第47話 事態悪化中
セリフ少なめです。
*表現をやや修正しました(24/8/18)。
「皆様、お揃いですね」
見れば分かるだろう。半月形の机に座るのは、たった5人なのだから、と思うものの、少女たちは口々に返事をする。
それを目で受け取ると、このスリーピースの、姿勢が恐ろしくよい青年は、自らの名前とその役割を簡潔に述べた。アンセニェ・ハルツ、そのくすんだ銀髪にも表れている通り金属性の一族で、教育に特化した魔法に秀で、代々王家の専属教師を務めるハルツ侯爵家の次男である。
なお、この人も攻略対象者だ。第二王子ルートに入り、第二王子の好感度を一定程度まで上げると開放される「王子妃教育」ストーリー内で登場する。一言で言うならば、……うーん、職業的ドS?いや、そういうと意味が変わっちゃいそう。
「まずは、自己紹介からしてもらいましょうか。ハンナさん、お願いできますか」
「……っはい」
予想通り、この場では一番身分の低いハンナがまず指名された。
彼女もアンセニョの設定を分かっているのだろう、珍しく緊張した様子で席を立つ。
……さて、そろそろこの状況を説明しよう。
話は、2日前の夜に遡る。
◆◆◆
ああ、踏まれる。契約が、成立して、しまう。
床を見つめながらそう思った。その時だった。
「リオ」
短く有無を言わさぬ声が発せられた次の瞬間。周りの景色が揺らいだ。
思わず顔を上げると、私の目の前で、私の両手に足を振り下ろそうとしていたはずの王太子が、お姉様の横で優雅に紅茶を飲んでいた。
「……幻覚、魔法?」
これまた思わず思考が口からこぼれ出る。
「なんだい、ロゼ?」
「提案があるわ」
お姉様の首にも顔にも、あの赤い手形はない。
どこからが幻?いつ、かけられていたんだ……。
というか、ここまで強力な幻覚魔法が使えるなんて、そんなの、知らない。
「この子の教育、アンセニョ先生にお任せする、というのはどうかしら?」
「……ほう」
そもそもこの人が精神魔法を使えるなんて、設定にはなかった。それでも、金属性の魔法が使えること自体は、自分の目で見た以上、認めざるをえない、ってなんとか整理していたのに。
例えば、CGを見せるかのような害のないハリボテ幻覚魔法は、ラウルを含めファリオット公爵家の歴代当主も得意とするものだ。だけれど、心を読む・操る系統の中核的な精神魔法と幻覚魔法は、もはや別種と言ってもよい進化を遂げている(そして、主に前者の使い手のみが歴史上、迫害を受け、発覚次第、魔法の塔に入れられる慣行が成立している)。その結果、この二種は、現在同じ金属性の魔法ながらも、別分類でカウントされる(例えば、高位貴族直系であるラウルは、2種の魔法適性を持つが、それはこの2つだ)。
何が言いたいかといいますとね?ええ、確か、以前、この人は最高レベルの防心魔法を私の目の前で使って見せたことがあるわけですよ。それで、1種でしょ?でさ、王家直系はわりと3種使えちゃうんですけどね、でも、この人さ、何、この人、土属性と風属性(木属性)を使えるって学園では公表しているわけなのよ。4種使えたら、そりゃ、次期国王争いなんて絶対起きないわけ。そもそも、精神魔法2種使えるってだけで、すんごいバケモンなんっすよ?それこそ、精神魔法の適性者のみで婚姻を繰り返すことで、ようやくここ数代、ファリオット公爵家のみ、それも各世代にひとりずつ生み出せているんです。それを、両親ともに(少なくとも公式には)精神魔法使えないはずのあなたが、それできちゃうのって、え、やばくね?てか、これ、もはや国家機密では??
「……さすが、ロゼだ。そうだな、ついでにアレも入れておこうか」
「ご寛大なご対応、感謝いたしますわ」
頭の中で疑問符を量産している間に、よくわからない方向に話が進んでいる。
ん、アンセニョって名前、どこかで聞いたことあるような?……ないような?
