こえてしまう。そのつらさを、一番分かっているからこそなのだろう。師匠は、いつも現実を叩きつけてくる。
《今の君には、誰も、救えない》
お読みくださりありがとうございます。




