第50話 師匠はなんでも知っている
*誤字等を訂正しました(24/9/15)。
「無理です」
「お願いします。緊急なんです」
ハンナとの緊急会議をどうにか猛スピードで終わらせ、ゴウにしぶられながらも、なんとかたどり着いたが、アンセニョ先生は何も聞く気がないようだ。本当は、師匠に直接連絡をとりたいが、それは難しそうなので、お姉様に連絡をとりたい、と言ったのがまずかったのか。
「あと20分でディナーです。……メイドたちに対する態度も採点項目に入っています」
ようやく一瞬顔が上げられた。だが、その口から発された言葉は、要は”早く自室に帰れ”という忠告だ。
確かに、もう準備を始めていなければ間に合わない時間だ。
今日のディナーは、単なる夕食会じゃない。正式に婚約者候補に内定した我々と王子とが一同に会する初めての場である以上、各家の代表にふさわしい、気合いを入れた装いで参加しなければ、それこそ貴族失格だろう。
ちなみに、今、ここにハンナはいない。彼女もいっしょに行く、とは言ってくれたのだが、ここは身分つよつよの私に任せてほしい、と押し切って来たのだ。それもあって、ここで簡単には引き下がれない。……たとえ、大事な会の準備が少々おろそかになるとしても。
なんてったって、下手を打てば国際問題に発展しかねない話なのだから。話せば、先生も、我が王国、ひいては王族のための報告だとすぐに分かるはず。
というわけで、改めてふんっす、と気合いを入れる。
「私的な話ではなく、王子殿下にも関わる話なのです」
「そうですか」
「姉では問題があるのでしたら、担任であるカイル先生でも構いません。お願いします」
できる限り切実さを込めつつも、できる限り丁寧に。ああ、歯がゆい。
戻りなさい、という手の動き。私は犬か。しっし、じゃねーんだよ。
んんんー。ある程度、事情を話すか……。
「このままじゃ、取り返しのつかないことになるかもしれないんです」
「……ローゼリア様がおっしゃっていたとおりですね」
「え?」
再び先生の頭が書類から上げられる。もっとも、取り合うつもりはない、という雰囲気に変化はない。相変わらず、心も読めない。
「あなたは、ここでは一令嬢、一婚約者候補。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ですから!」(王国にも関わる問題だから、)
コン、コン。
いつの間にか、黒い長いムチが、その白くて長い指の間に挟まれていた。
コン、コン。
ムチの柄が机に一定のリズムで振り下ろされる。それだけで、なぜか、声が出ない。
「当然、あなたの事情も、あなたに与えられた課題も把握しています」
コン、コン。
「ハンナさんが例の事件の犯人ではない証拠でも見つけられたんでしょうが、それは今、王子妃教育を受けるうえで、何か関係ありますか?」
コン、コン。
「今、何も話すことさえできないあなたに、何か特別な力があるとでも?」
コン、コン。
何か関係あるかですって?だーかーら、この国の運命すらかかっていることなんだよ!もしもに備えて、早く対策を打たないと!よくわからないけれど、もしかするとこの件の裏には帝国の良からぬ企みがあるかもしれないのに!その芽を摘むには、今、どうにかできる人に私が伝えなきゃ、だめなのに!
……そう、ほんとうに思っているはずなのに。なんで、なんで声が出ないの。
「あきれた人ですね」
音が止まる。
「今日の夕食会には出なくて結構。反省文を明日までに提出しなさい。夕食は部屋に運ばせます」
「そんな……」
「当然、外部との連絡は許可しません。部屋から出ることも禁じます」
コン、コン。また、あの音が再開する。また、声が出せなくなる。
「ゴウ」
「はい」
「アンネヘルゼ嬢を部屋までお送りしなさい」
「はい」
「メイドは下がらせておきます。例の本を読ませ、反省文を書かせてください」
コン、コン。先生の視線が入室してから初めて交わった。
「自分の役割を、今一度思い返し、しっかり反省してください。以上」
コン、コン、コン。
次の瞬間、自分の意思に反して自分の体が動いた。見えない糸に操られるかのように、綺麗に退出の礼をとる。もちろん、実際に何か糸で物理的に操られているわけではない。これが、「人形使い」の異名をもつ、彼らハルツ侯爵家直系秘伝の十八番魔法なのだ。
幻覚魔法の派生形、人の動きを制御する魔法。使い方が無限であり、かなり危険性が高いため、国王との誓いにより、教育目的にしか使用できないらしい。つまり、先生がこうして魔法を発動できているということは、先生にとって、これは教育の一環なわけだ。
そうこう考えているうちに足は部屋を出る。部屋の前には、いつの間にか屈強な男たちが待機していた。よくあることなのだろう、そのまま強制的に自室まで連行される様子は、まさに囚人。
先行していたゴウが扉を開け、自室に押し込まれるや否や、外から施錠される音がする。
窓もばっちり施錠済みのようだ。はは、密室完成っすか。
……ああ、無念。我が力、及ばず。
自室入室が条件だったようで、ようやく手足の自由を取り戻した。
半ばよろよろと奥へと進み、立派な机の前のお気に入りの椅子に腰を下ろす。
「アンネヘルゼ様、こちらを」
すっと、後ろからゴウが分厚い本と紙の束を机に置く。
本のタイトルは、「第二王子の妃たち」。ああ、いらねえ。
「では、お茶の用意をしてまいります」
ぼーっとしたまま返事をしない私を置いて、ゴウは給湯室へと下がったようだ。
「はぁ……」
「にゃぉーん」
「……えっ?」
微かに聞こえたその鳴き声は幻聴か、はたまた単なる近所の野良か。
斜め後ろを振り返る。ゴウが戻ってくる様子は、まだない。
「……スノウ?」
学園にいるはずの使い魔の名前を、希望を込めて超小声でつぶやく。
「にゃー!」《はーい!すーちゃんでーす!》
部屋を見渡す。どこだ?どこにいる?