「アンネ」
「はい、お姉様」
お姉様は何事もなかったかのように、床に座る私を優しく見つめる。
実際、王太子のお説教が始まったところから、全部幻覚だったのかもしれない。
それでも、私が今、床にこうして膝をついているということは、幻覚魔法内で、少なくとも私がした行動は現実に行われていたはずだ。そうである以上、少なくとも私が口にした言葉の数々は、現実にもお姉様の耳に入っていたはずだ。……たぶん。いや、皆で同じ幻覚を見ることもできるのか?ぬぬぬ。
「あなた、第二王子妃教育を受けなさい」
「へ?」
「返事は?」
考え事しながら話をしていたせいで、思わずまぬけな声が漏れ出た。そこにすかさず畳みかける横の王太子。《嫌なら、契約を成立させるのみ》みたいな物騒な思念を伝えてくる。
でもさ、それって引き受けたら、私が第二王子妃候補になるってことですよね?そんなの、絶対設定にないんですけど?超絶嫌なんですけど?
とはいえ、断れば無理やり隷属契約みたいなものを成立させられる可能性も否定できない。
となれば、答えは最初からひとつしかない。
「承知、いたしました」
◆◆◆
こうして王太子襲来の翌日(つまり昨日)、早速王家から内示が出た。
早すぎる。課題が一向に減らないのに、どんどん増えていっている。今もラウル兄さまは、師匠特製ブレスレットで苦しんでいるであろうに。そのことも一瞬忘れていたほど、この数日でいろいろなことが起きている。
お薬は、最後の一日に入り、仕上げ用の少し飲みやすいものには変わった。体感6割ほど魔力は戻っている。とはいえ、代わりに体重が3日で5キロ以上減った上、ほぼベッドから出ていないから、今だ自力では立てない。なのに。ああ。
そんでもって、その内示を持ってきた少年。今、私の後ろに立っている、見た目10歳くらいの美少年の登場で、完全に自分が設定をぶち壊しつつあることを自覚した。
ええ、神よ。私が間違っていました。もう余計なことは何もいたしますまい。
ハンナの自己紹介が終わり、次いでキュピラルト侯爵家が長女、ポーラが指名される。
今日、最後にこの場に入って来たとき、唯一楽しそうな顔をした少女である。
《あらあら、面白くなってきたじゃない、ふふふふふふ》
という心の声が、見事に表情にあらわれていた。
背筋を伸ばし、顔をやや傾け、視線だけそちらに向ける。中央の席にいることもあり、常にアンセニョまで視界に入ってしまう。
さっきから、手元の紙に何かを書きつけているが、《-1》《-3》みたいな声からするに、既に採点が始まっているようだ。ちなみに、現時点での最下位は予想通り、ハンナである。なお、私のお隣のモネリア様はまだ減点ゼロ。さすが、第二王子ルートの公式対抗馬だ。
《どうして公爵令嬢がここにいるのよ!こんなの、聞いてないわ!ふんっ!》
読もうと意識していないのに、もう一方の隣からはぷりぷりと怒るフリーダ様の声がずーっと聞こえてくる。ぷりぷりと怒りが沸き上がる度に姿勢を崩しているのか、さっきからハンナに次いで減点されている。教えてあげたい。
そんなこんな考えるうちに、5人目、自分の番が回ってくる。
第二王子妃になりたいわけでは全くない。というか、(時、既に遅し、かもしれないが)物語スタート時までにこの場から消えなければ、設定と決定的に矛盾することになるから、どうにか上手く貴族としてやっていけることを王太子たちに示して、このグループから抜けなければならない。
幸いにも、内々定者はお互いに内々定者となっていることを外に漏らさない、という契約を既に結んでいる。だから、正式な内定者にならない限り、このことは墓まで持っていける、はず。うん。ルーウェンにばれないようにすることは無理な気もするけど、それはいったん置いておこう。
今日から2年間、本格的な王子妃教育が始まる。本来の(正妻の)内々定者は、あの侯爵令嬢3名のみ。6歳の時点で見込みありと判定され、8歳から王家推薦の家庭教師をつけられ、定期的に王妃主催のお茶会に呼ばれ、11歳からの幼稚舎での振る舞いも見たうえで絞り込まれた精鋭3名である。
そういうプロセスをたどること自体、王子妃レースにまったく縁がなかった私には初耳であったのだが、さっきから、フリーダ様が心の中で叫ぶ不平不満を要約すると、そういうことらしい。
いわく、《私たちの今までの努力を、そうやって身分だけでかっさらっていくってわけ?はっ、さすが、あの女の親友なだけあるわね。私は負けないんだからっ!》とのこと。
それでも、きちんと私の自己紹介の後、拍手はしてくれる。
表情に不満が出ているから、またそこで減点されちゃってはいるけれど。
うん、フリーダ嬢、結構好きだわ。チワワみたいで。
「では、現時点での順位をお示ししますね」
順位?はて。
「ノートを開いてください」
侯爵令嬢3人は、すぐに目の前のA5サイズのノートのようなものに手をかざす。
なんの説明もされていないが、見て学べ、ということか。それらの表紙には、純度の高い魔石がそれぞれつけられている。それも、個々の魔法属性を象徴する魔石が。
なお、私の前のノートには、火属性を象徴するルビーがはめ込まれている。ちょうど5属性が揃っているため、今からプリ○ュアでも始まりそうだ。
……とふざけていると、さらに減点されそうなので。はいはい、要は火属性の魔法を込めろってことよね?
