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両手にヒロイン、どうもアシスト役です  作者: riyu-
第五章 どうも、雲行きが怪しくなってまいりました
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第46話 土下座の契約

遅くなりました。三連休中にもう一本投稿予定です。

*表現を一部修正しました(24/8/11)。

 どこか非現実的な光景に、一瞬思考が停止する。

 直後、素直に働きかけた思考を無理やり止めて、慎重に考えること数秒。

 ここで、どちらも捨てられません、なんて回答は許されないことくらい、あの目を見れば分かる。

 嫌な汗が止まらない。


「わたくしは、お姉様の、妹ですわ」


 貴族たるもの、揚げ足を取られるような発言は控えるべし。

 どうも、王太子を前にすると、自然と貴族っぽい振る舞いができるようだ。……単に、気を張りつめているからなんだろうけど。


「はははっ」


 王太子は、お姉様の細く真っ白な首に添えた手に力を込めた。うぐっ、という苦し気な声が、静まり返った空間に響く。

 でも、私は動けない。この人がお姉様を殺すはずない。これはひとつのパフォーマンスのはず。


「君さ」


 なおも王太子はこっちを見ない。恍惚とした表情を浮かべ、お姉様を見つめている。こわい。


「自分がお荷物だって自覚、ある?」


 じろっと、その目がこっちを向く。思わず叫びそうになるも、喉からこぼれ出たのは、ひゅっという息の音だけ。人間、本当に恐れおののいたとき、叫び声なんか出ないんだ。

 王太子は、ようやく手を放し、崩れ落ちかけたお姉様の体をすかさず受け止める。

 そのまま丁寧にソファに座らせ、愛し気にその頬と髪をなで始めた。

 さも幻覚でも見せられたのか、と錯覚しそうな状況。それでも、お姉様の首には真っ赤な手の形がしっかり残っているし、こほっこほっと息をするお姉様の苦しそうな様子が、さっきまでの場面が現実にあったことを否応なしに突き付けてくる。


 ……おかしい。何かがおかしい。王太子は、お姉様のことを崇拝している設定でしょ?そんでお姉様の言うがままに、お姉様を邪魔する奴を徹底排除する役柄でしょ?

