第45話 悪魔のような男
*細かい修正をしました(24/8/4)。
「で?」
王妃様と同じ美しい新緑の瞳が、こちらを刺すように見つめている。
ああ、冷や汗が止まらない。一応、私、病人なんだが。
とはいえ、現在、この国で国王と王妃に次ぐこの人に、そんなこと言えるわけがない。
「わたくしの軽率な行動で、ご迷惑をおかけし、誠に、申し訳、ございませんでした」
目の前には、片頬を赤くしたお姉様と、その髪を大事そうに撫で続けるサイコパス・王太子。
正確には、その二人の足元だけが視界に入る。
生まれてこの方、前世の記憶を合わせても、初めての正式な土下座である。
◆◆◆
話は、約15分前に遡る。
アリアにお願い事を伝え、スノウをハンナの部屋の周辺に送り、一休みしようと目をつむっていたら、またひと眠りしていたようだ。
体力回復には、薬を飲んで、しっかり眠ることが大事だと言われているから、正しい過ごし方といえる。
とはいえ、今日、お姉様が来てくださることは、きちんと頭にあった。
だから、シャネルがあわただしく来訪者の存在を告げに入室したとき、すぐに目が覚めたのだろう。
そんでもって、いつも冷静沈着なシャネルの切羽詰まったような様子から、何かイレギュラーな事態が起きていることもすぐに察した。
「お嬢様、お休みのところ、失礼いたします」
「いいのよ、お姉様が来たのよね?」
「それが、その、王太子殿下が」
「え?」
あの、できれば一生関わりたくない、例の「お義兄さま」っすか?
「お待たせするわけにはいかないので、こちらでお着替えを」
普段は使わない、緊急アイテムの一つ、変身魔法の魔道具をシャネルが差し出す。
これは、強盗が押し入ったり、火事が起きたりしたときに、最低限の身支度を一瞬でできるアイテム。ちゃんとした格好をプログラムしておくことで、一度だけ使える優れものだが、お値段はかなり高い。高級馬車が3台は帰る値段だとか。
それでも、さすがに異性、それも王族の方を前にして、この完全な寝間着姿で現れるわけにはいかない。
正直、私は普段お金をあまり使わないので、これを買い足すのはさほど大変ではないしね。むしろ、あの殿下に、少しでもボロを見せたくはない。
……それにさ、この魔道具、本当に某プリ○ュアの変身シーンぽい効果まで付されてるやつだから、結構楽しいんだよね。
ってなわけで、ほんのちょっとだけ迷ったものの、ステッキを握りボタンを押す。
その瞬間、私の体全体がパーッと光に包まれた。ぽん、ぽんっという効果音とともに、各部位が整えられていく。ピンクの寝間着もお気に入りだったから、これが消えちゃうのは悲しいが仕方ない。代わりに簡素だが高品質の白ワンピースが形作られていく。お顔もぴかぴか、つやつやに。少し乱れていた髪も綺麗にまとまり、低いお団子に白いリボンが巻かれ、軽くせっけんの香りまでただよっている。足元も、薄手のストッキングに、落ち着いた銀色のバレエシューズと完璧だ。
「お嬢様」《心の準備、大丈夫ですか?》
全然大丈夫じゃないっす。ほんとに、なんでお姉様だけで来てくださらなかったの?という怒りがちょっとあります。だが、王太子が来たいと言ったとき、きっとお姉様は一言止めてくださっただろうし、それでも来たってことは、よほど直々に聞きたい or 言いたいことがあるのだろう。
ああ、また吐きそう。……なんてったって、思い当たる節が多すぎるから。
「お嬢様?」
「……お通しして」
変身の効果で既に布団の上には座っていたが、ベッド脇に体を移す。
病人なので、布団の中にいても文句はさすがに言われないと思うけども、怒られる心当たりはあるので、できるかぎりの礼は尽くしておく。
とはいえ、補助なしでは立つのも難しい程度に体力を消耗しているのだ。応接セットまでは行けない。そこは許してほしい。
シャネルは一礼すると、部屋の前に戻り、扉をゆっくり開く。
すぐに王太子殿下と、王太子殿下にエスコートされたお姉様が登場する。
輝かんばかりの美男美女が、正しい姿勢でゆったりと入室するもんだから、単なる寮の一室が、王宮の広間のように見えてきた。
「失礼する、アンネヘルゼ」
「ようこそお越しくださいました、王太子殿下。このような格好で、大変申し訳ございません」
以前、アンネと呼ぶ、と宣言していたのに、単なる呼び捨て。ここは、察して王太子殿下、とお呼びすべきだろう。