予想通り、魔法を込めると自動的にページが開いた。今後は、本人以外は開けないらしい。
一番最初には、個人のプロフィールが書かれている。
「「ステータス?」」
思わずハンナとはもってしまった。とはいっても、私の声は、つぶやきに近いが。
はい、ハンナ、今1点減点されましたよー。
「ここには、皆さんの現時点での各能力、知識、状態の数値が表示されます」
知能、体力、魔力量、魔術といったゲームのような項目のほか、礼儀や外国語、人脈なんて項目まである。ページをめくると、各項目の中に、さらに細かい項目が並んでいる。
「50が成人高位貴族、100が王族レベルであると思っていただければ、現時点ではかまいません。皆さんには、平均120を目標に励んでもらいます」
……いや、どういうこと?超人になれと?
「先日、お伝えした通り、今から皆さんは24時間、私の監督、教育下に置かれます。くれぐれも、王子妃候補者であることを忘れず、気品ある、模範的なレディとしての振る舞いを心掛けてください」
「「「はい」」」
「アンネヘルゼさん、ハンナさんはこの後、ここでの生活について説明いたしますので残ってください。お三方は退出されて結構です」
「先生」
モネリア様が優雅に胸元で手を挙げる。
「何ですか、モネリアさん」
「それは、お世話係がやるものではなくて?」
この人たちを特別扱いするんですか?という副音声が聞こえそうでありながら、あくまで所作も話し方も優雅だ。
「……そうですね」
これは減点対象にはならないようだ。むしろ、《+3》らしい。
「では、後のことはお願いします。また夕刻、お会いしましょう」
「「「はい、先生」」」
またもや彼女ら3人は声をそろえて返事をする。
すっと立ち、すっとお辞儀をするその仕草も非の打ちどころがない。
遅れてお辞儀する我々二人を冷めた目で見つつも、アンセニョは何も言わず去っていった(ちゃんと減点処理はされた)。
「お前たちも、一度外に出ていなさい」
モネリア様は、それぞれの後ろに控えていた、そっくりな美少年たちに、これまた堂々と命令を下す。
5人は一斉にお辞儀をし、変化し、戸惑う仮の主人2人を一切見ることなく、消えた。
その間に、ゆったり席に腰を下ろしたモネリア様からは、お姉様と同種のカリスマ性が感じ取れる。ああ、お近づきになりたかったわ。こういう場ではなくて。
「新入りさんたち、何か質問は?」
入る前、この離宮では、いったん身分を忘れるよう忠告されている。大事なのは、実力だ、と。
そして、それはきっと、この順位が、ここでの序列だ、という意味なんだろう。
さっき、ちらりと見えた彼女の順位は「1」。対する私の今の順位は「3」。おそらく、ハンナが「5」なのだろう。
「いや、先に説明してもらわないと何が分からないのかも分からないんだけど?」
ただ、そういった忠告を受けていなければ、何の情報も持っていなければ、この態度もあながちおかしなものではない。なんてったって、学園では皆平等と一応は謳われていて、私たちは彼女たちより一学年上なのだから。
ハンナが、ごく素直な感想を口にした次の瞬間。横から扇子が飛び、座ろうとしたハンナの椅子をぶっ飛ばした。
「フリーダ、+1、ハンナ、-1」
モネリア様がつぶやいた。ノートの数字が書き換えられる。私の順位が「4」になった。
ああ。なんだか、クソゲーのにおいがする。知らんけど。
お読みくださりありがとうございます。
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