 なんで、あんたが、うちの美人で聡明な自慢の姉に危害加えてんだよ。


 再び王太子の目がこちらを向く。無駄な思考が再び止まる。


「さっきの質問の意味は?」


 知らねーよ、なんて口が裂けても言えない。どうにか頑張って声を出す。


「……王太子殿下か、第二王子リファリオ様、どちらに(くみ)するのか、というご趣旨と理解しました」

「へぇー」

「……」


 冷たい目に凝視され、焦って何か答えなければならない気になってしまい、余計なことを言ってしまった気がする。だめだ、全然、やっぱり、貴族教育身についてないわ、私。


「だが、さっきは、そこまで考えていなかった」

「……」


 図星である。


「君、予知の能力でもあるのか」

「……」


 無言である。


「だから、君は現実を見ない。自分の中で勝手に正解を決めていて、それに沿って物事が進むと勝手に信じている」


 王子は話し続ける。語り掛けているというよりかは、独り言のようなトーンで。


「今も真っ先に考えたのは、私がロゼを殺すはずがない、ということだったな」

「……」

「だから君は、目の前の光景をまるっきり無視した」


 何も、反論できない。そもそも、王太子に反論なんてできないけど。


「今、こうして私が話している言葉も、どうやら君には届いていないようだね」

「そんなことは、ございま」「分からせる必要があるようだ」


 反射的に口にした否定の言葉。それを打ち消すリオネル殿下の瞳。

 さっきから変わらず、何の感情も映さない新緑の瞳が、ただ、ただ怖い。


 スファンの忠告を思い出す。私にも「縛り」がかけられるのか。いや、さすがに公爵令嬢にそんな魔法は使えないはず。……たとえこの人が悪役王子であっても。


「ロゼ」

「はい」


 王子が正面に向き直り、優雅に足を組み、その上で両手を合わせた。それだけでびくっとする私を見つめたまま、王子は姉の名前を呼んだ。


「昨日の茶話会の報告は耳にしているよね」

「はい」

「君だったらどうした?」

「……会長に伝え、指示を仰ぎます」


 少しためらった後、お姉様は答えた。


「自分で火を付けて、補助した?」

「火を付けても害がないか分からない場合、付けなかったかと思います」

「なんで?」

「落下地点にいたのは、侯爵令嬢3名、伯爵令息1名、伯爵令嬢1名でした」


 思わず、唇を噛んでしまう。命は平等じゃない。そんなの、この貴族社会に身を置いている以上、分かってる。頭では。


「侯爵令嬢3名が、第二王子の婚約者有力候補だったことも考慮すれば、私が手を出すことで、王太子派に私がやった、と言わせかねませんし」

「そうだね」


 よくできました、とでもいうように、王子はまたお姉様の頭を愛し気になでる。


「……で?」


 またもやこちらに目線が戻される。


「君は、なんで火魔法を使ったんだっけ?」

「……リファリオ様と私の魔法があれば、新入生に気づかれることなく、事態を収束できると考えました」

「ヒーローになりたかっただけじゃないの?」


 ちがう、とは言い切れなかった。そのせいで、否定の言葉は尻すぼみになる。


「それで、君が犯人で、第二王子の婚約者候補たちをつぶしたって話になれば、その後ろに僕がいるって話になったのかもね」

「……」

「誰かがその話を焚きつけて、そうじゃないと言うならば、君を第二王子の婚約者に据えろって話が出てくるって想像した?」

「……いえ」

「君が倒れたおかげでその話は蹴りやすくなったけどね。……じゃあ、なぜ君が気づいたのか、火魔法属性の宗家直系の君があんだけで倒れたことで、君の本当の得意魔法は別にあるんじゃないか、って聡いやつは気づきだしている」

「……申し訳、ございません」

「迷惑なんだよね。そういう自覚しないやつがいると」


 確かに、結局今、こうして「ハッパ」が降ったこと自体は、もう一部で噂になっている。それになぜ私が気づけたのか。その説明は難しい。危機探知的な能力がある者もいるが、それは主に戦闘系の魔法を使う者が、実際に実践を積み重ねる中で開花するものだ。

 悪意の色が見えた。そう言って納得する者よりも、あいつが撒いて自分で回収したんだ、っていうストーリーの方が納得しやすいだろう。特に私が精神魔法を使えることを公表していない今は。

 それでも、今や私がやった説がなりを潜めているのは、私が倒れたことに加えて、噂を打ち消して回ってくれた人々がいたからだろう。


「ねえ、ロゼ」

「はい」


 お姉様が、すっとソファから立ち上がる。そのまま、すっと床に膝をつき、手をすっとそろえて王太子に頭を下げる。要は土下座である。


「私の監督が行き届いていないがために、リオネル様にも多大なご迷惑をおかけいたしました。公爵家長女として、当主に代わりお詫び申し上げます」

「……お姉様っ!」


 そばに駆け寄ろうとするも、体が動かない。王子を見ると、左の手のひらがこちらを向いていた。

 どういう魔法かは分からないが、王子が私の体を固定しているようだ。


「ロゼ」

「はい」

「立て」


 すっとお姉様が立ち上がる。最悪の事態は回避された、のか?

 王子がお姉様の肩を軽くぽんぽん、と叩く。まるで、お前も大変だな、あんな不出来な妹を持って、とでもいうかのように。


 ぱんっ


 その一瞬の動きは、その音とお姉様の頬に真っ赤な手の形がつかなければ認識できなかっただろう。

 高いヒールを履いても頭ひとつ分くらいちがう身長で、細くは見えるけれどもこの国では成人に達した男性が、利き手で全力ではたいたら。お姉様の体は、軽く吹っ飛び、床へと倒れた。


「再教育の手はずは私が整えよう。スファンは、君に戻す」


 さわやかな笑顔で、お姉様に手を差し出しながら王子は明るく告げる。

 お姉様は感謝とお詫びの言葉を口にしながら、静かにその手を取る。


「ああ、君の誠意はまだ見せてもらっていなかったね?」


 ああ、なぜかリファリオ様の笑顔が浮かぶ。あの人も、笑顔の能面の部類だが、この悪魔とは全然違う。

 嘲笑うかのような声とともに、私の身体拘束が解けたのを感じる。


 まだ、頭は現実を受け入れてはいない。

 だけれども、今、何を望まれているのかは、分かる。不思議と、体調の悪さも今は感じない。

 

 よろよろと立ち上がり、すっと膝をつく。

 両手は揃え、頭を深く地面につける。


 この謝罪方法は、実家では教わったことはない。でも、教会にいたとき、何度か目にしたことはあったから、存在自体は知っていた。

 そして、その意味も。


 この国で、土下座は、最上級の謝罪という意味にとどまらない。「私が悪かったです、あなた様に二度と逆らいません。絶対服従いたしますので、お怒りをお収めください」という意味のポーズであり、魔力の多少ある者がこの正式な形を作り、もう一方の魔力のある者がその差し出された手を足で踏めば、簡易な服従の契約が成立するのだ。

 それでも、この姿勢を作ったのは、さっきのやりとりから、お前がやらないなら代わりにお前の姉を罰する、というメッセージを読み取ったからだ。

 自分の尻は自分で拭く。王子の足が上げられる気配を感じながら、そんな言葉が頭を過ぎった。 

お読みくださりありがとうございます。

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