座ったまま、精一杯背筋を伸ばし、手を揃え、深くお辞儀する。
「良い。楽にしろ」
「はっ。ありがとうございます」
時代劇でも演じているかのようだ。
まだ、来訪の目的は分からないが、多忙な王太子が、いくら寵愛しているお姉様の妹とはいえ、単なるお見舞いにわざわざ来るはずがない。
お姉様の来訪に備えて、応接セットをベッドのそばに移していて、本当によかった。
王太子とお姉様に席を勧めつつ、自分もシャネルに補助してもらいながら、ソファに移る。
2人掛けソファに座っても、相変わらず、二人の距離は近い。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
「アンネ、体調はどう?」
「薬で徐々に回復しております。ご心配おかけしてしまい、申し訳ございません、お姉様」
王太子がいる手前、薬がまずくて死にそうです、みたいな軽い愚痴も言えない。
「そう。……私も、一度同じ薬を飲んだことがあるの。もしかしたら、役に立つかもしれないと思って、お茶を持ってきたから、あとで飲んでみてね」
扉付近に控えていた、お姉様付きのメイド、ローラがすっと籠を差し出す。
「この花は、誰から?」
王太子が部屋一面に広がる花やら、品々をちらりと見て問うてくる。
「シャネル」
「はい」
シャネルにリストを作成しておいてもらって、本当によかった。
王太子がざっとリストに目を通す間、沈黙が広がる。しんどい。
「スファン」
「はっ」
当然のように膝立ちで現れるスファン。
「これはどういうことだ?」
「……」
「いちいち指示がなければ動けないのか?」
「申し訳ございません」
視線をさらに下げるスファン。次の瞬間、背中に一筋、血の跡が走った。
思わず息を飲む私とシャネル。
「リオネル様」
ささやくようにお姉様が、王太子殿下に体を近づける。その声は、驚きでも、懇願でもなく、ただそっとつぶやいたかのような落ち着いたものだ。
王太子殿下の膝の上におかれた、綺麗なお姉様の白い手を、王太子殿下は、優しく擦る。
同時に、思わず私の背中にはぞぞぞっと鳥肌が立った。
「スファン」
「はっ」
すぐさまスファンが動き、いくつかの花束と品を、文字通り消した。
鮮やかすぎる闇魔法。
「君は、自分の立場を分かってなさすぎる」
相変わらず、片手でお姉様の腰を抱き、もう片手でお姉様の手を撫でながら、王太子はつぶやいた。
その声の調子はどこか無機質で、言うことを聞かない子どもに、もう何を言うまい、とでも言うかのような雰囲気もある。
それなのに、さっきから私の中の本能的な警戒アラートが鳴り響き続けている。
目で、シャネルに下がるよう合図する。
真っ青な顔をしたシャネルは、抵抗するような表情を見せたが、見続けると唇を軽く噛み、一礼して控室へと移動した。お姉様の従者ローラも静かにあとに続く。
結果、部屋に残ったのは、私、お姉様、王太子、スファンのみ。
緊張で、唇が渇く。
「ねえ、アンネヘルゼ」
「はい」
「君にとって、一番大事なのは、何?」
「……」
正解が分からない。家族?王族?国王様?この国?
「ああ、国王とか、この国とかって答えは求めてないから」
ああ、王太子の目が金色に光った。手が軽く震える。これは、怒りでも緊張でもない、純粋な恐怖だ。
「じゃあ、質問を変えよっか?」
お姉様の手をさすっていた右手が、そのままどんどん上に上がり、今はお姉様の頬を撫でている。
お姉様は、静かに王太子を見つめている。……どこか異様だ。異様すぎる。
「もしさ」
王太子はうっとりするような目で、その手をお姉様の首元へと持っていく。
「ロゼか、君の弟か、どっちか捨てろって言われたらさ」
回復した魔力を、まだ使いたくはないが、相手が精神魔法を使えることを分かっている以上、いくら不敬といわれようが、これまた本能的に、防心魔法をMAXまで引き上げる。
がんがんに頭が痛くなるおかげで、むしろ少し恐怖が薄れた気がする。
目の前で、王太子が、お姉様の首元に添えた手をそのまま上へと持ち上げる。私の頭は、まだその状況を理解できていない。それでも、お姉様の口元から苦し気な声が聞こえ、それが現実であることを突き付けてくる。
「どっちを捨てるの?」
悪魔は、その手を緩めることなく、にっこりと微笑んだ。
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