「にゃおーん」《ここだよー》
足元を何かがすり抜ける感触。ここか!
「アンネヘルゼ様?」
「ひっ!?」
いつの間にか後ろにいたゴウに、びっくりしすぎて頭をしこたま机にぶつけた。
痛い。めっちゃ痛いぃ。たんこぶ、できてそう。
「だ、大丈夫ですか?!」
「え、ええ、問題、ないわ。……少し冷たいタオルをいただけるかしら?」
「承知しました!」
ゴウが小走りで給湯室に戻っていく姿を横目に確認しつつ、スーちゃんに視線を戻す。
「スーちゃん、どこから入ったの?」
「にゃっ!」《窓!》
「スーちゃん、鍵がかかっていても通り抜けられるの?」
「にゃっ!」《うん!》
正直、鍵とか以前にどうやってここに来たのかも、そもそもここ、王族の居住区域のひとつだから、王国内でも最上位に近い厳重な結界が敷かれているはず、とか疑問は多々あるが、今、大事なのはそこじゃない。
この子は、外に行ける。ならば、やることは決まっている。痛む頭を押さえながら、さっき置かれたばかりのレポート用紙を一枚ちぎる。
緊急事態だから、紙に書くのは許してほしい。
「これを、師匠に」
「にゃっ!」《らじゃっ!》
スーちゃんは迷うことなく手紙を口に咥え、駆けていった。
あとは、あの天才へらへら鬼畜師匠がどうにかしてくれるはず。
「アンネヘルゼ様、これを」
間一髪、というべきか。またいつの間にか後ろにいたゴウにびっくりしてやや飛び上がった。
◇◇◇
「あ~ら、スーちゃん、おっかえりー」
某所、内務省情報局。徹夜続きで目の下が真っ黒な局員たちのなか、一人ツヤツヤ・キラキラな青年は、いち早く愛くるしい灰色猫の姿に気がついた。
「なーに?お手紙くれるのー?」
「にゃーっ」
周りの局員たちの視線が集中する。副局長の使い魔が猫型なのは、局員ならばみな知っている。
そして、その使い魔たちが情報をもたらす度、残業時間が増えることも。
「副局長!」
誰かが悲鳴まじりの声を上げる。が、彼は気にせず、鼻歌まで始めながら折られた紙片を開く。
「わぁ、字、きったな」
思わず、素の、やや低い声が漏れる。
とはいえ、愛弟子の字ならば、どんだけ汚くとも読める自信はある。
『某国おうじ、事件に関わっている可能性大、風船調べられたし』
「うーん、まあ、ぎりぎり合格ってことにしてあげましょうか」
「にゃー?」
「いやー、スーちゃん、かわいいねー」
師匠ことルーガル・ファリオットのテンションが上がるのに比例するかのように、部屋の雰囲気はどんどん重く、暗いものになっている。
その手紙の内容、そして、その後の展開は、あらかじめ彼が予測していたとおりのものであった。
それでも、一応、何らかの裏がとれるまでは開始しない、そう伝えられていた局員たちは、どうにかその間に他の山積みの仕事を、少しでも減らそうと日夜励んでいたわけである。
「ふん♪ふっふふーん♪」
「副局長……?」
「さっ、皆ー、プランA、始めよっか^^」
部下の悲痛な呼びかけに込められた想いはまるっきり無視して、師匠は満面の笑みを浮かべた。
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9月の三連休中に、どうにか更新する予定です。




